甍の上で

株式会社創瓦 社長 笹原真二のブログです。

昭和の歌

2015-04-28 20:27:39 | Weblog
    昭和の歌
 昭和の歌と冠した歌番組がいつの間にか好きになっていった。中でも好きになったのが青江三奈の歌で「伊勢佐木町ブルース」「夜の池袋」「長崎ブルース」歌詞は途切れ途切れにしか出て来ないものの「花散る夜を惜しむよに 伊勢崎あたりに灯りが燈る・・・」「どうせ気まぐれ東京の夜の池袋・・・」「どうすりゃいいのさ思案橋 丸山せつない恋灯り・・・」と口遊むようになっていた。
 どの歌も小学生のころの歌でムード歌謡、演歌?に分類されていた歌。青春ソングでもない。どこかの引き出しに仕舞い込まれていた歌がいつの間にか出てきた?2000年、癌で亡くなった青江三奈はいつもロングドレスを着て歌っていた。演歌歌手は今も昔も和服を着て歌うのが定番だったのだが・・・銀座の銀巴里などでジャズやブルースを歌っていたという彼女、頭は金髪に染めロングドレスで歌っていた。だから演歌に分類されていたけど、少し違和感があった。
4月4日、福山のホームセンターに行くと、昭和の歌を特売しているコーナーに青江三奈のCDがあった。何回かレコードショップにも足を運んだのだが、青江三奈のCDなど無かった。しかし、ピンクレディー、キャンディ―ズ、小柳ルミ子等々と並んでいた。
 以来、毎日、事務所でCDを聴いては一人で悦に入っていたのだが、インターネットで青江三奈を検索、亡くなる3年前のステージが、you tubeで流されているのを見つけた。これが良い。本当に良いのだ。情感豊かに丁寧に歌い上げる。彼女が生きていたらこんなステージを見てみたいと思うくらいだ。まさか、青江三奈にハマるとは思ってもいなかった、自分でも不思議に思う。
 以前、雑誌致知に、小学校で音楽の時間に唱歌を教えなくなってきたという記事があったが、比喩する対象が少し違うのかもしれないが、今の歌謡界にもある意味同じようなことが言えるのではないかとさえ思う。リズムやテンポの良い歌が主流になって、情感豊かに歌う歌が少なってきているように思える。
歌が時代を表すのか?時代が歌を作るのか?昭和30年代、40年代、50年代それぞれ違うのだが聴いていると安堵するような懐かしさがある。そんなことを感じるのは年齢をとってきたということなのかもしれないが・・・
2年前の7月、呉での16歳の少女殺人事件以来、今年に入って、川崎の村上亮太君殺害事件、多摩川の事件、そして先日の千葉の事件と、少年少女による殺人事件が後を絶たない状況になっている。日々の生活の中で、童謡、唱歌、昭和の歌謡曲のような情感豊かな歌を聴いて育っていたなら、違っていたのではないかとさえ思ったりもする。  2015年4月28日     笹原 真二
追伸   TVドラマでも「水戸黄門」が復活してほしいものだ。「人生、楽ありゃ、苦もあるさ、涙の後には虹も出る。歩いて行くんだしっかりと、自分の道を踏みしめて・・・」これも年齢のせいだろうか・・・
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事務所にて

2015-04-15 19:19:46 | Weblog
 仕事から帰って、事務所で、先日買った青江三奈のCDを聴いています。2年くらい前から、伊勢佐木町ブルース、池袋の夜、長崎ブルースが聴きたくて・・・思い出したころにレコード屋さんに行くんだけど無くて、4日、福山の妙政寺のとなりにあるホームセンターのダイキに行くと、天地真理とかピンクレディーとかいろいろあったその中に青江美奈ベストというCDが。すぐ買って、それ以来、夜事務所に帰ると聴いています。まさか自分が青江見三奈の歌をこんなに好きになるとは思わなかったのですが、自分でもびっくりしていますが、テレビなんかでも、「昭和の歌」というような番組が好きになってきました。そういう年齢になってきたのでしょうか・・・
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昨夜から雨、明日も・

