ブラジルとの国境に近いパラグアイ共和国カニンデジュ県イホビ,国道脇の旅籠(粗末なモーテル)の中庭で,珍しい灌木を見かけた。小鳥が群れを成してきては群がり,飛び去る。近づいて観察すると,何と木の幹にブドウの粒が着いているではないか。地表から蟻の列が幹を上っている。果実の甘みが蟻を呼んでいるのだろう。
一緒にいたアニバルが「食べてみろ,甘いよ」という。アニバルは,子供の頃よく食べたそうだ。摘んでみる。確かに,小粒の「巨峰」だ。
ジャボチカバ(Jaboticaba, Myrciaria cauliflora O.Berg.)は,ブラジル南部原産,フトモモ科の常緑小高木だと,後で知った。木の幹に直接白い花が咲き,実を着ける。世の中には変わった特徴の樹木があるものだ。果実は,最初緑色であるが,熟せば濃紫色の直径2cmほどになる。果肉は半透明の白で水分をたっぷり含み,味までブドウに似ている。
沖縄でも庭先で栽培されるようだが,実を着けるまで年数がかかり,生産性や輸送性に欠けることから,広く店頭に並ぶことはないだろう。だが,興味深い果実だ。
ジャボチカバを初めて味わった旅籠はパラグアイ国道10号線(ブラジル対岸のガイラから西方に延び,ビジャ・デル・ロサリに通じる)脇にあり,隣のガソリンスタンド以外は何もない場所に立っていた。ブラジル系の老婦人が宿を,若夫婦が食堂と売店を切り盛りしていた。旅籠の部屋は入り口のドアにペンキで大きな部屋番号が書かれ,荒削りな板壁で仕切られ,ベッドが一つ,奥にはトイレと電熱線を巻いたシャワーがついているだけ。隙間から蚊が入ってくるので,先ずは入り口とベッドの枕もとに蚊取線香。調査に疲れた体を,ただ横たえるだけの宿であった。
朝食のサービスなどないので,老婦人に約1,000円?の宿賃を支払い,陽の上がる前に旅立つのがいつもの利用法であった。赤土に汚れた壁が夕日に映えるころ,国道を走り抜けるトラックを眺めながら飲んだ作業後のセルベッサ,ジャボチカバの実を摘んだ味覚が今も思い出される。