読書日和

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「つぼみ」宮下奈都

2017-09-17 21:18:22 | 小説


今回ご紹介するのは「つぼみ」(著:宮下奈都)です。

-----内容-----
まだ何者でもない、何者になるのかもわからない、わたしの、あなたの、世界のはじまり。
『スコーレNo.4』の女たちはひたむきに花と向き合う。
凛として、たおやかに、6つのこれからの物語。

-----感想-----
※「スコーレNo.4」の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。
※「スコーレNo.4 -再読-」 の感想記事をご覧になる方はこちらをどうぞ。

この作品は書店員さん達から大きな支持を集めた「スコーレNo.4」の番外編が収録されている短編集です。
とても静かで瑞々しくて印象的な作品だったので、今回この短編集が出ているのを見つけてさっそく読んでみました。
最初の三話が「スコーレNo.4」の番外編です。

「手を挙げて」
語り手は麻子と七葉と紗英の母、里子の妹の和歌子です。
「姉には小学生になった娘たちがいる。」とあったので、「スコーレNo.4」の「No.1」よりも少し前の物語のようです。
二人の母は亡くなり、父は病でベッドに臥しているとありました。

父親を見舞った病院からの帰り道、二人は住宅展示場に寄ります。
その時の「玄関のドアを開けたところに男が立っていた。簡単に覗いて帰れるわけじゃなかった。面白半分で立ち寄ってみたら、床に粘着テープが仕掛けられていたような感じ。」という表現は面白い表現だと思いました。
すぐに引き返そうとしてもその粘着テープを振り払うのに時間がかかってしまうのだと思います。

和歌子のアパートのすぐ近くに史生(ふみお)という人が引っ越してきて、二人は付き合うようになります。
すると史生の母親が偵察にやってきます。
和歌子の部屋に史生と史生の母親が寄るのですが、そこでの母親と和歌子の会話を見ると、この母親は嫌な性格をしているなと思いました。
そして母親と和歌子の会話には穏やかでありながら緊迫感のある独特な雰囲気がありました。

里子は何でもよくできる凄い人です。
そんな里子に対して和歌子は姉のような力はないですが、何かに打ち込むことがない分自由だと思っていました。
ただ、後にその思いを改めることになります。
力がなければ自由だと、何もない自分から逃げていた。私には投げ出したり失ったりするものがない。私でなければならないことなんて何もないのだ。地道に華道を続け、曲がりなりにも師範の免状をもらったのは姉への謝罪のつもりもあったような気がする。
「私でなければならないことなんて何もないのだ。」は重い言葉で、これを受け止めるとしんみりした気持ちになるかと思います。
そして受け止めたことによって和歌子は華道の講師として活躍していて、何かの節目に自分自身のことを見つめるのは大事だと思います。


「あのひとの娘」
語り手は美奈子という45、6歳くらいの女性で、冒頭、高校一年生になった紗英が美奈子の活け花教室に入るところから物語が始まります。
美奈子はかつて紗英の父親、津川泰郎に恋をしていました。

高校一年生の5月、美奈子は同じクラスの森山太郎という男友達から同じく同じクラスの泰郎のことを聞き、泰郎に興味を持つようになります。
やがて美奈子は泰郎と話をするようになります。
そして付き合うのですが徐々にずれを感じるようになり、高校三年生の夏に別れます。
ただ美奈子はいずれ二人はまたよりを戻せると漠然と信じていました。

大学を卒業して何年か経った頃、森山太郎から泰郎が婚約したと聞きます。
さらにその後、森山太郎から今度は子供が生まれそうだと聞いた時、美奈子は初めてもう取り返しがつかないことを悟ります。
まだ間に合う、まだ間に合う、と思おうとしてきた。ほんとうはもうずっと前に終わっていたのだ。私はそれを知っていた。ただ、それでもどこかに細い糸が繋がっていると思いたかったのだ。
もう終わっていることに気づいていてもまだ大丈夫だと思っていたいのは、気持ちに整理がつけられず、未練を引きずっているということです。
気持ちに整理をつけるのはそう簡単なことではなく、何年も引きずってしまうこともあると思います。
そしてある時、何かのきっかけでついに整理をつけられるのだと思います。

美奈子は紗英について「かわいらしいお嬢さんだが、あのひとの娘だといわれると物足りない。」と胸中で語っていました。
また、紗英が泰郎と似ていないことに安堵し「あのひとを彷彿とさせる娘と毎週顔を合わせることになったら、心乱れることもあるんじゃないか。」とも語っていて、どうやら泰郎への思いが完全に無くなったわけではないようです。
しかし紗英の屈託のない笑顔と言葉に美奈子も未練が浄化されたすっきりとした気持ちになりました。
この話は終わり方がとても良くて、読んでいて心が明るくなりました。


