風塵社的業務日誌

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何回目かの対話篇

2015年07月15日 | 出版
某土曜日、旧友のN氏がひょっこり遊びにきた。ジーパンにTシャツというラフなカッコをしているが、「きょうはなにがあったの?」とたずねたら、「さっきまで目白で学会があってさあ、みなさん、この暑いなかスーツなんだよねえ。ぼくだけこんなカッコで行ったから、みなさんの視線がつらかった」
「目白って、Gでやってたんだ」
「そう」
「この戦争法案反対で国会周辺は盛り上がっているときに、法学者がGなんかで学会やってていいんか」とからかったら、
「だって、ぼく憲法きらいだもん。憲法学ってつまんないしね」とぬかす。
「だいたい宮沢俊義の8月革命説なんて面白くもないじゃん」と続けるので、
「宮沢は明治憲法と日本国憲法には断絶があるという考え方で、尾高朝雄は連続性があるという考え方だったっけ」と質問。
「そうそう。その断絶を8月革命っていうんだけど、そんなのどうでもいいじゃん。きょうの学会なんて、調停と調整についてのものでまさにアナキズムなんだよ」
ヘー、そこから先の法理論は小生の専門ではないので省略。次に、現在のわが身を襲っている不幸について、延々とN氏に愚痴をこぼすことになる。小生のことはともかく、不幸の一番の当事者のこともN氏は昔から知っているから、小生としても話しやすい相手である。その話が一段落してN氏が、「ところでさあ、腹巻さんは現在活躍されている人で、ハーバーマスクラスの哲学とか思想家ってわかる?」とたずねてきた。
なんのこっちゃと、問いの意味が理解できない。「なにそれ。日本人ってこと?」「べつに日本人じゃなくてもいいんだけど」「えー、もうちょっと文脈がわからないと考える糸口がないじゃん」「実は、関西である企業がバックについてこういう賞をやっていて」と、歴代受賞者のリストを見せる。「それで、これにだれを推薦したらいいのかってことなんだよ」。フーン、X大教授ともなるとそんな依頼も来るんだ。そこでリストを眺めつつ、
「ジョン・ケージが入っているんだから、ジョン・ケイルでいいだろ」
「いや、芸術系はぼくじゃない。だいたい、ヴェルヴェットなんて推薦したら怒られちゃう」
「ふーん、スピヴァクも入っているんだ。スピヴァクも読まなきゃなあ。でも、こんな賞があるなんて知らなかった」
「そうなんだよねえ、ぼくも知らなかった」
「じゃあ、憲法9条でいいじゃん」
「人じゃないでしょ」
「でも、9条をノーベル賞にっていう動きもあるんだし、いいんじゃないの」
「どうかなあ、あんまり面白くないなあ」
「少し政治的にすぎるかなあ。あっ、それなら、アーシュラ・ル=グウィンでいいじゃん」
「そうなの?彼女の作品って思想的なの?」
「日本じゃ『ゲド戦記』のシリーズが有名だと思うけど」
「観てないけど、ジブリがアニメにしていたねえ」
「わしも観とらんばってん、していた。でも、あのシリーズもそうだけど、全体に文化人類学とかフェミニズムを背景にした思索的なものは感じるけどね。『所有せざる人々』なんてもろにアナキズムの世界だよ」
「ぼくはそれを読んでないけど、どんな話?」そこで、うろ覚えの記憶に基くあらすじの説明。そういえば、先日から我が家と会社のなかを『闇の左手』の文庫本を探しているのだけれど、どこからも出てこない。どこに行っちゃったのかなあ。
「作家じゃなくて思想家でないといけないとすれば、上野千鶴子でいいじゃん」
「ウーン、上野さんかあ。アメリカにフェミニズムの大御所なんていっぱいいるじゃん」と、ズラズラ大御所たちの名前をN氏は連ねる。
「そうだろうけれど、京都にゆかりのある人だし、日本じゃ有名なんだから、賞を出す側も喜ぶんじゃないの?」
「どうなのかなあ」
こうしてN氏がはたと膝を打つことはなかったものの、愛しのジョニーなり、ル=グウィンなり、上野先生なりがもしも受賞なされることがあれば、それは小生の口ぞえによるものだと、ここに高らかに宣言しておくことにしよう。お礼は賞金の10%くらいで手を打とう。一方で、彼らが受賞を逃したら、その責はひとえにN氏にあるということになる(ウソ)。そんな話をしながらN氏の買ってきた焼酎を飲んでいたら、二人とも酔っ払ってくる。
「腹巻さんはさあ、デモとか行くでしょ」
「うん、なるべく行くようにしている」
「そういうところに行って騒いでいる奴って、ぼくはなんだかムカつくんだよね。デモが終わってからあとね、おまえらはその問題についてどう考えるんだよっていう気分になるんだよね」
「その気分は、実はわからなくはないよ。騒ぐ場だけで騒いで、結局、日常はどうなのっていう提起だよね」
「そういうことかな」
「でも、わしゃ、それでいいんじゃないのかなって思っている」
「それってどういうこと?」
「われわれへそ曲がりだからさあ、他者との一体感っていやじゃん」
「いや」
「しかし、デモって一体感を味わう場でもあるでしょ。そこで、デモ隊の反対している高揚感というのもあるわけで、へそ曲がりの屁理屈とは別にそれはそれで否定しないし、自分がデモに行くときはそのへそ曲がり精神はとりあえず脇に置こうと考えるよね」
「へー、腹巻さんもおとなになったねえ」(続く、かもしれない)

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