甍の上で

株式会社創瓦 社長 笹原真二のブログです。

春が来た 桜も咲いた 木蓮も あとはツバメの 里帰り

2023-03-28 21:09:33 | Weblog
  高野山、お礼参りの旅
 
 令和1年GWの4月29日月曜日、夜明け前の4時、軽の箱バンで、初めての四国八十八カ所参りに出発した。同行者のお袋は15回目。7時過ぎ、1番霊山寺(徳島市)に着いた。早速忘れ物、輪袈裟と、数珠を購入した。

 本堂、大師堂で、般若心経を読む。読み終えると、次のお寺へ。これをただひたすら繰り返す。
 
 翌30,5月1、2日の三泊四日の旅で徳島、高知を終え、45番岩屋寺(愛媛県美川村)まで、お参りすることが出来た。
 
 11月24日日曜日、4時に起き出発。7時過ぎ46番浄瑠璃寺に着く。境内に落ちていた大きな松ぼっくりを一ついただいていく。この日は63番吉祥寺(愛媛県西条市)までの日帰り。
 
 令和2年2月23日日曜日、寝過ごしてしまい1時間遅れの6時前に出る。昼食の讃岐うどんが出てこない。大きな時間ロスで、75番の善通寺(香川県善通寺市)までとなった。

 3月21日土曜日、5時に出発、6時半には76番金倉寺(香川県多度津町)に着き、7時よりお参り、ただひたすら般若心経を読んでは次のお寺へのお参りを繰り返す。午後4時88番大窪寺(香川県長尾町)にお参り初めてのお四国参りを終えた。四国八十八カ所参りは、どうにか1年で終えることが出来た。

 お大師様巡礼の旅だから、全て真言宗の寺院かと思っていたが、曹洞宗、臨済宗、天台宗などのお寺もある。これも面白いと思いながら、さらには、歩き遍路が多いのに驚かされた。外国の方も結構歩いている。若い人も意外と多い。軽トラにテントを張ってお参りしている人、大きなベンツでお参りしている人も。みんなそれぞれにお参りしている。15回目のお袋は、お四国参りが趣味になっている。でも、そんな気持ちは分るような気がした。自分自身も、般若心経を読んでは、次のお寺へお参りするという事を、繰り返しているだけなのだが、理屈抜きに結構良い気分なっていくことを感じる。

 新型コロナの蔓延で、高野山へのお礼参りは延び延びになった。和歌山県でコロナ患者が16人出たというニュースで「行けない」今、考えれば半分笑ってしまうような判断だが、それが現実だった。

 気がつけば足かけ5年。3月19日日曜日、深夜の3時目が覚める。出発予定の6時には早すぎると思いながらウトウト。再び時計を見ると30分しか経っていない。目は冴えだした。隣の部屋のお袋に「起きている?」と声を掛けると「起きている」「早いけど出よか」で、歯磨き洗顔、熱いお茶を飲んで出発した。
 
 満天の星空の中の4時に出発。笠岡インターから山陽道に乗った。空が少しずつ明るくなり出したのは兵庫県に入ってしばらくしてから。
阪神高速で神戸大阪を抜けた6時半頃は走る車も少なく、文字通り高速で走り抜けることが出来た。余裕をもって車線変更も、極めて順調に進んだ。

 お袋が6時間掛かると言っていたのだが、ナビの案内、道路事情も良くなっていたこともあり、出発してから4時間半後の8時半に高野山に到着した。
少し肌寒い中、奥の院へ。入るなり岡山池田家、津山森家の廟が。大名家の廟には、大きな五輪塔が建っている。鬱蒼と大きな杉の古木が林立する中、あちらこちらに伊達家、島津家、豊臣家、徳川家を始めとする戦国大名の廟が立てられている。薄く朝靄が立ちこめる幽玄な雰囲気の中、片道1.5㎞はあるだろうか、1時間半掛けて90歳になるお袋とお参りした。

 伊勢神宮の雰囲気とは全く違うのだが、伊勢神宮と同様に日本の聖地だと感じた。外国人のお参りの方も大勢いた、目が合って頭を下げると「good、morning」とあいさつが返ってくる。日本の聖地をどう感じたのか聞いてみたくなる。

 高野山で、昼食を取り12時過ぎ奈良の天川神社を目指して出発。ナビの言うとおり。だが、何処をどう通っているのかは分らない。吉野杉だろう、杉林の山間の細い道を走る。銘木屋がその細い道の脇に結構ある。家づくりも変わって来ている。さらにはこの不景気の中、ちゃんと商売出来ているのかなどと、いらぬ詮索をつきながら走った。さすが4時起きが効いてきた。眠くなり15分ほど車中で仮眠。天河神社には2時過ぎに予定通り到着。

 この天河神社には、30年程前、名古屋の江場さんに誘ってもらって来たことがあった。南朝の御所がこの,天川神社のそばにあったという。四方山に囲まれた神秘的な雰囲気。地形のせいなのか?聖地だからなのか空気が違うように感じられる場所。だからずっとここ天河に来たかった。それが叶った。それが嬉しくて、江場さんに電話した。「江場さんも、是非、天川へ来てください!」と。

 この日、泊まったのは天川村の洞川(どろがわ)温泉。標高800mに位置する。洞川温泉には、大峰山信仰の行者の宿がいっぱいある。中には創業500年を超える宿もあるという。洞川の全ての旅館が木造の古そうな旅館。各旅館の前には、行者の講が寄贈した提灯がいっぱいぶら下がっている。夜になれば提灯に灯が灯り、なんとも言えない幽玄な雰囲気を醸し出す。洞川温泉は行者の講で持っていると言っても過言ではない。泊まったのは江戸末期から続く桝源旅館。桝源に掛かっている講の札は100を超える。約75%の講が、今も来てくれているという。5人の講もあれば、200人の講もあるという。

 こうやって、今の時代にも、こんな講が存続していることが、とても素敵なことに感じられた。講には信仰を超えたものがあるんじゃないかと。
20日、月曜日、橿原神宮にお参りして、奈良の春日大社、東大寺の辺りを通り、聖地巡礼の旅の仕上げは京都。2月、妹のところに孫が生まれた。お袋にとって、初めての曾孫。その曾孫との対面が聖地巡礼の仕上げとなった。  

                                             令和5年3月28日              笹原 真二
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする