Ommo's

古い曲が気になる

戸張さんと、川澄ちゃんのお母さんは同級生

2014-10-31 | 日記・エッセイ・コラム

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 帯広・CLOUDの加藤社長が大事に持っていてくれ、写真家・戸張良彦さんに撮影していただいたポスターの隣、わがサッカーの女神・澤穂希さんに抱きつく、背番号8番は、川澄ちゃん、川澄奈穂美さんだ。

 

 なんと、戸張さんと、川澄奈穂美さんのお母さんは、中学校の同級生だという。

 お母さんの旧姓しか知らないので、まさか、なでしこジャパンが世界に誇る天才的MFが、同級生の娘さんとは知らなかった、といいます。2年前に、はじめて中学の同級生の娘さんと知って、納得した、といいます。川澄ちゃんのお母さんは、バレーボールの選手で、運動神経抜群の人だった、と戸張さんが言います。

 戸張さんは、日大芸術学部写真学科を卒業して、30年以上帯広に住んで、北海道を撮影しているが、東京・武蔵小山の老舗テーラーの息子さんだ。

 

 ”川澄ちゃん”は、神奈川県大和市の出身と思っていたが、戸張さんの話を聞いて、お母さんは、東京・武蔵小山の人だったのか、と、なんだか奇妙なシンパシーを感じた。

 と、いうのは、元キャデラックスリムの名ギタリスト、テツヤくんが武蔵小山のマンションに住んでいて、なんどもなんども、飲んだくれて泊めていただいたことがあった。わたしの、東京・大貧民時代の懐かしい街なのだ。

 

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 もちろん、わたしは、神・澤穂希さんを尊敬しているが、”川澄ちゃん”の熱烈ファンでもある。東京近郊のスタジアムでINAC神戸のゲームがあるときは出かけるし、最近も、9月7日、帯広の森・競技場での千葉vs神戸で、川澄奈穂美さんのプレイを見ることができた。

 女子サッカーは、90分の過酷なゲームだから、化粧はしない。みんな、スッピンだ。サッカー女子は、なにか、”ブス”みたいに言われるが、不当な言いがかりだ。普通に化粧すれば、可愛い美女たちなのだ。

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 しかし、世界で戦うアスリートでもあるから、肉体は、普通ではない。

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 川澄ちゃんが、シアトル・レインに行ったわずか数か月で、9ゴール、5アシストした動画が、YouTubeにある。シビレる。

  川澄奈穂美 シアトル・レイン 9 goal & 5 assist http://www.youtube.com/watch?v=4PFgRudh-bM

 

 川澄奈穂美さんは、身長、157センチ。わたしが大好きなアメリカのキーパー、ホープ・ソロは、175センチ。このすごい体格差でも、日本女子は、ひるまず戦う。

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  川澄奈穂美さんのブログ http://ameblo.jp/nahomi-kawasumi/

  写真家・戸張良彦さんのページ http://www.y-tobari.jp/


This Boy

2014-10-30 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

 戸張さんに撮影していただいた ”ビートルズ映画大会” のポスターをA4に縮小して、壁に飾った。

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 右の額の写真は、2011年、FIFAサッカー女子ワールドカップの一次リーグ、なでしこジャパンがカナダに勝ったときの、スポーツ新聞の切り抜きだ。これから逆転、逆転で、ついに、なでしこジャパンは、アメリカと延長、PK戦の末、世界チャンピオンになる。

 この、カナダ戦勝利の写真が好きで、北海道に戻ったときも、この新聞の切り抜きを部屋に飾っている。

 

 

 ビートルズの話にもどる。

 今さらだが、ビートルズの曲は、じつにセンチメンタルで美しい‥‥‥と、あらためて感動する。(センチメンタルなのは、今夜も、ワインに酔って聴いてるせいかな………)

 

  ビートルズ And I Love Her http://www.youtube.com/watch?v=Nm4YlZ3oYsQ

      ビートルズ Here,There and Everywhere http://www.youtube.com/watch?v=ceB4WPwJBB4

 

