Ommo's

古い曲が気になる

セプテンバー・ソング

2011-08-31 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

Chet: Keepnews Collection
                                                   

 あすから9月。9月といえば、やはり、セプテンバー・ソングかな。                       

       チェット・ベイカー September Song http://www.youtube.com/watch?v=Z0ymGIwdD4A

  『セプテンバー・ソング』は、ドイツの作曲家クルト・ワイルの曲。作詞は、アメリカの作家・脚本家・作詞家のマクスウェル・アンダーソン。1938年(昭和13年)の作品だ。

 ユダヤ人のクルト・ワイルは、ナチスの迫害を逃れて、1935年にアメリカに移住した。交響曲や室内楽、ピアノ曲、オペラなどクラシック作品のほかにミュージカルも多い。日本では、『三文オペラ』がもっとも有名な作品だろうか。

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 作曲家 クルト・ワイル(1900~1950)

     テディー・ウィルソン ft. サラ・ヴォーン September Song http://www.youtube.com/watch?v=h3_8ksD2Xh4&feature=related

          

   September Song        Maxwell Anderson/Kurt Weill

Well, it's a long, long time
From May to December.
But the days grow short,
When you reach September.
And the autumn weather
Turns the leaves to gray
And I haven't got time
For the waiting game.

And the days dwindle down
To a precious few
September, November
And these few precious days
I spend with you.
These precious days
I spend with you.

Andersonmaxwell

 作詞家 マクスウェル・アンダーソン(1888~1959)

                     

   ジャンゴ・ラインハルト September Song http://www.youtube.com/watch?v=s7aOnRO1v9E&feature=related

         ジャンゴ・レコーディング・セッション September Song http://www.youtube.com/watch?v=bzSQTPlTfS0

       

 クルト・ワイルの『三文オペラ』の曲では、『マック・ザ・ナイフ』が、ジャズのスタンダードになっている。
    
   ルイ・アームストロング Mack the knife  http://www.youtube.com/watch?v=hLIrS5dtTZI&feature=related
               
                          
 マクスウェル・アンダーソン作詞、クルト・ワイル作曲では、Lost In The Stars も好きな歌だ。
         
   マーティン・ゴア Lost In The Stars  http://www.youtube.com/watch?v=BF4xrPPdLco&feature=related
   
   ジュディー・ガーランド Lost In The Stars http://www.youtube.com/watch?v=sXq0sLJ_Pag&feature=related

『マーシー、マーシー、マーシー』は、スタジオライブ?

2011-08-30 | 日記・エッセイ・コラム

                

 ユーチューブで、昔のカントリーやジャズの映像を見ながら、そのコメントを読んでいて、ギョッとした。

                

 キャノンボール・アダレイ・グループのライブ演奏でヒットした『マーシー、マーシー、マーシー』、この名盤は、ジャズ・クラブでのライブ録音で、お客のノリがじつに良くて、ミュージシャンもそれにこたえて熱い演奏をする。お客もプレイヤーもじつにノリノリで、理想的なライブ・レコーディングだ。

 さすがアメリカのお客さんはちがうな、ジャズを知ってる、と、このアルバムを聴いた高校生のとき、思った。きょうまで、そう思っていた。わたしが甘かった。

 アルバム・タイトルは、『 Live at "The Club" 』。わたしは、全曲シカゴの“ザ・クラブ”でのライブ録音と思っていた。

 ところが、違う。ジャズクラブではなく、スタジオでの録音だというのだ。

"Live at 'The Club'" boasts the cover of this 1966 album. Of course, this turned out to be a lie, as did the entirety of the original liner notes. Mercy, Mercy, Mercy was not recorded at that Chicago venue, but instead at Capitol Studios in Los Angeles. The hollering audience was comprised of invited guests and stimulated by free booze.

              

 『マーシー、マーシー、マーシー』 は、ロサンゼルスのキャピトル・レコードのスタジオで、招待した人たちに酒をふるまって録音した。そうユーチューブに書いてある。

 知らなかった。最高にノリの良いお客は、全員、サクラだったのか……。真実を知らずに死んでしまうところだった。40年以上も、この“ザ・クラブ”のお客は、素晴らしいと思っていたが……(タダ酒に酔ってノリノリのお客は、ミュージシャン仲間だったりするのだろうか?)

