敏腕Pの日々のつぶやき

テアトルシアター代表、と言ってもたった一人。敏腕演劇プロデューサー目指し、観劇評や日々の生活で気になったことを綴ります。

安藤坂のコインで(カミスト2018/1)

2018年01月31日 | 制作公演関連
東京メトロの24時間券は
文字通り24hours乗降自由。
一日ではなく「使用開始から
24時間」てのが味噌で、便利。

例えば
池袋に住む僕が今日の午後、
映画を観に新宿三丁目に行き、
夜、浅草で友人との飲み会に参加。
芋ようかんを土産に帰った翌朝、
錦糸町の親戚宅まで届け物をし、
神保町で古本を買い、帰宅。
これが24時間以内なら600円也。

PASMOだと1236円かかる。

浅草から池袋を地下鉄のみは遠回り、
普通上野で山手線乗るでしょ、
的なことはこちらに置いた
あくまでも「例え」の話です。

さて二~三週くらい前。
24時間券を持っていた僕は
小腹が空いたので茗荷谷で
ふらりと降り、あてもなく歩いた。
が、見事に店がない
勿論ゼロではなかったけれど、
「ここにしよっ」と頷ける店を
認められずにズンズン進むうち
とうとう一駅分後楽園近くまで。

それじゃ芸がないので右に折れて
傾斜の強い坂を下ってみた。
安藤坂だと途中の標識で知った。
牛天神なる神社もあった。

そのあたりも目ぼしい店はなく、
飯田橋までの長い散歩になった。

  

雷ストレンジャーズ『父』の
稽古が昨日から始まった。

送られてきた住所をググったら
なんだか見覚えのある風景。
安藤坂の説明が書かれた
教育委員会の銀色の標示板の、
道路を挟んだ向かい側が
指定された「コイン」だった。

てなわけで。
早めに家を出て、写真を取りつつ
シェアオフィス「コイン」へ……。



安藤坂の解説板の奥には、
歴史を感じさせる中学校もある。





牛天神こと北野神社は紅梅まつり。
本日2月1日から25日まで。

一方、3月7日(水)~11日(日)
サンモールスタジオにて、
ストリンドベリの戯曲『父』に
9人の役者で挑むのはカミストこと
雷ストレンジャーズです。
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Jumko AtIanta

2018年01月30日 | スポーツ
日本女子マラソン界で一等最初に
世界一になったレジェンドの
浅利純子が結婚して高橋姓に。
と昨日書いたのだけれど……。

逸材と称されながら、競技人生は
アップダウンの激しいものだった。

1992年、大阪国際女子マラソン。
当時ペースメーカーはおらず、
ダイハツはエース浅利のために、
小鴨由水をその役割でエントリー。
がしかし、浅利は6位に沈み、
初マラソンの若き小鴨が優勝。
同年夏のバルセロナ五輪代表に。
浅利は一転サポート役に回った。

翌年の大阪。
三度目の正直で手にした女王
2位安部友恵とは僅か1秒差で、
しかもトップの安部が競技場直前、
コースを間違えたタナボタV。
今尚語りぐさのレースとなった。

同年夏のシュトゥットガルト。
浅利は世界陸上のマラソンで
金メダルに輝いた。
安部は銅。

95年、東京国際女子マラソン。
レース終盤に転倒しながらも
トラックでのデッドヒートで
原万里子に競り勝ち優勝。
ついに五輪切符を手にする。
しかし。
96年アトランタではマメを潰し、
血みまみれで完走するも17位。

98年、29歳で臨んだ東京で
再びゴールテープをトップで切り、
翌年の世界陸上にも出場したが、
故障を抱えた参戦となり16位。

オリンピックイヤーの大阪では
自身初の途中棄権に涙した。
シドニー代表を逃し、翌01年引退。

※※※

大阪国際女子マラソンについて
昨日も随分書いたけれど、
浅利純子の話でも多く登場した。

大会宣伝物のデザインにも触れ、
近年でいえば、31~32回大会だけ
「マラソンの女王」ではないと
昨日書いたわけだが・・・

ちなみに30回の覇者は赤羽有紀子。
5度目の42.195kmでの初優勝。
くだんの31回は重友梨佐、32回は
「爆走娘」こと福士加代子が制し、
「ママさんランナー」で知られた
赤羽が33回に二度目の戴冠。

