わたし塚元静江がこの施設に来て
一年が過ぎた。
三食欠かさずにいただいて
三日に一度はお風呂。
職員の皆様は誰も優しくしてくれ、
不平はひとつもない。
……否、ひとつだけ献立が。
と申しましても、配食会社の献立を
温めて出してくれているようで、
施設職員への不平には当たらない。
ただ言い出してやめるのは
心地が悪いから吐き出しましょう。
栄養バランスやら何やら専門家が
考えたものなのは承知するけれど、
こないだの朝はハムと山芋の煮たのが
一つ皿に盛られて出た。
あたしなら絶対に出さない。
洋風ならハムとそれに合うつけ合わせ、
山芋を取るなら和の風情で、
そういう魂胆はないものか。
和洋折衷で「おや、意外に良いわね」
と思うこともないではないが、
食欲が減退する組み合わせが
時折、ある。
季節を取り入れて、筍ごはん、
菜の花のおみおつけ、苺のゼリー
といった良いお膳もある。
割合としちゃ勝ちがちだ。
ほんとの苺を出したいところ、
ナマもんは年寄が腹を壊してはと
気遣ってくれていて、
何より予算が折り合わない。
そのくらいは判る。
チラと見渡せば、人によって
普通炊き、軟飯、粥にペーストと
ご飯の柔らかさをかえて、
おかずも常菜、一口大、刻みと
分けて配膳してくれて有難い限り。
人の手間で味が増す。
世の中は益々便利になって、
AIだか使ったら大変な献立作りも
楽になるだろうに……
でもそれで職をなくす者もあろうか。
終の棲家にしたわたしとは違い、
一週間弱泊まっては帰り、
翌月に今度は五日ほど居る
大崎さんは若い頃電話交換手。
開所からいる沢田さんに
話すのを何度も何度も聞いた。
塗り絵が大好きな沢田さんは
手を止めてそのたんび
「大変な仕事だ」と毎度驚いて
「どこでだい?」と新鮮に訊ねる。
「生まれは栃木で嫁に来たのが王子」
「王禅寺? あたしもずっと王禅寺」
「電話交換手は忙しくてさ……」
「昔は柿がよくなったよね」
噛み合っていないのだが、
テンポよくぐるぐると会話は続く。
その電話交換も機械がやってくれて、
仕事がなくなった。
そうなら山芋とハムは仕方ないか。
※ ※ ※ ※ ※
母がお世話になっている介護施設で
ちらりと見えた食卓から
ふと浮かんだ駄文・・・
架空の塚元さんの初登場は以下
↓
つかもと日記(1)テレビ - 麒麟琳記〜敏腕Pの日々のつぶやき改題