 まあ、スタジオ・ライブか、クラブのライブかはともかく、ジャズの最高のライブ演奏のひとつであることは確かだ。そして、名曲だ。オーストリア・ウィーンで生まれて音楽教育をうけた青年が、憧れのアメリカの黒人ジャズバンドに入って、こんなファンキーな曲をつくって演奏するのだから、すごい才能だ。

 わたしは高校生のとき、この曲の作者で、エレクトリックのピアノを弾いてるジョー・ザビヌルという人は、黒人だと思っていた。

     キャノンボール・アダレイ・クインテット Mercy, Mercy, Mercy http://www.youtube.com/watch?v=pRrFWp4DUho 

 録音は、1966年(昭和41年)10月20日。

マーシー・マーシー・マーシー

 高校生のとき、ジャズ喫茶にいると、かならずと言っていいほどこのアルバムがかかった時期があった。誰かがリクエストするわけだ。なんど聴いても楽しいライブ演奏だった。ジョー・ザビヌルのエレクトリック・ピアノがじつに新鮮だった。

 わたしがレコード屋になった60年代の終り頃でもよく売れるLPレコードで、品切れさせてはいけない、ジャズの基本在庫の一枚だった。

                 

 それから10年以上たって、ウエザーリポートの演奏をリハーサルから見ることができた。(ウエザーリポートは、ジョー・ザビヌルがリーダーのバンド)

 すごい! ほんものの、『マーシー、マーシー、マーシー』のジョー・ザビヌルだよ、と内心ひどく興奮したものだ。

Zawinul

                         

 キャノンボール・アダレイ・グループの『マーシー、マーシー、マーシー』が大ヒットしたので、すぐにロック・バンドが歌詞をつけてカバーした。バッキンガムズのロック・ヴァージョンも売れた。1967年(昭和42年)のことだ。

   バッキンガムズ Mercy, Mercy, Mercy http://www.youtube.com/watch?v=a9YamMiqQ0I

 

タイム・アンド・チャージ(紙ジャケット仕様)


『カントリー・ストロング』をみた

2011-08-29 | 日記・エッセイ・コラム

                     

 『カントリー・ストロング』をみた。日本では劇場封切りにならず、今月24日、レンタルDVDがリリースされた。近所のレンタル屋には1本しか入らず、きょう、やっとみることができた。

カントリー・ストロング [DVD]

 カントリー・ミュージックの世界が舞台のドラマで、主演のグウィネス・パルトロウがじつにいい。

 おもしろいのは、実際のカントリー・ミュージックのスーパースターであるティム・マッグロウが、映画ではベテラン・スター歌手(グウィネス・パルトロウ)の夫でマネージャーの役なので、劇中で歌うシーンはまったくないのだ。エンドロールに、グウィネス・パルトロウとのデュエット『 Words I Could't Say 』が流れる。

 オープニングには、マール・ハガードの『 Silver Wings 』をギャレット・ヘドランドが歌っている。

    ギャレット・ヘドランド Silver Wings http://www.youtube.com/watch?v=mOxdSy3p7zY

    グウィネス・パルトロウ Country Strong http://www.youtube.com/watch?v=pXq19aI1DwE&feature=relmfu

 女優グウィネス・パルトロウが、うまい歌手でもあると初めて知った。レイトン・ミースターの歌もじつにいい。

    レイトン・ミースター Summer Girl  http://www.youtube.com/watch?v=fZqx0ALCdlU&feature=relmfu

           レイトン・ミースター Words I Couldn't Say http://www.youtube.com/watch?v=U6IsQv0nrKU&feature=related

    ギャレット・ヘドランド&レイトン・ミースター Give In To Me http://www.youtube.com/watch?v=PAIEI1t8GeY&feature=fvwrel

Country Strong

                      

                                 

Southern Voice

  テイム・マッグロウ&フェイス・ヒル I Need You http://www.youtube.com/watch?v=K6LqhYMj5nM

 

 


アイリーン

2011-08-28 | 日記・エッセイ・コラム

                                   

 今夜、ニューヨークを巨大ハリケーンが襲うらしい。この規模のハリケーンが、ニューヨークを直撃することは百数十年なかったと、オバマ政府は、230万人に対して避難勧告をだした。

 このハリケーンを“アイリーン”とアメリカ政府は名づけてる。

    

 いまも歌われるフォークソングに、『グッドナイト、アイリーン』がある。この曲は、50年代のフォーク・リバイバルのシンガーにも、南部のカントリー・シンガーにも好かれ歌われる曲だ。

 最初に、レコードに残したのは、レッドベリー、1932年(昭和7年)のことだ。

      レッドベリー Goodnight Iren http://www.youtube.com/watch?v=2doFJHXDwJ8

 この歌を採譜して、囚人だったレッドベリーの歌を録音したのは、前にも書いた、音楽学者のローマックス親子だ。

                                       

