村上原基、滋賀県安曇川の山中20年~麓の町の田中2年、一人暮らし人生

山中で20年一人暮し~71歳から麓の田舎町で暮している、断捨離し自然な生き様と山暮らし体験に基づく人生論及び写真を紹介

435.「私はそれが苦手です」と簡単に拒否・拒絶しない

2017-06-14 16:18:17 | 暮らし
指導や講演を依頼出来ます    村上原基 
   滋賀事務所: 滋賀県高島市安曇川町田中(通称:竹の里)     
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メイル

テーマ
「私はそれが苦手です」と簡単に拒否・拒絶しない


人がいない長尾の山から安曇川の終の棲家の田中竹の里に移り住んで早2年半
同じ安曇川でも、山の暮しとは大きく違う町の暮らし(都会は人ゴミの町)
田中も静かな田舎ですが、冗談に「田中は大都会だなー」って言うのです
そういう中で、久しぶりに近所付き合いも始まって来た
ところが私に関しては、近所付き合いが上手いとの評価を戴いている
「付近が明るくなった」など嬉しいお褒めの言葉も戴いてしまった

実は凄く不思議なことなのだが、20年の山暮らしの結果だろうか?
私は都会暮らしの55歳までは、とにかく人付き合いも何もかも下手だったし
人間関係では、むしろ悩み続けて来たからだ、友人もほとんど出来なかった
どちらかというと暗い性格だったろうか、ところが
最近の私は友人も多く出来、皆から村上さんは付き合い上手だと言われている
ところで、世の中にはかつての私のように人付き合いが苦手な根暗な人は多い

最近それと同じような現象があった、それは絵描きについてである
絵を描くのと習字は70年間私のコンプレックスの最たるものであったのだ
絵はとにかく下手、並の下手ではない、自他認める”絵と字の音痴”
習字は先生から「すっごーく字が汚い」と生徒の前で大きな声で言われ
 字が下手⇒国語嫌い⇒本読まない⇒文章書かない⇒文科系は苦手意識
絵も同様に私にとって大の苦手なものの最たるもので、長年私を責め立てて来た
先生や親や先輩や友人のたった一言が人の人生に災いを植え付けてしまうのだ

ところが偶然に田中の3軒隣に絵の先生が住んでいたのだ「絵を描きませんか」
私にとっては、悪魔のお誘いであり、当然うかつに乗れませんでした
「絵と字は我が人生で最大の苦手なんです」と1年半断り続けて来た
その時は悪魔か女神かよくわからない人が登場したのでありますが、それでも
絶対に絵を描くなんてことは我が生涯にありえないと心に深く刻んでいたのです
どんな甘い誘惑や魔の手が来ようと、絶対に微塵も揺るがぬ信念でありました

しかし、何と言うことでしょう、
私は2年目の4月5日絵描きを始めてしまったのでした
まあ小舟で太平洋に漕ぎ出してしまった(それほど大袈裟ではないってか)

「村上さん、お絵かき教室が始まります、たった一年間です、いかがですか?」
「一年間か、まあ駄目ならば2~3回出て止めればいいか」と思ってしまった
青天の霹靂とは、まさにこの時の私のことです
そして、4月5日ついに絵描きの教室に行くことになったのです

何せ50年以上も絵を描いたことがなく、すごい絵コンプレックス人間で
「絵は大の苦手で描けない」と信じ切って生きて来た小ぽけな私めです
当然生まれてこの方、人から絵や字を褒められたことも全くありません
その私がなんと、絵描き教室に来て絵を描き始めてしまいました
あーあ、ついに踏み越えてはならない一線を踏み越えてしまった!!!
かつて東工大、大阪単身、松下電器、京都移住、エンゼル工業、ローム、
コンサルタント自営、安曇川の山のとき同様な青天の霹靂がやって来たが

私にとっては大袈裟ですが、つらい、人生最大の心臓バクバクものでした
4月5日初日、初心者ばかりかと勝手に思って参加したら、皆経験者でした
「今度参加する村上さんです」「えーっ初心者は俺一人だけ」しかも大半は女性
いきなり「さあー今日のテーマはお魚です、どうそ書き始めて下さい」だって
「一体、何を、どう描けばいいのか?」「何だかんだと言われる」のですが
土素人に、難しいことを理解し、実行出来る、そんな余裕はありませんや
裸で女性の前に立たされたような恥ずかしい心境でした(例えが良くなかったか)

とにかく絵を描かなくてはならない、必死です、鉛筆デッサンの方法は知らない
でもでも、そのうち何とか絵になり始めると、やっと少し落ち着きましたがね
絵は俺がやるべきものではないと、現実問題としてはっきりした初日だった
休憩まで必死に魚を睨んで、画用紙の上に絵描いて行きました
1~2時間くらいだったでしょうか、「休憩ですお茶をどうぞ」
私はいろいろな面で、ホトホト疲れていました、疲労困憊でした

私は間食しないし、お菓子やお茶どころでもなく、他の人の絵は、さすが上手い
私の絵はやっとこさっとこ、かろうじて絵になっている、という状況
でも言い聞かせました「絵なんか上手くなくてもいいのだ」と
でも、あとでこの言葉は意外に大事なことだと気づきましたが

休憩後、気分一新、再度絵を描く作業に集中して行けました
するとどうでしょう
何とも言えぬ落着きで、神経集中、精神統一、瞑想みたいな気分になっていた
周囲のことが気にならず、ひたすら絵を描くことに集中して行ったのです
絵が上手いか下手かはどうでもいい、夢想無念・無我・無心
ひたすら絵を描くことに全神経を集中出来ること、そのものが素晴らしいと実感

初日の結論は、「当分、止めずに絵を続けよう」だったのです

早速スケッチの本を買ったり、家でデッサンを始めました
そして6月7日3回の絵描き教室に通い、三日坊主にたどり着きました
あとはどこまで続けられるか?案ずるより・・・・
その後、デッサンは案外上手く描けていったのです、びっくりしました
案外描け、先生のずばずばと有益な助言も良く、更に褒めても戴きました
「きちんとしっかり描けています」ですって・・・・真実、嬉しかったですね

男の先生のアドバイスを受け、教室で他の人の絵を見て、上達したように思います
「苦手ではない、案外描ける」というふうに変わったのが現在の実感です、
「よかったコンプレックスで一生を終わらなくて」そして、
ここ数年いろいろな苦手を克復した私は最大の苦手も克復したことを嬉しく思った
習字も自習でやっていますが、意外とソコソコ書けるようになってきました
苦手ではない、苦手と強く思い込み、それをやらない理由にしてきただけなのだ

最近他の人にも絵描きを勧めるが、かつての私のように「大の苦手です」と言う
何と私が絵を描けと説得する側になっているという、皮肉な結果になったのです

かつて会話も大の苦手でしたが、今は会話は大好きに大きく変わりました
私のことを、何時間でも話す、或る意味やや困った人になっているのです
かつて山暮らしも大工も野菜も料理も大の苦手でしたが、今は得意分野です
「苦手です」この一言で片付づける人生は不毛です「苦手です」は禁句なのだ

さて絵描き教室の第三回目は題材が沢山おかれた、そして目の前に靴が置かれた
どうやら靴二つとよれよれの帽子を描かなくてはならないようだ
しかし悲しいことに靴は描いたことがないので自信がない、
まだ新しい画題が出るたびに不安や恐怖感が生じ、ひどく戸惑う私なのです

ところがこの難題も結果的にクリヤーできていて、それどころか案外上手い
こういう経験の積み重ねが自信になっていくのでしょうね
「絵だけは、苦手、勘弁して」と言う人もやってみれば案外上手く描ける

まだ絵に関してかなり消極的ですが、徐々に快方・開放・解放に向かっています
55歳で未知・未経験の山に暮らし始めた時のことを思い出します、
何かのきっかけで、偶然に物件のあるその山に入り来てしまったのです
そこですぐに中古ログハウスを買った私だったのです

当初5年くらいは山に5日京都に5日という繰り返しでした
そうです、最初は山にずーと住み続けることが苦痛だったのです
当初数年は山暮らしに馴染めなかった、それが何ということでしょう
10年目くらいから自然に山に住む比率が増し、京都が苦痛になって行き
そして15年目には完全に山暮らしが好きに、都会嫌いに変わって行ったのです

そんなものなんです、当初は苦手だの難しいと思われたことが
決断して挑戦すれば、そのうち楽しさに逆転して行くのです
つらい、苦手なことが嬉しい、楽しいことに変わってしまうのです
だから仏教、禅宗でも、「己を捨てよ」と言うのでしょうかね
「捨てよ・捨てよ分別を捨てよ」「死ね・死ね・死にきれ」
バンジージャンプのように思い切って飛び込むのです
「苦手」「固定観念」に縛られている、自分のつまらん分別を捨てよです

石の上にも3年、継続は力なり、職人は10年で半人前、三日坊主

・出会い: 今回の絵でも3軒隣に絵の先生がいたことがきっかけです
・次に : まずとりあえずやってみること、分別を捨てよ
・更に次は:やるという決断です、駄目な理由を探さないこと
・そして: 快感や手ごたえを得ること、褒められることも大事
・そして: あせらずゆっくり続けること、何か効用を見出すこと
  (ここまでが最も大事、ここまで至らない人が多い、すなわち出会いがない)
:更に : 静かに埋没すること
・そして: 自分の新たな生きがいや趣味や技術として続けること
・最後は: 深めること、他人にも教えること、やってあげること
・更に : こだわりを捨て、ゆったり味わうこと、人生を深めること
  (最初から「苦手ですから」なんて言う人の人生は貧しい・悲しい・惨め

とにかく、なんだかんだ言わずに、やってみなはれ
出来た・出来ます

否定語を使わない⇒でも友人や子供は、当然のように、すぐに否定語を使う
現代人は否定語で生きている、ほぼ毎日否定語を使わない日はない
質問やお誘いをして見て下さい、多分100%否定語が帰ってきます。
「出来ない」「苦手だ」「何でそんなことせないかんの」「やりたくない」
「うざい」「興味ない」「意味ない」「バカバカしい」「一体なんのために」・・


御願い:「田舎に住みませんか?」「老後は山暮らし始めませんか?」
  答え:コンビニもなレストランもない、やめときます、無理、もう歳だし、都会が便利

御願い:「絵描きませんか?」
  答え:絵は苦手、絶対に無理です

御願い:町の役員お願いします
  答え:無理です、歳ですし、身体も動かないし

御願い:「俳句しませんか?」
  答え:俳句なんてやったことないし、素養は全くなし

御願い:「野菜作りませんか?」
  答え:野菜なんて作ったことないし、やり方が分らない

御願い:「インターネットしませんか?」
  答え:難しいし、特にいりません、格別何も不便はない

御願い:「株式や資産運用しませんか?」
  答え:危ないことはしません、第一お金がない

御願い:「誰でも会った人に気軽に話しかけませんか?」
  答え:そんなこと恥ずかしくて絶対に出来ません

御願い:「家買いませんか?」
  答え:今の家で精一杯です、二軒も三軒も買う余裕はないし、一体どう使うのか?

御願い:「東京まで夜行バスで行きませんか?」
  答え:いつも新幹線で行きます、8時間もバスに乗ってられません

その他:バンジージャンプしませんか? 外国に暮らしませんか? 部屋の物半分に減らしませんか?
    座禅しませんか? 本書きませんか? 人前で話ししませんか? 料理やりませんか・・・

その弊害の主なものは、次のようなものだ
やらない理由がすぐに見つかるのだ
・あまりに便利/不便
・豊/貧しい
・何でも機械がやる
・金出せば何でも買える
・面倒くさい
・出来ない
・経験ない
・必要がない
インターネット・家電製品・インフラ・ロボット・テレビ・携帯・スマホ
3軒隣の横山道子先生(写真左の人)の個展を近所の友人と見てきました

今年も一年一度のシャボテンの可憐な花が咲きました、雨にあてないで
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434.老いた私の生き方

2017-06-08 08:28:42 | 人生
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老いた私の生き方

老いるということは悪いことではない
勝手に悪くしてしまったのは本人の責任なのだ
老いること自身には責任はない
「すっかり歳とってねー」ではなく、本人が「うっかり歳とってしまった」

老いて、駄目老人になるのは
①諦め。逃げ
②ごみ屋敷
③整理整頓
④嘘誤魔化し
⑤追い詰める
⑥引き篭もり・テレビ漬け
⑦動かない
⑧依存・媚び
⑨暗い・汚い・鬱陶しい・固い
⑩頑固・威張り
⑪会話下手・話題不足
⑫医者頼み。介護頼み

若い時から生き生きした老後にする準備が始まっているのだ
老後に近くなって、付け焼刃で素晴らしい老後を作り込もうとしても無理
若い時からせっせと人生をしっかり組み上げて来た人に、豊な老後がある

その上で老後近くになったら、もう一度深く過去の生き方を振り返り
人生を大きく変えるべきなのだ   ■ 元気な老後=
若い頃の生き方+壮年期の成長と蓄え+老後の準備+初老期の見直し

そのために、まず自分の指針をしっかりと作るべきだろう
部屋に禁酒や禁煙などの張り紙ではなく、もっと基本的な人生の指針を
張り出し、繰り返し心や頭に叩き込むことだろう
禄でない・ふらふらと青春期や壮年期を過ごせば碌な老後しかやって来ない

巨大地震に襲われて初めて、考え方や普段の予防が甘かったことを反省する
時すでに遅しなのだ

●老後にありがちなごみ屋敷、でも部屋同様心もごみ屋敷なのだ

●老後の心構えだが、若い人にも通じるものだ
 大半の老人のいけないことは、きちんとした考えが欠落していることだ

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433.投資と運用と言うことの大切さ、お金だけでなく暮らしの全ての面で大事

2017-05-20 07:47:47 | 暮らし
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投資と運用と言うことの大切さ、お金だけでなく暮らしの全ての面で大事

老後の余生を送る老人や友人に私が質問し訊くことがある
「資産運用をしていますか?資産運用はきちんと出来ていますか?」と
その答えはほとんどの人がノー「資産運用:投資は危ないのでしません」
欧米人に同じことを訊くと、答えは真逆でイエスが圧倒的に多い
欧米人は危ないからやらないではなく、むしろ保有資産自体が危ないからやる
日本人は人生のつらさから逃げる、欧米人はつらさに対抗しようとする

格差社会も、投資と運用をきちんとするか否かにかかっているのだが
日本人は、とにかく、お金を投資しない、お金を使わない、運用しない
老後は問題が多いが、お金に限らず、あらゆる面で運用や投資は大事なのだ

長尾の山に20年暮らしてをして来たが、20軒くらいのログハウスがある
高いお金で山の別荘を買ったのに、多くが管理放棄=運用放棄されている
せっかく高額の投資をしながら、全く運用されていないのだから、大損だ
中古の山の家をたっぷり利用・運用し良い思いをした私のような人もいる

日本は金持ち国家なのに、諦め、引き篭もり、投資も運用もしない時代になった
少子高齢化が問題なのではなく、投資と運用の意欲減退、やる気喪失こそが問題

その結果として、日本人は利子がほとんどない銀行預金をしている人が非常に多い
昔、高度経済成長期には利子が7%なんてこともあり、7年で倍になった
今は、利子が0.02%などとふざけた状況になっていて、100万円預けて年200円
ATМで手数料をとられることもありますから、銀行に預けると損するかもしれない
とにかくお金は銀行に預けるものと決めている日本人が多い、教育のせいですかね?

