野田政権は、12月16日に福島原発事故の「収束に向けたステップ2(冷温停止状態の達成)の終了を確認した。」と発表した。
マスメディア各社は、ノダ首相が記者会見で「発電所の事故そのモノは収束に至ったと判断される」と発言したのを受けて【原発事故収束を宣言】したとの表題で報道している。
しかし、【事故収束宣言】という言葉には、多くの懸念と問題点が潜んでいることで、その後の評論界での批判と異論が飛び交う始末に陥っている。
今の時期にあえて「ステップ2」の年内完了にこだわった理由は、いろいろと推測されているが、ノダ首相の思惑は、国際公約を果たしているとアピールし、「日本経済に悪影響を及ぼして、避難住民の不安を抱かせる状態を、一刻も早く脱したい。」との狙いであろう。
しかし、安易に【事故収束】を言及したことで、かえって逆の効果が出ていることに気がついていない様だ。
それは、言葉の使い方が『無神経に自分都合の意味で乱雑に扱う』ことに原因がある。
民主主義社会は、言葉を介しての意思の疎通と信頼感から成り立っている。
原発の大事故は、この「意思疎通と信頼感」を大きく破壊してしまったことが、今後も尾を引くことで、日本の社会を閉塞感に陥らせる悪影響をもたらす。
日本の将来に向けて、一番大事な信頼関係を創りなおす第一歩は、「用語」の適切な選択をして、言葉の使い方から始めなければならない。
【原発事故は収束】どころか、まだ、その入り口に立った程度の段階であることを「適切な言葉で国民と世界に」説明する、慎重な姿勢が必要である。
『原発事故の終息に向けての第一段階を越えた』と、国民に説明すべきなのだ。
「冷温停止状態」という「用語」自体が、初めから国民感覚とずれている。
本来は、専門家の間での「原発が正常状態で燃料が安定的に冷却出来て100度C以下に保たれた状態」を言う用語だが、原発は爆発し【燃料は破損、溶融状態で100度C以下】では、安定的とは誰も言えない。
それを【東京電力がステップ2の目標】とした工程表を、まともな議論も経ないで、「安定的な状態」と勘違いした政治家とマスメディアの責任である。
さらに【ステップ2】完了を、勝手に「事故そのモノは収束に至った」と記者会見で述べたノダ首相は、糾弾されるに値する民主主義破壊の言動なのだ。
マスメディア各社は、ノダ首相が記者会見で「発電所の事故そのモノは収束に至ったと判断される」と発言したのを受けて【原発事故収束を宣言】したとの表題で報道している。
しかし、【事故収束宣言】という言葉には、多くの懸念と問題点が潜んでいることで、その後の評論界での批判と異論が飛び交う始末に陥っている。
今の時期にあえて「ステップ2」の年内完了にこだわった理由は、いろいろと推測されているが、ノダ首相の思惑は、国際公約を果たしているとアピールし、「日本経済に悪影響を及ぼして、避難住民の不安を抱かせる状態を、一刻も早く脱したい。」との狙いであろう。
しかし、安易に【事故収束】を言及したことで、かえって逆の効果が出ていることに気がついていない様だ。
それは、言葉の使い方が『無神経に自分都合の意味で乱雑に扱う』ことに原因がある。
民主主義社会は、言葉を介しての意思の疎通と信頼感から成り立っている。
原発の大事故は、この「意思疎通と信頼感」を大きく破壊してしまったことが、今後も尾を引くことで、日本の社会を閉塞感に陥らせる悪影響をもたらす。
日本の将来に向けて、一番大事な信頼関係を創りなおす第一歩は、「用語」の適切な選択をして、言葉の使い方から始めなければならない。
【原発事故は収束】どころか、まだ、その入り口に立った程度の段階であることを「適切な言葉で国民と世界に」説明する、慎重な姿勢が必要である。
『原発事故の終息に向けての第一段階を越えた』と、国民に説明すべきなのだ。
「冷温停止状態」という「用語」自体が、初めから国民感覚とずれている。
本来は、専門家の間での「原発が正常状態で燃料が安定的に冷却出来て100度C以下に保たれた状態」を言う用語だが、原発は爆発し【燃料は破損、溶融状態で100度C以下】では、安定的とは誰も言えない。
それを【東京電力がステップ2の目標】とした工程表を、まともな議論も経ないで、「安定的な状態」と勘違いした政治家とマスメディアの責任である。
さらに【ステップ2】完了を、勝手に「事故そのモノは収束に至った」と記者会見で述べたノダ首相は、糾弾されるに値する民主主義破壊の言動なのだ。