読書日和

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「わたしたちは銀のフォークと薬を手にして」島本理生

2017-06-17 22:56:50 | 小説


今回ご紹介するのは「わたしたちは銀のフォークと薬を手にして」(著:島本理生)です。

-----内容-----
限られた時間。
たった一度の出会い。
一緒に焼き鳥が食べられるって、一緒に生きていけるくらい大切なことなのかもしれない(知世)。
がんばったな、わたし。不毛な恋愛しながら、毎日会社に通って、笑ってお茶汲んで(茉奈)。
結婚して子供もいる。欲しかったものは全て手に入れたはずなのに(知夏)。
どうして人生には、結婚以外の正解が用意されていないのだろう(真澄)。
特別じゃないわたしたちの、特別な日常。

-----感想-----
12編による連作短編になっています。
季節は春、最初の語り手は石井知世(ちせ)で年齢は30歳です。
久々に出勤のない土曜日、椎名さんという男性から蟹鍋の誘いが来るところから物語が始まります。
知世は思い切って誘いを受けます。
知世は仕事で重大なミスをして落ち込んでいました。

椎名とは月に二回くらいデートしています。
ただし付き合っているわけではなく、知世は周りにいるちょっと良い感じの女友達の一人と扱われているのだろうと思っています。

椎名に誘われて江の島にドライブに行きます。
桜を見て生しらす丼を食べようと言っていました。
お店で生しらす丼を食べていると友達の茉奈からメールが来ます。
本の帯に名前があったので物語が進むと茉奈の話もあるのかなと思いました。

知世は椎名のことが好きになりますが、椎名の方は付き合うことに乗り気ではないです。
なぜなのかと知世が言うと、椎名は自身がエイズであることを告白します。
島本理生さんの小説では女性が深刻な目に遭うことがよくありますが、男性は珍しいなと思いました。
知世は戸惑いますが椎名への恋心は変わらないです。

知世が初めて椎名と会った時のことを思い出して椎名の雰囲気について胸中で語っていました。
そう、本当に明るかったのだ。まるで降りかかるつらい出来事なんて、すいすいかわして生きてきたみたいに。
知世が最初に椎名と話した時の印象はこのように明るく悩みなどないように見えていましたが、実際にはエイズという難病を抱えていました。
明るい人が何も悩んでいないとは限らないということです。

次は雨の降る6月に新宿でのデートになります。
椎名とご飯を食べていると茉奈からメールが来て、デートの後は四ツ谷に行って茉奈と飯田ちゃんという女友達に会います。
この三人はとても仲が良くてよく一緒に飲みに行ったり恋愛相談をしたりしています。

梅雨明けが近づいた頃、大阪に出張することになった椎名に誘われ知世も大阪に行きます。
本当はこの日が誕生日の知世のために夕方から都内のフレンチのお店に行くことになっていたのですが椎名が急遽大阪に出張になったため、知世の誕生日祝いを大阪でしてくれることになりました。
しかし大阪で知世は椎名が病気になった過去のことを話してくれないことへの我慢などによる気持ちの緊張状態が限界になります。
どうして良いか分からなくなって茉奈と飯田ちゃんにメールしかけた知世はとっさに飯田ちゃんだけにメールをしていました。
これは茉奈のことを信じていないわけではなく、友達にもそれぞれ性格があり、性格による向き不向きがあるからだと思います。
茉奈は直情型の性格なので知世がどうして良いか分からないというメールをすれば一緒に感情移入して混乱するかも知れないため、冷静な性格の飯田ちゃんだけにメールをしたのだと思います。
電話をかけてきた飯田ちゃんが椎名と話し、知世の「昔から我慢しすぎて突然嫌になるタイプ」という性格を椎名に言ってくれていました。
良い友達だと思います。

知世の次の言葉はとても印象的でした。
たくさんのよけいなことを考えて、いくつもの現実をこなさなければならない。私たちは、そういう生き物だ。
人間はそういう生き物ということです。
私も考えたくなくても余計なことが頭に思い浮かんでくるタイプなのでその煩わしさがよく分かります。

本格的な夏が来る前に知世、茉奈、飯田ちゃんの三人で箱根に旅行に行きます。
三人で温泉旅館の部屋でくつろいでいる時、茉奈が時々会っている会社の先輩の彼女のブログを見ていることが明らかになります。
先輩は彼女と同棲しているのですが茉奈に二股をかけています。
茉奈は先輩の情報を辿っているうちに偶然彼女のブログを見つけ、以来見るようになっています。
茉奈はとても感情移入しやすいタイプで、先輩の彼女がブログに疲れていることを書けば先輩に「もっと大事にしてあげろよ!」と憤り、知世が椎名の病気が重いものだと話したら泣きそうになっていました。

真夏になり知世と椎名は二人で静岡県の大井川鉄道のSLに乗ります。
そしてSLに乗って山の上に行き、そこから山奥の温泉旅館に行きます。
そこで妹の知夏からメールが来て、好戦的で態度の大きい言葉に驚きました。
応対するのにうんざりした知世はスマートフォンの電源を切っていて、姉妹の仲が悪いのが分かりました。

茉奈が語り手になる話があります。
茉奈は事務の仕事をしていて、冒頭で会社の先輩こと三宅と飲んでいます。
三宅は同棲している彼女は静かに家でお花を育てているようなタイプの人なのですが茉奈とは下町の居酒屋に行ったりします。

