風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

N氏からの電話(1)

2016年10月26日 | 出版
あ~ぁ、金がねえなあと、一日ポッカ~ンとしていたら、日が暮れていた。困ったなあ、事務所の家賃の更新もあるし、どうやってお金を作ろうかなあ。まったく当てが思い浮かばないけど、どうしよう。などとこの先を案じているところに、旧友のN氏から電話がかかってきた。
「いやあ、腹巻さんさあ、ちょっと相談に乗ってもらいたいんだけど」と、やけに神妙な声で切り出した。
「金ならないよ」
「ワハハハ、腹巻さんに金がないのはわかりきっているよ。そうじゃなくて、実はある業界の会報に原稿を書かなきゃいけないんだけどさあ、締切が過ぎてもう1週間くらい経っているんだよ。先方にどうやって返事をしようかと思って。そういうの、腹巻さん、慣れているじゃん」
「なんだ、そんな話?文藝春秋だったかなあ、締め切り守れない作家さんが編集者に書いたお詫びの手紙を集めた本が出ているよ」
「そうなの?なんて書いてあるの?」
「出ているのは知っているけど、読んでないから中味は知らないんだ」
「なんだ」
「その会報というのはいつ出るの?」
「来年の1月だったかな」
「なんだ、まだ余裕があるじゃん。ついでに、編集、印刷、製本まで請け負う親切な出版社を紹介しますよって、そこにうちを紹介してよ」
「その前に、原稿書けって叱られちゃうよ」
「だって、まだ10月の下旬やで、12月の頭までにそろっていれば、1月に出すのなんて余裕じゃない」
「そういうものなのかなあ」
「だから、素直に、もう1週間くらい待ってくださいってメールしとけばいいじゃん」
「だけど、書く内容が思い浮かばないんだよ」
「なんだそりゃ。字数はどのくらいなの?」
「A3くらいの大きさ」
「A3?ずいぶん大きいねえ」
「だから、A4の冊子で、その見開きっていう感じ」
「そういうことか。じゃあ、5、6000字くらいかな。そんなもん、適当にとっとと書けばいいじゃない」
「それで書くことが思い浮かばないから、腹巻さんのお知恵を拝借しようと……」
「なに言ってるの。こっちには専門性がないんだから、そんなのわかんないよ」
「要するに、法律的な話題を時事にひきつけてエッセイ風に書けばいいんだよ。それでさあ、認知症のお年寄りが徘徊していて、踏み切りで電車にはねられて遺族に損害賠償請求があったんだけど、裁判では遺族に責任はないって出た話は知ってる?」
「ああ、なんかそれ、新聞で読んだ気がする」
「その話を書こうかなと思って資料なんかも集めてみたんだけど、全然書けないんだねえ」
「だったら、その判決文をジャンジャン引用して、適当に解説風のコメントを入れていけば、すぐに字数なんて稼げるじゃん」
「ある法学者がそういう本を出しているんだよね。判決文を集めて、それぞれの判決文に5行くらい著者のコメントを入れているような本。そういうのはやりたくないんだよね」
「そうなの。だいたいさあ、N君は読売や産経ばっかし読んでいるから、いまの時事ネタについていけないんだよ」
「そう?」
「そうだよ。うちは朝日だけど、みんな東京新聞だねえ」
「神戸新聞じゃだめかなあ」
「神戸新聞は知らないよ」
「そりゃ、そうだよね」
「そもそもさあ、その業界って、TPPでどうなるの?」
「どうなるのかなあ。TPPってさあ、関税なくして貿易を促進しましょうということでしょ。それでどうなるのか、ぼくにはそもそもわからない」
「こっちの業界なんか、著作権の期限が50年なのに、それが70年になりそうなんだよ」
「出版業界はそういう影響があるのか」
「法律の世界だって、M&Aなんかやっている弁護士は、TPPになったら大きく変わるんじゃないかと思うんだけど、その業界はどうなるんだろうなあ。保険なんかaflacが日本の健康保険制度に食い込んでくるって言われているじゃない」
「そうだねえ。どうなるんだろう」
「だから、そういうこと書いてあげればいいじゃない」
「ぼくがわかってないのに、書けるわけないじゃん」
「そりゃ、そうだなあ。そうだ!知り合いの出版社が高齢者向けに『うたうぬりえ帖』という素晴らしい塗り絵の本を出しているから、徘徊しそうになったら塗り絵でもさせましょう、というのを書けばいいじゃない」
「それも怒られちゃう」
「困ったなあ。その会報に前も書いたことがあるの?」
「うん、あるよ」
「なにを書いたの?」
「JR福知山線の事故の問題。その会報の目的として、法律問題を一般の人にも浸透させたいというのがあるんだよね」
「フーン、じゃあ、クレサラ問題でいいじゃん」
「それはもう、みんな書いているから」
「そういえば、この前の参院選も違憲状態っていう判決が出ているじゃない。安倍違憲内閣を打倒しよう!という話でいいじゃない」
「そういうアジテーションの場じゃないって」
「ああ、そう。困ったなあ」
そこでなにかいいネタがないかと、小生は社内を見回してみる。すると、『定本 真木悠介著作集』(岩波書店)全4巻が目に留まった。(続く)

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