34回は外国勢のプロコプツカに
優勝を譲るのだが、35回に福士、
36回は重友と、2011~17年は
三人で月桂冠をわけあった。

さて、赤羽の結婚相手は
大学の同級生の浅利周平。
だが、浅利純子とは血縁であない。

と、話が振り出しに戻りました。

高橋純子は今、秋田県鹿角市に。
ジュニアの競技力向上を目的に
故郷の行政とともに「浅利純子杯」
と冠した駅伝大会を開催。
近隣県からも参加があり、
昨夏が11回目であった・・・。
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柿生と磐田と大阪と

2018年01月29日 | 鑑賞
きのう我が愛する町「柿生」の
最大のフェスティバル「だるま市」
・・・もう少しきちんといえば
明王山不動院般若坊(木賊不動)で
毎年1月28日に行われる祭・・・
があった(1.28弊ブログにも記載)。

高崎から始まり、関東を巡った
だるま市の最終地として有名で
今年は日曜日にも当たったから
さぞや賑やかだったろう。

僕の休みとも重なり行く気だった。
が、かみさんが体調不良につき
看病のため自宅に留まった。

公演のチケット処理などしつつ
見るでもなくつけていたテレビ。

『噂の東京マガジン』に
かみさんの地元・磐田市が。
貴重な石仏を見つけたものの、
険しい道の先にあるので、
観光資源にすべく周辺整備をと
発見者は願うが行政の温度は低い。

その「つれない市の職員」の
インタビューを見ていたかみさんが
飛び起きたかと思うやいなや、
スマホで画面を撮っている。
親友の秀美の旦那さんだと。

かみさんは早速親友にメール。
秀美からの返信はひとこと
《公務員はいつも悪者》

大阪では国際女子マラソン。
初マラソンの松田瑞生が優勝

2005年大会以来、協力に名を連ねる
ダイハツもさぞや嬉しいことだろう。
所属の小鴨由水、浅利純子が
連続で優勝したのは1992~93年。
もう二十年以上も昔だもの。

松田は大阪薫英女学院からダイハツ。
2位でフィニッシュした前田穂南は
薫英の一年後輩。卒業後は天満屋へ。
先にマラソンデビューを果たし、
このレースも25kmでスパートをかけ、
30kmまで独走し力強さをみせた。

3位には「忍者走り」の安藤友香、
5位にベテラン・吉田香織と、
「大阪」は今年も日本勢が好走

そんな第37回大会。
今年から中堅ゼネコン奥村組が協賛。
一方、長年イメージソングを担った
アルフィーが今年で最後だという。
そのタイトル『勇気凛々』。
月桂樹を冠した松田は元気満々。

87年『夢よ急げ』から実に31曲
(大震災で中止の95年を除く)。

2001年大会からポスター等に
デザイナー・JUNICHIによる
「マラソンの女神」が採用され、
こちらもすっかり定着した。
第31~32回は選手の走る写真で
作製されているが何かあったのか?

いかんいかん。
また蛇行が始まったぞ

93年女王の浅利純子はマラソンで
初めて世界一となったレジェンドだ。
どうでもいい話だが、現在彼女は
高橋純子になっている。
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ル・ロゥノタミ

2018年01月28日 | 身辺雑記
日韓演劇交流センター主催の
公演顔合せの件を一昨日書いた。

昨年の『狂った劇』を演出した
谷藤太氏は劇団主宰者だが、
俳優として映像でも活躍している。

テレビをつけたら、亀梨和也主演の
連続ドラマが流れて出て、
なんと偶然、谷藤さんが映った。
チャンネルをかえずにおくと
合唱部の練習シーンになり、
嗚呼、懐かしや『流浪の民』が♪

シューマン作曲、ガイベル作詞
石倉小三郎訳詩

ぶなの森のはがくれに
うたげほがいにぎわしわしや
たいまつあかく照らしつつ
木の葉しきてうついする
これぞ流浪の人のむれ
まなこひかりかみきよら
ニイルの水にひたされて
きららきららかがけり

いっそ全部かな書きで、と
思ったけれど意味不明になるので
簡単な名詞は漢字にしたが……
それにしても、かなり難解だ。

これが中学三年の時の
合唱コンクール課題曲であった。

歌の練習もさることながら、
まずこの詞をしっかり理解することを
学級委員として提案すべきだったな、
と今更ながら思う。
……三数十年前に気づけばな

遠く「昭和」の頃、我が柿生中学では
体育祭と並ぶ二大イベントだった。
そして結果は勿論、その過程で
必ずや「ドラマ」が起こるのであった。

パートリーダーの頑張りに対し、
反発する輩が出て来たり、
指揮者が辞めると言い出したり
・・・そんなあれやこれやを
乗り越えるのが「楽しかった」。

クラス編成に際し、ドラフト的な
会議があったと卒業してから聞いた。
ワルも秀才もスポーツマンも、
若干のばらつきはあるものの、
「分配」に薄々は気づいていたが、
ピアノを弾ける人も案配したのか?