   ライ・クーダー Goodnight Iren http://www.youtube.com/watch?v=gASQ1_HEEHA

アット・カーネギー・ホール

 この曲、『グッドナイト、アイリーン』をメジャーにしたのは、フォークソング・グループのウィーバァースだろうか。ウィーバーズが『グッドナイト、アイリーン』をレコーディングしたのは、1950年(昭和25年)のことだ。

  ウィーバース Goodnight Irene  http://www.youtube.com/watch?v=jj3s8qq3kU4&feature=related

Best of

 老人になったウィーバーズが、再びカーネギー・ホールで『グッドナイト、アイリーン』を歌っている。

  ウィーバーズ Goodnight Irene http://www.youtube.com/watch?v=OLvk-qsKonQ

                   

      ウィリー・ネルソン Goodnight Irene http://www.youtube.com/watch?v=nGd4jkaoHRg

  


タミー・ウィネットの“Stand By Your Man ”

2011-08-27 | 日記・エッセイ・コラム

                  

 なぜか、最近また、このブログのアクセスがのびる。一日2000アクセスを超える日がある。 

                                                    

 夕方、地下鉄の駅へ向かう浴衣姿の若い娘がたくさんいる。きょうは隅田川の花火大会か……ということは、浦安の花火大会だ。浦安の花火は、(前のマンションが邪魔なので)外の通りにでるとよく見える。

 ことしの花火は、悲しい花火だ。2万人を超える人々が、波にのまれて、5ヶ月……。   

   

                                                                                      

ブルース・ブラザース 【プレミアム・ベスト・コレクション1800】 [DVD]
              

    ブルース・ブラザーズ Stand By Your Man http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=OO38rf1m0FU

 映画『ブルース・ブラザーズ』に、カントリー&ウエスタンの店でビール瓶を投げつけられながら『 Stand By Your Man 』を歌い、ウエスタン・ファッションのおっさん・おばさんが涙ぐんだりする、やたらおかしいシーンがある。この曲が、1968年(昭和43年)にリリースされた、タミー・ウィネットの大ヒット曲なのだ。

 タミー・ウィネットとロレッタ・リンは、60年代を代表するカントリーの女性2大スター。そのあとに続々登場してビッグスターになっていく、モダン・カントリー・ミュージックの女性シンガーたちに大きな影響を与えた偉大な先駆者だ。              

Stand By Your Man (Exp)

   タミー・ウィネット Stand By Your Man http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=DwBirf4BWew

Anniversary: 20 Years of Hits

               

        マール・ハガード&タミー・ウィネット Today I Started Lovin' You Again http://www.youtube.com/watch?v=M9Ivl_JxSfk

           

 ドリー・パートンが偉大な先輩タミー・ウィネットと Stand By Your Man を歌っている。

      タミー・ウィネット&ドリー・パートン (The Dolly Show 1988) http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=q0TJT5ETQXY

Honky Tonk Angels


奇妙な動物と遭遇

2011-08-26 | 日記・エッセイ・コラム

                          

 以前、街を散歩していて、ハクビシンと出会って驚いことがあったが、今夜は、また奇妙な動物をみた。街灯はあったが、すこし逆光気味だったので、シルエットだったの残念だ。

 それは、細くて長い尻尾もいれると1mをこえるくらいの長さで、猫よりは大きい。足が短くて、ちょうどイタチかフィレットのような体型だった。だが、イタチやフィレットよりはずっと大きい。

 その動物は、わたしの3、40メートル前を悠然と横切って、マンションの間に消えた。カワウソともすこし雰囲気がちがう。イタチかミンクのような感じがしたが、ずっと大きいし、昔、北海道の山のなかで出会ったイタチもミンクも、全身警戒心という感じで、チョコマカ、オドオドしていた。

 今夜のおかしな動物は、「俺って、ハンサムでカッコイイだろ。金もあるのよね」というような、妙にゆったり堂々と、道路を渡っていった。すっかり都会の夜の生活に慣れきっている、という雰囲気がただよっていた。

 その動物に遭遇したのは、もう深夜の2時近かったが、東京メトロ東西線の浦安駅のすぐそばだったから、まだ人通りもあったのだ。あの動物はいったい何なのか?