ところで、まず言葉の意味の確認ですが、頭ごなしに投資や運用を嫌わないことです
投資とか運用という言葉を頭ごなしに誤解してはならない

●運用というのは、上手く働かせること、活用のこと(運び用いること)
 運用の反対は、放棄・放置・保管・保存・停滞・諦め・逃避・・・
 一応やってはいるが、きちんと運用や投資ができていない人が多い
 お金も身体も使わないとすり減って行く、歳だから貧乏だからじっとしている
 歯を磨いていますと言うが、実情を調べるときちんとしていないから虫歯だらけ
 「坐して衰え」「坐して苦難を味わい」「坐して悩み」「坐して病となり死を待つ」

●投資とは、お金をお金が必要とする対象に提供・投下すること、見返りの成果を得る
 投資の反対は、投資しないこと=停滞・無駄・死・衰退・目減り・
 投資とは必要な資源を投下するということ、金を有効に働かすということだ
 金利の低い今こそ、むしろ金を働かす絶好のチャンスととらえるべきなのだ

 それと一般的に投資は、高い時にするより、安い時にやると、より効果的である

運用は苦手、投資は危ないという人は、結果がどういうことになるか?決して良くならない
生活保護・総入れ歯・寝たきり・孤独老人・要介護・・・・投資と運用に失敗した人達
お金のことだけではなく暮らし、人生全般にきちんと投資と運用を考えて実践して欲しい
そうは言え、中途半端に怪しげな投資や間違いだらけの運用をしないよう注意下さい

例 分かりやすいのでお金で例を話ますが暮らし全般にも通じることです

円がドルや外貨に対して円安になると、円で持っている人は資産が目減りしてしまう
円安が良いのは、海外と取引がある会社だけ、個人も外貨や資源を持っていると損しない
最悪の場合円が暴落したりすると、資産そのものが紙くず同然になることもある

日本でも今や、円以外でお金をもつことも簡単だ、一部をドルで持っていれば
1万ドル持っている人は1ドル100円が110円の円安になると、100万円が110万円になる
ところが、円だけで持っていると、円自体は何も変わらないから、損したことに気付かない
資産の全部または一部を金(gold)や不動産や物などに分散しいる人の資産は減らない

円預金をしていれば、絶対に損はしないと思い込んでいる人が多いが大きな間違いだ
グローバル化し日本が世界とつながっている現代は、知らぬ間に円も増減する
昔から、金持ちの人はあまったお金や資産を分散して所有していたのだ
例えば、金・土地・家・美術品・米・食品・衣類・道具・資材などである

日本人は、恵まれたせいなのか、気が緩み、投資し運用することを避ける
日本の、おもてなしも良いのだが、もっと投資や運用に熱心であるべきだ
運用とは物事を上手く機能させて、良い状況や結果を保つことなのだ
投資も博打とか賭けのように思い違いし、実際に失敗する人も多いが
投資や運用は博打でも賭けでもない、間違ったやり方や、一発大儲けを目指してはならない
運用とはきちんと、慎重なものなのだ、恐ろしいではなく、安心出来るものなのだ
そのためには運用とか投資に科学性や合理性や冷静さや安全性が必要になる
運用とか投資と言うと、すぐにお金や博打に結びつけ、悪いことと決めつける

例えばお金以外で運用や投資を適用してみよう
・健康の運用と投資(問題大きい)
・老いや老後の運用と投資(問題大きい)
・人付き合い、絆の運用と投資(問題大きい)
・家の整理整頓の運用と投資
・家族の運用と投資(問題大きい)
・防災の運用と投資(問題大きい)
・エコの運用と投資(問題大きい)
・暮しの運用と投資
・遊び、趣味の運用と投資
もっと、こまごまと上げれば、例えば歯の運用と投資とか足腰の運用と投資とかキリがない

例えば歯の運用と投資の場合、私がやっている投資と運用は
歯磨きと言えども、良いブラシや高いねり歯磨きを買わなければならない
 ・歯磨きは一日4回磨く
 ・歯ブラシ2種、歯間ブラシ、歯垢除去棒、舌苔とりブラシ、うがい液、他
 ・それに大事なのは高性能の電動歯ブラシと、専用ブラシも3種類使う
 ・磨き方はきちんと丁寧に
 ・口周辺のストレッチ
 ・唾液を出す
 ・歯茎のマッサージ
 ・週一回は歯や歯茎の歯垢を専用器具で除去する
 ・間食禁止
 ・飴をなめたり、甘い飲み物を飲まない
 ・時々固いものも食べる
ちなみに私の場合、朝起きてうがいはするが歯磨きはしない
もし朝起きて、すぐ歯磨く人や1日1回しか磨かないのは大間違い
朝起きてすぐの歯磨きは意味もない、食後や夜寝る前に丁寧に磨くべきなのだ

木の剪定をやるが、ほとんどの家の庭木がきちんと剪定されずに葉が茂っている
植えっぱなしで大木になっても平気、植木屋に頼むと高いのでホッタラカシだ
葉がびっしり密に繁って、隙間がなく風通しや陽当たりが悪くなり病気になり
花が咲かなくなる、これも金を使わず、きちんと運用が出来ていない結果なのだ
女性が高額な化粧品を買い、せっせと化粧をするのは投資と運用が完璧な例だ
だが残念ながら心の投資と運用は化粧ほどではない、あくまで化粧と衣装なのだ
私に言わせれば、顔やスタイルへの投資や運用なんて実にくだらんし愚かだ
人生でもっと沢山の大事なことへ、きちんと投資し運用が出来ていない

かなり厳密なルールに基づき漏れなく、日々確実に続けることが運用と投資だ
ルールに漏れがある、正しくない、やり方が悪いと運用出来てないことになる
私の今の年齢70~80歳でも、歯が全く問題ない人も僅かだがいる
私は奥歯を除き28本が健全である
他方、歯や歯茎が細り、がたがた、虫歯や歯槽膿漏で入れ歯だらけの人も多い
即ちきちんと投資と運用をして来なかった人には、後々、手痛い酬いがあるのだ
腰痛しかり、目も耳も足も腕も顔も皆同様にきちんと運用と投資が大事なのだ
金かけない、ルールない、やってもいないのは、管理放棄・諦めもいいところだ

現代の日本人は投資がどうのとか、運用がどうのとか、きちんと説明出来ない
要するに面倒なこと難しいことはやりたくないだけのことなのだ
歳取ったら何でも歳のせいのして諦め、やらない理由にして納得させてしまう
ただ、それだけのことなのだ、
やらない理由、やりたくない理由を投資や運用と言う言葉の響きに押し付けてしまう
「投資なんか」「運用なんか}「そんな危険な賭け事」「危うきに近寄らず」・・・

お金や資産以外にも投資や運用をきちんとするかどうかが大事な鍵になる
老いてどこに住みたいか?を訊くと「病院のそば」という答えが多い
だから病院の少ない地方や田舎には住めないと言うのだ、限界集落が増える
田舎で安く広い家に住む私にとっては、地方に限界集落が出来るのは有り難い、

多くの人は、健康維持への投資や運用が出来てないので、老後に自信がないのだ
病気を前提にして、薄汚れた狭い都会に住むのは最低、最悪な生き方だと思はない
  私は逆で、
医者にかかるのは最低最悪と考えている、医者などというのは碌な者ではない
だから私は病院が第一条件ではなく、田舎に住むことのほうを選択した
私なりの暮らし方や住まいの運用と投資の考えを摘要してきた

投資は、お金を分散保有、分散配分することである
利点はそれぞれが上がったり下がったりして全体として正常な状態を維持していること
株が上がると金(gold)や債券は下がる、その逆のときもあるが全体はさほど変わらない
投資もいくつかに分散させ、資金の半分を買って置き、半分はММFなどで所有しておく
株が上がったら利益になり、下がったらじっくり待ってММFの資金で安い株を買い増す
すなわち上がっても下がっても損しないし、儲けるのである

投資は、けっして無理しない、資金を同じものに使わないことだ、時間軸でも分散投資だ
よく株を買うと下がったときに恐怖を感じるという人がいるが、そうではない
値が下がったら、むしろ万万歳なのだ、安く買えるからだ、株や資産は安いときに買う
だから上がるのも良し、下がるのも良しが正しいスタンスなのだ
株価や債券や原油の価格が頻繁に上げ下げするのは、投資家がバランスをとるせいだ

「過ぎたるは及ばざるが如し」とは投資や運用のためにある格言なのだ
「さる者は追わず、来るものは拒まず」も投資や運用のためにある格言なのだ


しかし「運用せざるは何も及ぼさない」のだ、適度にバランスよく慎重に小まめにやるのだ
それこそが運用の秘訣であり、成功のための大事な鍵だ
運用や投資は、自分の判断でやることも大事な二番目の鍵だ
やってはいけないことは、自分で判断せずに、専門家や他人の意見を鵜のみにしてしまうことだ
必ず失敗する、しかも大失敗の元だ、むしろ上手く行った場合のほうが怖いから要注意
必ず自分で考え、自分で判断する癖をつけることだ、医者のいうことも鵜呑みにしてはならない
株取引でも証券会社の営業マンを信じるととんでもないことになる、医者も同様だ
この世の中は不自然になり、都会には嘘誤魔化しで満ちている、だから人を信用してはならない
私の経験では人は嘘つき、特に専門家という人ほど大嘘付きだと実感している


現代の日本人は癖がある
・鵜呑み癖
・依存癖
・責任転嫁癖
・軽信癖(信じやすい)
・丸め込まれ癖
オレオレ詐欺なんかにひっかかる人が多いのもその現れかもしれない
テレビでいろいろな情報が流れると何でもかんでもすぐに信じてやる
長続きしないのは、自分自身で消化吸収する努力が不足しているからなのだ

専門家という人も、ある限られた条件でのみ通用する理屈を安易にあてはめてしまうのだ
医者がその典型だ、素晴らしい医者もいるのだろうが、そんな医者に当たる確率は宝くじなみ
投薬を受けて副作用があって、医者に申し出ても、処方を変えようとはしない
患者が若かろうと、かなりの高齢であろうと、男も女も、過去の生活歴や病歴は無視して一律
身体なんか見ようともしない、血圧測定と聴診器を当てるくらいがせいの山
診察に通院し、医者の言うことに納得行くものはなし、有難みやは微塵も感じない
医者は、毎日患者が来て、検査し、基準を外れていると自動的に注射や薬を処方するだけ
医者は、最も信用してはならない、自分で調べ、考えて服薬しないと命取りになる
自分の身体のことは自分が一番知っている、だから身体のことも自分で運用することだ
病気なんかしても軽い場合でも、出来るだけ医者なんかに行かない
無料で特定検診を毎年受け、強制的に薬を飲まされるのも怪しげだ

何しろ自分で運用や投資をきちんとする癖をつけることが大事なのだ
●医者、証券会社、先生、上司、親、コンサルタントなんか鵜呑みに信じてはならない●
専門家、特に国家資格の医者、製薬会社の都合が良いように利用されているのだ

運用や投資という言葉には大事な意味が含まれている
いつも忘れずに、運用や投資を念頭において考え行動することだ
運用や投資が自分自身できちんと出来ている人は病気も損も事故も災害被害もない
もし万一あっても自分できちんと乗り切れることだろう
他人まかせで運用も投資もせず依存ばかりで、漫然と暮らしているから大きな穴に落ちる
都会暮しは豊で、楽しいはずが、意外に苦しみ悩むのは運用や投資が出来ていないからだ
決断は自身の運用や投資経験によって的確に出来る、普段いい加減な人には決断は出来ない
そしてますます嘘誤魔化しの人に依存しお任せして被害を大きくしているのである

