甍の上で

株式会社創瓦 社長 笹原真二のブログです。

ちょっとまとめ書き 1

2011-11-21 20:39:30 | Weblog
 10月29日のこと・・・半年遅れで大学を卒業した長女の引越し、京都へ荷物を取りに行きました。朝5時起きの6時出発、3tダンプで、天気は、午後から崩れるという予報。11時に着いてみると・・・荷造りを始めたばかりというか?どれから積込んだらいいかわからないような状況。しかも四階。仕方ないから積める物から積込んでどうにか積込んで、部屋の掃除をして帰路に着いたのが午後4時、この5時間の間にエレベーターの無い四階から何度上がったり下りたりしたことか?途中、気分が悪くなったりしましたが、いつ降り出すか分からない空を見ていると休憩することも出来ませんでした。幸いに雨も三木あたりで10分くらい・・・それから岡山までは雨に会いませんでした、さすがに岡山からは降られましたがどうにか無事帰ることが出来ました。翌30日は大雨。当初は30日に引越し予定でしたが、天気予報で急遽29日に変更これが幸いしました。
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ちょっとまとめ書き 2

2011-11-21 20:21:43 | 陸上競技のこと
 少し前になりますが・・・11月の6日、岡山県の高校駅伝大会が開催されました。母校の興譲館高校の女子陸上競技部は暮れの京都で行なわれる全国大会へ予選会でのランキング1位の記録で出場権を獲得しました。男子は残念ながら3位と惨敗しましたが・・・前日より高校時代の同じ釜のめしを喰った仲間、陸上部の同級生が、邑久から長島、御調から後藤、金浦から前川、地元は佃と私の5人が集まって昔話に花を咲かせました。翌朝、13年前、交通事故で亡くなった矢掛の佐藤誠一郎のお家へ行ってお墓参り。昨年は家まで行ったけど、留守でしたが、今回は、お母さんがいらして・・・だからちゃんとお墓参りができました。来年は何人増えるだろうか?
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いのししが出ました

2011-11-21 20:03:51 | Weblog
 昨日、いのししが出ました。いのししを見ることはよくあることですが、それは夕方から夜に車で出くわすことが多いのですが、昨日は午後3時くらいでしたか、マキストーブのマキの木を運んでいたら、事務所の裏の土手道をいのししがこっちに向かって歩いてきていました。クラクションを鳴らしても逃げる素振りも見せずにゆうゆうと、けっこう大きないのししでした。それにしてもこんな時間にいのししと出くわすとは、本当にびっくりしました。
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10月のマンスリー

2011-11-09 21:04:24 | Weblog
   わっしょい
 ひと月ほど前、公民館長の原さんが、「今年の祭は、子供御神輿を担ごうと思うから、担ぎ手として協力してほしい」と言ってきた。自分が知っている限り40年以上、佐原地区において御神輿は担がれることが無かったのではないか?小学校の低学年の頃までは御神輿が担がれていたという記憶はあるのだが・・・
 30年前、帰って来たその年の祭に驚いた。祭の主体は公民館になっていた。公民館にみんなが集まって、子供会から2〜3人、大人が2人鬼に扮して・・・
 昔の御神輿は無くなって、子供神輿を台車に載せてみんなで引っ張る。先導車からは炭坑節をはじめとする曲にあわせて季節外れの盆踊り?を踊りながら小さな佐原の街を歩いた。公民館行事としての秋祭に違和感を覚えた。
 小学生の頃、男の子はみんな、秋祭りの鬼になるのが嬉しくて、2〜3人なんてことはない、ほとんどの男の子は鬼に扮して街を駆け回った。そして、高度経済成長と共にそんな祭は、今は昔となり、公民館が主体とならなければ、祭自体が運営出来ない状況に・・・そんな活気のない祭が続いていた。
 一昨年、昨年と私が公民館長を仰せつかった時も前年踏襲。御神輿を担ごうなんて思いもしなかった。30年前、抱いた違和感はどこかに飛んでいっていた。それを原さんが「今年は御神輿を担ごう。是非、協力して欲しい」と。
担ぎ手は集まった、子供神輿だから、8人もいれば担ぐことができる。原さんの「ワッショイ」の掛け声とともに神輿が動き出す。「ワッショイ、ワッショイ」神輿が揺れる。「ワッショイ」の掛け声に合わせて神輿を大きく揺さぶる、前方の担ぎ手の肩に神輿が食い込む、それでも揺さぶる、「ワッショイ、ワッショイ」の掛け声が心地よい。天神様が、黒丸様が、秋祭りの神様が喜んでくれている。
20年ほど前、井原JCに在籍していた時、日本三代奇祭の一つ、西大寺の裸祭に参加したことがある。極寒の2月、第三土曜日の深夜、さらしの廻しに白足袋姿で街に繰り出す。しかも境内の池の中へ入って水垢離をする。クソ寒いのにとイヤイヤ参加した祭だったが「ワッショイ、ワッショイ」と肩を組んで掛け声でも張り上げなきゃやってられない。西大寺の街をみんなで練り歩きながら「これが祭りだ。男の祭りだ」と感動したことが思い出された。
片や日本を代表する祭、片や小さな小さなどこの街にでもあるような秋祭り、子供神輿とは云え「ワッショイ、ワッショイ」と掛け声を張り上げなきゃやってられない。神輿は動かない。子供神輿を大人が担いだ。40年以上佐原地区では担がれることが無かった御神輿を担いだ。「ワッショイ、ワッショイ」とみんなで声を張り上げた。それだけで、絆が深まったような・・・これが祭りだ!
   2011年10月28日             笹原 真二
追伸 東日本大震災で山車を流されたりと、被災した多くの街で夏祭りは開かれた。あの状況の中でのお祭り。神輿を担いでみて改めてその意義を感じた。
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