今回の環境大臣の【石炭火力発電の新設容認】は、国民への裏切りと同時に、次世代の人たちに、多くの負の遺産を残す事態になる。
このことは、環境省や経済産業省の内部でも大きな誤解をしている幹部がいるから、「お飾りの大臣」はそれに引きずられているだけの様である。
まして、「地球環境問題」には疎い安倍首相は、役人の言いなりで『挑戦を意味する環境イノベーション』には、素人同然のお坊ちゃん感覚の状態である。
そこで、もう一度、2015年12月に採択された『パリ協定』のおさらいをする。
日本国内では、業界も含めて誤解だらけの削減目標の内容を明確にしよう。
1997年12月に採択された『京都議定書』は、2012年に約束期間を終了した。
これには、日本は前向きな削減目標を掲げて、先進国の義務付け量を交渉で受け入れ、2012年度末までの成果で、国際公約を達成している。
これは重要な役割を、日本国民と政府は、確実に守ったことで、国際的にも評価されるべき実績である。
ところが、日本の安倍政権のもとでは、「京都議定書」の次の重要な国際協定である『パリ協定』では、後ろ向きの削減目標の提出に終始し、最後には、しぶしぶ、協定の数値目標を守ることで、最後発でやっと賛成にまわった。
「国連気候変動枠組み条約」を締結した196カ国・地域のうち、189が採択に賛成したのである。
「自主的な削減目標」であっても、この様な世界の96%が参加している協定は、国際社会では画期的な挑戦であり、大きなイノベーションの機会になるのだ。
その重要さを理解できない愚人は、「京都議定書の数値目標は、国際的義務であったが、『パリ協定』は自主的目標で、義務ではない!」と言い張っている。
義務ではないから、守らなくても非難は受けないとでも言いたい様だ。
世界の劣等国になり下がっても、恥も外聞もない様な、愚人の言い草であろう。
さらに、忘れてならないのは「各国が掲げた削減目標」は、長期の温度上昇目標を達成する様に、『5年毎に目標を更新する』仕組みになっている。
つまり、今回の日本の削減目標は、2030年までの固定的な数値目標ではなく、
各国の自主的な削減目標の上積みが、必須の努力事項に規定されている。
2016年に掲げた目標を2020年には見直して、2021年に上積みした削減目標を世界に対して、提出する必要性があるのだ。
世界で3番目の経済大国を標榜していて、これを逃げることはあり得ない。(続)