敏腕Pの日々のつぶやき

テアトルシアター代表、と言ってもたった一人。敏腕演劇プロデューサー目指し、観劇評や日々の生活で気になったことを綴ります。

道一本

2017年12月31日 | 身辺雑記
2017年もおしせまりました。
本年もお世話になりました。


さて。
遊戯空間『仮名手本忠臣蔵』の
稽古を28日に無事納めて。
昨日はM.B.Eプロジェクトの
年内最後の読み合わせ。

そこに向かう道すがら、ばったり
一色彩子さんと出くわした。

本当は一本違う道のほうが
その稽古場に行くには便利。
ただいつもの足癖で曲がった故
久しぶりの邂逅となったのだ。

とある店に入るつもりが、
ちょうど怖いお兄さんが出てきて
ひょいと角度を変えて一軒隣に。
そこで呑んでいた娘と意気投合し
結婚しました、とかゆー話は
世の中に数多ある。もちろん、
今日の「ばったり」はそれほどは
大きなインパクトではない。

実はちょいと前に一色さん主催で
一本の芝居を準備していて、
諸事情により頓挫した時に、
ひっそりと「お疲れ様会」をした
居酒屋の隣……、つまり、
前回別れた場所での再会だった。

来年もそんな多くの出会いがあれば。

※※※

あ、昨日の稽古。
2018年10月末と随分先の芝居。
なのだが、上演時間が少々長い、
所謂大作なのである。
そこで早めから取り組んでいる。

ここにも不思議な縁が。
主演を務める松川真澄の先祖が
僕の父の生地である五所川原を
昔治めていたというではないか。



そのくせ訪れたことはないと言う。
「今度ご案内しますよ、姫」


※※※

そんなこんなの2017年。
まる一年で61本の芝居を観た。
制作担当した15本を縫ってなので
不義理も随分あったけれど……。

月に均すと約5本。
実際、月四が五ヶ月あって、
1月の0本を、3月と5月の9本、
そして師走の8本で埋め合わせて
帳尻を合わせた感じだ。

その中でのナンバーワンは
誰が何と言おうと12月23日観劇の
青年座スタジオ公演『真田風雲緑』。

観て日が浅く印象深いからではなく、
圧倒的なエネルギーで刺さった舞台。

磯村純の演出の冴えが今回も
いかんなく発揮されたばかりか
〈青年座スタジオ公演〉ラストを
飾るにふさわしい出来映えだった。

また。
思えば、ある時期の〈スタ公〉を
牽引した五十嵐明(今回も出演)が
繰り出した一連のスタ公の伝統を
昇華させた一編にもなっていた。


※※※

さて。
来年はどんな道程でどんな選択を
することになるかしらん。

2018年も宜しくお願い致します。
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殿中瓦版したまち綴~馥郁

2017年12月27日 | 制作公演関連
ふくよか (形容動詞)
・柔らかそうにふっくらとした。
[同]ふくやか。ふくらか。
・豊かな香りを漂わすさま。

漢字であらわすなら馥郁
(ふくいく)が相応しいだろう。



遊戯空間『仮名手本忠臣蔵』は
六年で六度目の上演になる。
一つの作品を繰り返し拵える事で
芝居が馥郁となる様が稽古場で
ひしひしと伝わってくる。

正確に記するならば。
2012年師走(忠臣蔵といえば、
やはり十二月なのである)に初演。
以来、2015年まで浅草・木馬亭で。
2016年度は年をまたいだ二月
(つまり年で言えば2017)
ついでに隅田川もまたいで、
両国のシアターΧにて。

リーディング形式からドラマへ。
簡単に言えば、通常の演劇の形で
初めて御披露目し、好評を得た。

一つの到達点に至り、暫く封印、
の予定だったのだが……
「したまち演劇祭」からの
有り難いお声掛けもいただき、
鬨の声を挙げることに!