「まだまだ、」
紗英が語り手です。
紗英は活け花教室で中学の同級生だった朝倉君がいるのを見かけ、帰りに声をかけます。
紗英が「朝倉くんの花、すごくよかった」と言うと、朝倉君は「いや、まだまだだよ」と言っていたのですが、紗英はまだまだという言葉が凄く気になっていました。
次の活け花教室で紗英が凄い勢いで「どうしてまだまだだと分かるのか」と問い詰めると、紗英を活け花教室に誘ってくれた友達の紺野千尋にたしなめられていました。
「スコーレNo.4」では家族から「紗英はお豆さんだからね」と言われ小さな可愛い子供扱いでしたが、高校生になる頃にはかなり活発になっていたようです。

紗英と朝倉君が並んで歩きながら帰る時、朝倉君が「せっかくなんだから、やめるなよ」と声をかけてきます。
紗英はこの言葉の深い意味を考え、「せっかく始めたんだから、やめるなよ。せっかく面白くなってきたんだから、やめるなよ。せっかく会えるんだから、やめるなよ。」と考えていき、一番自身に都合の良い「せっかく会えるんだから、やめるなよ。」を選んでいたのが面白かったです。

紗英は朝倉君の「まだまだ」という言葉を意識して自身ももっと良い活け花をしようと試行錯誤するのですが、型がかなり乱れてしまったため美奈子先生からきつく注意されます。
そしてどうすればもっと良い活け花ができるのか行き詰まってしまいます。

「型」のとおりにやることを嫌う紗英ですが、家で母、祖母、姉の七葉と話している時に「型」の大事さを知ることになります。
中でも祖母の言った言葉は印象的でした。
「型があるから自由になれるんだ」
「型があんたを助けてくれるんだよ」
「いちばんを突き詰めていくと、これしかない、というところに行きあたる。それが型というものだと私は思ってるよ」

これらの言葉を見て、「型どおり」は決してつまらなくはないと思いました。
型を身につけているからそれが寄る辺となり、そこからアレンジを加えたりができるようになるのだと思います。

朝倉君と紗英が歩いていると七葉に遭遇する場面があります。
「朝倉くん、姉の七葉」
振り向いてびっくりした。朝倉くんが顔を真っ赤にしている。ああ。こういうことは何度もあった。まったく、なのちゃんはこれだからだめだ。いや、だめなのは朝倉くんだ。

5歳年上の七葉は物凄い美人で常に人々の中心にいるような人で、いつも見とれてしまう人が多いです。
朝倉君もそうなっていることに紗英が不機嫌になり、姉の駄目なところを次々挙げていたのが面白かったです。


「晴れた日に生まれたこども」
語り手は晴子という24歳の女性です。
晴彦という二つ年下の弟がいて、二人とも晴れた日に生まれてきたため名前に「晴」の字が入っています。
お互いのことは晴の字を除いて「コー」「彦」と呼び合っています。
晴彦は高校を辞め、勤めた会社もすぐ辞めて、アルバイトもいくつか変わり、その後もずっとふらふらしているとありました。
晴子のほうは大学を出て薬の卸問屋に就職して事務の仕事をしています。

ある日晴彦は自身にお客を呼ぶ能力があることに気づき、そのことを晴子に打ち明けます。
今までどんなアルバイトでも晴彦が入ると途端に忙しくなり、自身がいると人が来ることに気づいたと言うのです。
晴子も晴彦と一緒にいると行く先々で空いていても途端に人が増えて混雑することに思い至ります。
本当かどうかは分かりませんが晴彦は自身の持つこの力を使ってスワンというレストランでアルバイトを始めます。

晴子は昔からよく晴彦の世話を焼き、今回も妙な力を語りアルバイトを始めた晴彦を心配していました。
二人の母親は「コーが彦の話を聞いてくれるうちは安心」と言い、晴子をとても信頼しています。
晴子は晴彦の不甲斐なさに憤ることもあれば心配になってアルバイト先に様子を見に行ったりもし、かなり振り回されている印象があります。

晴彦が父親が母親に話しているのを聞いたという言葉は印象的でした。
どっちに進んでいいのかわからなくなったときは、後悔しないようにって考えるから選べなくなる。ほんとうに迷って切羽詰まったら、少しでも心地いいほうへ進め。
この言葉のとおりに生きてきた結果が今の晴彦のため、晴子は不服な思いでこの言葉を聞いていました。
ただし常に後悔しないように慎重に生きてきた晴子はこの言葉を少し眩しく感じてもいました。
たしかになかなか選べなくて困った時は少しでも心地よく生きられそうなほうを選ぶのが良さそうです。


「なつかしいひと」
語り手は園田太一という中学生です。
東京で暮らしていたのですが母親が亡くなったため、残された父親、太一、妹の菜月は九州にある母親の両親の家に身を寄せます。

母親が亡くなって悲嘆している太一は新しい中学校では周りに話しかけようとも思わず、一人で過ごしています。
ある日太一が本屋に行くと女の子に遭遇します。
園田が通っている中学校とは違う制服を着ていて、園田のことを気にしているようでした。
この女の子は中村と名乗り、お薦めの本を教えてくれ太一もそれを読んでいき、二人は仲良くなります。

