敏腕Pの日々のつぶやき

テアトルシアター代表、と言ってもたった一人。敏腕演劇プロデューサー目指し、観劇評や日々の生活で気になったことを綴ります。

寿環deじゃけん

2012年12月10日 | 東演
劇団じゃけんのクリスマス会
「PARTY JAKEN 2012」を拝見。

【文中敬称略】

「劇団じゃけん」は、
こないだ終わった
ぬ企画の『赤い羽毛』で
演出を務めた難波善明や
出演の大前洋子、菜々瀬祥世、
制作助手の鳴嶋由紀、そして
演出助手を含む様々な仕事を
こなした堀悠子の所属する
カンパニーであります。

中野駅と沼袋駅の中間点の、
住宅街にある鍼灸院の地下
「マルチスペース寿環」で
バラエティーに富んだ演目を
なんと午後1時~6時半まで。

かつ予定は未定で・・・
掲示されたプログラムを
柔軟に入れ替えたり、
再度上演したりと・・・
良い意味で緩やか。

緩やかといえば、
出入りも飲食も自由。
     
僕は三時に入ったのだが
先に来ていた『赤い羽毛』の
出演者達が会場中央に陣取り
既に盛り上がっていた。
お花見よろしく


三間×六間のフローリング敷き。
キッチン付きの綺麗な部屋。
もともとは社交ダンスのレッスン場。

そんな空間でクリスマスに関する、
または関係のない物語を
客演俳優を迎えて展開。
この客演がまた適材適所で良かった。

出番が終われば音響や照明の
裏方もこなし、勿論お客様への対応も
劇団員が代わる代わる対応。
まさに「劇団」のファン感謝デー
ともいえる試みでした。

作品はもちろん、公演全体の
おもてなしを満喫した一日。
この集団、要注目である。
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餃子定食と、原点。

2012年11月22日 | 東演
月曜の朝まで通った中野
(11月12日午後~19日早朝)
に昨日は折込に行ってきた。

ぬ企画は御役御免で、
遊戯空間の制作として。

中野HOPEでの折込後に
少し遅いお昼ご飯
「ふくみみ餃子館」にて。


中野の逸品グランプリ2012
の銀賞受賞は伊達じゃなく、
大ぶりの餃子五個に
ご飯(おかわりOK)と
味噌汁がついて380円。

量だけじゃなく味もgood

カウンターのみの
ちっちゃいお店ですが
そのカウンターには
醤油、ラー油、お酢に
プラス四種類のたれがあり、
漬物の入った壷も。

夕刻、新宿で打ち合わせ。
だったが満腹の腹ごなしに
東中野まで一駅歩いた。

『赤い羽毛』の稽古で
何度も降り立ちながら、
夜稽古で閉まっていた
全品500円(税別)の古着屋が
気になっていたのだ。

古着は覚えていながら
すっかり忘れていたのが
古い記憶
・・・僕が一番最初に
制作で付いた公演が
東中野だったってこと。

劇団観音芝居『三人姉妹』
「アート・グラウンド・
エウロス」って劇場。



今はもう無くなって。
お世辞にも綺麗ではなかった
地下の劇場は、
小洒落たアロマな店に。

夕刻の買物客の流れる
細い路地の商店街で
ほんの束の間感傷に浸る、
の巻でした・・・。

つか、何年前だ?
二十年以上前だな。

《初心忘れるべからず》を
忘れてはいけませんな。


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がっぷりよつ

2012年07月29日 | 東演
バレーの話ついでに・・・

僕の中学のバレー部は弱小だった。
というか、地区に全国2位や
県ベスト4がひしめいて、
ほとんど勝てなかった

そんな強豪校との練習試合。
まるでゲームにならないので、
相手がユニフォームを着ていない
下級生をどんどん出してくる。
哀しいかな、それでやっと試合になる。
接戦の末、我らが勝つと、
えらく怒られて可哀相だった。

