庵KM

技術屋OBの環境問題独り言

経済問題。交通問題。健康問題。そして、日本の国創り問題。快適社会問題。

現実をよく見よ。という人は成果主義に陥っている。

2009-03-31 | 経済問題
目標は背伸びをして決めよ。と前のブログで書いた。
これは、何も私個人が言い出しているわけではない。有能な経営者の言っていることでもある。
突飛な印象を受けるかもしれないが、私の実感でもあり、前にいた企業でもそれ忘れ、成果主義を取り入れた後には弊害が目に付いた。

しかし、背伸び目標に対しては、すぐに現実に元ずいていない。たわごとをいうヤツだ。という批判がすぐに出てくる。
これが日本での常識人と称する人たちの大半の感覚である。
そして、低い目標で現実に達成できることが確実なことだけをやる。だから失敗しない。
一時期に、世の中の大変化によって、その目標が大きく未達成になったときは、自分の責任ではない。世の中のせいだ。と済ませる。
これが常識人の言うセリフである。世の中が悪くなったのは自分のせいではない。自分は精いっぱいに仕事をしてきた。

そして企業は赤字に陥り、国は借金だらけの状態で右往左往している。またまた借金をするしか、経済の立て直し方法はない。常識人は考えることがそれどまりになっている。
世の中の有識者といわれる人々は、1990年までの経済のことしか頭にない。それ以降の経済は、まったく未経験のことで、これは未曾有の出来事であるから、常識的なことでは対処できない。
そして1990年代を通じて、ただひたすらに公共事業にお金をつぎ込んで借金をふやし続けてきた。

さすがに、これ以上の借金はまずい。ということで、政府を小さくして行こう。無駄を省こう。民間でできることは民間に。という構造改革を実施してきた。
しかし企業は力が衰退していたので、いくら民間の力で活性化をしてくれ、と政治家が言っても、従来の延長上の仕事にしか取り組んでいない。
つまり、徹底した経費の削減、できるだけ安い人件費の非正社員で生産し、サービスをこなせるようにするスリム経営。これを実践してきた。
表向きは黒字で収益をだしているので、景気も上向きとなり、政策は成功したかに見えていた。
がしかし、いったん、海外の市場が縮小すると、とんでもない状況である。

現実をよく見よ。と言って、派遣社員に頼る生産現場に転換し、現実の要求に沿っている対策である。としてきた。
それを言い出して実行に加担した役人、企業は、今は口をつぐんでいる。
自分は目標の設定をしてそれを忠実に達成してきた。そのどこが悪いのだ。と言いたいところでしょう。

これは現実を先に見ているから、目標設定はまちがっていない。と考えるのが常識である。
それが、間違いのもとであった。
経費の削減は重要であるが、それ以上に重要なのは働く人の経済レベルの維持、向上が先に来るべきであろう。
自分の企業だけは人件費を下げても、消費者全体の購買力は落ちない。と都合よく考えて目標を達成したつもりになっている。
従業員の給料を上げることが優先して、その上で、収益を出すのが本来の企業の目標である。

現実をよく見よ。そんな無理なことを言うヤツは、現実を知らないからだ。モノの解った常識人はいつもそう言う。そして、都合が悪くなると世の中が悪い。という。
成果主義、現実重視など、聞こえはよいが、実際の世の中の荒波には耐えるシロモノではない。

日本の企業そして技術者は、現実無視に近い、高い目標にチャレンジしてきたときこそ、著しい成果をあげて、問題を乗り越える力を身につけてきた。
それを忘れたのか。以下、次回に。

成果主義が全員をこじんまりとさせる。背のびせよ!

2009-03-30 | 環境問題
連日のマスコミを賑わす話題でも、本屋に行けば、最近流行の話題を華々しい題名の経済関連の書籍でも、アメリカ流の経済を批判するモノが大きな場所を占めている。
数年前までは、その反対に無批判に礼賛しているものが、溢れかえっていたのを思うと、異様な感じを受ける。
それくらい、マスコミや出版界は節操がない業界と言えそうな様変わりである。

そのアメリカ流といえる「成果主義」という制度が、日本でも一世を風靡していた。今でもこれは染みついているひとつの悪弊ではないか。これについて書いてみよう。

単純に言えば、物事の評価を数値にして、それを目標として仕事を進め、達成した数値によって成績をつけて報酬や仕事上の昇進をさせる。
会社でいえば、株価がどの水準になっているかで、経営者の報酬や権限を委託する。目標数値に達しない場合は、だれの目にも明確だから、報酬や昇進で不利な扱いを受けても当然である。
これは公平な評価であり透明性(誰にでもわかる)も優れているから、多くの会社が取り入れていった制度である。

一見、合理的で優れた制度に見える。
これが、今の経済停滞を招いていることは明らかであろう。

この制度の弊害があちこちに現れていて、それを固執していると、取り返しのつかない状況になっていく。
成果を見て目標との差異を見ることが当然、公平であるというのは全くの誤解であろう。
物事の成果は、簡単な数値に表わすことなど、できるほど人間は優れていない。これが第一の敗因である。
いろいろな尺度で数値化して、それを公平で合理的な評価に合わせるのがなぜ間違いか。

数値化するという複雑なことをできると勘違いしたうえに、その目標値を決める段階では、徐々に達成しやすい数値にしてしまう。
これは、上から(社長、役員)中間職(部課長)現場(係長、平社員〉に至るまで、成果主義になると必ず低い目標値を設定することに最大の努力を払うようになる。
そりゃそうでしょう。誰でも目標は達成して、満点の成果によって報酬や昇進を望むのですから、全精力を傾けて低い目標を設定する。

この目標設定を低めにすることが、いつの間にか標準となってしまい、経済は停滞してしまう。
それでも企業としては競争に負けると困るので、最低限としてシェアの維持とか、売上額の確保、収益のプラスの達成などは掲げることで、成果主義の形式だけは守っている。
しかし、数値化しにくい価値や、人材育成、従業員のスキルの向上など、短期間では成果の現れにくいことは後回しにしてしまう。
これは企業の本来の力を衰えさせると同時に、働く人の能力、やる気をいつの間にか低下させる。

それは国全体でもやる気をそぐ方向に働いてしまった。
最近の官庁の目標設定の低さには、この傾向が顕著に表れている。競争相手がいないから余計に弊害が出る。
一部のトップランナー企業(成果主義にとらわれない)を除いて、大多数の企業は成果主義の悪弊におかされて、立ち直りにはすごい時間がかかるくらいに疲弊してしまった。

