以前連載したロケ地情報をグーグルマップ上にまとめてみました。
マップ左上のアイコンを押すと各ロケーションの見出しが登場、マップ内でスクロール
するとズームイン・アウト可能です。
また観音寺市広報誌2020年10月号には、大林監督追悼のデンデケ特集とともに、絶版
だったロケーションマップが再編集されカラーで掲載、現存するロケ地が紹介されて
います。
https://www.city.kanonji.kagawa.jp/site/koho/26749.html
当ブログ内各記事へは、カテゴリー「青春デンデケデケデケ」をクリック。
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また観音寺市広報誌2020年10月号には、大林監督追悼のデンデケ特集とともに、絶版
だったロケーションマップが再編集されカラーで掲載、現存するロケ地が紹介されて
います。
https://www.city.kanonji.kagawa.jp/site/koho/26749.html
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岡山への寄り道の最大のイベントはここ、水島臨海鉄道でした。
キハ30形は全く馴染みのない車両ながら、JRから引退する直前に、初めてにして最後
ということで、わざわざ千葉の向こうまで乗りに行ったものです。JRからの引退後は、
キハ37, 38とともに水島臨海鉄道に譲渡されました。ワンマンではない旧国鉄型車両の
運行は平日の朝夕に限られるため、この機会を窺っていたというわけです。
三菱自工前駅は始発ながら停車は短時間なので、反ホーム側から撮ると、その列車には
乗れずにお見送りです。なぜかキハ30よりキハ37のほうが白煙が出ていますね。
後の列車で追いかける途中、本分の?貨物列車とすれ違いました。
途中駅で、倉敷市から折り返してくるキハ30を待ち伏せ。
室内。特徴のロングシートは特に乗り鉄から嫌われたものでした(笑)
ついでの話で、キハ30, 37, 38導入以前は、キハ20が運行されていました。
やはり平日運転のため、なかなか乗る機会がなかったのですが、2017年3月のさよなら
運転の抽選に見事当選し、ギリギリのタイミングで乗ることができました。
右写真は、さよなら運転後に水島貨物ターミナルの車庫での展示です。
キハ30形は全く馴染みのない車両ながら、JRから引退する直前に、初めてにして最後
ということで、わざわざ千葉の向こうまで乗りに行ったものです。JRからの引退後は、
キハ37, 38とともに水島臨海鉄道に譲渡されました。ワンマンではない旧国鉄型車両の
運行は平日の朝夕に限られるため、この機会を窺っていたというわけです。
三菱自工前駅は始発ながら停車は短時間なので、反ホーム側から撮ると、その列車には
乗れずにお見送りです。なぜかキハ30よりキハ37のほうが白煙が出ていますね。
後の列車で追いかける途中、本分の?貨物列車とすれ違いました。
途中駅で、倉敷市から折り返してくるキハ30を待ち伏せ。
室内。特徴のロングシートは特に乗り鉄から嫌われたものでした(笑)
ついでの話で、キハ30, 37, 38導入以前は、キハ20が運行されていました。
やはり平日運転のため、なかなか乗る機会がなかったのですが、2017年3月のさよなら
運転の抽選に見事当選し、ギリギリのタイミングで乗ることができました。
右写真は、さよなら運転後に水島貨物ターミナルの車庫での展示です。
復路ではさらに岡山市内に寄り道しました。
おかでんミュージアムを見るつもりだったのですが、コロナの影響か、ウィークデー
の中日が全て休館日になり、運悪くそれに当たってしまいました。
ミュージアムの脇には「チャギントン電車」の前頭部のモックアップが置かれています。
その代わりというか、目の前の東山電停に偶然"KURO"が停まっているのを見かけて、
それに乗ってみることにしました。この車両、元は以前紹介した東武日光軌道線の車両
です。
岡電で最古参となった3000形3両のうち1両が、鉄道デザイナーとして著名な水戸岡
鋭治氏の手によって、装いも新たに"KURO"となった次第。なお水戸岡氏の起用は、初
の低床車であった"MOMO"のデザインがきっかけであり、おかでんミュージアムも「+
水戸岡デザイン」のサブネームが冠せられています。
水戸岡デザインの特徴の一つとして、座席や内装への木材の多用が挙げられます。
終点の岡山駅前での折り返しが極めて短時間なこともあって、確実に往復乗るためと、
走行写真を撮るために、あえて一つ手前の電停で下車。
一往復後の東山電停にて。右写真は入庫の様子です。
おかでんミュージアムを見るつもりだったのですが、コロナの影響か、ウィークデー
の中日が全て休館日になり、運悪くそれに当たってしまいました。
ミュージアムの脇には「チャギントン電車」の前頭部のモックアップが置かれています。
その代わりというか、目の前の東山電停に偶然"KURO"が停まっているのを見かけて、
それに乗ってみることにしました。この車両、元は以前紹介した東武日光軌道線の車両
です。
岡電で最古参となった3000形3両のうち1両が、鉄道デザイナーとして著名な水戸岡
鋭治氏の手によって、装いも新たに"KURO"となった次第。なお水戸岡氏の起用は、初
の低床車であった"MOMO"のデザインがきっかけであり、おかでんミュージアムも「+
水戸岡デザイン」のサブネームが冠せられています。
水戸岡デザインの特徴の一つとして、座席や内装への木材の多用が挙げられます。
終点の岡山駅前での折り返しが極めて短時間なこともあって、確実に往復乗るためと、
走行写真を撮るために、あえて一つ手前の電停で下車。
一往復後の東山電停にて。右写真は入庫の様子です。