DeNAが戦力的には劣りながら
日本シリーズに進出したように、
「ばらつきのある」クラスで戦う中、
弱いと思われた組が勝つことがある!

このジャイアントキリングは
かなり痺れる経験になる。

そこにはラミちゃんのように
担任のリーダーシップが必須で、
また、それまで地味だったのに
ピアノや歌でブレイクする
ラッキーボーイorガールの誕生と
多少のいざこざも不可欠なのだ。

また勝敗に関係なく・・・
泣きながら教室を飛び出す者、
それを慰めに追いかける数人、
職員室に担任を呼びに行く者、
やおら英単語帳を広げる者、
冷めた顔で窓外を眺める者
・・・誰も配役していないのに
鮮やかなキャスティングで
繰り広げられるドラマは、
「熱い」が流行らない時代でも
今尚展開しているのかしら?

ちなみに今日は、学校を含めた
「柿生のまち」最大のイベント
関東納めの「だるま市」に沸く一日。



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「したまち」から下町へ~櫻の再園1

2018年01月27日 | 制作公演関連
遊戯空間『仮名手本忠臣蔵』が
参加した「したまち演劇祭」は、
まだまだ様々な演目が目白押しだ。

が、僕は浅草から勝どきに移り、
J-Theater『櫻の園 Japan Mix』の
稽古にようやく合流した。

既に荒立ちに入っている。

公演タイトルから大半の方が
お察しのことと思うのだが、
かの名作『桜の園』の翻案である。
世界中には数え切れないほどの
『桜~』が存在することだろう。

『~Japan Mix』は文字通り
日本の、しかも今を舞台に・・・
と作品概要に雪崩れ込むのが
毎度のことだが、ちと芸がない。



僕は勝どきの稽古場へ向かう際、
有楽町線月島駅で降りて歩く。
月島といえば、もんじゃ焼きだ。
沢山のもんじゃ屋が建ち並ぶ、
その距離なんと500メートル。
てか、それはメインの直線。
その一~四番街と並行する道や
そこを繋ぐ路地にも店はある。
そして「小麦粉をゆるく水溶きし、
鉄板で焼いた食べ物」以外にも
最近はメロンパンだの洒落たカフェ、
立飲みに、昔ながらの中華屋、等々
千葉にある「夢の国」にも負けない
ワールドが広がっている。

で、気づくのは、そんな通りの
あちらこちらに置かれた某消臭剤だ。
お客様に喜ばれるサービスが「ただ」で
提供できる店舗側、逆にファブ●●●は
超安価に宣伝広告が打てるWinWinだ。

チェーホフの『桜~』は、
小作人あがりのロパーヒンが
最後に広大な土地を手にする。
『~Japan Mix』では彼に相当する
野田がレジデンスの建設を進言。

そして。
古き良き下町の顔を残しながら、
ウォーターフロントとして発展する
月島にも巨大マンションが建ち並び、
さらに新しい物件が建とうとしている。



(西仲通り商店街の一角を覆う、
フェンスに張られた看板)

あれ?
ちょいと作品に触れているな。

そーゆーわけで。
日本の古典の次はロシアの古典、
を下敷きにした芝居に関わります。
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エクストラ・イルギ126

2018年01月26日 | 制作公演関連
本日午前、日韓演劇交流センター主催
「韓国現代戯曲ドラマリーディング
エクストラエディション」の
劇場との制作打ち合わせだった。
が、センター事務局長で制作チーフが
インフルエンザを発症し、延期に。