■投資
来る者は拒まず、去る者は追わず(安値は拒まず、高値は追わず)
 慌てない、フナ釣りのように、しかけて、じっと待てばよいのだ
・まず、お金は使うもので、保管しておくものではないことを認識しておくべきだ
・投資対象の分散
・投資時期の分散
・長期投資だが、利益がでれば売る、損は速めに切る
・欲張らない
・全額投資につぎ込まない(現金など流動性が高い資産の余裕を持っておく)
・毎日情勢変化を確認し、先を読む
・儲かるのは良い時だけではない、悪い時も儲ける

■運用
来る者は拒まず、去る者は追わず(やるべき事は拒まず、諦めや放置は追わず)
 面倒くさい、続けられない、ホッタラカシが苦しみや悩みや損害を生む
・ルールを決める
・ルールはきちんと厳しく定める
・但し無理はしない
・毎日実行する、淡々とやり続ける
・ルールは必要に応じていつでも改善する
・ルールは自分の考えで決める
・諦めたり・やらなかったり・他人に依存はしない
・他人や専門家の意見や情報は鵜呑みにして信じない
・結果の良し悪しは自分自身で判断し、効果が上がるように是正する
・やたらに難しいへんてこなやり方をしない、当たり前のことを当り前にやればよい
 俺は長期投資だとか、俺はデイトレだとか、決めつけたり、偏らないことだ

 運用というのは日々続けるのがつらいのでは駄目、楽しく平常心で続けられることが大事
 リスクがある場合は必ずリスクヘッジ(予防処置)をかけておくことを忘れてはならない


イチゴがなる季節沢山のイチゴができています


イチゴ棚に8個くらいのイチゴの鉢を並べています


付近の家の庭木が繁り過ぎ、枝や葉っぱが多く風通しが悪く、無用な木が放置されていた
それらを方端から切り倒し、無駄な太い枝を切り落とし、剪定し、植え替えたりの一日
庭はすっかり元気を取り戻し、木々もすっきり美しい姿になった、まるで散髪後のようにサッパリ


エアコンを移動したので屋根も手作りで造って差上げました2時間くらいで完成しました
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432.ライフスタイルや人生観の狭まり、固定化による人間関係希薄化

2017-05-07 13:11:41 | 人生
指導や講演を依頼出来ます    村上原基 
   滋賀事務所: 滋賀県高島市安曇川町田中(通称:竹の里)     
村上原基人生勉強会
台東区立育英小学校⇒台東中学校⇒都立白鴎高校⇒東工大⇒大阪松下電器⇒京都エンゼル工業⇒
    ローム⇒テクノ経営⇒関西ISOシニアコンサルタントネットワーク創業⇒人生勉強会創設
いつでも気軽に人生相談にお越し下さい⇒滋賀支所又は京都事務所へ

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安曇川の暮らしをご案内します車でお越し下さい
同乗させて戴き私の家を中心に紹介します。  9時~12時までに安曇川駅にて解散
JR安曇川駅集合9時、村上同乗
田舎町田中の家⇒長尾山の家⇒安曇川駅周辺
ご希望で朽木、新旭、高島を時間が許す限り回ります
  ご希望のより、田中の空き家もご案内します
メイル

テーマ
ライフスタイルや人生観の狭まり、固定化による人間関係希薄化

概要
1.世間の状況     世界一、人間関係のない国
世の中はグローバル化し、世界中のどこにも行けるし、住めるし、付き合えるはずだが?
逆に日本は人間関係や親しい付き合いを遮断するおかしげな国になってしまった
東南アジア人やアフリカ人が日本に住んで、あまりに人間関係がないのに驚くらしい
日本の日本たるゆえんは、もっと付き合いの深い人間関係が土台になっていたはずだが?

2.問題点     都会暮らし、技術進歩、経済発展は、人を億劫がりにする
隣近所、親兄弟さえどうでもよい、結婚も子作りも関係ない、自分が生きて行けばよい
便利で家あり、金あれば、人付き合いなんて面倒なものは無用
特に都会は家が密集し、圧迫感が強く、せめて家にいる時は人付き合いから解放されたい
町内会も「金出してまで参加したくない、放っておいて欲しい、煩わしいのは嫌」と孤立化
昔私も人嫌いだったから、気持ちはわかる、でも会話や人付き合いが嫌なんて可哀相

3.私はどうしたのか、何をしたのか       現代日本人は、もう日本人に戻れない
私は、60歳までは、全てにおいて付き合いや人間関係が乏しかったのだが
私は東京⇒大阪⇒京都⇒滋賀、松下⇒エンゼル⇒ローム⇒テクノ経営⇒自営を経験
大都会から山暮らし、田舎暮らしと異文化体験をしてきて、大きく人格や性格が変わった
会話・付き合いの必要条件は、①笑顔②笑い③豊な体験④自立⑤多文化体験⑥会話力
⑦柔軟⑧人を差別しない⑨観察・研究・実行力等⑩人格⑪温和⑫人助け  等々

4.私はどうなったのか       山暮らしで自分を取り戻せ
付き合い下手の私は、住まいや会社や環境を変え、多文化を体験し180度変わった
60歳くらいまでに、長年積み上げて来たいろいろな条件がやっと揃ったように思った
55歳から最後の仕上げとして山に20年暮らし過去の垢を落とした(宮本武蔵を思う)
人は人生を自然に歩むことで晩年、楽しい・明るい・元気な余生になれることを知った
頭が悪く、身体が弱かったし、さほど金もちでもなく、風采も普通で良かったのだろう
頭が良く、身体が強く、金持ちで、風采も良い人が必しも良き晩年を送れる保証はない
多文化体験せず、頭と目と耳だけで人生を送って来た人は、殻に篭り付き合い下手のまま

5.一体なにが原因で出来ないのか    麻薬患者はどうすれば直るかと同じ考え方
ストレス社会の都会で、気を遣うのを嫌い、田舎に来たとか別荘を買ったという人が多い
これは大きな間違いだ、田舎ではむしろ多くの人と利害関係なく気楽に付き合うべきだ
ところが、別荘を買っても、自然の中で暮らすことが新たなストレスになってしまうようだ
都会人は便利さと物質的な豊かさという欲望を捨てられない、何もない自然は受入れない
特に面倒なこと、時間のかかること、難しいこと、つらいことは、頭から受付けない
やがて、人は何かに拘るようになる、何かに反感を感じ、何かのためにやると意識し出す
何かと理屈や理由づけをするようになる、そのため、悩むようになる、苦しむようになる
反感を持ち、争うようになる、仲間も出来るが、敵も出来る、意味も価値もないのだが
現実に山と田舎に別荘を所有するのに、京都の子供達は興味がなく全く来たことがない

6.提言     心地よいものだけを求めるな、それらは麻薬だ
付き合い下手が付き合い上手になる道とは
1.生まれ故郷に固定せずに、住む地域を変える
2.会社や仕事もいろいろな会社や仕事を体験する
3.きちんとした自分なりの人生観を持つ
4.食事、運動、健康や資産管理などはきちんとする
5.会話については常に反省と勉強を怠らないで一生、精進を続ける
6.会話や付き合いにおいて大事なことは
  明るさ・笑い・賞賛・話題・体験豊富・観察分析研究心・温和・受容・自立・質問
7.過去の自分を清算し捨て去り、一から出直すことが先決
8.人を年齢や性別や職業や性格などで差別しない、誰とも付き合う
9.初対面の人に話しかける努力継続、仲間、グループを作らない、縛られない
10.相手の好きな、得意な分野の話を多く出来ること
11.自分の特異な分野については話す内容は方法を工夫し、相手の興味をそそる
12.付き合いは一回限りにせずに、以降も何度も付き合い深めて行く

●住まいの転居回数、会社の天職回数、仕事の変更回数など、変化体験が人生を高める
・1回転:まだまだ、頑固・我がまま
・2回転:新天地礼賛、故郷こき下ろし、まだ何かに拘る
・3回転:やっと、少しだけ多文化的な感覚になる
・4回転:かなり多文化で、自立し、人間的にも成長する
・5回転:一人前の人間として、自由自在、何事にも捕らわれない柔軟な人間に成長

都会に住み続け、大企業にい続け、仕事も同じ、一日パソコンをたたき、スマホを見続ける、
そんな人間がいろいろな人と楽しく有意義に付き合えるわけがない
都会暮らしをしていた人が田舎の町や村に住んでも、それくらいでは、
長年染み付いたものは変えられない、私のように山でひっそり15年以上は暮らさないと難しい
オーム真理教でポアーされ元に戻らず、未だに深刻な精神疾患を背負わされている信者達
人間に染み付いた観念というものは簡単には拭い去ることは出来ないものなのである
人は成長するために教育を受け、経験を積むのだが、それがかえって災いとなるのだ
新たに取り込むことよりも捨てて真っ白になることのほうが人を大きくするのだ
貴方は自分の意志ではなく、オームと同様に、家族や社会や誰かに染められてきたのだ
人は勘違いしている、元々の自分は長年かけて失ってきたのだ、取戻すのは容易ではない
一日部屋に篭り、パーテイでは隅っこで一人、付き合っている友人はたった一人
多文化を体験せず、ロボットのように一日パソコンをたたいていては友達は出来ない

追伸
都会に住み続け、スマホやパソコンやテレビに一日中向き合う暮らしを捨てること
山や田舎(人気の少ない)に別荘を買って欲しい、安い家を建てたる、安い中古を買う
山で外に出て一日中作業をする、何かあれば自分でやる、都会の一切を忘れる、捨て去る
一日中パソコン作業なんかしないこと、してもごく僅かにすること、贅沢もしないこと
現代人は自動車運転に例えれば、前進は出来るが、後退:バックが出来ない
江戸っ子として東京に長年住み続けた人と話すが、話題は狭く、つまらん会話しか出来ない
同様に京都人もしかり、一つのものに長年、所属し続けると、実につまらん人間になる
日本に移り住む外国人のほうが、日本に住み続けて来た日本人より深い、強い、面白い
爺さん婆さんは体験が狭く、話しても退屈だが、でも今時の都会の若者はそれ並だ
だから今時の若者は上手く付き合えない、逃げる、自分の殻に籠る、小ぽけに固まる
自分を磨く、自分を試す、自分を鍛える、自分を変える、自分を開く、自分を曝け出す

家の前に広い空き地があります。二年間雑草を抜き整備してきましたが、
今年は一部に土を入れ野菜を植えました。きゅーり・ごーや・ぴーまん


2年前に引っ越しして駐車場の屋根を自分で建てたときに巨峰のブドー苗を植え、ここまで成長
今年は実がなり始めています、ブドーは都会でも駐車場を利用して簡単にできますよ

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431.三方良し・四方良しの卓球による効果的な提案

2017-04-25 10:00:46 | 健康作り
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テーマ
三方良し・四方良しの卓球による効果的な提案

概要
1.世間の状況     老若男女がそれぞれに健康に問題をかかえ、かつバラバラ
目下の問題は、①少子化、子供が元気で遊ばない
②高齢化、閉じこもり、病気  ③地域コミュニケーション不足 ④痴呆症  ⑤健康づくり
⑥空き家の活用    問題も多いが、やり方によっては、むしろ上手く行く

2.問題点     皆元気がない、元気を出す場がない、人間関係希薄、空き家はホッタラカシ
・老人も元気がない、子供も元気がない、付き合いもない、両方とも運動不足だ
・体力に見合い、気軽に出来、続けられて、楽しく身体を動かす運動がない
・住人が亡くなって、家をそのまま放置するケースが多いが、後々お金もかかり厄介
・一人住まいの家が多い、そして田舎の町でも近所付き合いが極めて減っている
  ⇒  いろいろな問題があるが、それらを同時に改善し上手く行く案を提案したい

3.私はどうしたのか、何をしたのか   皆を明るく元気にさせるにはどうしたらよいのか?
私は地区の健康推進・福祉委員長・班長に任命され、付き合いも増えている
健康推進委員として、住人の高齢者や子供達がみんなで楽しめるスポーツが卓球だと思う
卓球は壁打ち台を家の中に設置し、毎日一人卓球をやっているが、一年でかなり上達した
運動などをきっかけに健康増進、人付き合い、話し合う場ができることを期待している

4.私はどうなったのか     自分は元気で明るくなれたが、周辺に普及したい
私はほぼ毎日壁打ち卓球を部屋でやっています。おかげでかなり上達しました
ただ、一人でやっているので、これでは本質的な良さが活かされていない
高齢化や少子化の4つの面の効果を期待している。但し、指導者により効果は違う
①健康面:卓球をやることで、運動を楽しむきっかけに、運動する習慣づけ
②協力・助け合い:老人や子供が孤立するのを防げる、仲間意識が芽生える
③空き家:空き家を活用し、空き家になって環境悪化を防ぐ   ④会話・交流・ぼけ防止

5.一体なにが原因で出来ないのか     問題を逆転の発想で改善に結び付ける
1.意欲・意思:個人も行政もさほど真剣にやる気がない     
2.場所:スポーツを気軽に楽しむ場所が近くにない    
3.推進者:高齢化で中心になって推進する人材がいない    
4.お金:年金暮らしや収入減     

6.提言       老若男女がもっと気軽に交流する場造り
提言のポイントは4要素を組み合わせたことだ
①健康維持②空き家活用③高齢化④絆・コミュニケーション⑤会話や運動により痴呆症防止
こんな簡単で効果的なことをやらないんだったら、何をか言わんやである

