東京・台東借地借家人組合1

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【判例】 国籍又は民族性を理由とする差別による賃貸マンションへの入居拒否 4 裁判所の判断

2008年06月09日 | 民法・借地借家法・裁判・判例

第4 当裁判所の判断
1 争点①(本件入居拒否が生じた時点までに被告が人種差別を禁止する条例を制定しなかった不作為が国家賠償法1条1項の適用上違法であるか)について

(1) 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民又は住民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民又は住民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。国又は地方公共団体の立法行為は公権力の行使に当たる行為であるところ,立法行為又は立法不作為が同項の適用上違法となるかどうかは,当該立法にかかわる議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどうかの問題である。以上の観点から,被告が人種差別を禁止する内容の条例を制定していないこと(この事実は,当事者間に争いがない。 )の適否について検討する。

(2) 憲法に基づく義務の主張について
 原告は,まず,国は,憲法14条1項に定める差別の禁止を実効的なものにするために,生まれによる差別を禁止し,終了させるためのあらゆる施策を積極的に展開しなければならず,このことは同項に基づく国の義務であり,公権力の一翼を担う地方公共団体である被告は,国と同様の義務を負う旨主張する(第3の1(1)ア(ア) )。

 しかし,憲法14条1項は,国政の高度の指導原理として法の下の平等の基本原則を宣言したものであり,法的取扱いの不均等の禁止という消極的な意味を持つものにすぎず,社会に存在する様々な事実上の優劣,不均等を是正して実質的平等の実現を目指すというものではないから,同項を直接の根拠として,国の個別の国民に対する生まれによる差別禁止のための具体的な作為義務が導かれるとの解釈は採ることができない。
 したがって,国に上記作為義務があることを前提として,地方公共団体も同様の作為義務を負う旨の原告の上記主張は,採用することができない。

(3) 本件条約に基づく義務の主張について
ア 原告は,本件条約は国内法的効力が認められるものであるところ,本件条約2条1項柱書き及び同項(d)は,国及び地方公共団体に対し,人種差別の禁止につき,単なる政治的責務を定めたものではなく,具体的な作為義務を定めたものであり,同項(d)が規定する義務のうち差別禁止義務は,それぞれの法域で適当とされる方法を通じて即時的に人種差別撤廃のための措置を執るべきことを具体的に義務づけたものであり,本件条約5条と併せみると,住居についての権利を侵害する差別を禁止する義務は,本件条約の下で法的義務とされていることは明らかである旨主張する(第3の1(1)ア(イ)a及びb)。

 本件条約は,平成7年12月1日に国会において本件条約締結に関する承認が得られ,同月15日に加入,平成8年1月14日に発効したものであり(以上は公知の事実である。) ,これにより,本件条約の規定中国内の事柄に関係する条項につ いては,国内法的効力を持つということができる(憲法98条2項 )。ところで,本件条約をみると,各条項に規定する事項を行う主体は「締約国」とされており,原告の上記主張を判断するについて,1 上記条項が定める事項が原告の主張する内容の義務を定めたものかどうかの問題のほかに,2 被告のような地方公共団体がこれらの事項を行う主体となるのかどうかの問題がある。そこで,まず1の点について検討する。

イ 本件条約2条1項柱書きは 「締約国は,人種差別を非難し,また,あらゆる形態の人種差別を撤廃する政策及びあらゆる人種間の理解を促進する政策をすべての適当な方法により遅滞なくとることを約束する。このため 」と規定し,これを受けて,(a)~(e)の5つの事項を定め,そのうち(d)は 「各締約国は,すべて,の適当な方法(状況により必要とされるときは,立法を含む。 )により,いかなる個人,集団又は団体による人種差別も禁止し,終了させる 」と規定している。

 本件条約2条1項に定める上記事項を締約国が行うことについては,本件条約5条において「基本的義務」とされている。しかし,この文言から当然に,本件条約2条1項に定める事項が個別の国民に対する締約国の具体的な義務であると解することはできない。

 同項柱書きは,締約国が差別撤廃政策等を適当な方法により遅滞なく執るということを定めているが,その文言から明らかなとおり,その内容は一般的,抽象的なものであって,締約国が執るべき政策等が一義的に明らかであるということはできない。したがって,同項柱書きをもって,差別撤廃に関して,個別の国民に対する締約国の具体的な作為義務を定めた規定であると解することはできない。

