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古い曲が気になる

シドニー・ポワチエの妻は、ジョアンナ・シムカス

2017-07-31 | 日記

やはり、シドニー・ポワチエ主演の『野のユリ』は、日本では1964年(昭和39年)の封切りだった。中学生のとき、帯広の映画館で佐藤英光くんといっしょに観た。(英光くんが亡くなって13年だ。)

シドニー・ポワチエを検索していて驚いた。『冒険者たち』の、あの美女、ジョアンナ・シムカスと結婚しているのだ。

 

「エイメン、エイメン」の挿入歌が日本でもヒットしたが、音楽は巨匠・ジェリー・ゴールドスミス。2004年に亡くなるまで、すさまじい数のテレビドラマ、映画音楽を作曲している。

 


アンクルウエイトをつけて、千束稲荷神社へ

2017-07-30 | 日記・エッセイ・コラム

午後、足に重り(アンクルウエイト)をつけて千束稲荷神社まで散歩した。(北海道・帯広で5年ちかく父の介護をしていて、ほとんど歩かない、という日々だった。わが老いは、カンペキに足にきている。元帯広三条高校山岳部員としては、じつに、情けないことだ)

そんなわけで、夕暮れ、足にウエイトをつけて散歩する。

 

浅草は、有名な浅草寺だけでなく様々な宗派の寺、神社の集まる宗教的な街だ。そして、江戸幕府が認めた唯一の遊郭、”吉原”の街でもあった。(吉原は、人形町から移転させられ、浅草寺の北、300メートルくらいの日本堤に造られた)

 

 

 

 

 

 


隅田川花火大会

2017-07-29 | 日記・エッセイ・コラム

どしゃ降りになってきたので帰ってきたが、花火の音は部屋のなかでも聞こえる。

その花火の音を聞き、ワインを飲みながら、テレビ東京の"隅田川花火中継"をみていた。8時すぎには雨がやんだようだ。

隅田川の花火の音が聞こえるところに住む、とは思わなかった。


露地裏のユリ

2017-07-28 | 日記・エッセイ・コラム

台東区中央図書館まで歩いて10分。涼しくなった日が沈むころ、週刊文春と週刊新潮を読むために図書館にでかける。

大きい通りの言問通りではなく、小路をジグザグに歩く。鉢植えの植物をみるのも楽しい。そして、小路のなかに小さい寿司屋や天ぷら屋や、バーがあったりして驚く。

きょうは、「野のユリ」ならぬ「路地裏のユリ」に心さわいだ。

「エイメン、エイメン‥‥‥」と歌っていたシドニー・ポアチエ主演の映画を観たのは、中学生だったか?

(I Guess Everything Reminds You of Something は、ヘミングウェイ晩年の短編集のタイトルだが‥‥‥‥)


銭湯を教える

2017-07-27 | 日記・エッセイ・コラム

日が落ちると涼しいほど気温が下がって心地よい。

浅草寺まで散歩することにした。

「この近所に銭湯はありませんか?」、帰り道、かっぱ橋道具街で観光客らしいおにいさんに声をかけられた。”全国銭湯めぐり”が趣味の人だろうか? 

昭和24年に建てたという格調高い銭湯、浅草3丁目の曙湯を教えてあげたが、わたしはすっかり東京下町のジジイとしてこの街の風景になじんでいるのだろうか? なぜかよく、観光客に道をきかれる。

 

 


タブレットを使う

2017-07-25 | 日記・エッセイ・コラム

わたしはスマホを使わない。しかし、10年以上使っていたINFOMAから"簡単携帯"に替えた。メールを読む為にメガネを探すのがめんどうになった。デカイ文字のガラケーにした。

ついでにタブレットも手に入れた。このブログはタブレットで打ってる。

 

 


太郎稲荷大明神

2017-07-18 | 日記・エッセイ・コラム

やたらと暑いので夕暮れまで部屋からでない。

薄暗くなって散歩をするのだが、まだ蒸し暑い。

すぐ近所のお稲荷さんにお参りしてから、入谷、浅草をぶらつく。住宅街のなかに小さい稲荷神社がある。江戸の下町だね。

 