こうして今年度も『仮名手本』で
皆様とお会いできることになった。

ただ。前段書いたように、
ある山の頂上には立ったので、
更なる高嶺を目指しての出陣だ。

その隊列に加わるは義士は・・・

佐々木梅治(民藝)、里村孝雄、
側見民雄(演劇集団・阿吽)、
をはり万造、堀光太郎、渡辺聡
(俳優座)、永野和宏(新人会)、
望野哲也(演劇倶楽部・座)、
草野峻平、川邊史也(銅鑼)、
観世葉子、金子あい、渕野陽子
(青年座)、神保麻奈、山崎沙織

そして。
構成・演出・美術に、出演の
遊戯空間主宰の篠本賢一。

*括弧なしは所属フリー



2018年1月18日(木)~22日(月)
木馬亭(浅草・奥山おまいりまち)

18(木)18時【天】
19(金)13時【河】、同18時【天】
20(土)14時【河】
21(日)14時【天】
22(月)14時【河】

【天】
里村孝雄(高師直)
金子あい(顔世御前)
渕野陽子(おかる)

【河】
側見民雄(高師直)
渕野陽子(顔世御前)
金子あい(おかる)
 
というわけで。
六演目の『仮名手本~』は、
前回のブログタイトルを踏襲しつつ
年明けから本格スタートします。

 
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2017年、師走、雑感、ふたたび。

2017年12月26日 | 身辺雑記


クリスマスも終わり、今年も僅か。
幾つか溢れたコネタを・・・

まずは昨日の高校駅伝。
全選手の胸のゼッケンに
「SGホールディングス」。
……余り見慣れない社名が。

株に興味がある方なら、
今年最大の上場を果たした
佐川の持株会社とすぐ判るかと。

そう、今年3月に創業60年を迎えた
物流No.2、飛脚マークでおなじみ
「佐川急便」をはじめグループ各社を
ぶらさげるSG ホールディングス。

高校駅伝の舞台京都に本社を持つ縁と
主業を活かして、各校の手荷物や
大会広報(ポスター、パンフレット等)
の発送を担える点から「特別協賛」を
昨年の大会から担っているらしい。

ちなみに。
1987年に発足した陸上競技部は、
アトランタ五輪マラソンに大家正貴が、
大阪世界陸上20km競歩に谷井孝行、
同50km競歩に谷内雄亮が出場。
谷井はロンドン五輪には50km競歩の、
山本亮は同マラソン代表になるなどの
成績を残し、ニューイヤー駅伝の常連
でもある(最高位15位)。

12月17日の弊ブログに載せた
駅コンコースの謎のペットボトルが



増えていた。清掃は入らないのか?

僕が「裏組織の何かの暗号か」と
疑ったがダストマンもびびってるのか。

前回お茶だけだったのに、
ホットレモンが一本ってのに
意味はあるのだろうか・・・

11月25日『三匹のこぶた』と題した
雑文も書いたけのだれど、、、
我が家の近所にブロック造りの家が
建設中である。大変珍しい。
ポストにメモ紙が貼ってあり、
中国人と判る。作業中前を通ったら、
聞こえて来たもの中国語だった。
なるほど。





駅ビルの自動ドアも撮ってみた。
大好きなキリンがいたからだ。



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都大路、視点をかえて。

2017年12月25日 | スポーツ
全国高校駅伝。京都にて。
女子は仙台育英が23年ぶり
3度目の女王に耀いた

男子は昨年と同じ一騎討ち
昨年の覇者・倉敷を追う佐久長聖が
悔しさを晴らす9年ぶり2度目の頂点!