 ビートルズの最後を記録したドキュメンタリー映画『レット・イット・ビー』を、わたしは自分で上映して、1000人以上の若者を集めた。だが、そのすこし前、沖縄・石垣島の小さい映画館でこのビートルズ映画を観た。

 1971年10月のこと。

 沖縄はまだ、ドルが通貨のアメリカ領で、石垣島には、ベトナム戦線の休暇兵なのか、若い米兵がたくさんいた。そんなアメリカ兵で満員の小さい映画館で、ビートルズ『レット・イット・ビー』を観たのだ。台風の嵐のなかだった。

 そのことは、ずいぶん前にも書いたが、また、すこし思い出したことがある。あすか、明後日か、そのことを書こうかな………。

 

 

 ビートルズ This Boy http://www.youtube.com/watch?v=yRZOI1y4M28

 

 

 

 


メガネをつくった

2014-10-29 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

 本格的に冬だ。寒く乾燥した十勝の冬空は、月と星がじつに美しい。歩きながらその夜空を眺めるのが、わたしの冬の、だたひとつの楽しみだ。だが、最近、ますます月と星が滲んで見える。

 

 パソコン用のメガネをつくったときに検眼してもらって、「すこし乱視ですね」と言われた。月と星がひどく滲んできたのは、遠視とその乱視が進行しているのか?

 そこで思い切って、遠遠+乱視矯正のメガネを作ることにした。つまり、日常的に掛けるように、ごく弱いプラスの度を入れ、レンズの下部は読書ができるように強い度にして、左右のバランスも矯正する。そんなメガネをつくろうと決心した。

 きょうの午後、検眼して注文したので来週にはできあがる。フレームも奮発して、ごく軽いのを選んだ。

 

 

 


Two of Us

2014-10-28 | 日記・エッセイ・コラム

レット・イット・ビー

Two of us riding nowhere
Spending someone's hard earned pay
You and me Sunday driving
Not arriving on our way back home
We're on our way home
We're on our way home
We're going home

Two of us sending postcards
Writing letters on my wall
You and me burning matches
Lifting latches on our way back home
We're on our way home
We're on our way home
We're going home

You and I have memories
Longer than the road
That stretches out ahead

Two of us wearing raincoats
Standing solo in the sun
You and me chasing paper
Getting nowhere on our way back home
We're on our way home
We're on our way home
We're going home

You and I have memories
Longer than the road
That stretches out ahead

Two of us wearing raincoats
Standing solo in the sun
You and me chasing paper
Getting nowhere on our way back home
We're on our way home
We're on our way home
We're going home

We're going home
You better believe it, goodbye

 

 

 ビートルズのアルバム『レット・イット・ビー』の、A面最初の曲が、Two of Us。好きな曲だが、わたしにとって、歌詞は難解で、語呂合わせ、韻合わせの、不可思議な詞なのだ。英語を母国語にするイギリス人には、何の不思議でもないのだろうが………。

 以前、マンチェスターから来たイギリス人の英語教師の女性、ジュリアンと話をしていて、ロックバンドのクイーンが話題になった。『ボヘミアン・ラプソディー』の歌詞の説明をうけて、「ああ、そういう曲なのね……」と、納得した。

 つまり、イギリス人は、ビートルズやクイーンの曲を、わたしが、ユーミンや浜田省吾の曲を聴くように聴いている、という、あたりまえのことに気づいたのだ、あたりまえのことに…………。

 

 

 Two of Us のカバーで好きなのは、映画『アイ・アム・サム』のサントラの、エイミー・マン&マイケル・ペンだ。

  エイミー・マン&マイケル・ペン Two of Us http://www.youtube.com/watch?v=dKglq1cysTU

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 エイミー・マンとマイケル・ペン。マイケル・ペンは、俳優ショーン・ペンの兄。

 

          エイミー・マン Save Me http://www.youtube.com/watch?v=N9TdvJnQgls

 渋谷のライブハウスでビールを飲みながら、テツヤくんとエイミー・マンのライブをみたのは、もう10年前のことになったしまうのだろうか?