立ち直りのためには、すぐにでも成果主義をやめて、改めて、長期の目標を見直したうえで、「背伸びをした目標を立てる」べきである。
背伸び目標とは、能力の120%くらいの力を出すことで、届くようにすることである。
そして結果だけの評価に終わらせないことだ。個人の能力の伸びを期待も込めて評価する。それが、全体に力を上げることにつながる。以下、次回に。

優れた企業経営者が沢山いるとは限らない。  

2009-03-29 | 環境問題
今の経済の大停滞、後退は、アメリカに代表される自由市場依存主義の弊害があらわれて、多くの企業経営者が、状況の判断を誤ったことにある。
これは、どのような方面からも言われていることですが、経営者の判断を誤らせるような制度に問題があることも、見ておきたい。

また、自動車業界の話を例にとりあげるが、日本でいえば日産自動車、アメリカではビッグスリーの事例になる。
10年ほど前に化石燃料の削減義務のある国際条約「京都議定書」が締結された。
これをアメリカのブッシュ政権は、産業の足を引っ張る制約で「国益を損なう」という大義名分で拒否し、国内での消費活動を伸ばす政策に邁進し続けて来た。
自動車においては、燃費規制(販売する自動車の平均燃費を削減する義務)についても、以前のままの緩い基準で強化を一切しなかった。

それで自動車企業としては、価格が高めに設定でき、コストも安い自動車、特にスポーツ・ユーティリティ・ビークル(SUV)の開発と販売に多くの資金と開発人員を投入してきた。
それは、大きな利益を生みだし、企業業績は好調であった。ブッシュ政権の政策は順当であるように見えた。
日産自動車は、この流れにうまく乗ろうとして、SUVやスポーティな高級車に力を入れてそれに便乗してきた。
いずれも、ガソリンを大量に消費する、燃料大食いの自動車ばかりである。

しかし、さすがのアメリカも石油輸入の増大と中東依存のエネルギーに過大に頼る不安から、2007年からは、省エネルギー自動車に重点を置く政策に転換し燃費規制も導入した。
これが、金融の破綻と重なって、利幅の大きいSUVなどの自動車の販売をいっきに引き下げて、それがビッグスリーの大きな赤字の原因をなっている。
日産自動車も赤字転落は確実である。

これは、経営者のほとんどは、先の社会状況などは見ていないで、3~5年先を読んで経営方針を決めているのがせいぜいであり、その間の儲けが最優先である。
化石燃料の需給のひっ迫や、エネルギー安全保障などの国家的問題までは、経営者の頭の中にはないに等しい。
これを十分に考慮した経営をするのが大企業のレベルでは必要であるが、今回の事態では優れた経営者はほとんどいなかった。といえるであろう。
一部の本当に優れた経営者は、そこまでも読んで、その場合の対処方策や、技術研究、商品開発の準備を怠りなく、とりかかっている。
その兆候が現れたら、すぐに、重点を移せるように行動している。準備も想定もしていない経営者では手の打ちようがない。中小企業は、その影響をまともに受けて、倒産の憂き目にあう。

10年以上先を読んで準備を怠らない経営は理想ではあるが、そうは簡単にはできない。
また、優れた経営者に恵まれるのは稀である。
だからこそ、国の政策や長期的な目標の設定などは、そのような努力を促し、支援する方策として重要な役割がある。

しかし、日本では経団連に加盟している業界団体のような、多くの企業(中には、転換に遅い企業が多く含まれる)の意思を無難な方向にまとめざるを得ない団体は、いわゆる護送船団方式の決定しかできない。
先日の新聞の全面広告などに代表されるように、護身に重点を置いた意見しか集約できない。
トップランナークラスの企業を盛り立てることで、その波及効果を期待できる仕組み、制度こそが、今回の経済危機を乗り越える手段であろう。

守旧派の経営者からは、経済の活性化する政策、意見は出てこない。以下、次回に。

何でも否定派は、従来の経済の仕組みの信奉者 

2009-03-28 | 環境問題
省エネルギーの促進は今では誰も反対しない。
企業は石油ショック以来、あらゆる努力をしてきている。それは省エネルギーは経費の削減になるから、企業活動としては当然の仕事であり、これを疎かにしていては生き残れない。
そして、今ではもう省エネ対策はやりつくした。と言っている状態である。

しかし、事例として挙げている「省エネ照明機器」や、省エネ自動車(バイブリッド車など)の普及はまだまだの状態であり、すでにやりつくしたという人は認識不足であろう。
まだ実用化されていない技術や商品を想定すると、それこそ、埋もれている分野が相当な量にのぼる。

問題はこれらの技術や商品は、まだ未成熟のために価格が高かったり、商品化の開発費用が大きくなって、開発・生産する企業にとっても、負担が大きいことである。
また、省エネルギーによる経費削減分を、10年以内で元が取れる見込みにならないと、購入する側も躊躇してしまう。
だからこそ、この差額分を税収などの資金で、後押し、支援する制度を設けて、開発と販売の促進をするべきなのである。

これは、従来の経済を信奉する人にとっては、「市場原理を曲げることになる、とんでもない行為である。」と目くじらを立てる。
省エネルギーの促進よりも、自由市場主義を優先する、「イデオロギー」と言っていいかもしれない。
これが大きな間違いであったことは、最近のあらゆる方面で、問題が大きくなっていることで証明されている。

また、省エネを節約という観点のみでいえば、経済活動の縮小になる。
しかし、省エネルギーの効果にある機材に買い替えるという行動は、10年分先までのエネルギー費用を、今、消費するということに相当するから、経済停滞の時期には大変有効な需要刺激策になり、経済の活性化に役立つ。
これは、このブログで今まで説明してきたし、ドイツの実施例による効果でも証明されている。

「省エネルギー」の分野はもういい。わかった。しかし、「再生可能エネルギー」への過大な支援策はおかしい。という人が後を絶たない。
これは、太陽光発電への支援優遇策や、風力発電への間接的な支援となる送電線網への能力増強投資について、否定派の人々の見解である。
それは、再生可能エネルギーがまだ、価格競争力(化石燃料にたいして)は低いのだから、そんな未熟な商品に税金などの資金を投資することは、経済合理性を損なう。産業活動の足を引っ張ることになる。
有識者といわれる、旧タイプの人たちに意見は、これに尽きるようである。