3区の留学生ニジオカ(倉敷)から
襷の渡る4区で40秒差ならと言った
佐久長聖は、言葉通りに後半で逆転。

と、ついレース展開を綴りがち。
なので
今回は、ちょいと目線をかえてみる。

プロ野球のドラフト。
今年は日ハムやオリックスが良く、
DeNAもなかなかの補強だった、
と報道は伝えていたけれど・・・
この高校駅伝も、陸上長距離界の
未来のスター達の集う場所だ。

男子は、いよいよ号砲まで
10日を切った箱根駅伝を走る
韋駄天の「前哨戦」でもある。

陸上は駅伝が全てではないのは
言うまでもなく、ただ逆に、
大学陸上のひとつなのも事実。

そういう意味で、2018年度の
勝ち組は早稲田大学と言えそう。

5000Mの持ちタイムトップの
中谷雄飛(佐久長聖)はじめ、
同4位の千明龍之佑(東農二)、
同6位、半澤黎斗(学法石川)が
こぞって入学するらしいのだ。

今年の出雲を制した東海大学の
黄金世代(関、鬼塚、館澤ら)に
匹敵する「同級生」を形成して、
エンジの襷の復権に寄与するやも。

また明治大学も大量補強。
準V倉敷・主将の名合治紀のほか、
PB2位の鈴木聖人(水城)、
同12位の佐久間秀徳(国学院久我山)
ら10人が名を連ねる。
(PBはパーソナルベストタイム)

でもね。
甲子園で活躍しながらプロでは
残念ながら結果を出せない選手が
少なくないように、高校で無名でも
花開くランナーも多い。
そして。
我が東洋大学は、そんな顔触れで
「一秒を削り出す」闘いを続けてきた。

結局こうゆう話でテープを切る
お許しください。

テープと言えば。
最後の走者が走り終えた瞬間、
路上に貼ったテープを剥がし出す
役員の姿が映し出されたのを見て、
少し微笑ましかった。

我々も、千秋楽。
最後のお客様が客席を出て、
「ありがとうございました」と
ゆっくりと扉を閉めた瞬間、
「完パケです」とスタッフに声掛け、
一気にギアを入れ替えると、
場合によっては正に秒を競う
「バラシ」に突入するのである。

てなわけで。
高校駅伝関係者の皆様、
ごくろうさまでした。
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一二二三、祝日

2017年12月24日 | 身辺雑記
12月23日祝日。
土曜日曜が祝日だとチビッ子の頃
損した気持ちになったものだが、
今や仕事柄、休みの日が書入時

・・・だったのです、が。
最近、昼は変わらず良いものの、
土日祝の夜公演はお客様が少ない。
それゆえ公演自体やらない所が
大変多く見受けられたりも……。



でも。
祝日の張本人の名を冠した昨日の、
サッカーの試合は超満員だった。

いきなりだけれど。
「別れた相手」を男は引きずり、
女はそうしないと一般に言う。

異性ではないが、長年愛した
横浜Fマリノスが映っていた
昨日の、天皇杯準決勝。
しかも延長の末勝利し、決勝へ。

知らずに出掛ける準備をしていて、
シャワーを浴び時間を確認がてら
つけたテレビで放送していたのだ。

その時、既に延長後半だった。
つまりは少ししか見ていない。
その短い時間でも……

キャプテンマークを巻いた中澤は
変わらぬ安定感でチームを鼓舞。
不動の守護神になりきれなかった
GK飯倉は逞しく成長して、
今季はリーグ戦の全試合で
ゴールマウスに立ちはだかった。

昨日の等々力での柏レイソル戦も
決定的シュートをスーパーセープ!
実況によれば、試合を通して
「当たりまくっていた」模様。
「当たる」は、キーパーが
難しいシュートを何本も何本も
防ぐ際の決まり文句である。

なにより。
その横で解説していたのが、
初代ミスターマリノスの木村和司。

病に倒れ半身に麻痺が残る体だが、
大きな試合でのいつもの広島弁。
それが一番嬉しかったりした。

長年愛した、で思い出したが。
小四の時、クラスにいた瞳の大きな、
勉強はからきしだったが面白く、
何よりかなり可愛い娘がいて。
それが学期途中で転校が決まった。

依田真由美が越して行った街が柏。

僕にとっては以来特別な場所。
ただ、レイソルには別段感情はない。

今はどうか知らないが。
当時は好きな子の名前など
恥ずかしくて言わないもので、
仮に文春にスッパ抜かれたなら
「うーうーうー」と囃し立てられ、
舌噛んで死んじゃいたいくらいな
辛い日々を過ごさねばならなかった。

