風塵社的業務日誌

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ディベートとダイアローグ

2018年02月24日 | 出版
ある日の夕刻、校正作業をしているところに、旧友のN氏から電話がある。どうせ、ぶちまけたくなるようななにかをしでかしたに決まっているが、友人が少ないのでその相手となると小生を含めた限定的な相手となってしまうわけだ。いや、もしかするとその相手は小生しかいないのかもしれない(笑)。それはもちろん冗談であるが、N氏はキレる男なので、愚痴をこぼす相手を無意識に「選択と集中」しているところが昔からある。
そこで、旧友とくだらねえことをベチャベチャおしゃべりしているのは楽しいもので、小生としても大歓迎というところである。でも、この感覚ってなんなんだろうな。過去完了形と現在進行形とがないまぜになった、長い付き合いを重ねなければ生じえないある特有の世界(吉本の言葉を借りれば「対幻想」?)がそこにあるとしか表現のしようがないものだ。しかも、その「特有の世界」の内実は決して一般化できるような性格のものではないのであるから、それを言語表現できるだけの能力は小生にはない。
それはともかく、N氏の勤務先の最近の問題から、東大出の教授が東大にもどれないとつまんないルサンチマンばかりたまるみたいだねえ、なんて話をしていた。すると、そのルサンチマンなる言葉がN氏の琴線に触れたのか、俄然N氏が話し始めた。
「実はきのうさあ、口論になっちゃって」
「どうしたの」
「ぼくらのちょっとした研究会みたいなのがあってさあ、そこでぼくのある文章の解釈がおかしいという人がいたのね」
「フーン、いくつくらいの人」
「われわれよりも一回り弱上くらいかなあ」
「そのくらいの人で、若いもんにちょっかいを出して議論に引きずりこんで、あとでお互いに胸襟を開いたという関係にしようとする場合がたまににあるじゃん」
「そうなのかもしれないけれど、研究会ではもちろん酒は入らないのに相手の質問の仕方にぼくも腹を立てちゃったんだよ。それで、そのあとの飲み会でさあ、本気で頭にきているところに酔っ払った勢いもあって、相手にさっきの話の論拠を示せって詰め寄っちゃんだよね」
「朝日新聞に、あなたんとこの元ボスが毎日名言を紹介しているの知ってる?」
「いや、ぼくは朝日は読まない」
「昔、大岡信が朝日新聞に毎日、歌の紹介をしていたコーナーがあったじゃない」
「ああ、あったねえ」
「その感じで、いま朝日にあなたの元ボスが連載を持っているんだよ」
「へー、知らなかった」
「それで数日前なんだけど、ディベートはそれが終わったあとにこちらの考えが変わったら負け、ダイアローグは終わったあとにこちらの考えが変わらなきゃ負けみたいな、平田オリザさんの言葉を紹介していたわけね」
「フーン」
「だから、先方さんにしてみれば、最初にディベートを仕掛けておいて、飲み会ではダイアローグをしたかったんじゃないの」
「そうかもしれないけれど、その人ってこれまでにもほかの人によくちょっかいを出すタイプなんだよね」
「だけど、関西の人ってコミュニケーション能力が高いから、ダイアローグでは途中で落としどころを模索していると思うんだよね。ところが、N君が無粋な東京出身者だから、相手がダイアローグを望んでいるところにディベートを仕掛けてコテンパンにやっつけちゃったんじゃないの」
「そうなんだよ。相手のそのディベートの仕掛け方が悪かったとは思うんだけど、ぼくなんか完全にダイアローグどころじゃなくなっちゃって、100%そのディベートモードに入っちゃったわけね。それで飲み会になっても他の人がいっぱいいる前でさあ、どうして自分はこう考えるのかを一通り説明してから、これにどういう難癖をつけたいんだってやっちゃったんだよ。それで、おかしいと思うのならば、その論拠を示せってことだよね。ホント、腹巻さんが言うように、もう少し相手にも逃げ道を与えるような言い方をすればよかったんだけれど、それをことごとくつぶすような追及をしちゃったんだから相手も逃げ場がないわけ。そうしたら、当然彼もなにも言えなくなってねえ。それで帰りにその人と同じ電車に乗ろうとしたら、『あんたとは一緒に帰りたくない』って言われちゃってさあ」
「ワハハハハ」
「それで朝になって目が覚めてから、なんであんなに怒っちゃったのかなあと思ったら、そんなつまんないことで感情的になった自分がいやになっちゃったんだ」
「そんなの、わし、しょっちゅうなんやけど」
「腹巻さんは昔からそういうキャラだからいいんだけどさあ、ぼくはあんまりそういうことがなかったなあ」
「そうだっけ。昔から、きみからは非難と批判と罵倒以外の言葉を受けたことがないように記憶しているけれど。でも、そんなのどうでもいいじゃん。先方さんもあなたに噛み付いたら倍返しだと学習したんだし、そもそもがかまってほしかっただけでしょ。こっちなんか、月末資金繰りをどうしようかで頭がいっぱいなんだから、そんな自己嫌悪どころじゃないよ。ところで、今年は学生の就職状況はどうなの」
「ぼくのところのゼミ生は全員就職先が決まったかな」
「それはよかった。これもすべて晋三のおかげだねえ」
「そんなことはないよ」

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