ある日知世、茉奈、飯田ちゃんの三人が通称「五ツ星」と呼んでいる(店員のイケメン具合が五ツ星とのことです)お店で飲むことになった時、知世が椎名を連れてきます。
飯田ちゃんはファッション誌などの雑誌でフリーライターをしていて、女性同士の時は強気でさばさばした言動が多いのですが男性を前にすると業界慣れしているので気の効いた女に変貌するとあり、椎名にも変貌していました。

茉奈と飯田ちゃんが二人で話していた時に知夏の話題になり、「あの態度のでかい妹」と言っていました。
二人が知世の実家に遊びに行った時、お土産のお菓子を目の前で開け、こちらには一切よこさずにその時遊びに来ていた自分の彼氏と全部食べてしまったとあり、とんでもない人物だなと思いました。

三宅が彼女のことを悪く言い別れるのを考えているようなことを言います。
茉奈は三宅の心境を「体育会系の営業マンなので、美術館の学芸員をして家ではお花を育てたりしている彼女といざ結婚して暮らすとなれば上手くいかないことを薄々悟っている」と予想していました。
そして「それなのにどうしてわたしを選ばないのか、その理由だけが分からない。」と語っていました。
選ばれない理由が何かあるのかもと思いました。
またこの話の中で茉奈の本名は藤島茉奈だと分かりました。

茉奈は結婚相談所に行きます。
三宅に見切りをつけて新たな出会いを求めます。
この結婚相談所の話は茉奈が自身の理想が高すぎることを指摘されて愕然としたり、相談所の斡旋で変な男性が出てきたりして面白かったです。

秋の日曜日、知世と椎名は二人でお昼ご飯にお好み焼きを作ります。
そしてお好み焼きを食べながら、知世が前の奥さんと会いたいと言います。
これは凄い展開だと思いました。
秋が深まった頃、知世は椎名のところに引っ越して同棲します。

飯田が語り手の話になります。
本名は飯田真澄と分かりました。
飯田は中目黒のカフェバーで一緒になったのがきっかけでグラビアアイドルの莉穂と知り合います。
莉穂は「いま六本木でーす。一時間以内にしゅうごうね」というように突然呼び出してくることがよくあり、飯田はそのたびに振り回されていました。

飯田の実家で兄と話す場面があり、「正直さ、ライターの収入だけだと生活できないんだよね」と言っていました。
それもあるので莉穂の勝手な呼び出しにも仕事につながるかも知れないため律儀に応じているのだと思います。
莉穂に呼び出されたバーで飯田は新たに智哉というミュージシャン、桐生という有名な音楽雑誌の編集長と知り合います。
飯田は桐生のことが好きになります。
また莉穂とは予想外に親しくなり、忌憚なく話している様子が良かったです。

瀬戸知夏が語り手の話もあります。
知夏は勝手すぎる自分のことは棚に上げて夫の有君に知世のことを悪く言っていました。
しかし有君はあまり同意はせずに「そこまで言わなくても、いいんじゃないかな」と言っていました。
そんな有君に対し、知夏は最近有君が何を考えているのか分からなくなっているとありました。
これは知夏があまりに好き勝手なことばかり言っているから有君が愛想を尽かし気味なのではと思います。

別の日、向かいの棟の奥さんの悪口と知世の悪口を言う知夏に対し、有君が「前から思ってたけど、知夏って、ちょっと性格悪いと思う」と言います。
この言葉に知夏は衝撃を受けます。

ただし有君が全て正義なわけではなく、ある日知夏は有君のスマートフォンを見て会社の女の人とメールしていることを知ります。
これを見て激怒した知夏は金森という女友達に誘われ自身も浮気に乗り出すようになります。
予想外の展開で一体どんな結末になるのか気になるところでした。

椎名は知世の実家に行って両親に挨拶をし、エイズの病気のことも話そうと考えます。
しかし両親からは交際に猛反発されます。
これは当然とも言える反発で、まず世界的に表向きは「エイズの人を蔑視するのはやめましょう。私達と同じように接しましょう」という意見こそ素晴らしいとみんな口を揃えます。
ところがいざ自分や自分の家族がエイズの人と交際することになった場合は、拒否反応を示す人がかなりいる気がします。
「エイズの人を蔑視するのはやめましょう。私達と同じように接しましょう。ただし自分と自分の家族に接触するのは一切お断り」が心の底にある言葉の本当の姿の気がします。
私も全く拒否反応を示さない自信はないです。
現時点では発症を抑え込むことはできてもウイルス自体を根絶させる特効薬はないので、万が一感染した場合に死ぬかも知れないという恐怖がエイズへの拒否反応につながるのだと思います。
最初に拒否反応が出るのは人間の心としては当然で、そこから気持ちを落ち着けていき、拒否反応と折り合いをつけるのが重要なのではと思います。


椎名が偉いのは、知世がエイズという言葉に拒否反応を示した時にそれが当然のものとして受け止めたことでした。
知世は椎名のエイズという病気について全くの無の境地になるのは無理で不安を感じてはいますが、それでも一緒に暮らしていきたいと思っています。
かなり薬が進歩して発症を抑えられるようになっているとあるので、平穏な暮らしが長く続いていくことを願います。


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コメント (2)
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