ただ「転校」という魔法の言葉は
特別な力を発揮して、おせっかいが
好きな子を聞くや、クラス中で
何故だか祝福ムードを醸したりした。

依田と並んで撮った写真は
まだアルバムの中にあるのだろうか。

12月23日祝日。
日本新劇製作者協会の機関誌が
無事に印刷に回ったとメールが
編集プロダクションから届いた。
号数が123で祝日と似ていた。
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補フェニックス(後半)

2017年12月23日 | スポーツ
いったい何時までアメフトを書く?
と、自分自身に問いたくもなるが。


三つ目のルーツ校・早稲田大学が
チーム名を「ビッグベアーズ」と言い、
それが学祖の大隈重信からだと知り
熊じゃなく「隈」だよ。でもまあ、
そんなこたぁ百も承知で音からの、
要するに駄洒落なわけである。
こりゃもっと世に広めたいぞ!
と勝手に責務さえ芽生えちゃって、
兎にも角にも四日続けての「鎧球」っす。

蛇足ながらアメリカン・フットボール
の漢字表記が「鎧球」です。

早大の鎧球部は、ベアーゆえか、
長い眠りから覚めたのは21世紀。
アメフトルーツ校が、2002年
ついに甲子園ボウルに進出します。
奇しくも相手は「西の早稲田」
立命館パンサーズ。10、15年と
三度ぶつかるも3敗。しかし、
2年前は1点差の惜敗だった。
そして昨年は「王者」関学の前に
散ったけれど、近年の戦国・関東で
存在感を発揮しているのは確かだ。

そう、ここで久しぶりに題名にもある
「フェニックス」に戻るけれど。
赤い悪魔とも呼ばれた日大が、
長く東のアメフト界に君臨していた。

対して西は関学ファイターズ。
1949年から実に33年連続で
甲子園ボウルに出場し、その間に
関西リーグ145連勝という、
とんでもない記録も樹立している。
大学日本一28回はもちろん最多だ。

ただ東西の両雄の直接対決・・・
両校のチームカラーから
「赤と青の戦い」と言われる
・・・では、日大17勝、関学8勝、
(両校優勝2)と、日大が圧倒!
とも取れるのだが。
1990年を最後に優勝から遠退いた
フェニックスに対して、
2000年以降だけ取っても
ファイターズは7回の戴冠だ。

二校を取っ払って見ても、
東西の大学王者の戦績は
西40勝、東28勝、4分。
2000年以降なら東は僅か4勝。
今年の日大が凱歌をあげるまで、
法政大学オレンジが気を吐き、
00、05、06年に優勝したのみ。
と、完全なる西高東低。

逆に1990年までは東が24勝、
西18勝(3分)と上回っていた。
不死鳥・日大復活を機に、
関東勢の復権を期待したい。

で。ライスボウル
学生代表vs社会人代表。
21日にも少し書いたけれど。
学生オールスターから現行の
日本一決定戦に移行した頃は、
学生が強かったのです……。

08年、立命館パンサーズの勝利を
最後に「大人の厚い壁」に弾かれ、
通算では社会人の22勝12敗に。

さて。年明け3日は??
まあ順当に行けば富士通です。
でも。
日大は関学戦も下馬評は低かった。

ちなみに富士通には日大OBが12人。
日大主将山崎(DL)も、来春から
フロンティアーズの一員に加わる。

そうそう。
QBの説明から始まったんだったな。
DLとは、ディフェンスライン。
攻撃側が、股下からボールを出し、
それを受けたQBがパスしたり、
自ら走ったりするわけですが、
その前に並ぶ守備側の最前線がDL。