クラスで上別府という活発な男子が太一に話しかけてきます。
上別府は太一が本屋で本を買っているのを見ていて、太一は中村と一緒に居るところを見られたと思い気まずくなりますが、買っていた本の話がきっかけで上別府と仲良くなります。
太一の新しい中学校で初めてできた友達です。

やがて中村という女の子の正体が分かります。
予想どおりだったのですが、中村の太一に対する温かみのある対応と言葉には物凄い包容力を感じました。


「ヒロミの旦那のやさおとこ」
美波という女性が語り手です。
冒頭、美波が夜に岡村ヒロミの家の前を通りかかると、古い白い車が家の前に停まっていました。
誰もいないかと思いきや助手席で優男が煙草を吸いながらくつろいでいて、美波が家に帰って母親にあの男は誰だろうと聞くと、どうやらヒロミの旦那らしいことが分かります。

美波は三好知花(みよっちゃん)という小学校の同級生に電話をします。
三人は小学校六年間同じクラスでした。
二人の会話ではヒロミはドラと呼ばれていて、声がドラ声だからか、態度がドラ猫然としているからか、ドラと呼ばれるようになりました。

中学校時代の回想で、「人の悪口はいう必要がなかった。気に入らない子がいればほとんどその場でけりをつけたからだ(なにしろヒロミはめっぽう喧嘩が強かった)。」とありました。
中学校内ではヒロミについて様々な物騒な噂が流れ、物凄く危険な人物なのではという気がしました。
ただしヒロミ、美波、知花の三人は変わらず仲良しで三人でいつも一緒にいました。

ヒロミは20歳の時に家を出て、それきり音沙汰がなくなっていました。
そして今回10年ぶりに帰ってきたので、美波達は30歳のようです。

雨の降るある日、美波は駅前のロータリーでヒロミの旦那の優男に声をかけられます。
優男は何と「ヒロミがいなくなってしまったから探すのを手伝ってほしい」と言ってきます。
豪胆なヒロミらしくもなく置き手紙を残し、ヒロミはどこかに行ってしまいました。
美波は知花と一緒に優男に協力してヒロミを探すことにします。
美波は優男の話を聞いているうちに不信感を持ち、そして優男は何かを隠していると思うようになります。
そもそもヒロミなら、自分が消えるよりも相手に消えてもらうほうが手っ取り早いと考えただろう。
美波のこの考えはヒロミをとことん物騒な人物と扱っていて面白かったです。
ただし豪胆なヒロミにも深刻に悩むことがあるのが読んでいくとよく分かります。


この短編集は今まで読んできた宮下奈都さんの作品とは雰囲気が違っていて、会話と文章の軽妙さが印象的でした。
特に最後の「ヒロミの旦那のやさおとこ」は笑ってしまうような会話と文章がたくさんあり、普段の宮下奈都さんとは違う一面が見られて新鮮でした。
短編は2006年から2012年に書かれたもので、宮下奈都さんといえば静謐で澄んだ文章が特徴なのですが、違う文章を書くこともあるのだなと思いました。
またどこかでそんな文章を読むことがあれば楽しくなりながら読みたいと思います。


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2 コメント

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Unknown (ビオラ)
2017-09-20 23:55:17
今晩は~。

「晴れた日に生まれたこども」
同じような条件下(同じ両親の元に生まれ、生まれた日は晴れた日であった)で生まれても、兄弟姉妹の立場やその時の環境の違いによって、兄弟姉妹でも、性格も違うし、進む道も違ったり。
進むべき道を決める時は、最終的には、勘と言うものが役に立つ場合も結構ありますが、その前に、将来の目的ややりたい事を明確にしておく事、就きたいと思う仕事先の情報を収集&観察しておいたり・・・が大切。
こうして新しい道に進む前に、十分な準備をしておくと、必然的に道が見えてくるような気がします。

イメージとしては、兄弟姉妹の名前に同じ文字が入っていると、何となくつながっている感がして、やはり姉の場合だと、どうしても弟の事が心配になるかもしれませんね。

晴彦さんのような方は、安定した自分の居場所に、なるべく早く出会えると良いなと思います~
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ビオラさんへ (はまかぜ)
2017-09-23 22:16:05
こんばんは
兄弟姉妹でも性格は全然違うことがよくありますね。
私の兄弟もそれぞれ違っています。

将来の目的ややりたい事を明確にしておく事は、進学や就職活動の指導でもよく聞きますが、明確にするのはなかなか大変なことでもあります。
自分自身の特徴をよく知ることが大事ですね。

晴彦はなかなか安定した居場所を見つけられずにいますが、一貫して接客業をしているという特徴があります。
自分自身に向いている業界ということだと思うので、接客業で居場所を見つけられれば良いなと思います。
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