風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

妄想の共同体

2009年04月22日 | 出版
昨夜は人生に嫌気がさし、社内でP舎I氏と酒を飲む。外はドシャ降りで、時折雷も光っている。こうなるとまったくの帰宅拒否症だ。出社拒否症で帰宅拒否症となると、この広い世界のどこに、小生の居場所があるのだろうか。謎だ。それでも23:00には帰宅し、腹が減っていたのうどんをゆでて大根おろしと醤油のブッカケで食すことにする。
そこで思うのであるが、エロ用語ってすごいよね。ブッカケですよ。本来は別の意味に使われていた言葉に、卑猥なニュアンスをこめて使い始め、最終的には卑猥なニュアンスが一人歩きしてしまう。例えば、おしゃぶり、ごっくん、聖水、剃毛、極太などなど、本来は別の意味として使われていたはずなのに、いまでは卑猥な意味にしか受け止められない。男の妄想共同体の分かりのよさというか、コミュニケーション能力の高さというのは素晴らしい。先日KYさんとOさんと飲んだときも確かそんな話になったけれど、この妄想共同体のメカニズムの解明こそが、男のエロの本質(少なくとも日本社会においては)を抉り出すような気がする。
先日、酒癖の悪い大臣(当時)が国際会議の後の記者会見で酩酊した姿をさらしたあとの釈明会見で、「(ワインを)たしなんだ程度でゴックンはしていない」と言うから、いやらしいことを想像したのは小生だけではないだろう。少なくとも、「ゴックン」という言葉が公共の電波に乗っていることに、見てはいけないものを見たような気がした。したがって、ブッカケうどんを見た女性が、「うわー、ブッカケおいしそう」などと、間違っても口走ってはいけない。
そういえば、肥後の南の方では、ぶっかける汁のことを「トロ」というそうだ。そこの出の友人がエロ話の途中にトロ、トロ、と言うので、それが何を指すかすぐに理解できた。確かにトロトロしていて、言いえて妙である。以来、小生にもトロという表現が移ってしまい、すぐにトロ、トロ、と使うようになってしまった。精子とか、ザーメンとかスペルマなどと呼称するよりも、よっぽど生活実感がこもった表現である。ちなみにその友人の名前が「セイシ」だったので、街なかで「おい、セーシ!」と大声で呼ぶと、びっくりした顔でこちらを見る女性が必ずいたから、さらに笑ってしまう。
北尾トロさん、汚い話でどうもすみません。

いかんいかん。資金繰りのつらさに耐えかねて、またシモに流れてしまった。弊社は、パンクでアナーキーでアバンギャルドを目指している会社で、それはつまり日本語にすると、下品で阿呆で助平ということに他ならないから、よしとしておこう。しかし、今朝も相変わらずの出社拒否症で、布団から出るのがつらい。その割には5:00前には目が覚めてしまうのだから、小市民的な己の律儀さをほめておいてやろう(どこがパンクだ?)。ようやく7:00前に布団から出るが、最近、コーヒーがおいしく感じられない。これもストレスの影響か。
ボーとした頭で、昨日ダウンロードしてみたVideoLANを、自宅のパソコンにぶち込んでみる(これもエロ用語か)。DVDファイルを立ち上げてみると、ようやくうまくいった。一安心である。こうなると、早く預かっている数枚分のDVDを見ないといけないので、これからけっこう時間がかかりそうだ。とにかく宿題が一つ解決できたので、ようやく気持ちも前向きとなり、会社に向かうことにする。9:30出社。
会社の近くに三河稲荷神社という小さな神社があるのであるが、その前を通り過ぎると、賽銭箱の前で深々とお辞儀をしているスーツ姿の男性がいる。正直なところ、いささか気味の悪い光景だ。人さまの信仰心についてとやかく言う立場でないことは承知しているが、出勤途中(なのか?)に神社に立ち寄り参拝をする。なんだか、心を病んでいる人のように見えてしまう(心を病んでいる=気味が悪い、ということではない)。
もちろん、こちらは信心のかけらもない人間なので、信仰心が発露された光景に違和感を感じてしまうのだろうが、しかし、日常の中に宗教が組み込まれた生活というのは、過ごすのも嫌だし見るのも嫌だ。小生の場合、鑑賞のために宗教的なものと向き合うということはありえても、真面目な信仰心をお持ちのかたとは人種が違うのだろう。嗚呼、余は不届き者也。

ということで、現世利益を求めて仕事をしないといけない。わずかばかりの出荷を終わらせるが、3月末から、本当に注文が激減している。困ったものだ。弊社ばかりでなく、どこもかしこも売上減に悩んでいるはずだ(弊社だけだったら、激怒する)。
早々にM印刷さんから来ているものを終わらせようとするが、追加原稿が入る部分に、挿入範囲が指定された書籍のコピーが貼られている。いくつか追加のファイルが届いているのであるが、その部分のファイルはない。多分、そのコピーをこちらで入力しろよ、ということなのだと思うが、もしや入力したファイルがあれば楽だなあと、M印刷Sさんに確認してみる。
昼時を迎えて、本日は弁当を作ってこなかったことを思い出す。お金もないしどうしようかなあと思案すると、それほど腹が減っているわけでもないので、我慢することにする。ということで、囲碁に専念。
昼過ぎから作業の続き。Sさんから電話があり、やはり入力してないそうだ。やれやれ、面倒なことはだれもがしたがらない。ということでこちらで入力を済ませ、該当箇所に流し込んで一丁上がり。M印刷にデータを送信。当然、囲碁を始める。そこにY印刷Y氏が顔を出す。「腹減った~」とY氏に泣きつくと、「死ね、ボケ!」と殴られて終わり。嗚呼、世の中は無情也。
このあと、予定があり、そろそろ会社を出ないといけないが、しかし、腹が減った。そこに、M印刷I氏が新規の原稿を持ってこられる。そろそろ、連休中の予定も立てないといけない。

定本 想像の共同体―ナショナリズムの起源と流行 (社会科学の冒険2期)
ベネディクト アンダーソン
書籍工房早山

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