サッカーが4-4-2とか3-5-1-1とか
フォーメーションによって、
ディフェンダー、ミッドフィルダー、
フォワードの数が変わるように、
アメフトも、例えば、このDLが
オーソドックスなら4人並び、
ランに対応するなら5人等々、
様々な形がある・・・このあたりが、
一般的にチンプンカンプンな点で
また、面白くもあるわけだが……。

でも。
「鎧球」の話は一度おしまいにします。
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補フェニックス(前半)

2017年12月22日 | スポーツ
前二回の補足。
フェニックスのではなく、
寧ろ「アメフト」の、です。

なにげにQBとか書きましたが、
「クォーター・バック」という
野球でいえばピッチャー、
ラグビーならスタンドオフ的な
「花形」のポジション。
通な人はあえて略語で言うけども、
「キュービー」じゃなく「ケービー」
って発音するのが、素人には
ちょっとカチンと来たりします。

てか、そもそもアメフトって?
から始めてしまおうか……。
イメージとしては矢鱈沢山いる、
と多くの方々が思っているかと。


「フットボール」と言うだけに、
実は、フィールド上には11人。
(1チームね、念のため)

ただ攻撃と守備でチームが替わるし、
かつ自由交代だからワンプレー毎、
例えば前述のQBも替わって良い。

乱暴にいえば、一人の打者に
一球ずつ投手が違って良いルール。

更にキッキングチームもある。
けど、もうこのあたりは省略しよう。

と、でも。前回のブログの
「2ポイントコンバージョン」だけ
ちょいと解説。
ラグビーのトライに当たる
タッチダウン(6点)のあとに
キックで1点が更に加わるのですが、
蹴らずに、再度タッチダウンを狙い
成功すると2点が入るルールのこと。

そんな競技を日本に伝えたのは、
岡部平太(1891~1966)。
福岡出身で、東京高等師範学校
(現・筑波大)に進学。
その際に講道館にも入門して、
圧倒的強さを誇った柔道家でもある。
卒業後渡米。陸上、水泳、バスケ等
とともにアメフトも学び、彼が自著
『世界の運動界』の中で解説。
これがアメリカン・フットボールの
国内最初の学術的な記述と言われる。
大正時代のことだ。

初めての公式戦は1934(昭和9)年。
立教大学のポール・ラッシュ、
明治大学・松本瀧藏(ともに教授)
を中心に神宮外苑球技場で、
学生選抜と横浜在留人が対戦。

彼らと日系二世らで設立した
「東京学生米式蹴球競技連盟」は
立教、明治、早稲田のまず三校から。

現在、日本の頂点を決する
「ライスボウル」の最優秀選手には
日本のアメフトの父と称される
ポール・ラッシュ杯が授与されるが、
立教のチーム名も彼にちなんで
「セント・ポール・ラッシャーズ」。

そのホームページによれば。
1934年、立教対明治の対戦から
日本のアメフトの歴史は始まり、
1951年の甲子園ボウル初制覇。
出場6回、うち優勝4回という
輝かしい成績を残しています。
と。

ちなみに「甲子園ボウル」は
大学日本一を争う1947年からの
タイトルだが「ライスボウル」が
長い間、東西学生オールスター戦
(1948~82年)だった点から、
実質、日本一を決める大会だった。

その第6回から9回に連続出場し、
15、20回も。うち4度の優勝。
相手はすべて関西学院大学で、
65年は両校優勝。そしてこれが
最後の甲子園ボウルとなっている。

かたや明治大学グリフィンズ。
甲子園ボウル出場は5度。
まだ優勝はないが、立教とともに
「ルーツ校」を名乗るだけに、
第2回(48年)に初進出を果たして
以後、68、75~76、85年と
コンスタントな成績を残している。

【ハーフタイム】


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続フェニックス

2017年12月21日 | スポーツ
日本大学フェニックスが
27年ぶり21度目の大学日本一に!
と、昨日書いた。

初めて社会人と学生が激突し、
真の日本一を決した、1983年の
ライスボウルの、栄えある王者は
京都大学ギャングスターズ、と迄
綴ったところでタイムオーバーに。

アメリカン・フットボールの話です。

唐突ですが、松岡秀樹をご存じか?