   エイミー・マン One http://www.youtube.com/watch?v=LWN-glGMDkc

           エイミー・マン That's Just What You Are http://www.youtube.com/watch?v=ArXL7uEQsEg

 


ビートルズにさよなら

2014-10-27 | 日記・エッセイ・コラム

 

 『このポスターを……こんなに綺麗な状態で保存していてくれたんだ…………!』

 CLOUD社長の加藤さんが大事に持っていてくれた、わたしが主催したイベントのポスターの中で、最も感動したのは、ビートルズの映画大会のものだった。

 

  CLOUD http://www.thanksweb.co.jp/cloud/index02.html?1

 

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 1972年1月9日、この映画上映会こそ、わたしのプロモーターとして最初の仕事だった。わたしは、まだ、23歳。

 

 ビートルズの劇場用35ミリ映画は、4本ある。「ヤー・ヤー・ヤー」「ヘルプ」「レット・イット・ビー」、そして、アニメーション作品の「イエロー・サブマリン」だ。トータル6時間40分、その4本を一挙に上映する。それも市民会館の大ホールで、1500人で同時体験する。これが、わたしが考えた企画だった。

 このアイデアが浮かんで実現するまで、それはそれはたくさんの困難があった。わたしは、23歳。北海道の東の、小さい街の、わずか7坪の小さいレコード店の店長にすぎなかった。興行に関してまったくの素人だった。

     ビートルズ Two of Us http://www.youtube.com/watch?v=Zwl1unFvM9A

 

 この映画上映会の成功で、わたしは、レコード業界・音楽業界ですこし名前が知られるようになった。北海道の田舎町に、おもしろいことを考えて実行する若いやつがいると………か…。

 

 この映画会がきっかけで、わたしの店ではビートルズの過去のLPレコードすべてが爆発的に売れるようになった。解散して2年もたっていたのだが…………。

 帯広の小さい店で、東芝EMIの特約店では特出してビートルズのLPレコードを売っていたのだ。そして、それは北海道全域に波及していった………。

  ビートルズ Don't Let Me Down http://www.youtube.com/watch?v=FDiSe1GHOVQ

 

 

 このサイズのポスターを、有料でスキャンしてくれる店はないだろか、と、写真家の戸張さんに相談すると、帯広にはないでしょう。と、いう。戸張さんは、「わたしが撮影します。スタジオに持ってきてください」と言ってくれたのだ。

  写真家・戸張さんのホームページ http://www.y-tobari.jp/


傘がない

2014-10-26 | 日記・エッセイ・コラム

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 この『陽水・帯広』も『吉田拓郎&猫』も、わたしが、1970年代の初頭に企画して主催したコンサートなのだ。このポスターを帯広・CLOUDの社長、加藤光邦さんが大事に持っていてくれて、先週金曜日、写真家の戸張良彦さんにそれらのポスターを撮影していただいた。

 

 この加藤さん所有の井上陽水コンサートのポスターには、陽水自身のサインが入っている。たしか、この『陽水・帯広』は、1973年(昭和48年)。吉田拓郎コンサートは、1972年の開催だった。

 

 


吉田拓郎&猫

2014-10-26 | 日記・エッセイ・コラム

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 これは、わたしが24才のとき、北海道・帯広で主催した、吉田拓郎さんのコンサートのポスターだ。拓郎さんのバックバンドは、まだ、(浜田省吾さん、町支寛二さんの)愛奴ではない。猫だ。

 前座というか、このとき、それを、斉藤哲夫さんと、友部正人さんにお願いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


黄昏の帯広川

2014-10-25 | 日記・エッセイ・コラム

 

 日暮れに起きて、”朝まで”どころか、翌日の昼まで、テレビのまえのソファーで飲んだり、食べたり、居眠りしたり過ごす父の生活に引きずられて、わたしも明け方まで起きている。母の看病が終わってからも、こんな生活が、もう2年も続いている。