 

 数年前の深夜、ハクビシンにあったのも繁華街のど真ん中だった。お寺の塀ぞいにこっちに向かって歩いてくる妙な動物がいる。猫よりずっと大きく、ひどく猫背なので犬とは全然ちがう体型だ。もくもくと歩いてくる動物が、突然わたしに気づいた。いったん躊躇して立ち止まった。目と目が合ったのだ。やつは後ろをむいて逃げるな、と、わたしは思った。

 だが、わたしが甘かった。その奇妙な動物は、血ばしった狂気の目つきで、わたしの方にむかって、疾走してくるのだ。

 ムッム、マズイ! こっちに向かってくるよ。わたしも恐怖で髪が逆立った。ショットガンは、20年前に北海道に置いてきた。丸腰だ。

 その動物は、恐怖に狂ったように、わたしにむかって全力疾走してきて、わたしの横をすりぬけて、お寺の塀が終わるところの小路に消えた。わたしのすぐ後ろで寺の塀が終わっていたのだ。だからやつは、引っ返して長い塀ぞいを、敵に身をさらして逃げるより、敵前線を突破する作戦の方が勝算あり、とふんだのだ。きっとこの道は毎晩通る道、つまり獣道(けものみち)で、コースを熟知していたのだ。

 ここがコース中もっとも危険なところ。だが、しかし、この寺の塀ぞいは、目的地まで絶対に避けられないルート。他に道はない。だから、危ないときのシミュレーションは、いつもやつの頭のなかでやっていた、のだろう。

 しかし、わたしもホッとした。この珍獣が迫ってきたときは、噛みつかれるか、と身構えた。

 (野生動物に噛まれるのは、非常に危険だ。傷の大きさではなく、感染症だ。野生動物の歯や唾液には、未知なるウィルスや細菌がいる場合が多い。狂犬病のウィルスをもっていて、自分は発症しない動物もいる。

 北海道にいるキツネは、エキノコックスという原虫をもっている。この原虫が、人間の体内に入ると、何十年もかけて肝臓や脳まで食いちらす。治療法のない死に至る恐ろしい風土病だ。エキノコックスの場合、キツネの糞に混じって排泄されるから、人間の生活圏にキタキツネを入れるのは非常に危険だ。

 ペットが野生化して各地で繁殖しているアライグマは、アライグマ回虫や狂犬病など、人間に感染症する原虫やウイルスが懸念されている。北海道では、すでに、野生化したアライグマから感染した症例がでている)

                

 『いまのはなんだ? 知らない動物だ』、わたしは、突進してきた珍獣を、忘れないうちにと、その場でメモ帳に絵を描いた。顔がじつに特徴的だったのだ。顔の真ん中に一本白い線が入っていたのだ。部屋に帰ってインターネットで、その人相の動物をさがした。

 ハクビシン、漢字では『白鼻芯』、まさに人相のままだった。

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 調べてみると、やはり、ハクビシンは、なぜか最近、都会にも出没するようなのだ。

 今夜見た珍獣は、ひょっとすると痩せたハクビシン、あるいは、肥えた外来種のイタチだったのかも知れない。シルエットだったのが、なんとも残念だ。


前原誠司……?

2011-08-26 | 日記・エッセイ・コラム

                        

 島田紳助は、極心連合会の舎弟。アウトだ。民主党の場合、前原誠司とかは、後藤組と親しいようだが、そんなやつが、首相になんかなれるのかね? (北朝鮮の友・菅直人のつぎは、そのスジの関係か……?)

 何のためか、前原は、北朝鮮になんどか出かけ、よど号事件の犯人たちとも会っている。

 野田と蓮舫が、ヤクザのフロント企業から献金をうけ、パーティー券を大量に買ってもらっていた。国会で追求されると、ふたりは、金を返したから問題ないだろう、と開き直っていた。このヤクザの舎弟企業を野田と蓮舫に紹介したのは、前原だ。

(前原・野田・蓮舫の、これらのことはすべて国会で問題になっている。テレビ・新聞が報道しないから、大半の国民が知らないだけ。前原は外相を辞任したから、いったん追求はおさまっているが、首相にでもなれば、国会でボコボコにされるだろう)

 外国人からの献金は公民権停止の重大犯罪だ。もし首相にでもなったら、すぐに、火だるまになるんじゃないのかな?