まず空き家を無料で提供してもらう、その代わり空き家の維持管理をきちんとやる
次に卓球台を1~2台設置する、台は板二枚の手製の物で良い、1万円くらいで出来る
大型体育施設は無用であり、極端に言えばどこでもできるし、案外面白い
誰かが先生になり、指導しながら卓球を練習したり試合をする
卓球をすることを通じて会話や友好が深まる
やる気も出てきて、日々の生きがいにもなるし、身体を動かしているから、体調も良い

卓球の良い所は、動く距離が限られている、それほどきつくない、ソコソコうまくなる、
家でも私が実際にやっているように壁打ち卓球台で毎日練習できる
昔、松下電器の寮に卓球台の部屋が一つあって毎日みんなでやったもんだが楽しかった
卓球は家の中で皆でわきあいあいで出来る間珍しい、楽しいスポーツなのだ
上手い・下手はどうでもよい、お互いに観て、あれこれ言いながら楽しむ
頭も使う、体力はいらないので老人子供、誰でもできるのも魅力だ

●卓球が最高だが、卓球以外のものが現代の状況に対して不備な点は、例えば
 ・懇親会: 運動の要素が抜ける、過去からやられてきたが効果が上がっていない
 ・ゲートボールとか、スポーツ競技: きつい、広い場所が必要、施設の維持管理も大変
 ・バレーボールや野球: 体力が必要で老人には無理、大型施設が必要
 ・飲み会: 酒の量が増え、健康に悪い、飲めない人は駄目
 ・習い事: 運動の要素が欠ける、会話が十分出来ないことが多い
 ・お茶、お花: 金がかかる、堅苦しい、運動にならない

どうですか?卓球恐るべし、現代のこの状況においてゲートボールより全てに良いのです

追伸
会話とか絆とか理解を深め親密になるには、社交が円滑に進むには
・一緒に食事をする ・一緒に一杯飲む ・一緒に競技する  ・一緒にゲームする
そして出来ればそれを取り囲む複数の人が順番を待ちながらワイワイ観戦する
卓球は最高なのだ、あらゆる必要な条件を見事にクリヤー出来るはずである
ゲートボールは場所の確保と地面の管理が大変なのだ、冬は無理、空き家の活用にも不向き
とりあえず、地域で、私の手製の卓球台で壁打ち卓球を披露してみようと考えている
地方再生・高齢化対策・空き家対策・保険料削減などのため是非、真面目に考えて欲しい

我が家の卓球室、毎日何回に分けて壁打ちでやって上達しました


自転車のハンドルが低すぎてしんどいのでハンドルを高くする部品を購入とりつけた
まずハンドルをこていする部分のねじを緩め、ハンドルを抜く


そこに買った部品を装着し高くなった軸にハンドルを戻し固定するだけ
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430.癖が強く、それが望ましくないのに、歳をとっても、なかなか直らない人

2017-04-20 07:51:37 | 人生
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テーマ
癖が強く、それが望ましくないのに、歳をとっても、なかなか直らない人

概要
1.世間の状況     自分の悪癖に気付かない
人と付き合って思うことは、ほとんどの人が悪癖を持っていて、その癖が気になってしかたがない
その癖さえ直せば、かなり魅力が上がるのにと思うが、歳とともにますます癖が強くなって行く
どうして本人は気付かないのだろう?でも、世の中にはそんな人が非常に多い

2.問題点     早く気づけ、そして直に直せ
悪い癖の例をあげてみよう、これ以外にも沢山あるがあくまで例である
・頑固・強がり・独りよがり・会話下手・文句言い・暗い・整理整頓下手・自信ない・断定
気付いていないのか?、気づいていても直せないのか?、良いことのように勘違いしているのか?
その結果、家族からは、完全にボイコットされる、晩年離婚の原因にもなる

3.私はどうしたのか、何をしたのか      60歳くらいで、思い切った断捨離が大事 
まず一度悪癖自体を止めることだが、私は20年山に篭り自分の考えや行動を白紙に戻した
悪癖をどこかで一度断ち切ること、例えば麻薬やたばこでは、とにかく麻薬やたばこを断つこと
直すより断つことが大事なのだ、無論、断たずに直しても良いが、私は、まず断った

逆に新たに癖をつけるには、ひたすらやること、出来栄えは問わない、とにかく取り掛かって続ける

4.私はどうなったのか     年取るにつれ、家族関係、友人関係も良くなること
自己流で、偶然なので、完璧とはいかないが、私は悪い癖が抜けたのは実感している
そして、面白いことに、悪い癖が一部分でも断捨離できると、その範囲は徐々に拡大していく
「薄皮をはぐように回復する」と言うが、まさにそんな感じかもしれない
悪い癖は相手に不快にさせるだけでなく、自分の成長を大きく阻害しているのだ
正に、部屋の片づけに似ている、一つの部屋が片づけば全体の片づけも見えてくる
部屋を片づけようとすると上手くいかない、物を買うとか増やす事から離れるべきなのだ

5.一体なにが原因で出来ないのか     長年染み付いた垢
拘ること、依存してしまうこと、それこそが悪い癖を自分の中に巣喰わせて温存してしまう
感じの悪い会話をする人も多いが、あえて直そうとせず、ある期間、会話を断つか聞き役に廻る
直そうとしても、直らないのだ、だから直そうとしないで、完全に離れてしまうことだ
何もしないということは、日本画の余白みたいに無駄ではなく、実は、価値あることなのだ

6.提言      過去を引きづった垢まみれの自分を捨てよ、捨てきれ 
・死んで、死んで、死にきれ    ・捨てて、捨てて、捨てきれ
死にきれず・捨てきれない人が自慢しつつ、悪癖をばら撒き、迷惑かけ、愛されずに老後を生きる
大酒飲みに「酒の量を半分にしろ」と言って減った試しはない、むしろ止めろと言ったほうが止まる
何事においても、中途半端に今の状況を是認したまま、姑息なやり方で直すことは、むしろ難しい

麻薬もしかり、麻薬を長い間、完全に断たなければ、ほとんど直らない
人生の苦しみ、悩みも同様で、悪い癖を捨てる、離れる、隔離することを実行すべきだ
私は誰とも付き合うし、相手の悪癖をどうのこうのはないが、出来れば悪癖を直して欲しい
家族で阻害されているお父さんに忠告:一度自分のどうでもよい癖は綺麗さっぱり捨てること
多分それでもなかなか捨てられるものではないが、禁煙同様に何でも手変え品変え努力して欲しい

過去いろいろな人と付き合ってきて、悪癖が見事に直った人に一度も出会ったことはない
最近私は誰とも、どんな悪癖の人とも付き合うようになり、最近は修養と受け止めている
特に、家族に対しては、大きく変わって欲しい「俺は一家の長だ」などとふんぞり返っていては駄目
頑固・煩い・きつい・楽しくない・鬱陶しい・理解出来ない⇒もう付き合いたくないとなる
悪癖の原因は、自分なりの拘りとか主義主張というやつだが、どうでもいい、くだらないものが多い

例えば60歳の人が長年染み付いた考え方や行動が、くだらない悪癖としてしつこく沈着している
しつこい汚れみたいに容易に拭えない、異性や若い人には受け入れられるものではない
60歳以上の大人の大多数は悪癖を洗い出し、洗い流し、さっぱりして出直すことが大切なのだ
そうしないと、次世代との心の交流もなく、文字通り頑固で孤独なゴミとして寂しく死んでいく
「馬鹿は死ななきゃ直らない」
麻薬やたばこ喫煙者の言うセリフは「俺が良いと言っているんだから、とやかく言うな」
歳をとって過去の自分を引きずって頑固に生きるのか、過去を捨て去り、仏として生きるのか?

追伸
悪癖を抱えたままの人を、魅力的で素晴らしいとは思えない、困ったつまらん頑固爺としか思えない
だから、同居していて毎日関わっている家族の評価は最悪で、阻害されて当然と思う
ところが、本人は家族の中で阻害されていることを、何だかんだと言い訳けして納得している
そんな愛されない人の世話をやっていることにも耐えられなくなってくると離婚に進む⇒情けない

それに対して、私は妻は他界、家を離れ一人住まい、家に帰っても子供に優しく接する
60歳にもなって「俺が、俺が」はない、自分中心を捨て、歳下の人を暖かく思いやる余裕が欲しい
元気で明るく、楽しい、優しい、さっぱりした包容力のある老人、品格・人格のある老人でありたい

妻が55歳で他界、安曇川で一人住まい、でも何故か、私はひっそりと地味な田舎で、楽しい、幸せ

田中の家の庭のイチゴ、5月には沢山イチゴがなります


イチゴは簡単です、都会やベランダでも出来ますよ
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429.20年安曇川長尾のログハウス周辺の現在を公開:最高の暮しを引き継いで下さい

2017-04-15 21:01:06 | 森の暮らし
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テーマ 安曇川長尾のログハウスの今、平成9年4月15日、タラの芽が出始め桜万開の日

長尾の安曇川べりの桜並木です


 ログハウスは角地で前と左右が空き地になっている、特に横は大きな林
 この3空き地は私が勝手に使っています
 なお林はログハウスは建っておらず、最近土地として売りに出ています
 私の勝手な予想ですが、土地の買い手は現れないので、依然、当分私が使えそうです
 前後の土地も空き地で私が整備・管理し使っています

 幸か不幸か限界地になり新たなログハウスが建つ見込みはない
 自分の好き勝手に自然を改造し使うことが出来る、誰の反対も抵抗もないのだ

 山は都会より田舎の町より数段楽しい場所です。
 でも虫・暗闇・静か・作業の嫌いな方にはお勧めしません
 山では一日仕事があります。その仕事をして夕方皆でビールを飲む
 今頃から秋までは山菜や果物を楽しめます
 昨日もタラの芽やこごみやヨモギの天ぷらで一杯やりました。
 都会が良いとか田舎の町が良いなんて粋がって、言ってる人はまだまだですね

庭に面した外居間:土間の応接間


土間の応接間、案外山の付き合いは兄弟以上に深いのだ、都会に近づくほど人間関係は希薄になる


今は山菜の天ぷらで缶ビールで飲み会だ、夏は毎夕缶ビール持ち寄りの飲み会


工作場所:土間の応接間の後半分です。工作場がないと山の生活では困るのだ


角からの庭のながめ、狭いながら庭もかなり広い、野菜も花も植えられる


同じく角、左側が広い林です、林は綺麗に整備されていて、歩けます


角からの離れ(右)と母屋(左)、右奥は隣家だ、飲み友達


道路をはさんで庭とログハウス、ログも上物だ、購入後土間を増設している


家の横の道をはさんで林の休憩・お話・飲み会場所です


庭の離れ、ぼろくなったので、なんなりと使うとよい


横の林に面した道路からログハウスの側面:台所側、増設した出窓も見えます


ログハウスの横道、私の道路みたいなもの、駐車は林や道路好きな所にどうぞ


ログハウスの横道の林、林はいつも綺麗に清掃しています


ログハウスの裏庭、裏庭は私の所有ではありませんが、整備して20年使ってます


ログハウスの後ろと横の道の光景、桜も咲いてます


同じくログハウスの後姿


広い林のやや奥からのログハウス側面、台所側だ、購入後3カ所出窓を増設している


ログハウス側面の道に面する広い林、林も勝手に使っています


ログハウス前の広い林、秋には一面紅葉が色づきます


ログハウスの後部からログハウス横の林に面した道の景色


林の奥からのログハウス、最初に建った頃の価格は2000万円ほどしたそうです


林の中ほどからのログハウス横の景色


山暮しは多分地球上において特に日本においては最高な暮らしの一つであろう
昔の多くの日本人は山人だった、それがやがて平地で農耕をやるようになり
更に現代は都会に多くの田舎の人が大規模に移住するにつれ
山暮しを捨て去り、本来すごく楽しい事だった山暮しを忘れてしまった
山暮しの文化も耐えてしまった。今や高い税金をかけて守っているのはつまらん都会の文化だけ
大昔から長期間、お世話になってきた山暮らしの文化をきっぱり捨て去ってしまった

だが平成の都会人の私が20年暮らして思うことは、可能であれば山暮らしは楽しい
山に都会そのものを持ち込むことは許されないが、ある程度利用しながら
山の生活をもっと発展維持していきたい、そのタイムリミットはもう間近だ
やれ町家の保存とか古民家の保存などと、どうでもいい箱ものの保護だけでなく
今や完全に失われようとする山暮らしの文化を、細々でもいいから保護して欲しい
しかし山で一生懸命山暮らしを維持してきた私達には、全くもって冷たいのだ
一切なにもしてくれない、保護は皆無、無視、拒絶、拒否、何が環境保護だ

皆さま是非、環境抜群の我がログハウスの山暮らしを引き継いで欲しい
450万円で買っても、将来200万円で売れば賞味250万円の出費で済む
私はすでに1000万円くらいの実質出費をしてきたのにくらべれば何ということはない
この素晴らしい山暮しを「我こそはと」引き継いで欲しい、私も数年は応援から
山暮しの良さは都会のそれとは比べる事の出来ない、異次元の生き方なのだから

4月6日余呉湖から賤ケ岳を散策してきました。桜はまだでしたが
雪もなく楽しい登山でした。賤ケ岳は低い山でしたが、結構74歳には少々こたえました



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428.自然とは何か?不自然人間が、不自然界に埋没する都会

2017-04-08 10:14:16 | 環境
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自然とは何か?不自然人間が、不自然界に埋没する都会