復路では、井笠鉄道記念館にほぼ十年ぶりに寄ってきました。
井笠鉄道は名の通りかつて岡山の笠岡と井原その他を結んだ軽便鉄道で、廃止後も残された
新山駅舎は記念館となりました。長らく廃止当時の駅長さんが管理人を勤めていましたが、
バス会社としてしばらく存続した井笠鉄道の破産を機に笠岡市に移管されたようです。
全景。駅舎の中には備品が展示されています。
保存車両。
蒸気機関車は、鉄道(軽便)ファンにとっては馴染みのある響きのコッペル社製で、鉄道廃止
後は、新交通システム化以前の西武山口線で活躍しました。
まさにマッチ箱のような客車と貨車。
客車の車内や貨車の車掌室の中にも入ることができます。
井笠鉄道は名の通りかつて岡山の笠岡と井原その他を結んだ軽便鉄道で、廃止後も残された
新山駅舎は記念館となりました。長らく廃止当時の駅長さんが管理人を勤めていましたが、
バス会社としてしばらく存続した井笠鉄道の破産を機に笠岡市に移管されたようです。
全景。駅舎の中には備品が展示されています。
保存車両。
蒸気機関車は、鉄道(軽便)ファンにとっては馴染みのある響きのコッペル社製で、鉄道廃止
後は、新交通システム化以前の西武山口線で活躍しました。
まさにマッチ箱のような客車と貨車。
客車の車内や貨車の車掌室の中にも入ることができます。
先月、所用(私用)で愛媛の某所に行ってきましたが、その途中、以前より気になっていた
「さぬきこどもの国」に寄り道してきました。
高松空港は空港の南側が丘状になっており離発着がよく見渡せ、香川在住時代には時々写真
を撮りに行ってましたが、その一角に当施設が90年代の半ばに整備されました。
気になっていた理由は、YS-11の保存機があることです。
以前成田で試作1号機を見たことがありますが、こちらのものは量産機で、最後まで伊丹-
高松便で飛行していた機体です。「こともの国」におじさんの私が入れるか心配でしたが、
屋外は全くのアクセスフリーでした。
左写真で、尾部に階段が見えることから分かる通り、機内も見られるようですが、公開は土日
とのことで、この日は平日で残念でした。近いうちに再訪しようと思います。
丘に登れば、柵をかわして全体を撮ることも可能。
乗り物の展示物として、YSの他、ことでんの旧型車も保存されています。
こちらは車内に入ることができました。
「さぬきこどもの国」に寄り道してきました。
高松空港は空港の南側が丘状になっており離発着がよく見渡せ、香川在住時代には時々写真
を撮りに行ってましたが、その一角に当施設が90年代の半ばに整備されました。
気になっていた理由は、YS-11の保存機があることです。
以前成田で試作1号機を見たことがありますが、こちらのものは量産機で、最後まで伊丹-
高松便で飛行していた機体です。「こともの国」におじさんの私が入れるか心配でしたが、
屋外は全くのアクセスフリーでした。
左写真で、尾部に階段が見えることから分かる通り、機内も見られるようですが、公開は土日
とのことで、この日は平日で残念でした。近いうちに再訪しようと思います。
丘に登れば、柵をかわして全体を撮ることも可能。
乗り物の展示物として、YSの他、ことでんの旧型車も保存されています。
こちらは車内に入ることができました。
一昨年の春、山口線でD51200が本格運行を開始した直後に乗りに行きましたが、DD51に
よる代走を現地で知る事態に遭い、それはそれで貴重ながらも心残りのあるものとなって
しまいました。
その後、「やまぐち号」でのD51の運行機会を窺ってましたが、今年度はもともとC571
だけの運行が予定されていたことと、コロナ後の運行再開後の切符がなかなか取れずに
シーズン終了を迎えました。そんな折、JRのサイトをチェックしていて、標題の臨時列車
が運行されることを偶然知り、ようやくD51牽引列車に乗ることができた次第です。
新山口駅にて、往路出発前の状況。
往路での撮影タイム、地福駅にて、
車窓からの津和野の町並み。
津和野での転線および転車台作業。
復路出発前の状況。
車内の状況。
新形式にも関わらず、旧型客車の再現度合いが半端ないです。
復路・5号車展望デッキからの眺望。
<後日追記>
2021年9月までの「やまぐち号」の運転計画が発表されましたが、「蒸気機関車C57 1 号機
並びにD51 200 号機は検査・修繕を実施する」とのことで、DD51による牽引となりました。
シーズン最後のおまけのタイミングで乗りに行けて本当に良かったです。
もっともDD51牽引列車も今や貴重なので、もしかしたら来年も乗りに行くかもしれませんが…
よる代走を現地で知る事態に遭い、それはそれで貴重ながらも心残りのあるものとなって
しまいました。
その後、「やまぐち号」でのD51の運行機会を窺ってましたが、今年度はもともとC571
だけの運行が予定されていたことと、コロナ後の運行再開後の切符がなかなか取れずに
シーズン終了を迎えました。そんな折、JRのサイトをチェックしていて、標題の臨時列車
が運行されることを偶然知り、ようやくD51牽引列車に乗ることができた次第です。
新山口駅にて、往路出発前の状況。
往路での撮影タイム、地福駅にて、
車窓からの津和野の町並み。
津和野での転線および転車台作業。
復路出発前の状況。
車内の状況。
新形式にも関わらず、旧型客車の再現度合いが半端ないです。
復路・5号車展望デッキからの眺望。
<後日追記>
2021年9月までの「やまぐち号」の運転計画が発表されましたが、「蒸気機関車C57 1 号機
並びにD51 200 号機は検査・修繕を実施する」とのことで、DD51による牽引となりました。
シーズン最後のおまけのタイミングで乗りに行けて本当に良かったです。
もっともDD51牽引列車も今や貴重なので、もしかしたら来年も乗りに行くかもしれませんが…