つまり、再生可能エネルギー関連への投資は、もっと技術が進歩し、経済的に見てもうかる〈損をしない〉レベルになってから、普及促進をすればよいのであって、先にやるのは損だ・・・!ということを言いたいのであろう。
それが、経済産業省に圧力をかけて、「新エネルギー利用特別措置法」などの欠陥法律を作らせて、再生可能エネルギーへの投資にブレーキをかけてきた。
それが正しいことだったのなら、なぜ、今になって慌てて、太陽光発電への普及促進へ急激に方針を転換しているのか。
これは、考え方を間違った。という判断に結果である。
しかし、間違っても役所は絶対にそれを認めようとしない。

その陰に隠れて「再生可能エネルギー否定派」は、口をつぐんでいる。
以下、次回に。


省エネ機器と再生可能エネルギーが経済再生の決め手。

2009-03-27 | 環境問題
縮小生産に落ち込んだ産業の代表として、自動車関連を取り上げて再活性化には、「省エネルギー車」への買い替え促進を奨励する制度が有効だとして説明をしてきた。
そんなうまくいく話はあり得ない。とか、一部の人だけにお金を撒くことになり、公平でない上に効果も期待できない。などと懐疑的な人が多いことでしょう。

では、次の情報を引用してみましょう。<2009年3月21日 朝日新聞>

《欧州各国で軒並み自動車が売れなくなっているなか、ドイツの打ち出した景気対策「自動車買い替え奨励金」が、自国だけではなく、隣国ポーランドの自動車販売も押し上 げている。その効果にわく業界だが、継続性への不安や、自動車業 界優先の政策への不満もくすぶる。
欧州自動車工業会が13日に発表した欧州の2月の乗用車新車販 売は前年同月比18%減。その中で、第2次景気対策(総額500 億ユーロ)として9年以上経過した車の環境対応車への買い替えに2500ユーロ(約32万円)の奨励金を出す制度を導入した独は21・5%増と、突出した売り上げ増を見せた=。》

まあ、こんな状況ですが、一部の自動車産業だけの話ではないか。と疑問を持つ人もいる。
他には通用しない一例をあげて、全体に広げていっても始まらない。と否定をする人には、もうひとつ。

《ドイツ連邦環境省は、3月15日、報告書「2008年ドイツにおける再生可能エネルギーを通じた総雇用(暫定版)」を発表した。
これは、再生可能エネルギー統計作業部会(AGEE-Stat)がまとめたもので、ドイツ国内の再生可能エネルギー市場が順調に成長し、雇用者数も前年から10%増大の28万人となったことが確認された。
背景には、再生可能エネルギー業界の2008年の売り上げが300億ユーロに達 し、さらに再生可能エネルギーによる電力・熱生産が大幅に増加したことがある。》

これはありふれた商品分野でも、未来に期待が持てる技術を取り入れた魅力のある商品を開発して、その需要を掘り起こすことで、多くの人がお金をまわすことになる。
それが生産増加、雇用の増大を生むことによって、また、お金が回り出す。という良い循環が始まっている。

「再生可能エネルギー」や「省エネルギー自動車」といった将来世代に良い分野の商品は各種あるが、まだ十分には生産量もないため、価格の競争力がどうしても不利になっている。
この分を少しの奨励金でも付け加えることによって、加速度的に販売が促進される。
その結果、量産効果もあがって価格は競争力がつき、販売促進の奨励金は少なくできて、ついには不要となる。
これが経済再生になる。

そんな話は、ドイツだからできるのであって、日本では無理だろうという人(とにかく否定する癖のある人が多い。困ったもんだ。)に対しては、次の情報はどうだろう。これは日本の「建物の省エネ技術」の話である。

《公共施設や民間ビルの省エネ改修促進 経産省、経済効果6兆円  <3月25日  日本経済新聞>

 経済産業省が検討しているオフィスでの空調や照明などの省エネルギー策を、役所や学校などの公共施設や民間ビルなどで省エネ診断や省エネ改修を促進する。
経済波及効果は、最大で6兆円になると試算している。産業育成や市場拡大の観点から、官民共同でセンサーや制御装置など省エネ関連機器の標準化も進める。
政府が4月にもまとめる「成長戦略」に盛り込まれる見通しだ。》

これらの情報は、最近は頻繁にマスコミに現れる。
それでも否定する人が後を絶たない。以下、次回に。

買い替え奨励策で進める「省エネルギー自動車」は・・・。 

2009-03-26 | 環境問題
生産性の向上と経営の合理化は、どの企業も最重点を置いて努力を払ってきた分野である。
そして無駄なお金の出費は減ってきた。
また、商品を長持ちするように技術の粋をつくして、品質の改良に努めてきた。
この実現は技術者の重要な課題であり、達成すべき目標であった。
だが、その両方ともが実現することで、全員が貧乏になっている。

これは笑い話ではない。ふざけたことを言っているのではないことは、このブログをずっと読んでいただいて来た方には、納得がいく話でしょう。
そして、これは先進国で陥っている、「貧乏化への罠」であり、その顕著な例が自動車業界である。

これから抜け出すための処方箋は、最大に知恵を絞る必要のある課題であるが、筆者が考えてきた施策は、徹底した「省エネルギー車」の開発と、最大限の買い替え奨励補助金である。
以下にその考え方の説明を書いて読者の理解を得られるか、試みてみたい。
説明をわかり易くするために、数字は丸めてありますが、現状とそれほどの違いはない。とお断りしておきます。

今ここに10年前に製造された自動車があり、この車の平均燃費(燃料当たりの走行距離)を10km/リットル、であるとする。
最近市販された「省エネ車」は平均燃費で20km/リットル、の性能である。
しかし、その価格は同クラス車の販売価格(省エネ車ではない性能の自動車の価格)よりも、50万円高い。

このユーザーは、年間で平均1万km走る。10年間乗り続けて10万kmで買い変える予定である。
平均10万km走行で、ガソリンを1万リットル(ガソリン価格110円として)、110万円かかるが、「省エネ車」に買い替えれば、10万km走行で、ガソリンを5千リットル、55万円になる。
買い替えれば10年間で55万円のガソリン代が浮くが、買い替え時に50万円程、余分に出費が出る。
買い替えに必要な資金の金利分などを考えると、どうも、得にはならないかもしれない。
ここが思案のしどころである。という自動車利用者は多い。