概要
1.世間の状況     自然という言葉やあり方が分からなくなっている
世間の多くの人は都会か田舎の大きな町に住もうとする、自然から遠ざかろうとする
人が自然から遠ざかるのは単にそれだけのことではなく、人として根源的なものを失うことに通じる
都会は何事も最先端だ、物や食物なども、どんどん新しいものが出てきて、貪欲に追い求める
田舎の山や村地域は都会に対して真逆だ、あるのは自然だけ、自然は文字通り自然だ

2.問題点     不自然界の都会を脱出し、山とか田舎に住むことから自然がやっと始まる
当然都会に人は集中し、多くの家や工場や事務所や店が建つと、更に人が都会に集まる
当然の結果として自然環境は削られる、家や道路になる、坪幾らの高い土地に変貌する
それに対して人口減少の田舎の山間や村地域は家も店も工場も建たない、タワービルもない
東京から大阪更に京都で暮した私は、自然、余裕・ゆとりに飢えていた
自然の成り行きで私は3つの都会暮らし後、それらをきっぱり捨てて田舎へと自然と足が向かった

3.私はどうしたのか、何をしたのか     幸いにも、私は55歳で、不自然の都会を離れた
55歳で滋賀県高島市安曇川長尾の山に中古ログハウスを購入し20年ひっそり暮らしてきた
何事も続かない人が多いが、私は20年山で暮し、山暮らしにのめり込んで行った
その原因は、不自然な都会暮らしに辟易していたタイミングで、自然に出遭ったことだろう
私の最終求めるものが実にうまいタイミングで得られた、この絶妙な出来事は神がかりだ

4.私はどうなったのか       二度と不自然には戻れない。戻りたくない
例えば、私の場合の一つの例は、誰とも気軽に楽しく会話することだ、会話する相手を選別はしない
「村上さん誰にも話しかけるなんて」と怪しい人のように言われるが、話しかける相手を選り分けることこそおかしい
不自然な事をあたかも正しいかのように習慣づけられ、それによって自分を苦しめている人が多い
都会に暮らし組織に属すると、無言・有言の縛り、圧力、規則、しきたりなどの影響を受けてしまう


都会の不自然な誘惑を我慢するというのではなく、平然と避けることが出来る
例えば、たばこや酒が毎日ヘビーに飲む人も多いが、私はたばこは嫌い、酒も抑制できる
年齢のおかげもあるが、今は無意識に抑制が働く、無理なく、むしろ喜んで出来るようになった
だから欲望も減り・我慢も減り・無理もしない・普通で・確信に満ちている
他方、以前は面倒だとか億劫だとかでやれなかったことが、毎日きちんとルール化し実施出来ている
さして考えずにやるべきことをやり、やるべきでないことはやらないようになった
100%完璧ではないが、そこは、むしろ、私の狙うところではない、完璧は害になることもある


私は何か格別の事情でもない限り、私はもう二度と不自然な都会暮らしをしようとはしないだろう
人生では、前半どこで、どういう暮らしをして来たかは後半生を決める大事な前提条件なのだ
人生の前半が良いと受け止めれば後半生は変わらないし、駄目だったならば大きく変わるのだ
どちらが良いかは、一概に決められないが、前半は我慢して、後半は自由に生きるのは素晴らしい
即ち、全般は都会でいろいろ嫌なことも経験しておき、後半生のためにじっと我慢する
都会は修羅場だが修行の場、山や田舎は天国一度全てを捨てて自然に身を負かす

5.一体なにが原因で出来ないのか     不自然とか自然の意味や価値を理解できてない
都会は、不自然に無暗矢鱈に出来て膨張する、遊ぶというより飲み込まれ、もて遊ばれてしまう
都会の人は、忙しい、あれこれ要らんことをやりたがる、とんでもないことをやっている人も多い
しかし、主体性はなく目の前に出てくるもの、あるものに手当たり次第飛びつく
そういうものに下手にハマると抜け出せない、麻薬患者のような人達か又は心身耗弱者になる

6.提言   人のやっていることは、どんどん嘘誤魔化し、無意味で無駄なことが増えていく  
若い時に都会暮らしをするのは認めないではないが、後半生は自然な暮らしに戻って欲しい
不自然な所に長年住むと不自然な生き方を一生続けないといけない、そんな人生は哀れだ
自然とは=都会の人が癒しを求めて行く、静かで、緑の多い、ゆったりした癒し場ではない
そんな人は田舎に来ても一日二日で飽きてしまう、都会からの一時的避難場所に過ぎない
山や田舎のことを、そのまま自然と思っているが、そうではない、田舎・山=自然ではない
自然というのは、自然に任すこと、それを田舎や山で身に着けることが出来るかもしれない

大きく分けると都会は不自然だらけ、田舎や山は自然の割合が飛躍的に多いということなのだ
自然とは自然に考え、自然に任せ、自然に従って行動することなのだと私は思うようになった
極端に言えば田舎や山で自然を身に着けてしまえば、何所に暮しても自然に生きられる
20年も山で暮した私でも都会に少し長く滞在すると、危うく引き込まれそうになる
都会では何だかんだと言って、あまりに多くの不自然が大手を振ってまかり通っているのだ
だから都会暮しの僧侶なんか9割9分信じてはならない

不自然一杯の都会で自然に生きろと言っても、そう簡単すっきりにはいかないのだ
私は”田舎や山に暮らす=自然”ではなく”自然に考え、振る舞う”ことだと認識している
そういうことは、私なりに一段階前進の姿だと思っている
自然とは作為の入らぬもの、作為しないこと、狼狽えない・足掻かない・悩まない・欲張らないこと
少しでも作為を入れたら、必ず不自然になる、頭の良いどんな偉い立派そうな人でも不自然になる


都会というのは、不自然さと不自然さの闘い、殺し合いなのだ、より強い不自然さが淘汰する
山暮しでは自然と争わない、争っても意味がない、自分が自然にならないと相手にしてくれない
誰が見ても、私自身が自然な人だと認識されることが大事なことだと思っている
都会の人はこてこて不自然の大海原を日々不自然という武器をかついで泳いでいる
だから、かなり立派な人でさえも、なんとなく麻薬常習者のような怪しさが漂い、残っている
麻薬を吸う麻薬患者であれば、どう足掻いても正常な状況にはなれないのと同じで

不自然な都会を日々生き抜いている人は不自然さから完全に抜け出せないのである
まず山暮らしで不自然な暮らしから脱出する、その上で思考も行動も自然に振る舞えるようになる
「自分の言動は自然か」と常に問えるのである、そして不自然になろうとした場合、是正が働く

追伸
そのうち徐々に、何も考えずに、常にどこでも、どんな状況でも自然に振る舞える自分になって来る
私は、最近、どんな人にも優しく、楽しく接するし、怒りや、不満を持たないように変わった
親や先輩の権威を振りかざして、子供にも厳しくあたったり、小言も言わない、穏やかに接している
一年に一回くらい怒ることもあるが、「怒ってやるべきだ」と心を鬼にするような事態の時しかない
一年中怒ってる、小言を言う、不平不満を言う都会人が案外多いが、よくよく考えれば不自然だ
世の中便利で進歩しているが、そこに不自然という大きな落とし穴が多く存在するようになる
周囲を見回してごらんなさい。昔はあり得なかった不自然なものがゴロゴロしている

例えば日本の医者や医療、投薬、手術などは機械的で、進歩に名を借りて、恐ろしいほど怪しげだ
過剰な検査・年齢に関係なく低すぎる一律な検査基準・安易な投薬・無暗な手術・・・怪しげだ
自分の大事な身体のことを、やぶ医者に丸投げでおまかせしてはいけません。
不自然なものを進歩と称して無制限に生み出すことは、この世を自然界でなくしている退歩なのだ
都会暮らしを長く続ける人は、不自然界に染まり、結果的に何も得られないことに気づいて欲しい

自然に生きない=不自然・不自由・不主体・不快・不幸・無駄・無理であり

昨年来、絵が大の苦手なので、断り続けて来た絵画教室についに参加することにしました
ベテランの大勢の女性に交じって50年ぶりに真剣に絵を描きました、やや恥ずかしかったですが
沈黙し集中しデッサンすることの素晴らしさを体感しました、絵の上手い下手はどうでもよろしい


これが題材魚、トビウオです
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427.家、住む所について一考察:いろいろな場所に住む/利便・管理の良い物件を選ぶ

2017-03-30 11:05:59 | 暮らし
指導や講演を依頼出来ます    村上原基 
   滋賀事務所: 滋賀県高島市安曇川町田中(通称:竹の里)     
村上原基人生勉強会
台東区立育英小学校⇒台東中学校⇒都立白鴎高校⇒東工大⇒大阪松下電器⇒京都エンゼル工業⇒
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家、住む所について一考察:いろいろな場所に住む/利便・管理の良い物件を選ぶ

概要
1.世間の状況     昔建てたマンションや家が老朽化し、管理放棄の物件が増加
日本人は家を複数軒持たない、引っ越さない、田舎に別荘ない、貸さない、売らない、豊でない
最近20年以上前に立ったワンルームマンションなどが老朽化している
空き家が全国的に増加している、空き家は放置され荒れ放題、シロアリの被害や火災の危険もある
一方45年の古いマンションでは、十分な積立金によって修繕を続け、新品同様を維持している
日本人には、もっと全国各地に移り住み、様々の環境でいろいろな経験をして欲しいのだが・・・

2.問題点    老朽化しても、十分な積立金がないので放置され老朽化が加速している 
古いワンルームマンションの場合を詳しく説明すると    管理放棄に近い物件が多いことだ
・戸数が少ない ・管理費も安い ・積立金がない ・エレベータや設備が老朽化し更新できない  
・管理や清掃が行き届かない  ・家自体の破損や老化が放置されている  ・管理組合がない
・ほとんどが賃貸用だが賃貸も減少傾向   ・水回りが機能しなくなる   ・トラブルも増加

3.私はどうしたのか、何をしたのか       引っ越し、アチコチ家買い、貸し、売ってきた
都会の20年以上のワンルームマンションや戸数が20戸以下等の少ない物件も多い
積立金の高い物件を選ぶ、老朽化したマンションは早期に建て替えるべき
積立金も、NTTの電波塔や駐車場の収入もない、修繕が出来ていないし、今後も出来ない
私の住む戸数180戸程度の45年以上のマンションは積立金や収入源も多く、管理状態は良好
そろそろ国も県も空き家や古い小規模マンションの処分や建て替えを促進すべきだ

4.私はどうなったのか       5軒持ち、暮らしを楽しんできた
私は今年正月には5軒の家持ちだった、だが全部足しても金額的に一軒分くらいにしかならない
・築45年の京都のマンション  45年の多額の積立金で管理は完璧
玄関やフローリングも綺麗になっている

エレベーターも5台全部最新式に取り換えた、その他あらゆる箇所の修繕取り換えが完了している


・築24年の長尾のログハウス  約20年楽しく暮らした目下売り出し中
私が初めて持った普通の一戸建ての家、しかも一番高い家で、しっかりした家ですよ


・築30年の田中の家  71歳で終の棲家として購入


・築26年の中書島ワンルーム  70歳で購入し賃貸していたが今年売却済み


・築29年の東福寺のワンルーム  71歳で購入目下賃貸中かつオーナーチェンジで売り出し中


一番高かったのが長尾のログ、二番が京都3LDKマンション、三番が京都ワンルームマンション
四番が東福寺ワンルームマンション、五番目が田中の庭付き一戸建ての平屋、順番が不思議だ

5.一体なにが原因で出来ないのか   今こそ家を買い、貸、売る好機だが、日本人はやらない
一斉に老朽化が進んでおり、なおかつ場所が悪い場合は、近い将来売却も困難になっていく
全国的に空き家が増えている、コンクリート住宅は組合がなく管理が良くない場合も多い
最も問題は個人の木製の住宅の空き家で、これは各地で管理放棄し、老朽化が放置されている
即ち高齢化や少子高齢化により、管理の悪いマンションは崩壊の危機が近づいている

6.提言      まず家を買う、貸す、売る、もし物件を持っているなら、よく調べ直せ
まずは家に限らず管理が良いか悪いかだが、悪いものは、早めに修繕するか、立て直すか売却
ワンルームマンション管理組合の有無・老朽化の程度・積立金・駅近かで見極める
世界も日本も大きく変化している。家やマンションも大きくかわりつつあるという認識にすること
そうしないとろくでもないマンションを抱えて、無駄なお金を使うはめになるので要注意
昔のように土地や不動産を所有していれば良い思いをするどころか、苦難を背負うことになる

自分が使ってない家は賃貸中も含めて、冷静に評価し直すことだ
1.管理の悪い古いマンションは思い切って早く壊し、倍以上の階数にして建て替える
2.建て替えが出来ないのであれば、古いマンションや家は早く売る
3.利便性の良いマンションに買い替える、利便性は家の第一条件
4.管理の良いマンションに買い替える、古くても新品同様だから
5.父母の古い家は魅力のない場所や家であれば早く処分するか、自分で住むか
6.家や土地を何となく持ったままにしておくのは避ける、どうすべきか専門家にも相談する       
7.買いたい魅力的な家は、積極的に安く買い、きちんとリフォームする
8.自治会もない、積立金のないマンションは早く処分し、買い替える
9.都会暮らしをする必要がない人は、思い切って田舎の広い安い家に買い替え引っ越す
10.家は案外お荷物になる危険性があるのでよほど、真剣にどうするか決め、早めに決断する
11.賃貸収入があっても3年以上5年未満で勇気をもって早めに手放す
12.将来は都会の物件でも値下がりのリスクもある、高額な家を借金して買うのは慎重に

