今夜聴いているのは「メリー・ウィドウ」です。オペレッタの世界では、ヨハン・シュトラウスが活躍した19世紀後半を俗に「金の時代」といい、それからやや下って、20世紀初頭頃ハールやカールマンといった人達が、当時やや盛り下がっていたオペレッタの魅力を再び開花させた時期を先の「金の時代」と並べて「銀の時代」といったりしますが、この「メリー・ウィドウ」は、銀の時代最大の名作です。おそらくシュトラウスの「こうもり」の次くらいに有名なオペレッタになるんじゃないでしょうか。
ただ「銀の時代」の音楽はある意味で、その後のハリウッドのミュージカルや映画音楽などのルーツになっているだけあって、その甘美さといい、旋律といい、音楽的にはほぼ完全なポピュラー・ミュージックの範疇と捉える向きも多く、シュトラウスまでは振るが、レハール、ましてはカールマンとなると、とたんに見向きもしない指揮者が多くなるのは、そういう理由もあるんでしょう。このアルバムの凄いところは、「大指揮者が振るにはちと相応しくない....かもしれない作品」をカラヤンが振っていて、それこそ究極といっていいくらいに素晴らしい演奏を展開していることです。
さて、この作品でもっとも有名な部分は、第1幕の終盤近くで奏でられる俗に「メリー・ウィドウ・ワルツ」と呼ばれるところでしょう。「とろけてしまいそう....」としか形容詞が思いつかない甘美な旋律は絶品で、正月のような浮かれた気分で酒でも飲みながら聴くと、ほとんど陶酔的な気分になってしまいます。銀の時代はほぼ新ウィーン楽派の時期と一致していますから(金の時代はブラームスの頃)、音楽的にはワーグナーをルーツとする半音階的手法なども多用しているようで、そのあたり私の好みに合うのかもしれませんが....。カラヤンはこうした側面をある意味で強調した格調高いロマン派の作品として演奏しているかのようです。例によってレガートを多用したエレガントな演奏ですが、これがなんともレハール的の世界にマッチするんですね。もう最高。
ただ「銀の時代」の音楽はある意味で、その後のハリウッドのミュージカルや映画音楽などのルーツになっているだけあって、その甘美さといい、旋律といい、音楽的にはほぼ完全なポピュラー・ミュージックの範疇と捉える向きも多く、シュトラウスまでは振るが、レハール、ましてはカールマンとなると、とたんに見向きもしない指揮者が多くなるのは、そういう理由もあるんでしょう。このアルバムの凄いところは、「大指揮者が振るにはちと相応しくない....かもしれない作品」をカラヤンが振っていて、それこそ究極といっていいくらいに素晴らしい演奏を展開していることです。
さて、この作品でもっとも有名な部分は、第1幕の終盤近くで奏でられる俗に「メリー・ウィドウ・ワルツ」と呼ばれるところでしょう。「とろけてしまいそう....」としか形容詞が思いつかない甘美な旋律は絶品で、正月のような浮かれた気分で酒でも飲みながら聴くと、ほとんど陶酔的な気分になってしまいます。銀の時代はほぼ新ウィーン楽派の時期と一致していますから(金の時代はブラームスの頃)、音楽的にはワーグナーをルーツとする半音階的手法なども多用しているようで、そのあたり私の好みに合うのかもしれませんが....。カラヤンはこうした側面をある意味で強調した格調高いロマン派の作品として演奏しているかのようです。例によってレガートを多用したエレガントな演奏ですが、これがなんともレハール的の世界にマッチするんですね。もう最高。