甍の上で

株式会社創瓦 社長 笹原真二のブログです。

五月雨が 集めて流す 藻が淀む 川の汚れも 心機一転 

2024-05-28 21:22:52 | ツーリング
  仕事なんかしている場合じゃない
 
 2月中旬の夜の8時頃、酒井俊さんのオフィシャルサイトのライブスケジュールを開くと、「2024年、だいだらぼっちの春の旅」(ボーカル酒井俊、サックス林栄一、ピアノ田中信正)と題したスケジュールが載っていた。4月17日が宮崎県の串間、24日が広島ボレロ、25日が高松SO-NICEと、南からツアーが始まるという。昨年はライブツアーが終わってからオフィシャルサイトを開いた。今年は早めに開いて大正解。

 その日のうちに日南の伊藤祥子さん(10歳上のお友達)に、串間でライブがあること、その主催者谷口さんの携帯番号を伝えた。昨年、突然の電話をいただいた加藤悦子さんは、串間在住で、「彼女、喜ぶわよ!」と伊藤さん。
 
 翌日、加藤さんから電話が入った。「私、伊藤さんからの電話で、興奮して昨日は眠れなくなって、今朝、早速、谷口さんに電話しました。」と喜んでくださった。
 4月24日水曜日の広島ボレロでのライブ。この日だけは「仕事なんかしている場合じゃない!」と、広島の主催者中野さんに電話をして、田舎の天才妹尾啓典さん、芳井一の文化人三宅敏文さんの3人分のチケットを予約した。
 
 しばらくすると、また加藤さんから電話が入る。「谷口さんに連絡したら、来てくれて、ベトナムにいる酒井俊さんに電話してくれて、私、話をすることが出来たの。それで、俊さんのファンになったきっかけは、岡山の笹原さんで、笹原さんは広島のライブに行くと言ってると言ったら、あなたも広島に笹原さんと一緒に来なさいよ!と言われたから伊藤さんと広島に行くことにした。」早速、中野さんにチケット2人分の追加をメールでお願いした。
 
 ライブ会場は、広島市内のライブハウスと思い込んでいたのだが、実は安芸太田町。片道150kmある。言っては何だが、ド田舎!

 4月14日日曜日、お袋と、会場の下見に行く。宮崎から来る伊藤さんと加藤さんに、三次の辻村寿三郎記念館も見て欲しかったから、尾道道を通って三次経由で安芸太田を目指した。途中の中国道の江の川PAで、近いうちに帰ってくる茨城にいる同級生の大杉寛に電話。「24日、jazzライブが三次の先であるんだけど行かない?」「分かった。行くよ!」

 2時間半掛けて、安芸太田町加計に着いたのが11時半、桜がまだ咲いていた。川の護岸は緑の草や木々で覆われコンクリートは無い。癒やされるようなところにイタリアンのお店ボレロは位置していた。パスタとピザを頂く。どちらも美味!特にピザはモッチモチチーズで、今まで食べたピザの中で群を抜いて美味しかった。
 
 24日は、朝から小雨。笠岡の真鍋さんの現場には妹尾英明が、破風の屋根地作りに出て行った。午前中事務仕事をして、妹尾英明には悪いなと思いつつ・・・ 
 雨が上がった午後1時、大杉が運転する車で、啓典さん、三宅さんを乗せて福山駅の北側にあるベッセルホテルへ。ここで、宮崎から来た伊藤さんと加藤さんをピックアップ。福山西ICから山陽高速に乗り尾道道で三次を目指す。
 
 スマホで辻村寿三郎記念館を検索。なんと水曜日はまさかの休館日。ちゃんと調べておけば良かった。みんな初めてで楽しみにしていたのに・・・平謝りだった。
辻村寿三郎記念館に行かなかったから、予定より1時間早い4時半に安芸太田町のボレロに到着。俊さんたちは、リハーサルをしていた。ナーダムと言う曲が外まで響いてそれだけで嬉しくなる。

 時間つぶしは近くを歩いて散策。リハーサルを終えた俊さん、林さん、田中さんがテラスに出てきた。そこへ伊藤さん、加藤さんが入って行って話を始めた。川向こうにいたのだが、帰って一緒に写真に収まった。

 17時半過ぎ、ボレロのパスタを頂く。その頃からお客さんが来だした。川風が入り少し肌寒いような中、お客さんは40人にも満たない。
とんでもなく贅沢なライブが、18時40分過ぎくらいから始まった。あの酒井俊の生歌が聴ける。YouTubeと、CDでしか聞くことが出来なかった酒井俊さんが目の前で歌ってくれている。林栄一さんのサックスが啼いている。時に激しく、時に優雅に舞っているかのような田中信正さんのピアノ。YouTubeで何度見たことか?

 「回想」を聴き終わったあと、「ああ、これで死んでもいいな・・・」と思ったくらい。こんなことを思うとは夢にも思わなかったが、本当にそう思った。アンコールでは「満月の夕べ」初めてCDで聴いたとき、心を鷲掴みにされたような、魂を揺さぶられるようなそんな衝撃を受けた歌を、生歌で聴くことが出来た。夢のような二時間だった。

 酒井俊さんは、伊藤さん、加藤さんと同世代。迫力ある歌、びっくりするような声量。衰え?とんでもない!そんな酒井俊さんとライン交換をさせてもらった。そして別れ際、「来年は、岡山でやろ!」と俊さん。
 
             令和6年5月28日               笹原 真二

 追伸Ⅰ
 翌日、ラインにて「昨夜は、ありがとうございました!夢のような ひとときでした!まだ余韻が残っています!」・・・「嬉しいです。ありがとうございました♥」

 追伸Ⅱ
 3月だったjか?今、仕事に入っている日光寺の住職に、4月24日、その頃はここの本堂の仕事をしている頃と思いますが、この日だけは午後から酒井俊のライブに行くから休みます。「仕事なんかしている場合じゃない。」と言うと、「仕事なんかしている場合じゃない。その言葉って、良いですね!」と笑ってくれた。

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