ことのは

初めに言葉があった。言葉は神とともにあった。言葉は神であった。と、ヨハネは言う。まことに、言葉とは不可思議なものである。

ねじれのはざま

2019-12-09 15:10:58 | 日記・エッセイ・コラム
韓国は今(も昔も)捻じれのはざまで苦しんでいる。
朝鮮は随分前から中華思想に染まっている。
そして自らを小中華と称していた。
中華思想とは自分が中心で、その周りを上下関係で律する。
すなわち華夷秩序である。
中心は勿論シナである。
古来中原を支配する者は圧倒的に強い。
さからって滅ぶか、なびいて生きるか。
朝鮮は地の利なく、屈服の道を選んだ。
それも小判鮫のように密着して。
さすればシナ以外には上位に立てるのだ。
それは単なる独りよがりの思い込みだが、
唯一の救いであり、よって立つ柱となる。
それを小中華と謂う。
・・・・・
だからシナには平身低頭である。
何を言われてもご無理ごもっともなのだ。
外に対してそうなら、内もまたそうなる。
結果まことに鬱憤のたまる社会となった。
でもどうしようもない。
これが恨の原因である。
考えれば当然であるが、
その大元はシナにある。
だから本当はシナが大嫌いなのだ。
でもシナには逆らえない。
本家なのだから。
これが半島の歴史です。
しかしてである。
日本は彼らの華夷秩序では下位にある。
あくまで自分の方が上なのだ。
それは江戸時代からもずっと。
彼の国の所謂朝鮮通信使の記録からもそれが覗える。
しかるに、その日本に併合されたのです。
これほど癪に障ることはない。
でも当時は目を見張るばかりに生活が向上した。
特に底辺で生活していた多くの国民にとっては。
それに日本の政策もあり中華の呪縛から離れた。
だからそれなりに満足していたのだ。
それが日本の敗戦で独立することになった。
これが悪夢の始まりである。
小中華が復活してしまった。
そうしなければ国の基が作れなかったのだ。
日本を貶めることで、己の上位を確認する。
それゆえ何でもかんでも日本が悪いとした。
でも本当は日本が嫌いではない。
むしろ好きだと思うのです。
これが捻じれです。
今韓国は苦しんでいる。
このねじれのはざまで。
・・・・・
追伸。
中華思想に染まれば謝罪ができなくなる。
謝罪すれば自分の上位性がくずれるのだ。
立場が逆転してしまう。
だから絶対謝罪しない。
自分に非があってもだ。
逆は大いにある。
ゆえに日本には常に謝罪を求める。
同意の上で併合したのに、侵略したと言ってきて、
千年の恨みとかで、どこまでも謝罪を求めてくる。
慰安婦の件もそうだ。
認めて謝ってくれれば、それで終わりにすると…。
止むを得ず、取り敢えず、一度謝罪してしまうと、
認めたことになり、止むことなき謝罪要求となる。
何より、していないことをしたことにされるのだ。
これは父祖に唾する最悪の行為である。
きっと自戒すべし。
韓国に阿る人たちがよく言う。
「すまん」の一言があれば、それで済むと。
済んだためしがない。
それにである、
彼らの目当てはお金だから、お金で解決すればいいと。
これも大嘘である。
お金を渡してしまえば、それは謝ったことになる。
知るべきである。
本当の目的はお金ではないと。
謝罪をこそ求めているのだと。
お金は使えば終わりだが、謝罪は永遠に続くのです。
それが小中華の霊性維持(自己確認)の仕掛けです。
お金は付録に過ぎない。
そんな手に乗ってはいけない。
胆に銘ずべし。
うん!

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