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古い曲が気になる

十勝石、ヒグマ

2010-07-15 | 日記・エッセイ・コラム

                                                                  

クマネシリでは、黒曜石が沢の壁面に露呈している? 見たい! と思うのだが、クマネシリ(オッパイ山といわれていた)は、ヒグマの生息地だ。北海道の山を歩いていて、一番気になるのは、ヒグマだ。

ヒグマは、本州のツキノワグマとかなりちがう。巨大だ。牛を一撃で倒す。何千年、何万年も人間と敵対しているので、人に強烈な敵意をもっている。「熊の胃」といわれる胆嚢は、いまでも、漢方薬の原料として、50万円とか100万円で取引される。毛皮、肉、脂肪、内臓、ヒグマ一頭は、狩人にとって魅力ある獲物だ。逆に、ヒグマにとって人間は、憎むべき敵だ。

そんなわけで、ひとりで山を歩いているとき、生々しい糞や新しい足跡、臭いなど、ヒグマの気配を感じると、わたしは、すぐに山を下りた。山奥で、動物にかじられて死ぬなど、最悪な死に方だ。

SKBの散弾銃をもって、クマネシリに行って、黒曜石の露呈をみたい、と思っていたが、その機会があるだろうか?


黒曜石

2010-07-15 | 日記・エッセイ・コラム

                        

十勝では、十勝石という。ガラス質の黒曜石だ。この石が、何十万年も、もっとも重要な戦略物資だった、と、わたしは思う。大学でいっしょに発掘現場に行った同期生や、いっしょに発掘した、ほかの大学の学生たち、考古学の友人みんな、考古学者としてプロフェッショナルな人生をまっとうしているから、元レコード屋の、素人のわたしが、話すのは、気恥ずかしいのだが……

十勝川に、十勝石の玉砂利があるのは、音更川から流れてくるからだ。音更川の上流、糠平湖をこえ、十勝三ツ股から東の支流が、クマネシリ山系だ。そこに、黒曜石が露呈した岩盤がある。沢の壁が、黒曜石なのだ。

クマネシリ、置戸、白滝。北海道の黒曜石の産地だ。シベリアの古代の石器に、クマネシリ産、つまり十勝石がたくさん出る。やじり、ナイフ、ヤリの先、料理の包丁。まだ、金属がない時代、黒曜石は、硬い重宝な石だった。

ところが、十勝川の河原で拾う玉石から、やじりや、ヤリの先を作るのは、至難だ。できないことはないだろうが、民芸品をつくるわけじゃない。

沢の岩盤から、大きく引きはがす。それを、ひとりが担いで、音更川を下れるほどの大きさにする。大きいほどいいが、旅の先は長い。敵は多い。(それがアイヌの縄張りだったのか、ほかの民族の利権だったのか、わからない。でも、アイヌは、トリカブトの毒をたくみに使うタフな狩猟民族だ。いろんなアイヌと、偽善のコロポックルが、十勝石の利権を争って殺し合ったのか? 長い、十勝川の歴史だ)

        

黒曜石は、ガラス質で、打点から同心円で下に割れていく。つまり、塊の核ができれば、薪を割るように、やじりや、ヤリの先がつくれる。それが、コアーだ。古代のれんちゅうは、このコアーをつくる基本作業を、現場の、音更川の上流のクマネシリの沢でやっていた。

クマネシリから、この黒曜石コアーを持って、音更川をくだる。歩いてか、カヌーか。ひとりじゃない。きっと武装集団だろう。わからないが、これが大きな利権、商売だったのは、わかる。音更川ぞいの河岸段丘に、めんめんとチャシ跡がある。

チャシは、アイヌ語だが、日本語では、山城。じっと風景をみるとわかる。河岸段丘に、地質学的に、不自然な丘とか、突起したの林がみえる。じっとみていると、わかる。その不自然さが。それが、人工の土塁、チャシ、山城だ。十勝をドライブしているとき、丘をながめるといい。山じゅう、チャシだ。おそらく、このチャシが、十勝石の流通経路を守る砦なのだ。

この十勝の黒曜石のコアーは、音更川から十勝川にでて、太平洋にでる。そして大陸にわたる。

海まで運ばれる十勝石をねらって盗賊たちが襲撃する。それを高台から監視するのが、チャシだ。チャシの存在が、抑止力でもある。音更川の両河岸段丘にも、十勝川の河岸段丘にも、チャシがびっしりある。

どんな男たちが、かかわったのだろうか? 想像するだけでワクワクする。細石器時代から、金属文化になるまで、十勝産の黒曜石の石器が、シベリアからヨーロッパまで出土する。

金属のない時代、十勝の黒曜石が、いかに重要な戦略物資だったか。おもしろい。