急にスケジュールが空いたので、
雪でたまっていた洗濯をした。



あ、イルギは韓国語。訳すと「日記」。
前述の公演制作関連のブログは、
てなわけで〈エクストラ・イルギ〉
と題して綴ります。お見知り置きを。

その顔合わせ及び勉強会が
開催されたのは、昨日。

西新宿の芸能花伝舎に集ったのは
交流センターの大笹会長、
西堂副会長、津川委員、事務局奥秋、
『ぼんくらと凡愚』『クミの五月』
キャスト・スタッフら、約40名。

会長挨拶、自己紹介ののち、
東京大学東洋文化研究所の
真鍋祐子氏から光州事件について
レクチャーを受けた。

二編のひとつ『クミ~』が、
この事件・・・そもそも日本では
一般的に「事件」と呼ぶけれど、
韓国本国では体制側の呼称になる。
抵抗運動を起こした側は、
光州民衆抗争、光州民主化抗争等
「抗争」という言葉を用いるという
・・・に関連した作品であることで
学ぶことになったのだが。

1980年に起きたこの事件(抗争)は
「韓国」という国にとって、
大きなターニングポイント。
避けては通れないということで、
皆で興味深く、話に耳を傾けた。

「5.18(オ・イルハル)」と
数字であらわすだけで全国民が
理解し、様々な思いを抱く「出来事」。
多くの映画、小説等の題材にもなる中、
『クミ~』は、その中でも記念碑的な
作品として評価されている。

そのあたりはおいおい。

 

かたや日本。
1999年に統計をとって以来、
過去最大の患者数となった
インフルエンザ。
一週間でなんと全国で283万人。

東京では「流行警報」発令された!

くれぐれも気を付けてください。

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六演を終えた残雪の東京で。

2018年01月24日 | 身辺雑記
4年ぶりの首都圏豪雪だと。
これは今年の降雪の夜。
我が家近くの一葉。



さて、前の大雪の自分は、と
記憶を辿る……もすぐには出てこない
初老の脳の哀しさ

ああ、『ハルメリ2013』の
打ち合わせで川崎は登戸の
プロM事務所(兼主宰自宅)に
大袈裟ではなく、膝まで埋まって
通常の3倍、時間をかけて歩いたよ。
って、ちゃうちゃう。
既に戌年、暦は2018年だから
4引いたら2014ではないか

2014年2月。
そうそう「演劇集団阿吽」の作品を
高校の芸術鑑賞に取り上げて貰う為、
福島と郡山を歩いていたのだった。
阿吽代表の側見民雄とともに。

月曜終幕の『全段通し仮名手本忠臣蔵』
河組の高直師、与市兵衛役を務めた彼は、
時計の針をさらに巻き戻せば、
古巣・劇団東演の大先輩にも当たる。



2012年12月、木馬亭にて初演の
篠本賢一主宰・遊戯空間公演
『全段通し~』は翌年から更に3年、
師走の浅草でリーディング上演。

2015年度は年を跨いで16年2月、
隅田川も渡って両国の吉良邸跡に
程近いシアターΧで台本を離して
集大成としてご覧いただいた。



区切りも良く封印と決めたところ、
「したまち演劇祭」からのお誘いに
「読む版」と「動く版」それぞれの、
善き面を合わせてこしらえて、
足掛け7年、6演目に挑んだことは
このブログに何度も書いてきた。

その6演中5度の参加の観世葉子が
製作の『私もカトリーヌ・ドヌーヴ』。
フランスから作・演出並びに衣裳を
招いた舞台で「したまち~」に参加した
第6回……あの頃は夏開催であった。
(2015年8月18日~9月21日)

今回も大変お世話になった
「したまち~」の屋台骨、
演劇祭の運営を司る「ぷれいす」
飯田亜弓もまた、古巣の先輩。

姿をくらます宿敵・師直を探し、
邸を四方八方、屋根裏床下と
義士が散り散りの如く話が飛んだ。
そろそろ仕舞にしよう。

意気込んで上演期間・回数とも
最大で臨んだ公演に、多くのお運び、
千秋楽は奇しくも雪が舞うという
芝居の神にも愛されての大団円。

その裏で。
実は疲労や風邪、喉の炎症等、
役者たちが満身創痍で務めあげた舞台。

その奮闘には敬意を払いつつも、
これは幾つかの反省の中の筆頭と
肝に銘じて書き残す・・・。

【文中敬称略】
舞台写真は宮内勝
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雪の東京、六演を終えて。