 同項(d)は,同項柱書きに規定する差別撤廃政策等を執るために行うべきことをより具体的に列挙したものの一つであるが,その内容は,締約国が,すべての適当な方法(状況により必要とされるときは,立法も含む )により,私人間の人種差別を禁止し,終了させるというものである。このうち 「禁止し,終了させる」という部分だけに着目すれば,一義的な内容のものであるようにもみえるが,それを「すべての適当な方法(状況により必要とされるときは,立法を含む )により」行うとしているのであり,私人間の人種差別を禁止し,終了させるために執るべき方法の一つとして立法措置を予定しているものの,それを絶対の方法とはしておらず,また,立法措置を執るとしてもいかなる規制内容の立法とするかは明らかでない。したがって,同項(d)は,立法権発動要件や立法の内容をあらかじめ指示するような具体的な命令規範ないし行為規範に当たるものではないし,そもそも,締約国が私人間の人種差別を禁止し,終了させるために立法措置を執ることを一義的に定めたものということはできない。そして,本件条約のその他の規定を併せ検討しても,同項(d)が,私人間の人種差別の禁止及び終了に関して,個別の国民に対する締約国の具体的な作為義務を定めたものであると解することはできない。

ウ 以上の点に関し,原告は,本件条約5条柱書き及び同条(e)(iii)において,「第2条に定める基本的義務に従い,締約国は,特に次の権利の享有に当たり,あらゆる形態の人種差別を禁止し及び撤廃すること並びに人種,皮膚の色又は民族的若しくは種族的出身による差別なしに,すべての者が法律の前に平等であるという権利を保障することを約束する 」として 「住居についての権利」を挙げていることをとらえて,住居についての権利を侵害する差別を禁止する義務は,本件条約の下で法的義務とされていることは明らかであると主張する。

 しかし,本件条約5条は,人種差別が特に生じやすいと考えられる権利を例示的に列挙し,締約国がそれらの権利に係る人種差別を禁止することなどを規定するものであるところ,その禁止等は「第2条に定める基本的義務に従い」行うとしているのであって,これとは別に執るべき具体的方法等を規定しているものではない。

 したがって,本件条約2条1項柱書き及び同項(d)に定める事項の内容が,本件条約5条と相まって,個別の国民に対する締約国の具体的な作為義務を定めたものと解することはできない。

エ 以上によれば,本件条約2条1項柱書き及び同項(d)は,一義的に明確な法的義務を定めたものとはいえないのであり,このような規定内容に照らすと,上記規定は,人種差別の禁止,終了に関して締約国に対する政治的責務を定めたものと解するのが相当である。以上の次第であるから,上記2の点について判断するまでもなく,原告の上記アの主張は採用することができない。

(4) なお,原告は,I上記(3)アの主張に続けて,本件条約が国及び地方公共団体に対して人種差別を禁止し,終了させるという明確な目的を定めていることから,国及び地方公共団体は当該目的達成のためにいかなる手段を執るかという点に裁量を有するが,何もしないという選択肢を有しているものではないとした上で,国及び地方公共団体は,立法によらないで人種差別禁止のための措置,施策を執ったものの,それによって人種差別を禁止し,終了させることができない場合には,人種差別を禁止する法的義務を課して人種差別を禁止し,終了させる以外に適当な方法はなく,この場合には,その旨の立法措置を執らなければならない旨(第3の1(1)ア(イ)c及びd) ,II被告との関係において,被告が本件条約発効以前に行っていた立法措置以外の方法による施策等では,大阪市内において入居差別を解消できない状況にあったところ,被告は,本件条約の発効により差別禁止条例を制定する法的義務を負ったにもかかわらず,同義務に違反して差別禁止条例を制定していない旨主張する(第3の1(1)イ)。

 しかし,原告の上記各主張は,本件条約2条1項(d)に定める差別禁止義務が具体的な作為義務であることを前提とした主張であるところ,当該前提主張は,上記(3)で説示したとおり採用することができず,したがって,原告の上記各主張は,その前提を欠くものとして採用することができない。また,原告の上記IIの主張は,大阪市内において私人間の人種差別行為を禁止するために立法措置を執ることが最後の手段として必要不可欠な状況に至っていることをいう趣旨のものであるが,そのような状況に至る場合というのは容易に想定し難い事態であり,原告が主張する差別事象に関する事実関係を前提としても,大阪市内において,本件条約が発効した平成8年1月の時点及びそれから本件入居拒否が生じた時点までの間において,上記の状況に至っていたと評価するのは困難である。

2 結語
 以上によれば,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないというべきである。よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

    大阪地方裁判所第20民事部

            裁判長裁判官  青 野  洋 士

                裁判官   武 部  知 子

                裁判官   高 山    慎


 

 

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