![]() |
明日に架ける橋 |
![]() |
サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド |
叔母の葬儀をおえて、名古屋からもどって、きのう、きょうと、二日間ほとんど寝ていた。亡くなった人の命の残像が重い疲れとしてカラダの芯に残っていた。それも今朝は解消した。快適とはいわないが、落ちるものは落ちた。
40年以上まえ、LSDをやったことがある。紙にしみこませたやつ(ペーパー・アシッド)を、食べたのだ。最初は4分の1からはじめるようにいわれていた。「初心者なんですから、一度に大量にやると、この世に、もどってこれませんよ」と、いわれた。「ビルから飛びおりないにしても、一生よだれをたらしたまま、病院のなか、ということにもなりかねません」、最初は、ひとりではやるな、ともいわれた。
真夜中、酒を飲みながら、ひとりで4分の1、食った。なにも効かない。しばらく待っても、べつに、なにも起こらない。なんだ、これは! だまされたか? そうしてもう4分の1、クスリをしみ込ませた紙を酒でながして、食った。最初からやっちゃダメですよ、という量をこえた。しかし、なにも効かない。普通の酒の酔い方だ。聴いてるロックもいつもと同じだ。べつに特別なものは聞こえない。
だが、それはやってきた。突然、目の前の黒い電話機が、グニャと溶けた。壁の白いクロスの細かい花模様が鮮明に浮き出してきた。カーテンが、音楽のリズムにあわせて、ゆれだして、溶けていく。音楽の細部が目でみている感覚でわかる。タイム感覚がかんぜんに狂った。すべておそい。速弾きのギターのフレーズがゆっくりゆっくり聞こえる。まるで視覚で音を感じるように、音楽が見えるのだ。
レコード・ジャケットの絵もじつにおもしろい。デザイナーの意図がわかる。絵の筆の流れのあとがみえる。写真のなかの陰影の意味が明確にわかる。写真家の意思がわかる。モデルの瞬間の微笑みの心理がわかる。おもしろい。
あの時代のサイケデリックなレコード・ジャケットの絵は、単にデザインではなく、現実にみたものを描いていたのだ。
いろんなレコードを聴いてみた。ヘビメタっぽいのは意外とおもしろくない。しかし、きっとミュージシャンだったら、十分たのしめるのだろう。ギタリストなら、どんな速弾きのフレーズもおもしろいほど指使いがわかるだろう。
ビートルズの「サージェント・ペパーズ~」のアルバムは、かんぜんにたのしめる。わたしが、いちばんおもしろかったのは、なんとサンモンとガーファンクルだったのだ。歌詞の意味が鮮明に理解できる。なぜ、ハードで深刻な詩の内容が、ソフトなサウンドで歌われるのかもわかる。詩の奥に暗示されてる意味がわかるのだ。そう、アイロニーとメタファー。これがじつにおもしろい。サイモンとガーファンクルは、ほんとうはアシッド・ミュージックだった、と知った。(だから、あの時代の若者にうけたのだ)
本を読んでみる。しかし、これはダメだ。読めないのだ。文章を読んで理解できない。音楽にのって歌われる詩はいつもよりはるかに理解できる。英語の詩が、中学一年の英語の教科書を読むようにわかる。しかし、日本語の文章が読めない。不思議だ。
読むという行為は、積極的な力いることが、このときわかった。LSDに影響されているとき、受け身のことしかできない。ほかの人のことはわからないが、わたしは座りこんで、音楽を聴き、絵をみることしかできなかった。それがおもしろくて、もう食べることも、飲むことも忘れていた。
20時間以上そうしていたのだろう。まったく眠気も空腹も感じない。ただ聴くもの、見るものがたのしい。レコードを聴き、画集を眺めていた。そのたのしさは、高さで言えば、エベレストなみだ。
ところが、揺れもどしがやってくる。酒のはしゃいだ酔いのあとに、二日酔いがあるように揺れもどしがくる。それは、たのしんだと同じ大きさで返ってくる。エベレストの高さまでたのしんだのだから、その深さまで落ちこむ。どんなにはしゃいでも、人の心は、この水面、この地平にもどるようになっている。
その気分は最悪だった。じぶんの限界と、じぶんの死が、かんぺきにみえる。死ぬ瞬間をリアルに実感できる。その海底の闇のなかの気分がつづく。その憂鬱は耐えられないほどだ。しかし、眠れない。瞳孔が開いたまま、眠れないのだ。最悪なときが20時間以上つづく。しかし、眠れない。わたしは、救急車を呼んで入院しようとさえ思った。発狂したままもどれないのじゃないかと不安におびえた。手首を切るのじゃないか、と自分自身を怖れた。震えながら、その最悪な気分に耐えた。
わたしは、二度とやろう、とは思わなかった。地獄の憂鬱の代償に、あの現実を超越したたのしさをとるか、といわれれば、酒でほろ酔いでいるだけでいい。
ビートルズ Lucy in the Sky with Diamonds http://jp.youtube.com/watch?v=A7F2X3rSSCU&feature=related
サイモンとガーファンクル Sound of Silence http://jp.youtube.com/watch?v=eZGWQauQOAQ&NR=1