向こうには「王者」として
翌年も常勝を求められるから
大変だがやりがいはあったろう。

そういう長期的展望は別にして、
バレーボールとして
「がっぷり四つ」になった。

・・・ここで芝居の話に。

劇団には、弱小や強豪はない。
が、絶頂期や転換期はあり、
後者は世代交代などの
様々な理由から訪れる。
その時に、客演を迎える
というのは一つの策である。

これがなかなか難しい。
「良い俳優」を呼べばいいって
ものじゃあない。
某プロ野球チームが
四番打者を集めて失敗したのと
同じである。

さて。
絶賛公演中のPカンパニー。
転換期ではなく、むしろ
絶頂期に向かう上り坂を
疾駆している集団だ。

数回お手伝いにお邪魔した
『月の岬』は客演を迎えていたが
良い塩梅の俳優を揃えて、
松田正隆の静謐な世界を
精密に創りあげていた。

制作としてキャスティングに
100%関わるわけではないけれど
大変勉強になった。

「がっぷり四つ」になる配役。

今月末まで、あと3ステージ
お時間あれば是非

余談ですが
読み直してみて、我ながら
書き出しのバレー篇から
「闘争心」が感じられないぞ、
と反省。
実は僕自身も下級生だったのよ。
強豪校みたいに部員も多くなく
ユニフォームは着てた上に、
老け顔でそうは見えなかったけど。
なので若干の「余裕」が
見受けられるです。念のため。
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劇団の存続について(後篇)

2012年07月23日 | 東演
先週の金曜、某劇団の公演を拝見。
僕がまだ駆け出しの頃、
受付のお手伝いなどした
その劇団は、創立が1991年。
21年の歴史を刻んでいる。

絶頂期とある小劇場に
幾重にも観客が列を作ったほど
人気を博していた。

実に久しぶりの観劇になった僕は
客席に入って愕然とした。
前から3列に30人ほどの観客。
出演者19人、受付に5人、
ほか技術スタッフを加えると
観る側迎える側がほぼイーブンだ。


演劇の評価は数ではない。
ただ残念ながら「内容」も
その客数に比例していた。

さて、これはあくまで一例。
前篇で書いたように、
劇団の継続は大変だ。

作家と演出が袂を分かつとか
看板俳優の離脱などで、
ジェットコースターばりに
劇団の力は急降下する。

積み上げるのには時間を要し
落ちるのは一瞬な点も
恐怖の遊具と似ている。

よしんば長く続いた場合には
距離あるいは温度差の問題から
逃れられない。

数人で始まった町工場が
世界に轟く大企業に成長した時
創成期の社員と新入社員に
隔たりが出来るように
劇団においても・・・
上が閊えて下にチャンスが来ない。
責任感や情熱の差異が大きい。
など。

そういう困難さのせいか、
プロデュースによる公演が増えている。
かくいう僕は、そこに生きる術を
得ているのだが・・・。
得ているのだが、劇団の魅力を
たくさん知っているのも事実。

苦難を乗り越え、頑張って欲しいっす。





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劇団の存続について(前篇)

2012年07月16日 | 東演
劇団ジャブジャブサーキット
第51回公演『死ぬための友達』
7/13~16、ザ・スズナリ
本日無事千秋楽を迎えました。

めっちゃ熱~い東京
海にでも繰り出したい中
昨夜の102名を筆頭に多くのお客様に
ご来場頂きました。
改めてありがとうございました。

タイトルもなかなか凄く。
ただアンケートには
(これがまた本当に沢山お書き頂きました)

その斬新なタイトルに惹かれて、
ってのが結構ありました。

さて前回のブログにも書きましたが。
今回は主力が結構お休みで。
オーディション選考の三人を含む
若手の多い演目でした。

      

「僕は基本当て書きなんです」
作演出のはせさんはよく言うけれど、
彼の「当て書き」は皆の連想する
それとは少し違う。
一捻り効いたというか、役者の内面や
可能性に対して書かれる役になる。

今回の『死ぬため~』でも、
若手が光る舞台に仕上がっておりました。

いわゆる「現代劇」の世界には
古くから「劇団一代論」ってのがあって。
と言いながら老舗は80年ちかい歴史を
辛苦の上に刻んでもいます。
様々な問題を内包しながら・・・。

そもそも「一代」存続することが
まず困難で、分裂や解散は日常茶飯事。
そんな中JJCは、創立27年。
東京公演をはじめて21年。
メンバーの新陳代謝を繰り返しながら
作品の質を落とさずに今ある点で、
日本でも稀有な存在だと思う。

※つづく※

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べラ・システム(後編)

2011年11月01日 | 東演
ロシア人のベラ、というと
個人的には、
ユーゴザパト劇場の親分(?)
べリャコーヴッチを、つい
思い浮かべちゃうけど・・・
ベラ・レーヌの方が現時点では
歴史上の人物・・・。

そんなことはさておき。

ベラ・システムの講座には
老若男女、有名無名の30名が集った。

初日(10.31)は基本の基本、
《気付き》を中心に行われた。

《レセプション》と呼ばれるそれは
動作であり、耳であり……
あるいは心の言葉……

まさに演劇の基礎なのだが、
愛弟子・岡田正子氏の穏やかで
繊細かつ的確で鋭い指導の5時間、
名前は出せないが、
日本トップクラスの俳優から
夢を抱く世代、或いは一般の方まで
すべてを網羅するワークショップ。