 そうして、また、国政がとまる。また震災復興がおくれる。内政も外交も、ボロボロ・ガタガタのいま、まったく国民のためにならない。 

 テレビが前原を持ち上げている、その意味がわからない。 


カントリーの古典(classic)が心地いい

2011-08-26 | 日記・エッセイ・コラム

              

     ジューン・カーター&ハンク・ウィリアムス http://www.youtube.com/watch?v=hLFfHRTA9mc&feature=related

 ジューン・カーターは、オリジナル・カーター・ファミリーのメイベル・カーターの娘、ジョニー・キャッシュの奥さんになった人。

            ロイ・エイカフ&ハンク・ウィリアムス I Saw The Light http://www.youtube.com/watch?v=QVr0M7WCBu4&feature=related

                      

 I Saw The Light は、ハンク・ウィリアムスがつくったゴスペル。(ゴスペルは、クリスチャンの歌、賛美歌。ジーザスを讃える信仰の歌だ。黒人の信者だけの歌ではない。敬虔なクリスチャンのエルビス・プレスリーは、クリスマス前に賛美歌アルバムを発売していたが、ゴスペル・アルバムといっていた) 

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 ホーリー・ウィリアムスは、ハンク・ウィリアムスの孫。つまり、ハンク・ウィリアムス Jr. の娘。

Here With Me

    ホーリー・ウィリアムス I Saw The Light  / I'm So Lonesome I Could Cry http://www.youtube.com/watch?v=LhCL6Vdr5ck

  I'm So Lonesome I Could Cry は、もちろん、ハンク・ウィリアムスがつくった曲。

          ハンク・ウィリアムス I'm So Lonesome I Could Cry http://www.youtube.com/watch?v=FvW6_-TP5cs

               

    ジョニー・キャッシュ I'm So Lonesome I Could Cry http://www.youtube.com/watch?v=Dmhr5bxKzmo&feature=related

       エルビス・プレスリー I'm So Lonesome I Could Cry http://www.youtube.com/watch?v=w7iasdKi5-8&feature=related

   マーティー・スティアート&キース・アーバン I'm So Lonesome I Could Cry http://www.youtube.com/watch?v=Q18OoqeNcks&feature=fvwrel


Your Cheatin' Heart 、邦題は『偽りの心』

2011-08-25 | 日記・エッセイ・コラム

    

 

Modern Sounds in Country & Western Music 1 & 2
                  

 レイ・チャールズは、カントリー&ウエスタンが好きだ、と自伝のなかでいっている。ジョージア州の田舎で育った小さい時から、カントリー・ミュージックのラジオ局を聴いていた、という。60年代の初頭にはカントリー&ウエスタンのLPレコードを2枚も制作している。

    レイ・チャールズ Your Cheatin' Heart http://www.youtube.com/watch?v=FNEInaOsK6I

 『Your Cheatin' Heart (偽りの心)』は、ハンク・ウィリアムスの最後の曲。録音は、1952年(昭和27年)9月23日だが、死後発売になった。

 ハンク・ウィリアムスは、1953年1月1日、コンサート会場にむかう車のなかで死んだ。長年のアルコール摂取と、脊椎の痛みをおさえるため医者が処方したモルヒネが原因の心臓発作といわれるが、前日に酒場で殴られてケガもしていた。正確に死因はわからない。変死なのだ。

 寂しい死だ。移動するキャデラック・コンバーチブルの後部座席で、ひとり死んでいったのを運転手は気づかず走りつづけた。途中、食事をしませんか、と声をかける。寝ているのかと思っていたが、冷たくなっていた。運転手がガソリンスタンドに駆け込んで、保安官と医者を呼んだときは、すでに硬直がきていた。南部の田舎道を突っ走る車のなか、運転手にも気づかれず死んでいったのだ。

 十代で自分のバンドをもってカントリー&ウエスタンのスターになり、亡くなったのは、29歳だった。20世紀のアメリカ音楽史に大きな足跡を残した、偉大なシンガーソングライターの、寂しい死だ。葬儀が行なわれた教会は、2500人もの人でうまり、沿道で葬列を見送った人々は、2万5千人ともいう。

   ハンク・ウィリアムス Your Cheatin' Heart http://www.youtube.com/watch?v=hubUNqQLjN8

                              

 ハンク・ウィリアムス Jr.とジェット・ウィリアムスは、ハンク・ウィリアムスの子供。ハンク・ウィリアムスⅢとホーリー・ウィリアムスは、Jr. の子、つまりハンク・ウィリアムスの孫。

  ハンク・ウィリアムス JR.    Your Cheatin' Heart http://www.youtube.com/watch?v=UtGM6WBcsX0&feature=related

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 妻のオードリー、リクレシア、Jr,、ハンク・ウィリアムス。

 シンガーでもあった妻オードリーが、マネージャーとしてハンクを売りだした功績は大きい。メンフィスで音楽出版社をやっていたソングライターのレッド・ローズに売り込んだのも、オードリーだった。

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 レッド・ローズは、ロイ・エイカフと共同で音楽出版社を経営していた。長いキャリアのすぐれたピアニストで、ソングライターだ。メンフィスでレコーディングする、さまざまなミュージシャンに曲を提供している。ハンク・ウィリアムスのレコーディングにも曲を書いている。