将来家は簡単に売れなくなる時代が来る、無論特殊な物件は売れ続けるものもある
それは希少価値のある物件などである、例えば山のログハウスなどは希少価値が出てくる
古民家・山奥のログハウス・田舎の広い家・田舎の自然豊な家・京都のど真ん中・暮し易い地域
大きな変化の時代に物件毎に将来どうなるかをよく考えて、そのまま持つか、対処するか決める
何らかの魅力がない人や物は家に限らず見捨てられて行く
暇があって散歩をする時に、町中の家を一軒づつ評価してみて下さい

追伸
全国どこにも空き家が増えている、空き家を空き家にしてしまうとアッという間に劣化していく
空き家として放置しない、管理放棄しない、そうする前に早く安くてもよいから適正処分する
空き家のまま放置せず、売る気が合ったら、適当にリフォームして処分してしまう
自分が住むつもりがない家や中途半端な家は絶対に買わないのが私のポリシー
中古ワンルームマンションは一階しか買わない、エレベータが故障すると老人や傷害者には貸せない
駅から徒歩5分以内のマンションしか買わない、生活に不便だから誰も借りなくなる
全壁を点検し、コンクリートが割れたり、欠けたり、外壁にタイルの貼った物件は買わない
家を借りる時代は終わる可能性がある、というのは空き家が増え、安く買える時代が来るから
買い手が何らかの理由で買いたいと思う物件を買っておくこと、時期が来たら即処分する
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426.人口密集は価値があるのか、私は、そうは思わない

2017-03-27 08:13:00 | 暮らし
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人口密集は価値があるのか、私は、そうは思わない
生まれ故郷の東京も、古都京都も私には単なる憂鬱・最低・最悪に過ぎない
のんびりとか、ゆったりとか、やりたいようにとか都会の人は忘れてしまっている

概要
1.世間の状況   どんなに良いと言われていても空き地や自然のない混雑な場所はノーサンキュ
東京都台東区 : 人口20万人 面積10km2 人口密度100m2当たり198人
京都市伏見区 : 人口28万人 面積62km2 人口密度100m2当たり45人
滋賀県高島市 : 人口5万人 面積693km2 人口密度100m2当たり0.7人
滋賀県高島市の人口密度は、  京都市伏見区の約1/60  東京台東区の1/180
滋賀県高島市は、それだけ広く、安く、ゆったり、自由で、安全だということである
しかし、こういう簡単な事実さえ分かっていない、分かろうとしない。
山や田舎暮らしを体験した元都会人の私は分かれば良いと思うし、分かるべきだと思う

2.問題点     人生にとって、年齢によってどこに住むのが良いか考え直そう
都会へ人口集中、住宅が狭い・庭ない・空き地ない・自動車多い・自然ない・危険・歩道少ない
京都は東京より人口集中少ないが、それでも実態は東京とほぼ同じで、環境は劣悪
古都京都も、都会になってしまったのです。本来の魅力は人口集中によって打ち消されている。

渋谷も原宿も六本木も梅田も難波も京都の寺や先斗町も、大したものではないし、どうでもよい
都会の人はそういう箱ものを喜び大騒ぎしているが、私にしたら「愚かしい」としか思えない
都会では次々に無用なものをあたかも凄い事、大事なことのように子供達に植え付けているのだ
田舎に比べて都会の人は贅沢だから、あれこれやる割に、満足しない、いつも欲求不満に悩み続ける
東京・京都は住宅の高層化・人口集中で、道路も空き地もなく究めて危険な地域ともなっている
逆に、高島市は京都から40分くらいの場所で便利な場所だが人口減少・少子高齢化がひどい
こういうアンバランスな状況は都会の人に大きな不幸である、田舎はむしろ住み易くなっている

3.私はどうしたのか、何をしたのか     貴方はどうするの、地元から一歩も出ないの?  
私は東京浅草に生まれ、24歳で大阪門真に29歳で京都55歳で滋賀県高島市の山中に移り住む
東京を捨て、都会を捨て、社会を捨て、山に18年暮らし71歳から麓の安曇川田中に平屋を購入
一生同じ場所で住むのもどうかと思う。私は5カ所で分割して移り住んできた、価値あることだった
また高齢になれば子供達は都会に、自分は田舎にひっそり暮らすのが良いという実感である
個人的にも、都道府県的にも、国家的にもそれが一番合理的なことだ、現代は不快・不合理過ぎる

4.私はどうなったのか       山暮し20年麓の町に2年、なんとも自由な暮らしを満喫
観光旅行でなく東京から大阪から京都から滋賀と次々に移り住むことは贅沢なことであった
都会の感激と田舎や山の感激は正反対だ、今思うと都会は嘘誤魔化しが多く暮し難い
18年間、冬は3~4か月京都に帰って暮らしていたが、その都会暮らしはつらくなって行った
一体そんな嫌な思いまでして京都や都会がなぜ良いのか?よく考えたが、何も見当たらなかった
立派で馬鹿高い家は要らない、大したことなくても広い庭付きのゆったりした家に住みたい

5.一体なにが原因で出来ないのか     私には「何故か?」全く理解できない
一度気楽にやってみればよいのだが、あれこれ理由をつけて都会から離れようとしない
都会暮らしにどっぷり浸かり過ぎてしまったので、その暮らしを止められない、止めない
田舎や山の暮しは経験がないので踏み切れない、しかし実際にやってみると案外面白いのだが
人生の豊かさを単に物や箱もの、贅沢、最新の製品やサービスでの上辺の喜びに見出そうとする
都会はそういう誘惑が沢山ある、田舎特に山の中はほとんどない、どちらを選ぶかだ

6.提言      55歳以降は山や田舎町で暮そう、都会で貧しい一生を終えるのは情けない
山や田舎は不便・店がない・虫が嫌・友人から離れる・親族家族が遠くなる・何しろ都会大好き人間
しかしそいういう理由はいざ実際にやってみると、どうにかなるし、むしろ利点に変わって来る
どうにかなることを、どうにもならないと思い込んでしまうから田舎暮らしを拒否してしまう
虫、夜暗いのが怖い、不便、友人がいなくなる、そんなものはなんとでもなる
当然都会に比べると不便もあるが、宅急便・インターネット・スーパー・DIY・病院あり

むしろ自分を強くすることにつながる、やったほうがよい結果をもたらす。田舎の良さは
・家については
 広い家・安い家・庭付きの家・安全な家・火災や災害に強い家・ゆったりした家になる

・交通については
 自動車が少ない・自転車も安全に乗れる・歩くのも安全・大気汚染がない・行く場所が近い

・自然の恵みについては
 山あり・川あり・木あり・草花あり・水あり・虫や鳥や動物あり・綺麗な空気あり・静寂あり・

・経済については
 食材が安い・食材が新鮮・食材の種類が多い・山菜や果物や魚が捕れる・食料生産地

・健康については
 のんびり、ゆったりする・夏も涼しい・都会より気候が自然・散歩が出来る・サイクリングも安全

・趣味については
 広い場所がとれるので何でも出来る・自然に関係する趣味・都会では出来ない趣味が出来る

・つきあいについては
人口が少ない・つきあいは濃い・都会から友人がやって来る・こじんまりしている

山や田舎は、自分の家も広いが、庭も広い、近くに畑も借りられる、空き地もある
その上、山あり、川あり、野原ありだ、散歩をする場所も困らない、サイクリングも快適だ
それに反し都会は、そのほとんどが場所の余裕のなさから、不可能なことが多い、子供は可哀想だ
都会は何か新しいことをやろうとする場合、限界がある、即ち都会こそ限界集落なのだ

追伸     人間は原点基本に戻って、身の回りのどんなことも改めて考え直すべき
外国人も、最近は都会ではなく、日本の田舎の素晴らしさに旅行の重点を移しつつある
山や田舎暮らしの素晴らしさを全く忘れ、世界に稀な凄い良さに気付いていないのは日本人ばかり
日本の都会に何の魅力がないことを気づいたのは、日本人ではなく、外国人だったのだ

狭い、汚い、煩い、つらい都会の暮しを何故捨てきれないのか?捨てないのか?阿保なのか?
田舎への偏見をぶち壊せ、住んめば何も不便なことはない、都会の人が住む町が田舎に存在する
駅周辺の田畑の規制緩和で宅地化の許可承認も進むなか、都会からの移住は増加している
安曇川なども早いもの勝ちだ、駅近で、安く、広い土地を早く確保して家も早くたてることを勧める
私の住む安曇川田中の竹の里は京都・大阪の人が中心で地元の若い人も僅かにいるという構成

長尾の山のログハウスを見て来た、想像どおり大雪のためかなり壊れていた
でも、こんなことは毎年想定内、起きてしまったら、淡々と、これ幸いと改善するだけ
それが山暮らしということだし、それが山に暮らす醍醐味である

こんな大雪を全く想定していなかった。屋根の雪が大量に落下して、簡単に壊れていた


屋根の下の塀は大量の雪の落下で無残な有様


木は大雪のため枝が下に引っ張られ折れている


部屋に入るとダルマストーブが倒れていた、理由がわからなかったが、実は外の煙突が雪で倒されたためだった
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425.医者とか先生とかコンサルタントとか実にいい加減な人達

2017-03-20 12:29:55 | 人生
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医者とか先生とかコンサルタントとか実にいい加減な人達

概要
1.世間の状況   お粗末な、かなりひどい先生や医者やコンサルタントが普通に存在する 
私も幸か不幸か経営コンサルタントとして先生と呼ばれ15年を過ごしたが、強い不信感を抱いた
指導的な立場の人は、いつしか癖になって、偉くもないのに自分は相手より格段に上だと錯覚する
そして相手の言うことをじっくり訊かない習慣がついてしまう。高飛車に相手に教えようとする癖

2.問題点     本当に信用できる先生や医者やコンサルタントはほんの僅かだ
使っていた経営コンサルタントの多くは、相手の話を聴かず、自分の意見を一方的に押し付ける
しかも話す内容が的外れだったり、難しかったり、相手の立場や悩みを無視した話し方が目立っ
学校の先生についても付き合ってみると、同様に話すことが狭く、断定的で、融通性が欠ける
悩みや質問をしても碌に聴いてくれず、質問とは飛び離れた、模範解答や勝手な回答を押し付ける
医者、先生、コンサルタントなどは相手の話にいちいち耳を方傾けるのが鬱陶しがり、嫌がる

3.私はどうしたのか、何をしたのか    さすがの私もインチキ先生を雇わざるをえなかった
コンサルタントや先生の生い立ち、年齢、性格や体力などによって偏りや癖の強い話になりがちだ
私がかつてコンサルタント会社を自営し先生を募集したが、期待した先生は集まらなかった
やむを得ず雇うしかなかったが、私が指導に立ち会うときは、ひやひやして聴いていたものだ
経営コンサルタントに限らず先生の99%以上は碌な先生ではない、でも使わざるを得ない
テレビやマスコミに登場するような全国的な有識者を、無批判に信じてしまう危険がある

医者も先生も当初は新米だが、そのうち経験豊富な先生のような恰好で収まりかえってしまう
何となく顔や言動や立ち居振る舞いは先生らしくなってしまうので、世間はそこそこ信じてしまう
私の経営コンサルタントの経験では、外見は立派になって行くが、
駄目な先生は、いつまでも駄目のまま、抜け出せない、むしろ、どんどんひどくなっていく
例えば医者の場合、私達高齢者の身体の不調を若い医者に訴えても碌に取り合ってくれない
医者にしてみれば「俺は医者だ、権威者だ」患者の言うことに一々対応なんかしてられないのだ
医者、先生、コンサルタントなどはもっと謙虚であっても良いと思うが、現実は天狗先生ばかり

4.私はどうなったのか    インチキな先生に拘わらないことだが、現代は現実的に難しい  
コンサルタント、医者、学校の先生は信用しない、個性や癖が強くて、聴くに堪えないことが多い
肩書だけで先生を信用してはならない、秀才であっても、経験も知識も、さほどないものなのだ
医者は、いかにも薬や注射の効能や副作用について熟知しているようだが、全くそんなことはない
医者も先生もコンサルタントも狭い経験や知識で仕事をしてしまう。毎日患者を診るだけで精一杯
手術しない、患者は限られる、薬は製薬会社まかせ、本は読まない、患者の事は全く知ろうとしない

患者の年齢や生い立ちや血縁や体力や健康状態によって効果や副作用は異なるが、お構いなし
経営コンサルタントでも、大企業出身で零細企業の経験も知識もないので難しいことを押し付ける
経営コンサルタントでも、医者でも患者の状況を臨機応変に確認して診断し処方なんかしやしない
医者や経営者や政治家がもっとも怪しげな、信用できない人達なのだが、運命を預けてしまう

5.一体なにが原因で出来ないのか     世の中進歩するから追いつけない、詐欺先生に頼る
人を判断する基準が主に肩書によっていることによる、肩書ですっかり信用してしまう
医者も先生もコンサルタントも専門職、患者は評価能力はなく、エイヤーで信用せざるを得ない
医者なども近所の医者だからとか大病院だから通っているだけで、医者の能力鑑定はしない
経営コンサルタントの能力鑑定しますと宣伝を出したが、一度も問い合わせも注文も来なかった
知らぬが仏、まあほとんどがひどい詐欺まがいの先生に我が身を預けているのだ

