風塵社的業務日誌

日本で下から258番目に大きな出版社の日常業務案内(風塵社非公認ブログ)

N氏からの電話(2)

2016年10月27日 | 出版
(承前)
「そういえば、N君がさあ、いつも『気流の鳴る音』を読め、読め言うから、『真木悠介著作集』全4巻、全部読みましたよ」
「あっ、そう。どうだった?」
「うーん、なんていうのかなあ、あのフユウ感には違和感を覚えたんだよね。ああ、フユウって、富裕じゃなくて浮遊の方ね。頭のいい人だなあとは感じたけれど」
「それはしょうがないじゃん。東大の教授だもん」
「N君は全部読んだの?」
「読んだよ。1巻目が『気流の鳴る音』で、2巻目が『時間の比較社会学』で」
「あれはまあまあ面白いよね」
「ウン。3巻目が『自我の起源』で遺伝子がどうのこうのというやつ」
「ドーキンスを批判的に検証していてさあ、この本はどうしようもなくつまんなかった」
「それで4巻目が『旅のノート』ってやつだったかな」
「教科書に載りそうな日本語なんだけれども、なんとなく腹が立った」
「どうして?」
「だってさあ、著者が1年メキシコに留学してそこで生活したり、インドに旅に行くのはいいよ。そのうえ、現地の人々に暖かい眼差しを向けているのもわかるけれど、人間の生活ってそういうものじゃないじゃない」
「どういうこと?」
「例えばね、日本の場合、営業に出かければ注文がほしいんだから、頭をペコペコ下げてお世辞を言って、相手に取り入ろうとするでしょ。そういう労働現場の臭いがまったく伝わってこないんだよね」
「ぼくもペコペコ頭は下げるけど、お世辞は言わないなぁ。だいたい東大教授なんだから、上から目線はしょうがないじゃないでしょ」
「それはわかるけれど、頭を下げている労働者の心中がわからない奴が理論形成しようとしているんだから、ロッキングチェア社会学者という印象を持っちゃうよね」
「だって東大教授だよ。腹巻さんのように下部構造が上部構造を規定するような世界には住んでないよ。しかもね、『気流の鳴る音』なんて1977年の刊行なんだよ」
「カスタネダブームがあって、いち早くそれを正当に評価したということ?」
「そうそう。いま読めば色褪せた印象があるかもしれないけれど、それを即時に捉えてああいう論を展開しているんだから、すごいじゃない」
「それはすごいし、頭のいい人なんだろうなあとは思うけれど、どこかちがう世界の人のような感じがしちゃうんだよね。ドラッグ体験とかもオープンにしていないし」
「じゃあ、中沢新一さんとかの方が面白いということ?」
「前にも話したけど、こっちは中沢さんのああいうアナロジーについていけないから、ちょっとというか、かなり苦手かもしれない」
ここでN氏が中沢氏の名前を持ち出したのには、少し説明がいるだろう。真木悠介こと見田宗介氏が東大教養学部社会科学科長であったときに、中沢新一氏を助教授で採用するかどうかという問題が勃発した。教授会内で騒動となり、結局、中沢氏の採用は見送られたといういきさつがある。おそらくは、その故事を念頭においてN氏は中沢氏の名前を持ち出したのではないかと推測するけれど、東大内部の人事の問題なんて、小生にとってもN氏にとっても、どうでもいいことだ。こちとら、ただの読者にしかすぎない。
「それで『気流の鳴る音』の第二フェイズくらいまでは、こちらも日常のなかで考えているような気がしたんだよね」と、小生が話を続ける。
「第二フェイズってなに?」
「座標軸が出てくるじゃん。あの右上のところ」
「ああ、『世界を止める』のところ」
「そうそう、よく覚えているねえ。こっちなんか、本を読んでも片っ端から忘れちゃうのに」
「そりゃあ、頭が悪すぎだよ」
「よけいなお世話だ。しかし、真木悠介の本ってこうやってオルタナティブを提示することによって、我々の日常を相対化させようとしているのはわかるんだけれど、なんだろうなあ、この地に足のついてない感は。だから、弟子の大澤真幸なんて現実がわかっていないから、ストーカーになって大学をクビになっちゃうんだよ」
「腹巻さんの高校の大先輩なんだから、それはしょうがないでしょ。だから、クビになったあとのいまの大澤さんの本を読んだら面白いかも。腹巻さんは大澤さんは読まないの?」
「岩波新書の有名なのは読んでいるけど、セカイ系とかってやつ。でも違和感たっぷりだったなあ」
「そうなんだ。それで、頼まれている原稿どうしようかなあ」
「そんなの天皇アキヒトのクーデターとかでいいじゃん。たかが象徴のクセに偉そうにしくさって。死ぬまでのた打ち回りやがれ」
「そんなこと書いたら、ますます僕の立場がなくなっちゃう」
「そういえばさあ、この前死刑廃止集会があってそのパネルディスカッションを聞いていたんだよね。そうしたら、憲法学と刑法学ってまったく別の世界なんだね」
「そうだよ。僕は民事訴訟法だけど、民法と重なる部分はあるけれど、基本的にはまったく別の学問分野になるよ」
「法学の世界ってそういうものなんだ」
と、我々のベチャベチャしたおしゃべりは際限なく続いていく。

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