Anthology

           

 ハンク・ウィリアムスがつくった多くの曲は、いまも愛され、歌いつがれている。

    ノラ・ジョーンズ Cold, Cold Heart http://www.youtube.com/watch?v=g35zS1tVO3o

          ハンク・ウィリアムス Cold, Cold Heart http://www.youtube.com/watch?v=usxi3mk1k3g

 

Come Away With Me (Hybr)
 

 1974年(昭和49年)、カーペンターズのアルバム『ナウ・アンド・ゼン』からシングルカットされた『ジャンバラヤ』がヒットした。この曲も、ハンク・ウィリアムスの1952年(昭和27年)の大ヒット曲。

    カーペンターズ Jambalaya (日本武道館ライブ) http://www.youtube.com/watch?v=RvD_YFtJ7ek&feature=related

カーペンターズ~40/40 ベスト・セレクション

       クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル Jambalaya http://www.youtube.com/watch?v=Pa2Tl5BeK-U&feature=related

       ジョン・フォガティ Jambalaya http://www.youtube.com/watch?v=BaZ1aidaOjA&feature=related

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        ハンク・ウィリアムス Jambalaya (on the Bayou) http://www.youtube.com/watch?v=xnKOVPXhlnE&feature=related


柳の下に埋めてちょうだい……

2011-08-23 | 日記・エッセイ・コラム

                                                         

            カーター・ファミリー Bury Me Under the Weeping Willow Tree http://www.youtube.com/watch?v=YCniFuHlPG0&feature=related

 カーター・ファミリーの『Bury Me Under the Weeping Willow Tree 』は、1927年(昭和2年)の録音だ。

 『あした結婚式なのに、彼は逃げたのよ、ほかに女がいたの。死んでやる。父さん、わたしを、あの柳の下に埋めてね。あの浮気男は、あのしだれ柳のとこにきて、わたしのことを思って、泣くがいいのよ』、そんな感じの歌かな。

Rca Country Legends

  カーター・ファミリー Wildwood Flower http://www.youtube.com/watch?v=g5T5Gt-_0Lw&feature=fvwrel

 上のレコード・ジャケット写真が、オリジナルのカーター・ファミリー。中央の男が、A.P.カーター、その右が妻のサラ・カーター。そして、左がA.P.の弟エズラの妻、メイベル・カーターだ。

 この3人のオリジナル・カーター・ファミリーが解散したあと、娘たちとカーター・ファミリーを継承して、カントリー・ミュージックの世界で活躍したのが、このメイベル・カーター、マザー・メイベルなのだ。

 彼女のギター奏法は、のちの60年代のフォーク・リヴァイヴァルの、ジョン・バエズやボブ・ディランたちに大きな影響をあたえた。(日本のフォークソング・ブームは、ジョン・バエズやボブ・ディランたちに触発され、かれらをコピーしてニューミュージックといわれたジャンルに発展した。つまり、当時の日本のフォーク・シンガーは、マザー・メイベルの孫弟子たちといってもいいだろう)。

 ジョニー・キャッシュの妻だったジューン・カーターは、メイベル・カーターの娘だ。

Carryin on on With Johnny Cash & June Carter Cash

     ジューン・カーター&ジョニー・キャッシュ Jackson http://www.youtube.com/watch?v=nzhzCF77GDo

                               

      マザー・メイベル&カーター・シスターズ Wildwood Flower http://www.youtube.com/watch?v=ewnfWoSQz3o

      ジョニー・キャッシュ&メイベル・カーター Pick The Wildwood Flower http://www.youtube.com/watch?v=CrAgJs9Uw7U&feature=related

                         

 ロザンヌ・キャッシュは、ジョニー・キャッシュの最初の妻の子、つまりジューン・カーターは、stepmother(継母)。オリジナル・カーター・ファミリーのマザー・メイベルは、義理のばあちゃん。

 ロザンヌ・キャッシュが歌っている Bury Me Beneath The Willow (私を柳の下に埋めてちょうだいね)は、カーター・ファミリーが1927年に歌ったBury Me Under the Weeping Willow Tree (私をシダレヤナギの木の下に埋めておくれ)とおなじ曲。

  ロザンヌ・キャッシュ Bury Me Beneath The Willow http://www.youtube.com/watch?v=i4ENmN-NlmY&feature=related

List [12 inch Analog]

  ロザンヌ・キャッシュ 500Miles http://www.youtube.com/watch?v=-bcKLOptI3o&feature=related

                    