普通の患者には、先生が本当に立派なきちんとした先生であるかを判断することは出来ない
もっとも、もしそんなことが出来たら、駄目医者には誰もいかなくなり
深刻な医者、先生、コンサルタント不足になってしまう・・・知らぬが仏かもしれない
経営コンサルタントの仕事を自営していた時も、人材難で随分困ったが、まあどうにかやって来た

医療についてもインターネットや本で真反対な意見に出会うが、それについて見解は示されない
例えば血圧降下剤は飲むな、コレステロールは少し高くても良い、検査基準は改定され厳しすぎる

「先生この薬は大丈夫なんですか?最近、身体の具合が悪くなっているのですが?」「大丈夫ですよ、製薬会社がそう言ってますから」「私が医者としていちいち確認なんかできませんよ」「もし飲まないと、どんどん悪化し命を落とすこともありますよ」「そうですか?でも薬を飲むなという本を読んだんですが」「そんな本は無責任でそんなもの信じてはいけませんよ」

そんな会話で丸め込まれてしまう、医者は投薬した患者の副作用について地道に調べようとはしない
そんなことを調査、分析する余裕も気力も力量もないのだ、本の見解をコピペしかない
「無責任な本は読むな」と言う先生自身が本の知識だけで診断し、質問に答える
私に言わせればそんな先生こそ無責任なのだが、そんなことに気づく先生はほとんどいない
患者の細々した事迄踏み込もうとはしない、先生もコンサルタントも同様、受け売りしかしない

6.提言      単純で凡庸で身の丈に合った生き方、自然や田舎の暮らしを楽しむ 
身体、頭、経営について、自分でコンサルタント出来る程度の能力を持つ以外に打開策はない
しかし、そんなことは部分的にしか出来ない、だから藪医者でも藪先生でも頼るしかないのだ
世の中ではそんなことが多い、自分のことは全部自分で考え対処出来れば問題ないが、
しかし現実には世の中がどんどん進む中では、到底無理な話である
妙な話で世の中が進めば進むほど人々は自分で自立、自律出来なくなっていくのだ
おかしな時代だ一体、世の中の進歩とか発展とは何なんだ?
進歩を追いかけ、追いつくために必死だが、自分では賄えず、医者や先生に誤魔化される

 ・凄く難しいことだが、しっかり自分で考え、物事の良し悪しを的確に判断すること
 ・それと、 欲張らないで身の丈に合った、分度を守って生きる、暮らすこと
 ・さらに、 都会に暮すのは、せいぜい50~55歳まで、それ以降は田舎や山でゆったり、
      静かに、自然に浸って自分を見つめ直し、暮すこと

そうしないと自分を取り戻すことは永遠に出来ず、悩み苦しむだけで、死んでいく

昔は自立し自律していたが、進歩によって、ちぐはぐで身の丈に合わない生き方を強いられる
もっと単純な生き方で自ら自立/自律した生き方をするほうが幸せではないのだろうか
あれこれ求め過ぎて、手が回らず、インチキ先生に依存しながら身分不相応な生き方をしている

7.追伸
世の中進歩することで、ジェットコースターに無理やり乗せられてような状況になっている
そうです、ジェットコースターなんかに乗る必要はないのです
長生きするようになったのは嬉しいことだが、老後に薬漬けで寝たきりになるのは適わん
二宮尊徳が「分度に合った暮し方生き方をせよ」と言っている、現代は背伸びして生きているのだ
全ての人が分度を越えて無理な、不自然な生き方をしてしまっているのだ、ひとまず自然に戻れ
私は最近旅行もグルメも贅沢も豪華な買い物も都会歩きも一切しない、そんな事は余計なこと

引越しも転職もせず、さしたる苦難もせず、都会であくせくし、つまらん人生を送る人は多い


今年は大雪で、春が遅く、待ちわびたが、やっと春がやって来ました  ところで
2年前に買った我が家、かなり安かったが、都会では、こんな広い家や空き地のある家に住めない


大雪対策で庭を大幅リフォームしたのですっきりしました
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424.老いてからの諸問題への対処について(早期自覚、早期対処を)

2017-03-14 20:33:39 | 健康作り
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   滋賀事務所: 滋賀県高島市安曇川町田中(通称:竹の里)     
村上原基人生勉強会
台東区立育英小学校⇒台東中学校⇒都立白鴎高校⇒東工大⇒大阪松下電器⇒京都エンゼル工業⇒
    ローム⇒テクノ経営⇒関西ISOシニアコンサルタントネットワーク創業⇒人生勉強会創設
いつでも気軽に人生相談にお越し下さい⇒滋賀支所又は京都事務所へ

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テーマ
老いてからの諸問題への対処について(早期自覚、早期対処を)

概要
1.世間の状況     老い、どこかで諦める、諦めたらお終い
少子高齢化は物凄い勢いで進んでいる、安曇川田中の田舎町には子供や若者は、ほとんど見ない
老人は老いて、病気して当然と思っている人が多い、寿命は世界一長いがさほど健康ではない

2.問題点    諦めたらお終い、動物のお終いは植物になることだ、植物人間は生ける屍だ
老いての課題を整理し、分析し、どうすべきか、計画を明確にしていない人が多い
老いは油断すると、凄まじい勢いで攻めてくる、防御不能になって負け戦となる
行き当たりばったりで「悪くなってもしょうがない」「悪くなったら考えよう」という人が多い

3.私はどうしたのか、何をしたのか    小まめに事前対処:対策・予防・継続・確認・是正
私は55歳くらいから全てにわたってどうすべきかを自分で考え、計画的に実践してきた
私は55歳から山に篭って暮らしたことは偶然ではあるが、随分良い結果をもたらしたと思う
自分はどうなっていて、どうしたら最善か自分にとって最も妥当な解決策を自分自身で考案する

4.私はどうなったのか       老いは戦争だ、軍備・防衛・鍛錬して必死に守るべし
老人は老いて、病気して当然と思っていないで積極的に老いての課題に前向きに対処すべきだ
老いる、弱るのはしかたがないが、少なくとも大病や寝込んで、自分では生活できないのは避ける
老いの防御に関する記述の多くは自分にマッチするとは限らない、早めに見切ったほうが無難だ
あまり、ずるずると付き合っていると、そのうち効果がないどころか、悪い結果になって行く

5.一体なにが原因で出来ないのか     守る気概、意欲がない、老いとは心の挫折なり
高齢化歴史は始まって以来のことで、老後の生き方の高度な情報がまだ少ない
依存の体質が根強く、自分で自分の老後について深く考え、処方を構築する能力が乏しい

6.提言       まずは、何をどう防衛するのかを明確にし完璧な軍備と戦術を練る
60歳以降順次次のようなものが否応なしにやってきます、早い人は若者から症状が出始めます
相手の凄まじい攻撃をかわすには、相当の覚悟ときめ細かい戦略、十分な防衛装備が必要だ
特に75歳に近づくと並大抵の努力では太刀打ち出来なくなってくる。早く、適切に、十分に
最近の若者は安易な考えの者が多いが、早くから心を改め、全身全霊で対処しないと手遅れになる
年々ひどくなってきます。年取ったせいだと諦めずに早い内から自分なりの対処法を実践する

1)高血圧(低血圧で悩む老人も案外多い)    2)冷え、しびれ
3)腰痛・膝痛  4)筋肉落ち  5)浅い眠り、寝付けない、目が覚める、夜間頻尿
6)就寝時喉渇き    7)ドライアイ・白内障・疲れ目    8)物忘れ、うっかり、間違い

9)つまずき、転倒、骨折    10)座り続け    11)運動・身体動かさず    12)血流
13)面倒くさい、しんどい 14)耳鳴り、難聴 15)根気、元気、体力 16)会話不足、引き篭もり
17)うつ病、憂鬱 18)肥満 19)退屈 20)整理整頓 21)柔軟性  22)顔の皺、たるみ、しみ

23)お金、財産運用    24)頑固、意固地、自己中心    25)虫歯、歯周病
26)寝たきり、介護、老人ホーム    27)妻の介護、父母の介護(夫の介護)
28)癌、認知症    29)財産贈与   30)人生の終末期を迎える

いろいろな情報が出るが、それらはあくまで事例に過ぎない、自分の場合はどうすべきかは自分で
工夫してやってみて、失敗の連続、長い年月をかけ自分にあったやり方をやっと見つけられる
医者や整体師などは一般的な処方をするのであって、部分的、平均的、常識的で効果は期待薄
人間は動物である、歳をとって身体が不自由でも、とにかく動かすことだ
面倒臭いからと、動かすことを諦めたら、老いの戦争は負けだ、最早何をしても駄目・無駄
またストレッチや筋肉強化は高齢者と言えども大事なポイントであると確信している

追伸
例えば、財産運用なんかも日本人は消極的で、どちらかと言うと何もしない=損をしている
欧米人が日本や韓国で、本来その国の人が儲けるお金を吸い上げ、分捕られていくだけなのだ
虫歯や歯周病についても、私の場合は一日4回の歯磨き特に就寝前は入念に、間食は一切無し
変な話だが老いへの防衛は老いないこと、不思議だが老いると老いる⇒「当たりめーだ」けど

自分に合ったルールを決めたら、徹底して毎日きちんと実行し続けることが大事
他人の勧めや、専門家が言っていることに、安易に拘らない、かえって悪くする場合も多い
医者や先生や、若い者の言うことを信じたらとんでもない事になり、命取りになることも多い
特に医者は患者の言うことを聴いてない「わしは医者、何でも知ているんじゃ」という人ばかり
私はいつも私の質問に真摯に向き合わず真剣に考えず模範回答を押し付ける医者にうんざりしている
彼等はまだ弾の下をくぐり抜けた経験がない坊や。ろくに調べもせずにいい加減なことを言うのだ
新薬ついて患者個々人の年齢や状態に応じてどんな副作用があるか全然分からずに投薬している
「医者は何でも知っている」は大間違い「さほど知らず・分かってない」という認識が無難

医者には最低限度頼り、基本的には自分のことは自分で考え対処しなくては必ず失敗するのだ

楽天主義とか超真面目なんて両極端がいるが、老いは個人の戦い、真剣勝負だ
完璧な老いの対処をしたところで、金メダルなんかくれないけど、上手く行けば大したもんさ

1~2月に安曇川田中に20~30年ぶりの大雪が降った、我が庭と庭の屋根は沢山の雪で埋まった

そこで波板屋根の傾斜を雪が落ちるように改善した。雪が落ちる場所も庭の端に確保した

まず、ゆるい勾配の波板屋根を解体し、柱の足を30cmほど足切りし、足切り簡単じゃないよ

見るも無残に、一度解体され、第一段階のしんどさはピークに

傾斜をきつくして組み直す、「言うは易し、行うは難し」73歳一人でよくぞやった

まあ、来年はどうなるか分からんが、これで大雪に対しては一応安心だ
地震対策や省エネ対策は大工さんに頼みお金を使って対策済みだ
人に言われる前に自分でどんどんやることだ、老後は戦争だから、備えは万全に
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423.意味のない社会通念や固定観念既成概念を捨てて自分自身で考え直す

2017-03-10 08:52:36 | 会話
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テーマ
意味のない社会通念や固定観念既成概念を捨てて自分自身で考え直す

概要
1.世間の状況     自分自身が存在しない、社会への依存、社会へのおもねり
固定観念・既成概念・社会常識・他人の目・思い込み・・・・自分で考え独自に行動しない

2.問題点     社会との悪縁を断ち切れていないで、ますますはまり込んで行く
自分自身で観て・考えて・判断して・選択して・決断して・実行すべきだが、なかなか出来ない

3.私はどうしたのか、何をしたのか       都会から大企業から社会から離れた
54歳でロームを退職し、経営コンサルタントを始め、山に暮らし、大きく生き方が変わった

4.私はどうなったのか       自力・自分・自活・自制・自戒・自信・自発
捕らわれている自分が全面的に開放された、自分の心の中にあるベルリンの壁を打ち壊せ

5.一体なにが原因で出来ないのか     社会に流されている、社会に漂っている
つまらんことを正しいと信じ切っている
自分で深く考えない、社会の流れや共通認識や通念に身を任す
他人の目を気にする、決断しない、思い切って実行しない

6.提言     人生に自分がいない、以下の事について、私はそんなことしない
固定観念で考えると正しいと信じ切っているが、よくよく考えると実に間違っていることがある
そんな間違いを何の疑問も抱かずに、そのまま続けている損失は大きいのでは?
こんな間違いはもっと多く、むしろほとんどが疑い深いと言ってもよいほどだ
以下のことはあくまでも例に過ぎない、もっとふさわしい例があるはずだから、考えて欲しい

・狭い家・危険・家が高い・・そんな都会に住む ・選挙では名前や「よろしくお願います」だけ
・バレンタインデーでの義理チョコ   ・豪華結婚披露宴  ・豪華葬儀  ・豪華墓石
・皆同じ日に一斉に休む  ・皆同じ時間に集中して会社に行く
・老人でも出来る仕事を若い人がやっている   高い戒名料やお布施
・給料日がほぼ皆25日付近に集中している   正月や五月連休なども集中して休む
・高いお金をかけて散髪屋で散髪する   ・高いお金かけて観光旅行する

・新聞なんかみなくてもテレビやインターネットがあるのに新聞を購読する
・テレビ装置をもっているだけでNНKが受信料金をとる    税金でとれ、安くしろ
・無制限に医者にかかっただけ、健康保険料が適用される
・無利子に近いのに大金を銀行に預ける、銀行に奉仕している
・生活保護は生活費+住宅費+医療費で年金暮らしより恵まれている
・派遣社員は組合もなく守られる組織がなくホッタラカシ
・トイレで手をいい加減に洗っているが実態は極めて不衛生、しないほうがよいくらい