天才QB・松岡は一回生から
その才能をいかんなく発揮し、
二回生の82年には376ヤードの
パス獲得で、甲子園ボウルの
史上3位(当時)の記録を作った。
翌年、京大に苦杯をなめて、
冒頭の夢の舞台を逃した天才は、
最上級生となった84年、
最終クォーター自らゴールし、
42対34と関学を突き放した。
が。
残り1分30秒からの関学の攻撃は、
時計を上手に止めながら、
ついに残り4秒でタッチダウン。
さらに。
2ポイントコンバージョンも成功!
両校優勝(史上3度目)という
劇的な試合……を僕はテレビで見た。

抽選でライスボウルには日大が進出。
レナウンに勝利し、MVPには松岡。

日本アメフトの父とされる
ポール・ラッシュの名を冠した
MVPを松岡は翌年も獲得する。

卒業した彼が選んだのは、前年の敵
レナウン・ローバーズだった。

これが社会人チーム初の優勝となる。
翌年からは京大が2年連続、
そして88年からは日大が3連覇と、
学生vs社会人の闘いは、初期、
圧倒的に学生が強かったのである。

この90年の、第44回大会を最後に
日大は学生王者から遠退き、必然、
ライスボウルにも出場していない。

27年ぶりのフェニックスに、
立ちはだかるのは富士通。
2014年、初の社会人NO.1になり、
ライスで関学を破り、初優勝!
翌年、パナソニック・インパルスに
王者を明け渡すも、昨年は奪還し、
またも関学とあいまみえ二度目の
戴冠。今季は連覇に挑む。

さて。
富士通フロンティアーズといえば、
背番号3のQB、キャメロンがXボウル
(社会人No.1決定戦)でもキレキレで
ライスボウルでも出来に注目されるが、
マネージャーの一人に柏原竜二がいる。

山の神と呼ばれた東洋大学の柏原と、
同姓同名・・・ではない。本人だ。
鉄紺のエースから富士通陸上部へ。
しかし。
故障からの復活はならずに引退した
「箱根のスター」が、富士通の
スポーツ等による社会貢献を伝える
新たな部署に異動。その一環として
フロンティアーズのマネージャーに
「研修」として参加……。ところが、
相思相愛での入部となったのだ。

柏原は新しいフィールドで甦る。

富士通vs日大フェニックス。
キックオフは1月3日。
偶然にも、箱根駅伝・復路の日だ。

不死鳥のマネージャーのいるチームと
フェニックスが日本一を賭けて闘う。

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フェニックス

2017年12月20日 | スポーツ
日本新劇俳優協会フェスティバルは
昨日無事「終宴」いたしました。


会員による朗読や紙芝居の発表、
さらには「立体朗読」等から成り、
本来は終演と書くべきでしょうが、
二日限りの、協会のお祭りゆえ、
あえて「終宴」と……。

昨日の千秋楽はブレヒトの芝居小屋が
超満員となり質量とも盛況なフェスに
なったと思います。


(『買出し』出演の酒井康行撮影/一番手前。
左端は演出・鵜澤秀行。ほかキャスト
スタッフを加えた懇親会の一葉)

さて、その仕込をしていた日曜日。
アメリカンフットボールの大学No.1を
決する「甲子園ボウル」で日大が優勝。

実に27年ぶりの頂点でした。
相手は宿命のライバル・関学。

1949年、第4回大会で初優勝した
関西学院大学ファイターズは、
8回から11回に4連覇を果たして、
日本アメフト界の黎明期を牽引。

1955年の第10回は両校優勝。
トロフィーを分けあったのが日大。
フェニックスの、これが初優勝。

57~59年に3連覇、61~64年に4連覇
と日大は最初の黄金時代を迎え、
関学の優勝回数を上回った。

対するファイターズは73~77年に
史上初の5連覇を達成。
優勝回数を15に伸ばし「雄の座」に
再び座ると、翌年から今度は日大が
5連覇し16度の登頂に成功し巻き返す。