そこで、このような「省エネ自動車」に対して、買い替えを促進させる補助金制度を設ける。それには初回金の補助などで、迷っている人が買い替える方がを得と思える金額を助勢することである。
1台につき50万円を助成すれば申し分ないが。それでは、買い替える人に有利になりすぎる。半額の25万円ではどうか?
いろいろと検討は必要であろうが、あなたならいくらの助成金で良しとしますか。

今までは財源がないということで、中途半端な補助制度しかなかった。
しかし、今は100年に一度といわれる、経済停滞の時期である。
思い切った補助を設けて買い替えを促進し、経済の回復、時間経過に伴い補助金額を減らしていく制度が良いと思われる。

平均20km/リットルを超える「省エネルギー自動車」を販売していない企業にはどうするか?
それは、省エネルギーのレベルの応じて「補助金の金額」に差異をつけていくしかない。たとえば、
平均20km/リットルの自動車には満額補助、平均19km/リットル車には、2割減、以下燃費が劣る数値に応じて減額し、15km/リットル以下の燃費では補助金ゼロ。
このような制度とすれば、10年以上前の自動車を持っている人は、少しでも有利な商品に買い替えることになる。
ここで、お金が回ることで生産も増える。雇用も回復する。
燃費の良い自動車を製造していない企業はどうするのか?そこまでは面倒を見れない。でしょう・・・。
読者の方で考えてほしい。以下、次回に。

経営の改革・合理化と技術進歩は、売上の減少をまねく。

2009-03-25 | 環境問題
自動車業界の縮小自体が、日本全体、いや、世界においての景気後退と経済の停滞に大きな影響を及ぼしている。
その失敗の大きな要因は、次世代の要求、将来への期待にこたえる新技術と商品の開発がおろそかになっていた。
その代表がアメリカのビッグ・スリー、日本では日産自動車である。

しかし、自動車という商品を見ていくと、このような失敗によって需要が停滞するとか、売上の減少を招くとは限らない。
むしろ、技術的に成功してきたからこそ、需要は減少して売り上げが伸び悩む。
そんなことはないだろう。何をおかしなことを言っているのか。と思われるかも知れませんが、次にその理由を説明してみます。

昔の自動車といえば、まだ未完成の部分が多くて、その上、耐久性つまり寿命が短かった。
日本車でいえば、6年がその目安で、それ以上の期間を乗る人は、かなり丁寧に手入れをして大事に乗っている人に限られる。
10年も乗っていると、ものモチが良いですね、褒められたりした。

その後の技術進歩で急速に耐久性が良くなり、10年以内で故障を起こすようでは、できの悪い車といわれて、次からの買い替え需要からは脱落していく。
そして、よほど乱暴に乗らない限りは、15年位は十分に使える状態である。

その上、道路が各段に良くなっている。ほとんどの自動車用の道路は良質の舗装がされて、タイヤも傷まないし、自動車のボデーもびくともしない。
そのうち、20年位は乗り続けるのは当たり前の時代になってくる。
今までは、とにかく買い変えてもらい、まだ使える状態の自動車を廃車処分にして、入れ替えてきた。
その動機には、デザインが古臭くなってきた。とか、便利になった新機構がついている。また、安全装置がもっと進歩して、これからはそれを標準の装備にする。など、消費者に対して、買い替えの動機を起こさせる努力をしてきた。

それも、ここ10年位では進歩は伸びきってしまっている。
つまり、10年以上前の自動車でも、今は買い替える必要を感じないほど、十分な性能と使いやすさを備えている。だから、よほどのことがないと買い替えない。
その上、10年位は給料は伸び悩みである。
昔は、10年もたてば、いわゆる車格の上の自動車に買い替えるという楽しみがあった。今は、ほとんどの人には無縁である。

他の業界での生産性向上と経営合理化で、無駄なお金の出費は減っているが、給料は上がらない仕組みが出来上がってしまった。
その上、自動車の技術進歩は十分すぎるほど進化し、20年は使える商品になっている。だから、昔から見ると3倍以上の期間を使い続ける。
単純にみれば、乗る人の数がおなじならば、自動車の販売台数は、1/3でよいわけである。したがって、国内の自動車生産台数は、1/3に下がるのが必然であろう。
そこまで下がる前には、海外への輸出用の生産が伸びているうちはよいが、それも、先行きは現地生産に移されるので、時間の問題である。

「生産性の向上」と「技術進歩」は、日本の社会全体で、50年近くかけて世界のトップレベルになっている。
皮肉なことに、それが売上の減少を招き、生産台数の縮小、そして雇用環境の悪化を引き起こしている。
最近の自動車関連企業の一時的な増産に対応させた、派遣社員の問題などは、まさに長期の見通しを持たないままの、生産体制の一時補強、筋肉増強剤を使った見せかけの生産力増強であり、この処方を使い続けていた副作用の弊害である。

では適正な処方箋はないのか?
その答えのひとつは、徹底した省エネルギー車である。以下、次回に。/eto_uma/}

自動車業界はなぜ、縮小のサイクルに転じたか。

2009-03-24 | 環境問題
今の世の中は、先の見通しが暗い袋小路に入り込んでしまっているようである。その姿は先進国の自動車業界に重なるイメージであり、自動車に関係ない人や業界までも巻き込んで、混沌としている状況である。
自動車はどうでもよいが、オレの生活はどうなってしまうのか?それが最大の問題だ。
そうですが、全体に話は複雑すぎるので、まずは自動車業界に先行きについて考えてみたい。

日産自動車の10年前の落ち込みと、その後の収益改善による回復、明るい見通しを経ていながら、再度、どん底に近い状況になっている。
これは前回にその理由に一部を説明した。それは単純に要約すると、経費に削減に重点を置きすぎたということである。
赤字になって、借金は増えれば経費の削減に走るのは民間企業としては当然であり、それを間違っているとはいえない。
何が足りなかった。それが問題である。

私の見るところでは、将来の社会に適合し、価値の高い商品を開発することに後れをとったことである。具体的には、省エネルギー性に優れた商品、ハイブリッド車、電気自動車など、すぐにでも欲しい商品、技術がいまだに未完成で、販売もできない状況にあることが苦境に陥っている。
同業にトヨタ自動車やホンダが、曲がりなりにも、その期待にこたえる商品を販売しているから、苦境をしのぐ助けになっている。

10年前には大幅な赤字で、新技術にお金を投資することは無理だった。と言い訳が聞こえそうであるが、倒産しない範囲ならば、次に時代に備えた技術開発、新分野商品に開発を怠ってしまうと、たちまち後れをとり、気のついた時にはもう取り返せる状況ではなくなる。
日産自動車は、会社の経営方針を間違ったのである。