2018年01月23日 | 身辺雑記
積雪5cmの予報を大きく上回る
20cm超の銀世界の首都圏。

1月22日、僕は朝から浅草にいて
遊戯空間『仮名手本忠臣蔵』。
足掛け七年、六演目の千秋楽。
その準備に追われていた。

雨混じりの雪に積もる気配はなく、
それが丁度受付開始時間辺りから
本降りになった・・・。



浅草寺も雪化粧。
劇場看板にも、街にも降り積もり。





討入がクライマックスの芝居には
相応しいのだけれど……心配は
お客様の帰りの足だ。

実は出演者の何人かも帰宅を危惧、
打ち上げに出ずに家路を選んだ。

あくまで結果論だけれど。
短めの宴のあと(店自体も閉店宣言)
帰路についた我々は割とスムーズに
家に帰りつくことができた。

ただ。





マンションの階段は30cm以上、
マイ自転車は凄いありさまに……。

いずれにしろ。
一日おいた明日水曜朝が、もっとも
怪我の危険性が高いとのこと。

僕も切り替えて。
J-Theaterの二月公演に遅れて参戦。

はざま。本日は製作協・機関誌部の
仕事をチマチマと。

末筆ながら。
全段通しの三時間(途中休憩あり)
お付き合いいただいた皆々様
ありがとうございました。

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殿中瓦版したまち綴~宴最終盤

2018年01月21日 | 制作公演関連


遊戯空間公演
『全段通し仮名手本忠臣蔵』。
いよいよ明日千秋楽となります。

初日、少しゆっくりできたものの、
その前日は天と河、各組のゲネ。
公演二日目は天河組の本番と
役者には厳しい日程でした。

昨日からは昼一回のみの三日間。
気力体力整えながら、かつ全力で
お客様に迫っていきたいものです。



今更ですが……
したまち演劇祭参加ということで
アンケートにお答え戴き提出すると、
隅田川のクルージング、人力車乗車券、
花やしきのチケットなどが当たります。
……演劇祭実行委員会よりの贈り物。

金曜夜、見事「一等賞」が一本出ました。




土日はいつにも増して人が多い浅草。
外国からのお客様や修学旅行等。

ホッピー横丁も大賑わい。
喧騒を避けて、花やしき通りの
こぶりな居酒屋に昨日はふらり。

遊戯空間の次回公演出演者と
打ち合わせを兼ねて少し呑む。
テーブルは一杯でカウンターにて。
すぐ後ろの卓には往年のアイドル
「セイン○・フォー」の二人。


吃驚したけれど、顔には出さずに
熱燗を冷静にちびりちびり……。

仇討を悟られぬように一力茶屋で
放蕩する由良助を真似て。

さて。
『仮名手本~』は時代や人物を
移した作品で鎌倉への討入。
かたや、元禄の赤穂討入といえば
雪の行軍でお馴染み・・・
明日、予報では首都圏に大雪と。

なんの因果
ご来場のお客様はお気をつけ下さい。
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殿中瓦版したまち綴~結集之難

2018年01月19日 | 制作公演関連
二〇一八年壹月捨八日。
無事に幕を開けた遊戯空間
『全段通し仮名手本忠臣蔵』



お陰様で多くのお運びを頂いて
幸先良い出足となりました

火曜から小屋入りして
少々運動不足だった私は、
入り時間の余裕に加えて
三月下旬並の気温にも後押しされ
上野から浅草まで歩いてみました。

まだ演劇集団円が田原町にあった頃、
私もまだ若く、よく歩いたルート。

稲荷町、田原町、浅草と、
東京メトロ銀座線で三駅分。

そうそう、上野までの山手線。
車内に消防団を募集する中吊り、
いや、車内まるまる消防庁の広報。



忠臣蔵も、主君亡きあと
仇討の義士を集めるにつけ、
ネットは勿論、電話すらない中、
取り潰された赤穂から散り散りの
侍達を集いし苦難や如何ほどか。

そんな文明の差異でいえば。
歴史を見続けてきた浅草寺と
現代の東京の象徴のひとつ
スカイツリーの「競演」が語る
さまざまなことも、また深い。





遊戯空間の『仮名手本~』
今回六演目にして初めて
したまち演劇祭に参加の栄。

その祭に力を添えて頂いている
浅草の老舗のひとつ、
洋食の「ヨシカミ」さんと
路地を挟んだバッティングセンター。
はてさて、両者の今昔にも
色々なドラマが滲みます。

壹月捨九日、公演二日目。
本日は唯一の昼夜二回。
天と河、二つの配役を一挙観劇が
可能でございます。

一時と六時。
また夜公演は本日が最後。

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