東京・台東借地借家人組合1

土地・建物を借りている賃借人の居住と営業の権利を守るために、自主的に組織された借地借家人のための組合です。

【判例】 礼金返還請求控訴事件 京都地方裁判所(平成20年9月30日判決)2

2008年11月27日 | 借家の諸問題

第3 争点に対する判断
争点(1 )(本件礼金約定と消費者契約法10条前段)について

 被控訴人は,本件礼金は,1賃借権設定の対価2賃料の前払という複合的な性質を有するものであり,賃料の支払義務は民法に定められているから,本件礼金約定は,消費者契約法10条所定の民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重するものに該当しないと主張する。

 しかし,本件礼金は,少なくとも賃料の前払としての性質を有するものというべきであるところ,このことは,建物賃貸借において,毎月末を賃料の支払時期と定めている民法614条本文と比べ,賃借人の義務を加重していると考えられるから,本件礼金約定は,民法,商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し,消費者の権利を制限し,又は消費者の義務を加重する約定であるというのが相当である。

 したがって,争点(1)に関する控訴人の主張は理由がある。

争点(2) (本件礼金約定と消費者契約法10条後段)について
(1) 控訴人は,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると主張するので,以下,検討を加える。

(2) 控訴人は,礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が,一方的に支払を強要されている金員であるから ,本件礼金約定は, 不合理でその趣旨も不明確なものであると主張する。

 しかし,賃料とは,賃貸人が,賃貸物件を賃借人に使用収益させる対価として,賃借人から受領する金員であるところ,民法614条は,建物賃貸借において ,毎月末を賃料の支払時期と定めているが, これは任意規定であり,賃貸借契約成立時に賃料の一部を前払させることも可能であり,また,上記のような賃料の性質からすれば,賃料という名目で受領したか否かにかかわらず,賃貸人が賃貸物件を使用収益させる対価として受領した金員が賃料に該当する。

 そして,本件賃貸借契約のように,一般消費者に居住の場を提供することを目的とする建物賃貸業においては,賃貸物件が物理的,機能的及び経済的に消滅するまでの期間のうちの一部の期間について,賃貸物件を使用収益することを基礎として生ずる経済価値に,賃貸物件の使用収益に際して通常必要となる必要諸経費等を加算したものを賃料として回収することにより,業務が営まれるが,賃貸人は,月々に賃料という名目で受領する金員だけでなく,契約締結時に礼金や権利金等を設定する場合には,これらの金員についても賃貸物件を使用収益させることによる対価として,建物賃貸業を営むのが通常である。

 他方,建物を賃借しようとする者は,立地,間取り,設備,築年数などの賃貸物件の属性や,当該賃貸物件を一定期間使用収益するに当たり必要となる経済的負担などを比較考慮して,複数の賃貸物件の中から,自己の要望に合致する(又は要望に近い)賃貸物件を選択するのであるが,その際,礼金や権利金,更新料が設定されている物件の場合には,月々に賃料という名目で受領する金員だけでなく,礼金などの一時金も含めた総額をもって,当該賃貸物件を一定期間使用収益するに当たり必要となる経済的負担を算定するのが通常である。

 このように,礼金は,賃貸人にとっては,賃貸物件を使用収益させることによる対価として,賃借人にとっては,賃貸物件を使用収益するに当たり必要となる経済的負担として,それぞれ把握されている金員であるから,このような当事者の意思を合理的に解釈すると,礼金は,賃貸人が賃貸物件を賃借人に使用収益させる対価として,賃貸借契約締結時に賃借人から受領する金員,すなわち,賃料の一部前払としての性質を有するというべきであり,一件記録を検討しても,この判断を妨げるに足りる証拠はない。

 なお,被控訴人は,本件礼金が賃借権設定の対価であるとも主張しているが,礼金が賃借権設定の対価であるということは,借地借家法による賃借権の保護・強化や賃貸目的物の需要供給関係に基づいて,賃料に加算されるプレミアムにほかならないから,結局のところ,賃料の前払としての性質に包含されるというべきである。