アメリカにビッグスリーはもっとひどい状況になっている。これは、完全に経営に失敗であり、経営規模を半分以下に絞ってしまうしか生き残れない。その上で出直しが必要であろう。
一業界や企業に話にとどまらず、国全体に経済に足を引っ張ってしまっている。

自動車会社は、民間企業であり国が面倒を見る必要はない。倒産するのは経営者の責任であり、自己責任として処理すべきである。
これは、従来に経済専門家の論理である。それが、通用しないことを最近の世界では証明してしまった。
倒産までさせては影響が大きすぎるので、せめて縮小した経営規模で、生き残ることを政府で面倒を見るしかない。というのが最近の妥協策である。

アメリカやヨーロッパ、日本などの自動車先進国では、自動車に需要は頭打ち、または減少傾向であることは、まともな頭で考えれば、当然のことである。
それに対して、大手の自動車企業は、相も変わらず、より高価格で売れる商品に重点的にお金を投じて、少しでも稼ぎの良い分野で優位に立とうという眼先重視に経営をしてきた。
将来に備えた省エネルギー「ハイブリッド車」などは、当面似10年位は全く儲けには貢献しないから、世間に対する言い訳説明程度に取り組んでおけばよい。という合理的?な判断による。

このような業界に対して、失敗の繕いをする意味で、自動車の買い替え促進の助成策が検討されている。
報道によれば、ドイツの打ち出した景気対策「自動車買い替え奨励 金」が、販売増加の効果を出している。
しかし、これには批判も多い。一部に人に恩恵をもたらすだけの施策に税金はおかしいと・・・・。
あなたは、このような「買い替え奨励策」について、どう思うのだろうか。以下、次回に。

自動車企業の興隆は、国の取り組みの縮図。  

2009-03-23 | 環境問題
日本が地球環境問題や、エネルギー政策に取り組んできた経緯や、問題になっている原因を今までに採りあげてきた。
ここで、もう少し限定して業界での話題に転じて、書いてみよう。
日本の自動車業界の状況について、触れてみることにします。

日産自動車については、多くの人がご存じだと思いますが、10年前に経営危機に陥りフランスの自動車企業のルノーと提携して経営を立て直した。
世紀の合併として話題を呼んだが、この経営統合は成功した事例として、マスコミや経済誌にいろいろな施策を具体的に上げて紹介されている。

その中で経営の合理化の一環として、いわゆるコスト削減を徹底的に行い、利益を出せる収益体質に改革した。その結果、経営を圧迫していた負債も大幅に縮小出来て、その経営者は賞賛されてきた。
しかし、ここにきて急速に経営状態は悪化している。他の自動車企業のトヨタやホンダも悪化しているが、その程度は大きく違っている。
なぜここまで悪化したかという原因には、ここ10年間というあいだに、ほとんどの努力を経費の削減と、部品の仕入れコストを下げることに最大の力を注いできたことによる。

今の状況では、自動車は価格が安いからということだけでは売れにくい。
昨今の地球環境問題や、石油価格の高騰と価格の先行き見通しなどから、省エネルギー性に魅力を感じるユーザーが大幅に増えている。
これにこたえる商品を日産自動車は、十分に力を入れてこなかった。たとえば、省エネ車の代表である「ハイブリッド車」などは、トヨタもホンダも、力を入れて新商品に開発を継続してきた。
しかし、日産自動車は、経費の削減、収益に向上を目指すばっかりに、省エネルギーの新技術、新商品をほとんど手がて来ていない。
ここにきて大急ぎで、電気自動車や、ハイブリッド車を出すように計画しているが、それも2年後以降である。

経営危機になったからと言って、当面のお金の問題を重視しすぎて、次世代に必要な新技術や商品に開拓に力を入れるのを惜しむと、一時的には経営が立て直って成功したかに見えるが、時代の変化には取り残されることになる。
それが解ってからでは、技術の世界は遅れた分を簡単には取り戻せない。
新分野の技術開発は、粘り強い取り組みと研究に必要な投資をし続けなければ成功しない。
しかし、日産自動車の場合は、一時的な成功に気を緩めて、本質的でない分野、たとえば、デザインが良い自動車とか、高級車の分野、スポーツ性の高い商品など、眼先の儲けが大きい分野に投資を回してしまった。

これは自動車業界だけに限った話ではない。経費の削減ばかりに力を注ぐと、企業経営は一時的には向上したように、経営上に数字は改善される。
しかし、経営の将来を左右する次世代にこたえる技術開発への投資が不十分だと、大きな変動が来たときに対応が手遅れになってしまう。

このことは産業界の事例にとどまることではなく、これは国の全体の活力にも大きく影響する。
日本は今、どこも価格を安くする経営合理化に邁進している。
そして、気候変動対策や省エネルギー技術への取り組みの手を緩める方向に走ろうとしている。
それは10年後には取り返しのつかないような技術の遅れを招く。その将来の懸念を見ないようにしていることになる。

自動車業界は日本の将来の興隆の縮図とみるべきである。  以下、次回に。

送電線網はエネルギーの道路。経済産業省は無関心。

2009-03-22 | 環境問題
お金を有効にまわすことが経済の活性化につながり、多くの人が恩恵をうける。学者が言うような難しい理屈ではなくても誰でも理解できる。だから定額給付金だ!というのは発想の貧困をあらわしている。
道路を有効に利用しようということで、休日の高速道路を最大1000円としたのが話題を呼んでいる。大金を投じた道路を遊ばせるよりは、観光でも所要でも必要な人がどんどん利用するのが良い。しかし、化石燃料を余分に消費することになりそうで、良いことばかりではなさそうである。

エネルギー分野ではどうであろうか。省エネルギーは、無論、好ましいことであるが、残念ながら経済の活性化には直結しない。
省エネルギー性の高い機器に買い替えるとか、省エネの設備投資を新たにしてくれるならばよいが、不況の折にはなかなか進まない。だから思い切った政策で、買い替え促進をするか、再生可能エネルギー分野への投資を促すのが、良い政策である。

ところが政府関係者、特に経済産業省は、よく解っていない官庁の代表のようなお役所である。
再生可能エネルギーの分野で、風力発電の技術がここ10年位の間に急速に進化してきた。
ヨーロッパやアメリカでは、風力発電の適地には大型の発電機が、それこそ見渡す限りの範囲で、数えきれないくらいに設置されている。
日本では風力発電の適地は少ないのであろうか。いや、結構適地があって、そこに設置することで、十分に採算性にある事業として成り立つ地域もある。