 

 

 冬だ。朝まで起きていて、昼近くに起き上がるから、冬は、一日があまりに短い。北国の日暮れは、早い。

 

 晩秋の、午後の、帯広川がみたいな、と思うのだが、食器を洗ったり、洗濯をしたり、トイレを洗ったり、ちょっとした家事がある。そんなこんなが終わって、紅茶のカップをもって二階にあがり、すこし本を読んだりしていると、『ええッ? もう夕暮れかいな………?』………窓の外は、もう薄暗い。

 着替えて外に出て急ぐと、今日もまた、”黄昏の帯広川”には、ちょっと遅かった。もう、風景に色彩が無くなる時間になっている。

 

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リュック・ベッソン監督の『アンジェラ』

2014-10-23 | 日記・エッセイ・コラム

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 近くのTSUTAYAで、レンタル落ちの中古DVDの中にリュック・ベッソン監督の『アンジェラ』をみつけた。

 

 リュック・ベッソン作品はほとんど観ているはずだったが、不覚にも、この作品を知らなかった。300円。買って観た。

 さすがリュック・ベッソン監督、じつにおもしろい。これはバイオレンスとかアクションというより、ブラックなラブ・コメディーではないだろうか。何度も大笑いして、後半ちょっと泣かされた。アンニャ・ガルバレクのかなり不気味な歌詞の音楽がまた、映像にマッチして、じつにいいのだ。2005年制作のモノクロ作品だ。

  アンニャ・ガルバレク Can I Keep Him? http://www.youtube.com/watch?v=zHoMo86pv0s

 

 シンガーソングライターのアンニャ・ガルバレクの父親は、ノルウェーのジャズ・サックス奏者、ヤン・ガルバレクだ。ECMレコード創設のときからのメンバーで、自身のリーダーアルバムはもちろん、キース・ジャレットやジョージ・ラッセル、ゲイリー・バートン、ミロスラフ・ビトウスなど数々のミュージシャンとの共演が、1969年から現在までECMから発売されてきた。

  ヤン・ガルバレク・グループ Brother Wind March  http://www.youtube.com/watch?v=Mjgr9UJuODM 

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  ヤン・ガルバレク&ヒリヤード・アンサンブル Officium Novum http://www.youtube.com/watch?v=dkmWdxKsQn0


チュートリアルが好きだ

2014-10-23 | 日記・エッセイ・コラム

 

 北海道に戻ってきて、北海道のテレビ局に不満なのは、漫才のネタをやる番組がまったくないことだ。

 漫才師がテレビタレントとして出演するバラエティー番組は、北海道でもネットワークされる(北海道のテレビ番組は、ほとんどそれだ)。

 

 漫才を観たい。彼らは優れた日本の芸人だ。みごとに面白い人たちがたくさんいる。わたしは、京都出身のチュートリアルが大好きで、ネタをやるときは、大笑いしてしまう。

 

 落語は、寄席では楽しめるが……わたしは、落語はテレビではダメだ。そんなには面白くない。しかし、面白い漫才は、テレビでも堪能できる。もちろん、ライブでみたいのだが…………。

 

 チュートリアルの『チリンチリン』は、日本芸能史、永遠に残る傑作だろうな。(M-1のときが、最高におもしろい)。わたしは、ぜひ、ライブで『チリン・チリン』をみたい、と長いあいだ思いつづけている。

 

  チュートリアル  チリンチリン http://www.youtube.com/watch?v=KZ64DLZlifA

  チュートリアル 冷蔵庫 http://www.youtube.com/watch?v=acRI9OMTZNo

 

  チュートリアル 怖い話は人気 http://www.youtube.com/watch?v=WCQxsih3cCM

 

 そんなわけで、今夜は、YouTubeでチュートリアルの漫才をみながら、大笑いをして、ワインを飲んでいる。


Penny wise and pound foolish

2014-10-21 | 日記・エッセイ・コラム

 