 控訴人は, 本件礼金約定は, 記載及び説明の明確性に欠けると主張するが,争いのない事実等によれば,本件賃貸借契約の契約書には,礼金の額が18万円であること,賃貸借契約締結後は,礼金が返還されないことが明記されており,控訴人は自己の負担すべき金額を容易に認識し得るから,本件礼金約定を無効とすべき理由はない。

 また,控訴人は,Aは,本件賃貸借契約締結後である3月20日になって初めて,重要事項説明書を控訴人に交付していることからわかるとおり,礼金の法的性質や趣旨について,全く説明を受けていなかったと主張する。

 しかし,敷金と異なり,礼金が賃貸借契約終了時に返還されない性質の金員であることは一般的に周知されている事柄である。

 さらに,争いのない事実等によれば,本件賃貸借契約の契約書には,賃貸借契約締結後は賃借人に礼金が返還されないことが明記されており,また,3月20日の重要事項説明の際,Aは,控訴人に対し,賃貸借契約終了時に礼金が返還されないことを説明しているところ ,仮に, 控訴人の主張どおり,控訴人が礼金が返還されないことを知らずに本件賃貸借契約を締結したのであれば,控訴人は,Aないし被控訴人に対し,何らかの抗議をするのが通常であるが,一件証拠を検討しても,控訴人がこのような抗議をしたという事情は認められない。

 そうすると,本件賃貸借契約締結に当たって,控訴人に対し,本件礼金条項について説明があったというべきである。

 したがって,礼金は,何らの根拠もなく,何の対価でもなく,賃借人が一方的に支払を強要されている金員であるという控訴人の主張は理由がない。

(3) 控訴人は,情報力・交渉力の点において圧倒的優位な立場にある賃貸人は,あらかじめ契約書に礼金条項を組み込ませておくことで,不当に利益を得ることができる一方で,賃借人は,礼金条項も含めて契約全体を承諾して締結するか,これを拒否するかの自由しか有していなかったと主張する。

 しかし,本件礼金は賃料の前払としての性質を有するものであるから,これをあらかじめ契約書に明記して,本件賃貸借契約締結時に徴求したとしても,被控訴人は不当な利益を得ることにはならない。

 また,建物を賃借しようとする者は,立地,間取り,設備,築年数などの賃貸物件の属性や,当該物件を一定期間賃借するに当たり必要となる経済的負担などを比較考慮して,複数の賃貸物件の中から,自己の要望に合致する(又は要望に近い)物件を選択するのであるが,その際,礼金や権利金,更新料が設定されている物件の場合には,月々に賃料という名目で受領する金員だけでなく,礼金などの一時金も含めた上で,経済的負担を算定するのが通常である。賃借人は,礼金などの一時金も含めた上で算定された経済的負担を負うとしても,当該賃貸物件が,複数の賃貸物件候補の中で,自己の要望に最も合致すると考え,賃貸借契約を締結するのであり,そして,控訴人にしても ,これと異なる意思を有していたことを認めるに足りる証拠はない。

 したがって,控訴人は,自由な意思に基づいて,本件礼金約定が付された本件賃貸物件を選択したというべきであり,本件礼金約定を含む本件賃貸借契約の契約内容について控訴人に交渉の余地がなかったことは特段問題とするに足りない。

(4) 控訴人は, 「賃貸住宅標準契約書 (甲14の2・3)の体裁や, 「賃貸住宅標準契約書」の作成に関与した政府委員の答弁から,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると主張する。

 確かに,証拠(甲15)によれば 「賃貸住宅標準契約書」 (甲14の2・3)の作成に関与した政府委員は,礼金の慣行のない地域にまで礼金を広げることは好ましくないと答弁しているが,その一方で,既に礼金等の一時金を徴求する慣行のある地域においては,その地域の実情を受けて,礼金等の額を記入する欄として 「その他一時金」という記入欄を設けた旨の答弁をするなど,現行の礼金制度を容認するような答弁をしている。そうすると,「賃貸住宅標準契約書」の体裁や,政府委員の答弁から,被控訴人が本件礼金約定を設けて,礼金を徴求することが特段の非難に値するということはできない。

(5) 控訴人は,公営住宅法や旧公庫法などにより,礼金が禁止されていることをもって,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであると主張する。