  ブルーグラス・オールスターズ(唄 アリソン・クラウス) Bury Me Beneath The Willow  http://www.youtube.com/watch?v=jzA68Ohwke4


フジテレビ抗議デモ

2011-08-22 | 日記・エッセイ・コラム

                               

 昨日も東京・お台場のフジテレビに対して大きなデモがあった。6000人とも1万人ともいう大デモ隊だが、NHKをふくめてテレビのニュースでは、まったく報道しない。

 左翼団体の50人たらずの反米デモでもニュースにする日本のマスコミは、このデモをまったく無視だ。日本のメディアは、ほんとうに腐ってる。

 フジテレビに対するデモは、これで2回目、つぎはもっと大きくなるだろう。

 イギリスの暴動だの、リビアの反政府運動だの、外国のことをのんきに報道している時ではないのだよ。日本で、いま何が起きつつあるか? 日本人の怒りは、メディアそのものに向かっているのだ。これが意味することを、メディア自身が理解していないようだが……。

 フジテレビへの抗議運動は、スポンサー企業の商品不買運動が激しく加速して、さらに大きくなり、その怒りの向かう先にある本丸は、NHKだろう。(NHKの偏向報道に抗議する大きなデモは、すでに渋谷で起きてる。どこのメディアも報道しないから大多数の国民は知らないのだろうが)

    フジテレビ抗議デモ http://www.youtube.com/watch?v=C3ckvsHL_p0&feature=related


アラモ

2011-08-22 | 日記・エッセイ・コラム

          

 

Brothers Four / B.M.O.C.
                                           

    ブラザーズ・フォー Greenfields http://www.youtube.com/watch?v=cYD3pkbgnKA

 シアトルのワシントン大学の学生がつくったグループ、ブラザーズ・フォーは、1960年(昭和35年)、『グリーンフィールズ』でデビューした。この曲は、日本でよく売れたのだ。日本の高校生や大学生など、当時のアマチュア・グループに大きな影響を与えたのではないだろうか。

      

アラモ [DVD]

 ブラザーズ・フォーの大ヒットは、映画『アラモ』のテーマソング The Green Leaves of Summer のカバーだ。

          

           ブラザーズ・フォー The Green Leaves of Summer http://www.youtube.com/watch?v=E-Vwvf1qAMA&feature=related

 この映画とテーマソングが流行ったとき、わたしは小学生で、映画ファンの中学生の兄につれられて、封切りの『アラモ』をみた。北海道・帯広の映画館だ。

           

 ブラザーズ・フォーが流行って、そのあと、ボブ・ディランなどがロックになり、イギリスからビートルズなどがでてヒットして、もうアコースティック4人組のフォークグループの時代でもなくなってしまう。

 だが、アメリカ・ポピュラー音楽史を思うとき、重要なグループのひとつだろう。日本への影響も大きなグループだった。わたしは、大好きなグループだ。

                 

   ブラザーズ・フォー Five Hundred Miles http://www.youtube.com/watch?v=VLeyCX3Em-c&NR=1

 


『フォギー・マウンテン・ブレークダウン』

2011-08-21 | 日記・エッセイ・コラム

 

 

Foggy Mountain Jamboree
   

 ビル・モンローは、自分のグループ、ブルー・グラス・ボーイズで150人をこすミュージシャンを育て、カントリー・ミュージックの世界に送り出した。フォギー・マウンテン・ボーイズのバンジョーのアール・スクラッグスとギターのレスター・フラットも、ビル・モンローのグループでメジャーな存在になって自分たちのグループを結成した。

 アール・スクラッグスとレスター・フラットが演奏する『フォギー・マウンテン・ブレークダウン』は、カントリー・ミュージックのファンだけじゃなく、世界じゅうで、最も有名なブルーグラスの曲になった。1967年(昭和42年)の大ヒット映画『Bonnie and Clyde (邦題 俺たちに明日はない)』のサントラにつかわれたのだ。

    フォギー・マウンテン・ボーイズ Foggy Mountain Breakdown http://www.youtube.com/watch?v=QIKdswTJ2vY

俺たちに明日はない [DVD]

  『俺たちに明日はない』予告編 http://www.youtube.com/watch?v=3ACCpXaA-MU&feature=related

  『俺たちに明日はない』 ボニーとクライドが警官隊に撃ち殺されるシーン http://www.youtube.com/watch?v=6Zds4sONRbw&feature=related

                                    

  アール・スクラッグス&スティーヴ・マーティン Foggy Mountain Breakdown http://www.youtube.com/watch?v=icMTVV5Lwaw&feature=related