 まさに『安物買いの銭失い』であった。

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 100円ショップで買ったハンド・グリップを、袋から出して握りると……折れた。

 散歩しながら柔らかいボールを握るのだが、このボールをよく失くす。どこか部屋の隅にあるのか、散歩途中でポケットに入れたときに落としてしまうのか。きのう行った100円ショップで、ハンド・グリップを見つけて買った。

 

 しかし………部屋に帰って、グッと握ると、ボキッと折れた。わたしのココロも折れそうになった。

 だが、くやしいから、近くのスーパーの2階にある、XEBIO まで歩いて、新しいハンド・グリップを買ってきた。税込540円であった。

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海をみていた午後、その2

2014-10-20 | 日記・エッセイ・コラム

 

 昨夜書いた『海を見ていた午後』を削除したのは、ひどく酔って書いたので、すこし感情的になりすぎたんじゃないか? と、気になり、きょう目覚めてすぐ、読み返さず削除してしまった。(札幌っこさん、ごめんなさい。もう一度コメントをください)。

 

 荒井由実は、わたしが最も尊敬する女性シンガーソングライターだ。デビュー当時のプロモーターだったことを誇りに思っている。

 デビューアルバムの『ひこうき雲』のテスト盤を聴いたときの驚きは、いまも鮮烈に覚えている。「日本にも、こういう人が出てくる時代になったんだ………」と、ひどく感動した。

 すぐにわたしは、東芝EMI札幌支店の宣伝担当・高橋さんに電話して、この ”荒井由実” の事務所を紹介してほしい、と言った。

 そうして『ダウンタウン・ブギウギ・バンド&荒井由実』ジョイントコンサートを組んだ。札幌・帯広・釧路・北見・旭川、北海道5か所のツアーだ。ユーミンのあとに宇崎竜童さんが歌うという、今では考えられない、夢の競演だったのだ。

 おそらく、ユーミンにとって、わたしが企画したこのコンサートツアーが、ライブハウスや学園祭以外の大きなホールで歌った最初ではないだろうか?

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『海をみていた午後』は、ユーミン初期の大好きな曲だ。名曲だと思う。

 

 

  松任谷由実 海を見ていた午後 http://www.youtube.com/watch?v=K05kwmqOXmY


叔母の紘子ちゃんと観たアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ

2014-10-18 | 日記・エッセイ・コラム

 

 今日は、叔母(母の妹)の一周忌法要だった。

 お寺で坊さんのお経を聴きながら、叔母の遺影をみていると、若かった叔母の姿を思い出して、なんだか、思わず泣きそうになった。

 ジジイで涙もろいこともあるが、叔母は、突然できた甥のわたしを、じつの甥っ子のように可愛がってくれた。(わたしは、父の連れ子。新しいわたしの母は、20代のはじめ。小学生のわたしが会った時、母の一番下の妹の紘子ちゃんは、高校を卒業したばかりだ)。

 

 帯広三条高校を卒業して生命保険会社に勤めた叔母は、労音のサークルに入っていて、出来たばかりの帯広市民会館で開催されるコンサートに、わたしを連れていってくれた。

 

 クラシックのフルオーケストラや、アルゼンチンからきた本物のタンゴ・オルケスタなど生の演奏をみるのは、北海道・帯広の、子供のわたしには、衝撃的な体験だった。

 最も感動したのは、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズのコンサートだ。

 その前にわたしは、EP盤の『危険な関係のブルース』と『モーニン』を買って持っていた。ラジオで聴いて、アート・ブレイキー熱烈ファンの少年だったのだ。

 叔母・紘子ちゃんに連れていってもらった”アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ・コンサート”

 1ベルが鳴って5分、本ベルが鳴る。そして客電が少しづつ落ちて、客席は完全に闇。まさにそのタイミングで『モーニン』の演奏がはじまり、静かに緞帳があがっていく。

 舞台のバックのホリゾント・スクリーンは、ブルー。そこに演奏する5人の黒いシルエットが、鮮烈に浮んでいく。

 シビレた。首すじの毛が逆立ち、震えがくる感動だった。(なにか、こんなことに関わる仕事をしたいな、と、その時、漠然と思った。小学生だったか、中学生になったばかりだったか………)。