北海道には風力発電の適地が多いことは、関係者なら誰でも知っているし、実際に設置の計画をたてて電力会社に買い取りを要請している。
しかし北海道電力は、もうこれ以上の風力発電の電力は買い取れないという。それは、風力発電は天候に左右されるので、北電の管内では電力需要が少ないので変動する電力の割合が増えることは、技術的に難しい段階になってしまう。
それで、買い取り電力の総量制限を加えている。本州に電力を送ることができれば、買い取る量は大幅に増やせる。

本州と北海道を結ぶ送電線は、「北本連携線」と呼ばれ、60万キロワットの容量である。これは緊急用の送電線であり、普段は使うことを想定していない。したがって風力発電が北海道でさかんになっても、余剰に発電できる電力を本州に送ることはできない。できてもわずか量にとどまる。したがって北海道電力は、風力発電の適地をかかえていても、増設に応じることができない。

何ということだ!遠路はるばる運んでくる石油や天然ガスには、いろいろなインフラを備えるようにしながら、近距離の北海道からの電力エネルギーを運ぶことすら、怠っているとは・・・・・!!

この送電網をもっと充実すべきだ。という提言は10年以上も前から、電力エネルギー関係者や再生可能エネルギーの普及促進をしている市民団体から強く出されている。
しかし、日本のエネルギー政策を統括している経済産業省は、まったく関心を示さない。つまり、風力発電のような天候に左右され、気まぐれに変動する電力は厄介もの、またはゴミ電力として、取り合わなかったのである。

アメリカは風力適地は無数にあり、それを有効に利用するには、強力な送電線網を構築する必要があるとして、早くから技術的な検討がされて来た。
最近はそれに集中管理のできる方式を開発し、「スマートグリッド」の呼び名で国策として推進している。

電力を生産するところと、大量に消費するところは離れている。これには送電線網、自動車でいえば、道路がなければ有効に使えない。
しかし経済産業省は、その道路に相当する送電線には、まったく関心がない。
大手の電力会社も、利益を生み出さない送電線網にはお金を回したがらない。
既得権益に胡坐をかいてきた大きな組織に任せていては、投資は行われない。

さあ出番はだれ?以下、次回に。

良いことにお金を回し、悪いことには税金で回収。 

2009-03-21 | 環境問題
国民生活の将来の安心感は、やはり雇用が安定してその上、少しでも良いから給料が上がるという期待が持てることでしょう。
しかし、経済界の守旧派産業からは、人員の削減、給料レベルをさげるという方針しか示されていない。これでは、少しの給付金などでは、とてもお金を使う気にはなれない。
税金を使うならば、将来に希望の持てる、良い分野に重点的に回す必要がある。

そして、税金投入による国の借金が膨れ上がるばかりでは、これも将来世代にツケを回すようで無責任の批判を浴びる。
税金を使うからには、その財源を同時に具体的にする必要がある。税金をかける原則には、悪いことに制限をかける狙いで「バッド・課税」という考え方がある。
現在、社会的に抑制するべきことは、化石燃料の使いすぎであろう。これの考え方から、環境税、または「炭素税」という呼び名で、化石燃料の使用量に応じて課税する制度が提案されている。
これは、先進各国で議論されて、ヨーロッパの一部の国では、すでに実績を上げている。

産業界では、一部の先見の明のある経営者を除いて守旧派の企業家は、炭素税の導入には反対し続けて来た。最近は、「CO2排出」に対して、排出枠を設定して、排出量の枠を入札方式で購入させて総排出量を抑制する「排出量取引」という制度も議論されている。これも「炭素税」の一種に相当する。
産業界は余分の経費がかかることになり、コストが上がるから産業を圧迫する。しいては国民生活に悪影響を与える。という大義名分で反対し続けている。
とにかく、お金を余計に使う必要があることには、すべて反対するという姿勢である。

しかし、経済の原則からすれば、お金の回る量が減れば減るほど、全員が貧乏になる。だから政府は、無意味に近い「特別給付金」などの付け焼刃政策でお金をばらまき、とにかく消費に使ってくれと宣伝に邁進している。
たしかに経済が縮小している事態では、使わないよりも使う場面を沢山作る必要がある。そして昔の世界大恐慌のときには、お金を回す政策としてアメリカは「ニューディール」政策を打ち出して、なんとか回復させた。
今はオバマ政権が、環境と再生可能エネルギーへの重点投資を「グリーン・ニューディール」政策として、大型の予算を投入する政策をうちだしている。

一方、日本では、「再生可能エネルギー」への重点投資も、「バッド課税の炭素税」も、産業界の反対で政治家は腰が引けてうしろむきであった。ここにきてやっと、100年に一度の大不況では、産業界の言うことばかりを気にしていては、経済の再生は難しいとみて、アメリカの後追いをまた始めた。
なにもしないよりも、とにかく変革に向けて動き出したことは良いことである。
そして、経済に貢献し地球環境にも良い「再生可能エネルギー」分野の革新と普及拡大にむけて、思い切った税金の投入をすることが、「良いことにお金を回す」最良の政策選択である。

その財源としては、「化石燃料の消費」のような悪いことを抑制する政策「炭素税」または「排出量取引制度」の導入をして、財政の赤字を最小限にとどめる努力をすることであろう。
そうすれば生活者も、「脱化石燃料」の生活に転換する商品に買い替え、化石燃料を多量に消費する商品やサービスを避けて、環境によい消費に転換していく。
節約、貯金ばかりではなく、将来に希望の持てる生活を創り出していくでしょう。

守旧派産業界の言うように、お金を出さないことばかりを言っていると、本当に回復不可能な縮小型経済に陥って、それこそ、全員が貧乏に耐えていく生活を強いられることになる。以下、次回に。

価値の高い社会・経済に反対する守旧派産業は抵抗勢力 

2009-03-20 | 環境問題
日本の経団連や日本商工会議所に所属する業界団体が、連名で「全面広告」を出した内容に対して、
環境保護団体が抗議の声を上げてプレスリリースをだしたが、多分、新聞では採り上げないだろうと
昨日書いた。
抗議内容の説明は詳しくは載らなかったが、問題があるとして、朝日、毎日、日経は採りあげている。しかし、環境団体の抗議ではなく、環境大臣、環境次官、中央環境審議会の委員などから、強い抗議が出た。との記事内容である。新聞社側としては、民間の環境保護団体が抗議したことよりも、
政府関係の批判が出ていることは無視するわけにはいかない。編集部もそこまでは抑えられない。