     Foggy Mountain Breakdown (Katie Norton on Banjo) http://www.youtube.com/watch?v=sWX-KMSWIxU&feature=related

    結婚式で『フォギー・マウンテン・ブレークダウン』を演奏する花嫁 http://www.youtube.com/watch?v=P1E3DIdbnxE&feature=related

  アンバー・アレクサンダー、クリス・アレクサンダー&ロバート・モンゴメリー Foggy Mountain Breakdown http://www.youtube.com/watch?v=KQAWrDXGKwE&feature=related


テネシー・ワルツ、パティ・ペイジ、江利チエミ

2011-08-20 | 日記・エッセイ・コラム

            

   ピー・ウィー・キング Tennessee Waltz http://www.youtube.com/watch?v=TJ1y_sTQ89c&feature=related

 『テネシー・ワルツ』は、1946年(昭和21年)、ピー・ウィー・キングとレッド・スティワートが作った曲だが、ラジオで聴いたビル・モンローの『ケンタッキー・ワルツ』に触発されて書い曲だという。

    ビル・モンロー&エミルー・ハリス  Kentucky Waltz http://www.youtube.com/watch?v=YTAKLM4hAVk&feature=related

 しかし、なんといっても、『テネシー・ワルツ』がカントリー・ミュージックの枠をこえて、アメリカ・ポピュラー・ミュージックの大ヒット曲になり、世界的なヒット曲になったのは、パティ・ペイジの名唱があったからだろう。

 パティ・ペイジのカバーが、全米ナンバーワンのヒットになったのは、1950年(昭和25年)のことだ。

    パティ・ペイジ Tennessee Waltz  http://www.youtube.com/watch?v=_Ek3eCbfqp0

AXビッグ・アーティストシリーズ

 パティ・ペイジは、オクラホマ州タルサのラジオ局で、カントリーを歌っているとき注目され、マーキュリー・・レコードから全米デビューする。

 カントリー&ウエスタンのジャンルとポップスをクロスオーバーして活躍した最初の女性シンガーではないだろうか。

 オクラホマの貧しい家に生まれた育ったという。父さんは、線路工事で働き、母さんと姉さんたちは綿摘みで稼いだ。家に電気はなかった、という。

 (わたしは、オクラホマ・タルサのミュージシャンといえば、レオン・ラッセルとJ.J.ケールを思い出す)

    パティ・ペイジ Changing Partners http://www.youtube.com/watch?v=pWQGUMROh4I&feature=related

                     

 パティ・ペイジの『テネシー・ワルツ』は、日本でも大ヒットする。このパティ・ペイジ版のレコードは、どこの国より(本国アメリカよりも)、日本で売れたのじゃないか、といわれるほど日本で売れた。

 きっと、このゆったりしたテンポと、どこか感傷的な雰囲気が、歌詞の意味はべつに知らなくても、わたしの親たち世代の、日本人の心をゆすぶったのだろう。きっと、英語の歌詞は理解できなくても、なにを歌っているかわかるのだ。(それが、すぐれた流行歌、ポップスの本質的な力ではないだろう……)

 (ほんとうは……わたしの親たちの世代は、勤勉だったから、英語力はあったのだ。会話はできないが、英語の読解力は、わたしの世代の、団塊の怠惰なアホたちとは雲泥の差があったのだ、ほんとうは……)

   

 パティ・ペイジの『テネシー・ワルツ』は、日本でバカ売れしたので、とうぜん、日本語のカバーが発売される。江利チエミの『テネシー・ワルツ』は、昭和27年(1952年)の発売だった。

    江利チエミ 「テネシー・ワルツ」 http://www.youtube.com/watch?v=Nqf121MyoSc&feature=related

江利チエミ 全曲集(12曲1600円シリーズ)

 音羽たかしの歌詞は、オリジナルの詩とほとんど関係ないが、これはこれで、“江利チエミのテネシー・ワルツ”だろう。日本ポップス史の名唱のひとつだと思う。

 江利チエミは、1982年(昭和57年)、45歳の若さに亡くなってしまった。

      江利チエミ 「テネシー・ワルツ」(日本語版) http://www.youtube.com/watch?v=K6ejvhIrA94&feature=related

                 

   パティ・ペイジ Unchained Melodey http://www.youtube.com/watch?v=GlqHsQQXQ6E&feature=related

 江利チエミより10歳年上のパティ・ペイジは、ずっとカントリー・ミュージックとポップスの世界で活躍して、現在83歳、いまもステージに立って歌う。

   パティ・ペイジ How Much Is That Doggie In The Window http://www.youtube.com/watch?v=EhSJQY7HnPw&feature=related