 

  アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ Moanin' http://www.youtube.com/watch?v=ynZDm50EgBY

 

 このYouTubeのライブ動画では、テナーサックスがベニー・ゴルソンだが、わたしが帯広市民会館で叔母といっしょにみたとき、サックスは、若きウェイン・ショーターだった。もちろん、トランペットは、リー・モーガンだ。

(わたしが、子供のとき帯広市民会館でみた、トランペット/  リー・モーガン、 サックス /ウェイン・ショーター、ピアノ/ボビー・ティモンズ、ベース/ジミー・メリット、このアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズこそ、わたしには、ベストメンバーの”アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ”だ)。

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 その時からずいぶん時が流れて、わたしは、音楽に関わる仕事をするようになって、同業のプロモーターが招聘した、 ”ウェザー・リポート・コンサート” をリハからアンコールが終わるまで、舞台ソデでみていた。

 

 ウェザー・リポートは、ジョー・ザビヌルがリーダーのバンドだが、サックスのウェイン・ショーターと双頭のバンドといっていいだろう。

 もちろん、ベースのジャコ・パストリアスの演奏をリハからみてみたい、という好奇心があった。しかし、それよりなにより、子供のとき、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズで心が震えた、あのサックスの若きウェイン・ショーターの、今の熟練の演奏が聴きたい! と、いう思いが強かった。

 

 舞台のソデにいたから、ウェイン・ショーターが、なんどか、わたしと肩ふれあう状況になるのだが、わたしは、なんだか硬直して話かけることもできなかった。

(わたしは、中学・高校で習った受験用の英語だけで、会話など勉強したこともないブロークン・デタラメ英語で、ソニー・ロリンズやチック・コリアに話しかけたりする、厚顔無恥なのだが、なぜか、ウェイン・ショーターには話かけられなかった。なぜか。)

 

  アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズ  危険な関係のブルース http://www.youtube.com/watch?v=Ncfp3gNsFfk

(しかし、いま聴いても、『危険な関係のブルース』、じつに新鮮だ。)

 

 今夜、わが叔母、紘子ちゃんの二十歳のころを思い出して、アート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズを聴いて、ワインを飲んでる。生の、ライブの音楽の素晴らしさを教えてくれた、大好きな叔母、紘子ちゃんの一周忌だ。

 


『燃える秋』、作曲は武満徹

2014-10-17 | 日記・エッセイ・コラム

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 街路樹は、すっかり紅葉だ。毎年のことだが、こういう風景の中を歩くと、ハイ・ファイ・セットが歌う『燃える秋』を聴きたい。

 『燃える秋』は、1978年発売、五木寛之原作の同名映画のテーマソングだ。作曲は武満徹、作詞が五木寛之。

   ハイ・ファイ・セット 燃える秋 http://www.youtube.com/watch?v=a-y9K3f5AOA 

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   石川セリ 燃える秋 http://www.youtube.com/watch?v=9xd78bUBpoY

 

 林光指揮のオーケストラ・ヴァージョンが YouTubeにある。これが素晴らしい。これはサントラ盤なのだろうか? LPがでたとき、わたしはレコード屋だったのが………通して聴いたことがなかったのだ。CDも廃盤になっているようだが、ぜひ手に入れたいものだ。

   武満徹 燃える秋 (指揮:林光 演奏:東京コンサーツ)http://www.youtube.com/watch?v=Ge0RhutCNqg

 

 冬だ。すでにここの気温は、わたしが長く住んでいた千葉・浦安の真冬だ。近所の畑では、真冬でも、露地でほうれん草や小松菜をつくっていて、庭にはさまざまな花が咲いていて、北海道出身のわたしには、最初、衝撃的な光景だった。