抗議の内容は数値の偏った宣伝に関する話である。しかし本来の経済のことを考えると、この要因には、旧体質の産業界は古い考え方に固執する「縮小型経済」を目指している姿勢に問題がある。

これは、簡単に説明すると、今ある産業、商品を大事に守っていこうとすれば、その中での競争力を付けるためには、生産効率を上げ続けなければ企業としては生き残れない。だから、経費の削減と人件費、人員の削減に邁進する。これは企業活動としては当然のことで、それを批判することは無理がある。
だが、こればかりに重点を置いている産業には、大いに疑問がある。

経済学者?は、この生産効率が上がれば商品価格は下がり需要が増える。だから、企業は売り上げの増加で儲けが増えるから、結果的には経済規模の増加になる。と机上論では説明している。
これが間違いであることはすでに当ブログで説明したし、実情をよく知る読者は理解されるでしょう。
発展途上国には当てはまる理屈だが、先進国の成熟した生活者にとっては、今までの価値の商品が、値段が下がったからと言って、よけいに買うことはない。(中には、浪費癖のある人もいるが・・・)

需要が増えるということは、個人や社会にとって価値のある商品、サービスが提供された場合である。
今までの商品よりも省エネルギーであるとか、地球環境への負荷が少ない、という消費者が期待する
価値が実現されていると、その分に対して、上乗せしたお金を払う気になる。
先にあげた、「省エネルギー型電球式蛍光灯」などは、身近な例である。
大型の商品でいえば、省エネルギーに優れた「ハイブリッド型自動車」など、今は各方面で、どんどん実用化されている。

しかし、まだ技術のレベルは進化の途上にあり、消費者にとっては最初に払うお金の差額には、少しばかり抵抗感がある。だから、その段階では公的な資金(税金など)で、買いやすい環境を整えてあげて、少しでも買い替えが進むように制度を創って促進しようということである。
これには追加の費用がはじめにかかるが、省エネルギーの効果などで利用者にとっては、得になる部分がある。上に挙げた商品の例では、10年以上使い続ければ、トータルとして得する。
そして、企業側にしてみれば、買い替えに需要が増加することで、生産、売り上げが増えるので、
利益を得られるチャンスが出る。利益を社員に配分することにして給料を上げられる。

今までの商品での生産合理化による人員削減の数値よりも、この新規に価値のある商品の開拓と販売促進が進むことによる、新規雇用人員の増加が、見合った状態になれば、雇用は維持される。

そして新規の商品に意思を入れて、促進費用を配分することが、雇用を維持、増大させるし、経済の規模、つまり「GDP」の増加をもたらすことになる。
眼先の出費を問題だと騒ぎ、お金を使わせないようにしようとする、守旧派のひとたちは、まさに、経済を縮小させる勢力である。以下、次回に。

産業界の迷走は化石産業の代表に支配されているからか?

2009-03-19 | 環境問題
一昨日の産業界(経団連所属)の新聞全面広告は、4大新聞に掲載されたが、これに対する異論、抗議は紹介する必要があるので、少し、込み入ってくるかも知れませんが、読んでください。

表題は、「考えてみませんか?私たちみんなの地球の負担を」という産業界の広告であるが、あたかも生活者の立場に立って、データをもとに日本の現状を公正?に伝えている表現をとっている。
しかし、それに対して、環境問題を重点に取り組んでいる「NPO/NGO」は、広告の内容、表現が偏った認識を植え付けるものだとして強く抗議して、プレスリリースを発行した。
これはどの新聞が伝えるか見ものだが、産業界からたくさん広告費を出してもらっている新聞社であるから、紙面に出さないであろうし、出しても小見出し記事程度でしょう。
TVも同じで無視するでしょう。

そこで、このようなミニコミ手段しかないので、一応、問題のある中身を紹介します。

◎日本の一世帯当たりに負担が105万円になる。

 数字は政府の試算中のデータを使っているが、肝心の部分を省いて、あたかも一世帯が105万円も余分に出費しなければならなくなる。という印象を与えている。
これは2020年までに、総額で52兆円の追加の費用がかかる分を、日本の総世帯4900万世帯ですべて負担した場合の算術計算である。
このうち、家庭で使うものや住宅関連での費用は26.7兆円であって、その他に工場や企業のオフィス、発電所などに追加する費用の25.6兆円を合計した額である。
つまり、すべての費用を、家庭、個人が負担するものと仮定しての単純計算値である。
しかも、2020年までの期間でどのような配分で費用負担が家庭に回るか、何も示していない。
とにかく全部、いっしょくたにして、家庭、世帯に負担させようという魂胆としか受け止められない。

◎発生する追加費用のことだけを採りあげて、52兆円もかかるとしている。

 しかし、この追加費用により、省エネルギー、再生可能エネルギーの促進などで、化石燃料に代表されるエネルギーの削減費用が上回るというデーターがある。これは日本全体では費用が浮いてくるという、国立環境研究所の試算であるが、経団連ではそれをあえて採りあげない。
公正な立場で見て、両方の精査をして社会的には有利であるか(得か損かで)論じれば、得になる。

これが、どこに配分されるかは問題であるが、世帯、個人に恩恵が回るようにすれば、収入は増えることになる。企業が全部持っていてしまうのでは困るが、それは別問題であろう。

他にもいろいろと広告内容に問題があるが、それは省くとして、上の2点を採りあげていくと、経費として追加になる分は世帯、個人に回してしまう。
そして、経費の削減になる(エネルギー削減)分の利益は、自分たち、産業界の中に取り込んでしまおう。
という、とても信じられないような、思わず、笑っちゃうようなことを、平然と広告している。
よくもまあ、こんな素性のすぐ知れてしまう広告を出したものだ。とあきれてしまうが、どうも産業界全体の意見を反映していないようである。

同じ産業界の団体でも「経済同友会」の代表幹事などは、「再生可能エネルギー」への積極的投資と支援制度の強化を主張していることでもわかる。
よく解っている人もいるのであるが、それが、全体となるとおかしなことになっていく。
どうも、業界団体の意見は、化石燃料での成功体験から抜けられない人が支配しているようである。
以下、次回に。

産業界は「GDP」の減少を目指している。それは本気か? 