・災害危険地域に平然と住み、暮らしているが放置されている
・毎食後と寝る前に一日4回の歯磨きせず、しかも間食している
・山や田舎にログハウスを持って居るのに一年に数回しか利用しない
・大学の講義や先生はあまり役立たない、だから生徒は授業に出ずに卒業する
・政務活動費が不正に使われているが何も手を打たれない
・東京オリンピック招致は金かけずに出来るが歌い文句だったがとんでもなく多額になっている
・役所の見積もりはあまりに高くても簡単に通ってしまう,税金がいくらあっても足りないはずだ

・仏像に手を合わせてお願いし拝む  ・膨大な借金をしているのに全く減らそうと努力しない
・少子高齢化なのに積極的に優秀な移民を受け入れようとしない
・職人や技能工の養成の学校を積極的に作らない   高度な職人を保護するべき
・韓国や中国の日本攻撃に一一反応し過ぎる、はっきり言うべきだし、無視すべきは無視する
・靖国神社参拝批判に対して、戦犯をはっきり分けるなどの対処を断行しない
・尖閣列島や竹島に兵隊を常駐させない  すなわち島自身が使われていない
・法律違反や怪しい人や無能な人やつまらん発言を不用意にする人を安易に大臣にする

・与党議員の不祥事に膨大な時間やお金をかけて国会で野党が得意に追及する
・オリンピックで金メダルとると国民栄誉賞だが、大した価値はない
・競技用スポーツは健康にも悪く、なんら賞賛すべきことではない
・老人ホームは老人を過保護に扱い、老いを加速するだけ
・親戚家族や遠くの友人(近くの他人に勝る者はなし)
・海外旅行は危険、インターネットで見られる、物見遊山に過ぎない、お金かかる
・海外旅行するくらいなら(山や海や遠く離れた場所に別荘を買う)
・人間を外見や地位や財産や学歴や仕事だけで判断する
・女性を顔や外見だけで判断し付き合い、結婚する
まだまだ無限にあるが、ここらへんで止めます

文化とか社会ルールは大事なことではあるが、それはあくまで絵に例えると背景に過ぎない
その背景の前で演じる主人公は自分です。華々しく活躍しなくてはなりません
特に65歳を過ぎたら、それまでの社会に影響を受けて来た自分を一度脱ぎ捨てて生まれ変わろう
社会通念とか常識は、大した意味もないことが多い、そういうことに拘り過ぎるのは価値がない
山で暮らしてきた私は、自然から教わった事が多い、社会と違って嘘誤魔化しが微塵もない
社会は古い観念がそのまま定着し文化になっているが、文化は必しも絶対的なものではない

追伸
自分の足で歩け   /他人にやらすな・任すな
自分の頭で考えろ  /他人や社会に考えさせるな
自分の目で見ろ  /マスコミの見たものを見て信じるな
自分を信じろ  /有識者・新聞・テレビ・政治家を信じるな
社会に自分が影響を及ぼす  /社会から一方的な影響を受けるな
65歳以降それまでの暮らし方生き方と真逆な人生を体験したらどうだ、私はそうして来た
社会につかず・離れず/社会に媚びらず・交わる/社会に染らず・味わう/社会に流されず・自立

最近の朝食です。野菜サラダ・ヨーグルトと果物・12枚切りのパン1枚・野菜ジュース・コーヒー

今年の豪雪に凝り、9日に庭の屋根を解体しやり直しを始めました、でも花粉が飛び始めました

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422.高齢者の自宅のリフォームは70歳くらいで早めにやろう

2017-03-05 18:52:51 | 暮らし
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テーマ 高齢者の自宅のリフォームは70歳くらいで早めにやろう

家は20~30年経つと老朽化も激しい、京都のマンションは長年の積立て金で
エレベーターを5台新しく更新した、それ以前にもあちこちを修繕してきた
きちんと積立て20~30年毎にリフォームをすることが大事だ
私の住むマンションは戸数が多く、積立金も高い上、別途収入も豊富だった

しかし周辺のマンションを見渡すと
京都のワンルームマンションなども積立金や収益がなく積み立てもほとんどない
マンションが多い、その結果は、近い将来廃墟となるマンションが続出しそうだ
ワンルームマンションの状況に応じて、各種補助や、建て替えの推奨が必要だ
そういうことを京都の地震対策とからめて行政が推進することも重要である

さて私は個人的にも京都と安曇川の家のリフォームに取り組んでいる
73歳せいぜい20年くらい先まで見てリフォームを早く手掛けたほうがよい
そろそろリフォームする機会だと思っている
今はまだリフォーム費用も安いが、そのうちどんどん値が上がってくると思う
そうだとすれば早い内に安くリフォームをしておくべきだろう
現実に最近はリフォーム工事が多いと聞いているのも頷ける

私のやって来たリフォームは下記の通り
リフォームは綺麗にする以外に便利とか何かの効果を狙ってするべきだろう
地震・洪水・台風・火災などの災害対応や省エネや断熱も考えるべきだろう

高島市安曇川町田中    安曇川の個人大工に依頼
  ●平成28年:屋根の瓦を⇒断熱材を設置しガルバリューム鋼板に
  効果:屋根からの断熱、耐震化(屋根の軽量化)、地震の際の瓦脱落排除
  ●平成29年:北側壁を断熱材設置し二重壁に
  効果:壁からの断熱、北川押入れの湿気防止
壁に縦の木を一定間隔に打ち付ける

その間に断熱材を入れて

その上に更に新しい壁を設置する(二重壁になる)

出来た北側の壁です、美しいでしょ   ついでに緑色の屋根もご覧ください
昨年リフォームした屋根は瓦をはずし、断熱材を入れてガルバリューム鋼板で覆った

京都市伏見区   大阪のリフォーム業者に依頼
  ●平成29年:風呂と風呂釜をリフォーム

    洗面所と床をリフォーム

    トイレと床をリフォーム
    西側洋間の壁紙張り替え
  効果:見違えるように美しくかつ性能も向上した
  ●かつマンションがエレベーター6台を入れ替え最新式になった

  ●マンションは全館玄関交換や床の貼り直し

  階段に手すり設置など

安曇川田中竹の里に住んで2年になるが、役を仰せつかった、ここも高齢化で
私なんかまだ元気なほうなんだろうが、暇だしあれこれ、まあ楽しくやってみます
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421.自然とは何か?人は自然からなぜ遠ざかって行くのか?

2017-02-22 20:18:58 | 人生
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自然とは何か?人は自然からなぜ遠ざかって行くのか?

概要
1.世間の状況     トランプが怪しいが享楽に溺れる現代人自身もかなり怪しい
現代人はどんどん都会に移り住む、即ち自然から遠ざかっていく、自然観を喪失していく
私は逆に55歳から都会を捨て山に暮らし、今は麓の田舎町に住んでいる
都会そして今住む田舎町と山の暮しを体験して思うことは、「都会は怪しい・リスキー」という思い

2.問題点     自分達の置かれている状況が分かっていない・危うさに全く気づかない
自然から遠のく人は、自然の感覚・センスを喪失していく
例えると日本人が欧米化することで日本人の感覚・センスを喪失同様に自然観を失う
日本文化なんか失ってもどうにかなるかもしれないが、自然感を失うことは危険なことだ
特に若者は、都会の便利さや豊かさが当り前、生まれながらに正しい自然観が備わっていない
山暮しも田舎暮らしも、自然も日本人も全く体験しない人間である孫子達ばかりになる
ある日気付いたら、健全な自然観を普通に持った人びとが皆一斉にいなくなってしまうのだ
高齢者はやがていなくなり、都会集中が進み、人類最大の危機に突入していくだろう

3.私はどうしたのか、何をしたのか       東京から関西へ、京都から滋賀の山奥に
私は全くの偶然に山、自然の暮しに触れた。生まれながらの都会暮らし漬けの私が何の縁なのか?
日本をすっかり忘れた日本人が日本の暮しを偶然取り戻して、日本人に帰ったようなものだ
文化や哲学というのは長い年月かけて社会に普遍されていく、一度失うと二度と容易に戻らない
北朝鮮やロシア・中国の横暴・トランプ大統領・はこの世の混迷の始まりを暗示している

4.私はどうなったのか       偶然に山に入って暮し始めただけのこと
私が18年山に偶然に暮したのは、単なる偶然と思っていたが、今は必然だったように思う
偶然に社会の動きと真逆な生き方をにした私は、大袈裟だが、神の啓示だと感じている
現代社会は自然というもっとも根本的な理念や文化を失いつつあるが、これは人類に致命的になる
第二次世界大戦は、悲惨なことであったが、よく考えると、まだ人間的であり自然なものだった
しかし現代、特に最近の世界の動きは大きく自然からかい離している。
「山暮らしの集落を限界集落だと」ぬかすのだ、何とも情けないが、事態はここ迄来ているのだ

5.一体なにが原因で出来ないのか     麻薬のように心地よい生き方に人はひきつけられる
資本主義・科学技術・経済優先・人口爆発・資源エネルギのばく大な消費・そして環境破壊
更にそれが、自然とのかい離・環境破壊・精神破壊にまで知らぬ間に、癌のように繁殖している
癌だからどんどん増殖していく。もはや昭和初期以前の文化や暮し方や生き方は完全消滅する
昭和初期の時代の基本は自然を基礎にした生き方・暮らし方であったはが、完全に消滅しつつある

6.提言       基本・原点に戻れ、自然に戻れ、人間に戻れ
人間は越えてはならない一線を大きく越えてしまった。もう戻ることは不可能と思えるくらいだ
絶望と言えるほど超えてしまった。若い人に職人や技能が伝承出来なり、断絶が深まる
困った、今更私が大きな声で山に暮らせ昭和に戻れと言っても手遅れなのだ
やれ経済がやれ高齢化がやれ女性進出がやれ人口知能が・・・・更に本質からかい離していく
オリンピック競技場とか豊洲移転とかトランプなどどうでもよいことだが、そんなのが大ニュースだ
私に言わせれば、戻ることが重要なのだが、そんなことは相手にされず、解決策とは認められない
地方創成などと旗は上げてはいるが、全くメインテーマではない、おまけにやるような感じだ
私は、地方創成こそがメインテーマにする最後のチャンスくらいに強く思っている

例えば麻薬患者が、「お前さん麻薬やめろ」と言われて、「分かるが、とりあえず今は麻薬をくれ」
というようなものだ、本質的なことを言っているのに、本質から離れたことを願ってしまう
現代では、本質から遠ざかってしまうのに、良かれととんでもない事をやってしまう
あとで冷静になれば「やはりそうだよね」と当たり前に思えることが、その時は駄目なのだ

第二次大戦突入の日本が正にそうだった、現在は次元の違うより深刻な問題に突入しつつある
第二次大戦タイプの間違いは、二度と日本では起きないだろうが、全く次元の違う問題は起き得る
第二次大戦のような一時代前の大間違いとは次元が違う大間違いが起こりつつあるように思える
間違いとは気付かずに、何のためらいもなく、大した批判もなく突入してしまうのだ
間違える時とは、間違いそうだと思って間違えることはない、間違いがないと思い込んで間違える
通常、よほどのことがないと、人は戻れない生き物なのだ、戻れないのならば、進まないことだ

一切無、一切空と、欲張らず、質素に謙虚に自然に暮らしていれば何も問題はないが
ごくごく普通の人間にそんな事を求めるのは酷だ、政治家や経営者はそういう人を誘惑する
現代の間違いは、手のつけようがない、絶望に近い、あたかも問題なさそうな間違いなのだ
凶悪殺人者を捕らえてみたら、大人しい礼儀正しい、真面目な人だったみたいなことなのだ
科学が役立つ、経済を更に発展させよう、女性の社会進出を、高度医療などは本当なんだろうか?
いかにも、格別な疑問も抱かせず、むしろ、望ましい事・良いことと受け止められかねない

「良いことは良い事だ的な」「うっかり正しいと信じてしまいそうな」非常に危険なのだ
美人の言う事は、正しいと思い込むようなものだ、美人は心地良いのだ、その誘惑にはまるのだ
人は心地良いものに吸い込まれて行く、現代はそういう誘惑や罠が次々に仕掛けられる
本当の地獄とは天国であって、必しも地獄ではない、地獄はある意味安全なのだ
株式でもリスクオフ、リスクオンという用語があるが、現代は明らかなリスクが高まっている
問題はそにリスク状況の認識が薄い、かつ人々が全くリスク状況とは思っていないことだ

追伸
変革も発展もよいのだが、実は大きな落とし穴があること・リスキーだということを肝に銘じる
君子危うきに近寄らず、麻薬、便利、豊かさ・・・が確実に落とし穴に導く
自然とは何か?   自然とは単に山川や草木に生えている場所ではない。自然とは基本・原点
麻薬患者のように、早急に麻薬を断つべきなのだが、なかなか断てないのだ
田舎や山が過疎地になって限界集落と呼ばれているが、そうではない都会こそ限界都市なのだ
山に暮らしていて都会から友人が来て「なぜこんな山奥に住んでいるの?」と訊かれたものだ
その質問は、むしろ俺のほうが都会の人に訊きたい質問なのだ。逆問なのだ

つるし柿が家の中で灯油ストーブで乾燥が進んでいます、黒くなると食べられます
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