大変面白く過ごせた。
明日明後日、別件で伺えないのが
残念だ。。。

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ベラ・システム(前編)

2011年10月31日 | 東演
演劇の方法論といえば
スタニスラフスキー・システムが
有名だ

ご存知、ロシアの
スタニスラフスキーさんの
提唱した演技のbible。

ほかにも演技論は多々ある……。

今日から両国で三日間、
ベラ・システム初級編の
ワークシップがあり、見学。

講師は、べラ・システムの
第一人者岡田正子さん。
「フランス現代演劇
クレアシオン」の代表で、
そのカンパニーによる
『天国への二枚の切符』の
翻訳・演出を来年四月に控える。

シアターXでの再演だが、
その制作を依頼された縁で
お邪魔した。

ちなみにベラ・レーヌ
(1897年~1983年)もロシア人。
ニコライ・ペトロフに学び、
更にメイエル・ホリドに師事。
1923年、パリに亡命。
五感をフル回転し、
想像力を豊かにする
独自のシステムを確立。
71年、フランス政府の派遣で
来日。多くの日本俳優にも
影響を及ぼした人物だ。

(つづく)


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月光は愛知へ、どん底はベッドを……

2009年07月29日 | 東演


 不思議な偶然が多かった『朗読劇/月光の夏』四国・九州巡演。
 最終地・別府を終えて、一路小倉へ。

 北九州空港から東京に向かったのだが、その3階に冒頭の店が
 
 最後の最後まで・・・こんな奇跡が

 ちなみに昼間なので店は閉まってました。
 バーのようでした。

 さて。
 無事に帰京した月光班ですが、あさってには豊橋~名古屋と愛知県を巡ります。

 では今日はゆっくりとオフかといえば。。。いよいよ演出家のベリャコーヴィッチを迎え、本格的な稽古に入る『どん底』のセットが搬入され、その仕込みが行われました。
 
 2009年50周年の節目の年。
 劇団フル稼働の、熱い熱い夏が続きます。

 

 節目といえば・・・このブログのリニューアルに向け、1000回を目指してラストスパートをかけた結果、この回で997回となりました。
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最後の旅が終わる

2009年07月28日 | 東演
 ただいま、黒の革張り椅子でお馴染みの(?)スーパーソニック号で九州の東サイドを北上中。

 無事、『ピアノ・ソナタ「月光」による朗読劇/月光の夏』の、09年四国九州の旅公演が終了。

 植田伸子さんのピアノも今年はこれで引き納め。
 僕が制作で一緒に回るのもこれが最後になる。

 旅自体は、まだ愛知ラウンドがあるけどね(^-^)

 あいにくの曇天だけどリラックスして帰路を楽しもうっと!

 そうそう、リニューアルまでにブログ1000回を目指すと、携帯からの投稿にチャレンジしたこの約一週間だったが、1日複数書けた日が多く、だいぶ《稼いだ》よ。

 ただ写真のアップまでは力及ばず(T_T)

 それは別の機会にm(__)m
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快晴とお通しと別府

2009年07月27日 | 東演
 快晴です(^-^)v

 昨日の天気が嘘のよう。まあ激しい雨は長崎から大分までの山間部を走っている時で別府は曇りだったわけだが…。

 さて。西条~砥部~時津と会館主催公演が続きましたがオーラスの別府は、市民劇場会員を中心とした実行委員会の皆様による上演だ。
 これまでの3ステージもケータリングサービスは用意していただいたのだがm(__)m

 演鑑には、手作りかつ愛情も量もたっぷりの「お通し」がある!

 別府でも、名物「とり天」「地獄蒸し卵」などなどのおもてなしに舌鼓を打って、まずは昼の回に臨んだ。

 夏休みということもあり、子供の姿が多かった。
 若い世代に見て欲しいと願っている一方、入場時にスキップしながら入っていく小学校低学年くらいの子を見ると最後まで見られるか心配になるのも事実だ(^-^ゞ

 順序が逆になったけど、制作がそんな心配をいだいた会場は「ビーコン・プラザ」。BにはBeppuやBigなど複数の意味があり、また「灯台の光」=beacon(ビーコン)なのだそうだ。

 別府の文化芸術の灯台というわけだ。

 確かに、敷地全体がBigで、ロビーやエントランスもめちゃ広い。だのに観客席は馬蹄型にぐっとステージに迫って演者との距離も近いのは嬉しい。あともう少し、舞台に奥行があればなあ…。
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