この頃、日本にアメフトブーム到来。
子供達は、胸にでっかい二桁番号の
Tシャツを着て、まるで消えない
アメフトのヘルメット型の消ゴムを
筆箱入れていたのだった。


ただファッションや文房具は、
NFLやNCAA、つまり本場のプロや
大学のアメフトグッズであって、
日本の大学のアメフトは、
それほど注目されてはいなかった。

が、勿論。1959年に監督に就任以来、
ショットガンフォーメーションを
中心とした篠竹幹夫が、椅子に座り、
煙草を燻らせながらの厳しい指導は
当時まだ義務教育のさなかの僕も
知ってはいた。ああ、懐かしや、
あの時代、明大野球部の島岡監督、
明大ラグビー部の北島監督など、
ユニークな「指導者」が多かったな~。

閑話休題。

フェニックスの甲子園ボウル5連覇の
対戦校は京都大学ギャングスターズ。
翌83年、京大が雪辱。悲願の初優勝!

そしてこの年度に、初めて大学と
社会人が「真の日本一」を決する
第37回ライスボールが開催され、
京大が初代王者の栄誉を勝ち得た。

「初めて」なのに37回?
前年まで、ライスボウルは学生の
東西オールスターの戦いであり、
日大を中心とした東が24勝、
西軍12勝という大会の、衣替え。

第71回大会は、来年1月3日。
日大対富士通(東京ドーム)

【つづく】


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日本新劇俳優協会フェスティバル2017

2017年12月18日 | 制作公演関連
「新劇」という演劇のジャンルが、
ある。・・・「あるのだ」。
一部には「あった」と過去完了で
話される方もいるけれど(@_@)

かつて日本の古典演劇に対して、
西洋劇を輸入することから始まり、
日本の演劇界に新風を吹き込み、
俳優座、文学座、民藝など
現有の老舗劇団が今尚、
その精神・・・そうスタイル
というよりも精神こそが
「新劇」の真骨頂なのやも。

大きく出たが、僕自身が純然たる
新劇人ではなく、余り語ると
ボロが出るので切り上げて、
ブログの本題に入るけれど。

その「新劇」を冠する団体は
時代の趨勢で数を減らして、
日本新劇俳優協会がひとつ。
それから、日本新劇製作者協会。

その俳優協のフェスが今日と明日、
ブレヒトの芝居小屋(武蔵関)で。

会員による作品発表三作品と
協会企画から成り、前者は、
個人による朗読や紙芝居で、
後者は協会の「立体朗読」に
名乗りを挙げた15名による
永井荷風『書出し』の上演だ。

また明日のみ、やはり会員の
津嘉山正種の話を聞く会が
催される(聞き手に岩倉高子)。

・・・書いていて我ながら
若干距離感を感じるけれど、
お手伝いなので実は深くは
把握できていない(^_^;)

昨日は仕込で一日会場にいたが、
『買出し』は、たっぷり30分、
念入りにアップに時間を掛けた。
そして中身も面白かった。

会員は無料(劇団研究生1000円)、
一般は2000円で観劇可能なのだが、
明日はもう完売しているそうだ。
C=C=\(;・_・)/

場当たり、通し稽古を拝見しつつ、
もう一つの「新劇」を掲げる
僕が末席理事にある協会の
機関誌の赤を入れたりしつつ……。

赤といえば。



クリスマスもだが、今日の山手線は
年賀状を書こう!というJPの
広告がまるまる一両のに乗り合わせた。







電車のあと、稽古写真をニ葉。

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