2015-04-13 06:40:28 | Weblog
 昨夜から雨が今日の5時頃はかなり強く降っていました。明日も残りそうです。
 昨日は、福山の妙政寺の仕事の応援に来てもらっている岐阜の島塚さん、西垣さんと高梁市の吹屋ふるさと村へ行ってきました。まず備中町の鶴見さんの代官屋敷にある祠堂の屋根を観て、吹屋の重要文化財広兼邸へここはやはり妙政寺の応援に来てもらっちる矢掛の片岡洋瓦の広兼篤君のおじいさんの実家で、篤ちゃんは直径のひ孫になります。今年、広兼邸の修理をするということをニュースで聞いていたので、そんな仕事は是非、広兼篤ちゃんが携わるのが良いのではないか、広兼邸のご先祖様も喜ばれると、受付の人に言うと「そんな人がいるんですか?」と・・・島塚さんなんかは「まるでお城ですね」と「そう世が世なら篤ちゃんは殿様ですよ」と話しながら散策しました。そのあとは、やはり重要文化財の2年くらい前まで小学生が通っていた旧吹屋小学校へ1847年に建てられた明治期の建物。NHKの連続ドラマ「ありがとう」で杏が演じたメイコが子供時代通った小学校のロケ地、だから杏は来てはいないのですが・・・放送されたとき、すぐ吹屋小学校だとわかりました。吹屋の町はベンガラ色の壁、柱、垂木、屋根板もすべてベンガラの赤い色、瓦は石州の来待瓦の流れをくむ赤茶けいた釉薬が窯変した瓦だからこの町に入ると江戸末期から明治時代にタイムスリップした感じになります。
 その後、新見の石蟹という駅の前にある新井さんという焼肉屋さんへ行ってホルモンうどんをここのホルモンうどんは韓国風の味付けで本当においしいんです。新見に行くことがあったら、是非寄っていただいてみてください。最近は85歳になるお母さんの具合がもう一つということで、月火水は休んで木金土日だけの営業とのことでした。木は夕方から金土日はお昼も営業しているとのことでした。
 ホルモンうどんで腹を起こしてから高梁に戻って日本一高いところにあるお城、備中松山城へ700mの山道を歩いて登城しました。昔の人は麓から歩いて、上がるだけで1時間はかかったのではないでしょうか?けっこう観光客も多く20年くらい前ほとんど観光客もいなかったのですが、高梁JCが作っていた紙芝居のビデオ、備中騒乱が流れていたのでつい見入ってしまいました。良いビデオでした。
 午前9時前に出て帰ったのが午後3時過ぎ島塚さんたちには「岡山の休日」を楽しんでもらったつもりですが、少々ハードだったかな・・・
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9日連続の雨。

2015-04-10 13:13:24 | Weblog
 昨日は予報通り1日中雨。今日も夜明け前というよりか夜半を回ったころまで雨が降っていたみたいですね。だから9日連続雨のようです。9日連続で雨が降ったなんて記憶はないですね。今年の3月は4日降っただけで、3月の4日というのも少しおかしいですね。3月はやはり10日くらいは降りますから・・・今日は気温も20度位まで上がるみたいです。昨日はけっこう寒かったので、槇ストーブに火を入れました。
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6日連続で雨が降ったみたいです。

2015-04-08 07:00:47 | Weblog
 昨夜、寒かったですね。お風呂に入って気持ちの良いこと、湯船に浸かったまま身体が温まるまで出ることが出来なかったです。今日も冷えると予報で言ってましたが、夜明け前に昨日と同様、雨が降ったみたいです。水たまりができていました。これで6日連続で雨が降ったことになります。親方天気もありましたから、実質被害?は1日半。晴天産業の宿命です。今日の日中、明日と晴れるみたいですが、また金曜日の午後から傘マークが、来週に入ってもすっきりしない予報が出ています。
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花冷え

2015-04-07 22:48:59 | Weblog
 結果、5日連続で雨が降りました。3日が午前10時頃から、土曜日の4日は日中は仕事をさせてくれましたが夜は雨。日曜日が午前9時頃まで、昼過ぎには青空も出ていたのに。3時くらいから鉛色の空になって夜は雨。昨日はほぼ1日雨、今日も夜明け前は降っていたみたいです。そのせいか寒かったですね。桜の花も雨でかなり散ったようですが、今日の花冷えで、散るのが少し遅くなる。桜の花にとっては、短い花の命がほんの少し長くなると、ニュースで言ってました。明日もまた一段と冷えるようです。
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