2009-03-18 | 環境問題
経済の大元になるエネルギーの質をこれからの重要な課題とすべきであり、それは、枯渇資源である化石燃料から、無限に降り注ぐ太陽エネルギー由来に切り替えるべきだと議論が集約してきた。
総論、長期的には誰にも異存はないのだが、各論、そして中期、短期的には異論続出である。
特に、20世紀の経済を取り仕切ってきたものには、太陽エネルギーの利用などは、経済的には全く成立しないとして、これは「環境オタクの暴論」として、感情的な反感も入ってしまい、筋道の通った説明もないままに退けてきた。

識者、電力業界、官僚(経済産業省)などが、その先兵であるが、それに続いて、経団連に所属する産業界の団体も、太陽エネルギーへの転換には抵抗する姿勢が強い。それは、「再生可能エネルギーの促進」によるエネルギー価格の上昇を懸念し、それによって、自分達の業界、企業が苦しい立場に立たされること嫌っているからである。

昨日の新聞にも全面広告で、「考えてみませんか?私たちみんなの負担額。」という見出しで、日本は世界のトップレベルで、「CO2排出」はGDPあたりで一番、少なくなっている。と広告している。
これ以上の削減をするには、一世帯あたり、105万円の負担増が見込まれる。それは、国民生活にとって痛みを伴うことになる。という主張である。
一見して、もっともだ!と思わせる数字を出している。

しかし、もっとよく考えてみると、どうもおかしい。その説明は少し込み入っているので、解りにくいかもしれないが、一応、とりかかってみましょう。
今までの産業界の努力は、省エネルギー技術への取り組みが主であった。それは、まったく正しい施策であり、石油ショック以来の技術的挑戦の成果だといわれ、それが日本の技術力、産業の競争力を支えている。これを継続することは大いに有益である。がしかし、それだけでいいのだろうか?

省エネルギーがすすめば、エネルギーの経費が削減され、製品やサービスのコストは削減される。これは競争の激しい業界では、必ず販売価格に反映して値下げにつながっていく。
同じ数量の販売ならば、売上額としては減少になる。
従業員への見返り、給料は据え置いたままでは、値下げによる恩恵は微々たるもので、需要は増えることはない。つまり、省エネルギーの進展は、「GDP」の減少を伴うことになる。
これが1990年以降、バブルの崩壊も含めて、日本がデフレ社会に突入した時代の状況である。

もちろん、モノの値段が下がることは、国民にとっては良いことであるが、それが、積もり積もっていくと「給料が上がらない→ものが売れない→企業がもうからない→給料が下がる」の繰り返しになり、誰も幸福にはならない。
一時期はデフレ脱却には、インフレ目標を立てて経済を誘導すべきだ。などの論も登場している。

省エネは大事である。モノの値段が下がるのも良いことである。それはデフレになる要因である。
では、省エネしながら、デフレにならない方策を考えればよいではないか。
だが、それについての明快な対策を示している識者は見当たらない。誰かいましたか?教えてほしい。
とにかく、自分の頭で考えてみよう。以下、次回。

省エネルギーと省資源をめざし、さらに給料が上がるには・・・。 

2009-03-17 | 環境問題
産業界は省エネルギーに邁進している。これは良いことである。乾いた雑巾を絞るがごとき努力をして、エネルギー経費の削減を図る。企業としては当然の行為であり、社会的にも有益である。
また、国民、生活者にとっては、今までの浪費的な生活を改善すると同時に、「もったいない」精神の浸透もあって、ものを大事にして、なるべく捨てずに長期間の使用を考える。不要になったものも、下取り、リサイクルショップ、インターネット売買など、可能な限り、ものを大事に使用する。
これも、喜ばしいことであり、奨励されることでしょう。

省エネルギー、省資源、もの、サービスの価格の値下がり。これが、21世紀初頭に起こっている現象である。誰もが正しいことをやっている。

しかし、このままでは企業も、ひとも頑張っているのに、両方ともむくわれない。給料の下がらない公務員だけは、ものの値下がりに恩恵を受けているのか。それも各自治体の税収不足、赤字財政で、どうやらこれからは、そんな悠長なことは言っていられなくなる。

総論しか言えない識者は、モノ、サービス価格の低下は需要が増えるはずであり、生活者にもっと消費をしてもらうように、意識を変えさせるべきだ。などと、現実を知らないことをいう。
政府関係者は、お金を配れば消費に向けて使ってくれる筈であるから、とにかく配れ。という。
しかし生活に困窮している人を除けば、少しくらいのお金が入っても、将来の不安や不確定な事態に備えて貯めておく。これが大多数であろう。自発的に消費を増やすことは現状では期待できない。

消費者が今までよりも余分にお金を使ってもよいと考える場面は、生活の質を高めることに関心を持った場合である。今までになかった価値のある商品やサービスに出会い、それを取り入れたいを思えば、少しくらいの(将来に対する)不安は振り切って、お金を投じる。
一般論として当然の話であり、識者は付加価値の高い商品、サービスを提供することが大事である。とモノの解った風で言っている。では、何が付加価値が高い商品か?具体策は持っていない・・・。
それは各企業や事業者が考えることであり、ベンチャー企業を育成して、活発にすべきだ。などの総論にとどまっている。

そこで、わかりやすい身近な商品から例をとって説明してみよう。
省エネルギー照明。これは、最近では誰でも知っている電球型蛍光灯に代表される。
これに切り替えれば、電気代が1/5、寿命は3倍以上に伸びる。これを期限を限って、利息ゼロでお金を貸して買い替えさせることにすれば、省エネルギーも、省資源も、そして「GDP」も増加する。
利息ゼロの分の費用負担は、税金を使うことになるが、まず文句はでないでしょう。
電球型蛍光灯の製造、販売会社だけがもうかるのはけしからん。というなら、その利益の大部分を、税金でリターンしてもらえばよい。

おなじことが太陽光発電の普及促進にも言える。設置時の経費を利息ゼロで貸し出して、普及促進をはかる。発電した電力を高い価格で電力会社に買い取らせ、割高分は、電力の消費者全体で広く薄く負担する。太陽光発電関連の産業では、「GDP」の増加になり給料が増やせるし税収も増える。

太陽光発電の設備を製造するのに必要なエネルギーは、2年程度で回収できるから省エネルギーになり、30年以上の耐久性をもたせれば、省資源にも役立つ。

良いことばかりなのに、誰が反対しているのか?以下、次回に。