 

 

 


浅草寺、ほおずき市

2017-07-09 | 日記・エッセイ・コラム

きのうまで入谷・鬼子母神の朝顔まつりだったが、きょうあすは、浅草寺のほおずき市だ。とくにあす7月10日は、浅草寺・観音菩薩の最大の功徳日。この日参拝すると46,000日分の功徳がある、という縁日だ。

きょうも外は34℃。部屋のなかで、台東区中央図書館から借りてきた開高健全集を拾い読みしたり居眠りしたり、ウダウダして、涼しい風が心地よく吹きだした日暮れに浅草寺まで歩いた。

 

もう午後7時ちかい。いつもは仲見世のシャッターが閉まって、数千人くらいの人だが、きょうは凄まじい。雷門から本堂境内のほおずき市に、数万人はいるだろう。このにぎわいは、深夜まで続くという。

いつも5時すぎには扉を閉じる本堂は、参拝する人々であふれ、観音菩薩のまえに数十人の僧侶が座り読経をあげている。

 

切り花のほおずき‥‥‥お盆に、先祖‥‥父と母、祖父祖母、そして若く亡くなったわが子‥‥その霊を迎える飾りのひとつに使う、という。北海道で育ったわたしに、まったく新鮮な知識だ。「知らなかった‥‥」‥‥‥。

 

 


太田光子、槇さわ子

2017-07-08 | 日記・エッセイ・コラム

太田光子の歌集と、槇さわ子の詩集を寄贈するので美術館で展示してもらえないだろうか、と、伊達市教育委員会文化課にお願いしていた。

太田光子は、わたしの父の姉、彫刻家・太田良平の妻で歌人。槇さわ子(佃牧子)は、太田良平・光子の長女で詩人。つまり、わたしのいとこ。


恐れ入り谷の鬼子母神

2017-07-07 | 日記・エッセイ・コラム

きょうも日暮れに、入谷・鬼子母神の朝顔まつりにでかけた。

朝顔市二日目、金曜日の夕暮れ、きのうよりはるかに人が多い。朝顔の市でこの人出‥‥‥さすが江戸時代から続くイベントだ。(鬼子母神の前の言問通り。中央分離帯の片側が朝顔市、反対側は屋台がびっしり並ぶ。こちら側は若者たち、子供連れですさまじいことになってる。

 

DJポリスが活躍していた。(この警視庁の警官たち、じつに巧みな話術で祭りの群衆を混乱なく誘導している。みごとだ。)

何万人もやってくるから、歌ってる人もいる。

鬼子母神にお参りする人の列。これは暗くなるほど(涼しくなるほど)長くなっていった。真源寺、入谷・鬼子母神は、子安(安産、子育て)に御利益があるお寺。とうぜんだが、参拝者は圧倒的に女性だ。

2000円均一のような価格設定だから、高くはない。鬼子母神のお祭りに出かけて朝顔の鉢を買って、夏のあいだ秋ぐちまで朝顔の花を楽しむ。東京・下町の人たちの、七夕の恒例の行事なのかな? 北国で生まれ育ったわたしには、とても新鮮な祭りの光景だ。

 

メインの言問通りからの小路は、屋外のカフェ状態だ。祭りだね。

居酒屋さんは、外でかき氷を売ってる。

 

ここは普段は倉庫らしいのだが、祭りの三日間は、ビアホールだ。

 

 

夜8時過ぎても、このにぎわい。


入谷・朝顔まつり

2017-07-06 | 日記・エッセイ・コラム

涼しくなった6時過ぎ、朝顔市を見物にでかけた。わたしの部屋から真源寺(鬼子母神)までは徒歩10分。

もう日暮れなのにすさまじい人出だ。

「何時までやってるんです?」と、朝顔を売っているお兄さんに訊いた。

「何時までといって‥‥‥24時間店開いている人たちもいますよ」「朝まで‥‥?」「そうです。朝までお客が切れませんよ」