 しかし,借地借家法を制定するに当たって,礼金の徴求を禁止する旨の規定が設けられなかったことは明らかであるし,また,上記のとおり, 「賃貸住宅標準契約書 」(甲14の2・3)の作成に関与した政府委員も,現行の礼金制度を容認するような答弁をしていることに鑑みれば,公営住宅法や旧公庫法などが礼金を禁止していることをもって,本件礼金約定が非難に値するとまでいうことはできない。

(6) 控訴人は,本件礼金が賃料の2.95か月分であること,控訴人は,わずか7か月あまりで退居したため,結局,7か月間で9.95か月分(約1.42倍)の家賃を支払わされたこととなることから,本件礼金が著しく過大な負担であると主張する。

 しかし,本件礼金は,賃料の前払としての性質を有するところ,控訴人が礼金として前払をしなければならない賃料の額は,18万円(賃料の2.95か月分)であり,これは,証拠(甲18)により認められる京滋地域の礼金の平均額(賃料の2.7か月分)からしても,高額ではない。

 そして,本件賃貸借契約は,期間が満了する前に解約されているが,前判示のとおり,控訴人は,敷金と異なり,礼金が賃貸借契約終了時に返還されない性質の金員であることを認識していたというべきであるから,中途解約の場合であっても, 礼金の返還を求めることができないことを承知しながら,自ら,本件賃貸借契約を中途解約したといえる。

 他方,被控訴人は,中途解約の場合であっても礼金を返還しないことを前提に月々の賃料を設定しており,このような被控訴人の期待は尊重されるべきである。

 これらの点からすると,本件礼金の額や,賃借人からの中途解約の場合であっても礼金が返還されないことをもって,本件礼金約定が非難に値するということはできない。

(7) 控訴人は,本件礼金の額(18万円,賃料の2.95か月分)は,首都圏 (賃料の1. 5か月分) や愛知 (賃料の1.1か月分) の平均に比して突出して高率であり,しかも,京滋地域における礼金の平均額(賃料の2.7か月分)を上回っていると主張する。

 しかし,礼金を少額に抑えて,その分,賃料を高額に設定することが可能であるから,首都圏や愛知においては,一般的に礼金を少額に抑えて,その分賃料が高額に設定されている可能性があるため,一概に本件礼金が他の地域と比較して,不当に高額に設定されているということはできない。また,本件礼金が,京滋地域における礼金の平均額(賃料の2.7か月分)を上回っているとしても,その程度は非常に軽微である。

 したがって,他の地域における平均礼金額との比較や,同じ京滋地域における平均礼金額との比較からしても,本件礼金が不当に高額に設定されているということはできない。

(8) 控訴人は,礼金は,本来毎月の賃料に含まれているべき自然損耗の修繕費用を二重取りするものにほかならないと主張する。

 賃貸借契約は,賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の性質上当然に予定されているから,建物の賃貸借においては,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生じる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する自然損耗に係る投下資本の回収は,通常,修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。そして,自然損耗についての修繕費用を月々の賃料という名目だけで回収するか,月々の賃料という名目だけではなく,礼金という名目によっても回収するかは,地域の慣習などを踏まえて, 賃貸人の自由に委ねられている事柄である。 そして,前判示のとおり,本件礼金は,賃料の一部前払としての性質を有するというべきであるから,被控訴人は,自然損耗についての必要経費を,月々の賃料という名目で受領する金員だけではなく,賃料の前払である礼金によっても回収しているものである。

 したがって,被控訴人は,本件礼金により,本来毎月の賃料に含まれているべき自然損耗の修繕費用を二重取りしているといえないから,控訴人の上記主張は理由がない。

(9) 以上のとおり,本件礼金約定が信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるような事情は認められないから,本件礼金約定が消費者契約法10条に反し無効であるとの控訴人の主張は理由がない。

結論
よって,控訴人の本件請求は理由がないから,これを棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がない。そこで,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

           京都地方裁判所第2民事部

                   裁判長裁判官    吉 川  愼 一

                     裁判官     上 田   卓 哉

                     裁判官    森 里   紀 之

 

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