東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

国木田独歩生誕150年を祝う記念行事開催 田布施町

2021年07月16日 | ふるさと

 150年前の今日(7月15日)、国木田独歩は生まれました。その生誕150年を祝う記念行事が田布施町のサリジェで開催されました。さて、独歩は150年前に今の千葉県で誕生しました。独歩が生まれる前、父親の専八は千葉沖で難破して地元の娘に助けられたとのこと。専八を介抱し続けたその娘が独歩の母親になったのです。専八には今の兵庫県に正妻がいたために大騒動になったそうです。・・・そんな生誕に関わるお話,独歩の挫折,そして独歩の二重性などについて、興味深く松島先生の講演を聞くことができました。この講演の内容を、10~11月に田布施町郷土館で開催する「国木田独歩生誕150年記念展示会」に生かせたらと思います。また、同じころに開催する独歩関連史跡巡りウォーキングの解説にも生かそうと思っています。

       興味深く聞いた、国木田独歩に関わる松島先生の講演


 私は、国木田独歩が吉見家に仮寓していた事を高校生の頃に知りました。なんと、私は子供の頃に吉見家があった場所によく遊びに行っていたのです。鮮明に覚えている井戸や池が国木田独歩時代の物だと知ってさらに驚きました。また、はげ山だった吉見家の裏山である吉見山や高塔山にもよく登っていました。その頂上から見た景色を、独歩も見たのだと思うと考え深いものがあります。先日、独歩時代の吉見山や高塔山の景色がまだ残っているか探索しました。しかし、山は木々や蔓に覆われており、はげ山だった頃の吉見山や高塔山は残っていませんでした。10~11月の国木田独歩に関わる史跡巡りウォーキングでは、私が子供の頃に登った吉見山や高塔山の解説もしようと思っています。

  田布施町サリジェ     祝う会開催の挨拶     独歩の詞を歌う
  

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農業高校で、原毛(羊)の洗浄体験

2021年07月15日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 いろいろな用事で田布施農工高校に出かけることがあります。春、生物生産科で飼われている羊を見学に行きました。その後、羊の原毛をいただきました。今回、その羊の原毛を洗浄する体験のため田布施農工高校に出かけました。洗浄体験したのは主に食品科の生徒さん達でした。およそ家畜とは縁がない学科の生徒さん達です。そのため、最初は原毛の汚れ,匂い,色,触感にたじろいでいました。私が率先して洗浄して見せたりして、何とか全員が洗浄体験をしました。そして、汚れた原毛は綺麗になりました。次回はさらに原毛を綺麗にして、カーディングする予定です。洗浄体験が終わると、生徒さんが作ったお菓子をいただきながら談笑したり、スピンドルによる糸紡ぎの実演を見ていただきました。

         羊の原毛を丁寧に洗浄している生徒さん達


 洗浄するあたって事前に広いたらい(ベビーバス)や洗剤などを用意していただきました。私の方からは、洗浄した原毛の水をきる籠や干すための網などを用意しました。準備が整うと、洗い場に置いたたらいにお湯を入れた後に洗剤を入れました。そして、原毛をゆっくりと浸して何度も押し洗いしました。その後、汚れたお湯を流して、また新しいお湯をいれて汚れをさらに洗い流しました。それを数回繰り返しました。

   原毛洗浄の準備      汚れを押し洗い    スピンドルの実演
  

 汚れを洗い流している間、大き目のゴミは摘まんで取り除きます。汚れを何度か洗い流していると、だんたん原毛が白く綺麗になりました。最後に網に入れて、風通しが良い日陰で干します。ここまでで、今回の原毛の洗浄体験は終わりです。
 洗浄体験が終わると、生徒さん達が作ったお菓子をいただきながら談笑しました。そして、Kさんにスピンドルによる紡ぎの実演をしてもらいました。スピンドルのよる紡ぎは、私の体験上からも習得がやや難しいです。そのため、生徒さん達には、足踏み紡ぎ器で毛糸を紡いでもらおうかと考えています。

  汚れが落ちて綺麗になった原毛       網に入れて日陰で天日乾燥
  

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光市 峨眉山~室積の史跡巡りウォーキング下見(3/4)

2021年07月14日 | 歴史探訪他ウォーキング

 峨眉山の東端広場の東屋で談笑していると、だんだん天気が好転してきました。青空もちらほら見えてきたため出発することにしました。林の中にある不動明王を見た後、日本百景の記念石碑を見上げました。その後は、ひたすら普賢寺に戻りました。途中、峨眉山護国神社に向かう太鼓橋の下をくぐり、付属小中学校脇の道を通りました。この頃になると、日が射して暑くなりました。そして、普賢寺を正面にした桟橋に出ました。

           桟橋から振り返ると、正面に普賢寺


 海に突き出た桟橋の先端には灯篭が建っていました。その昔、この桟橋が参道の一つだったのではないでしょうか。この桟橋に船が着いて、船から降りた方々は普賢寺に向かったのかも知れません。私が子供の頃、普賢寺のお祭りはとても賑やかでした。いろいろなお店が並んでいました。私は、陸生ヤドカリを売っているお店がお気に入りでした。そのヤドカリを水槽で飼っていたことを思い出します。

 桟橋先端に建つ灯篭     内海沿いを散策     松に囲まれた天満宮
  

 内海の道を歩いていると東屋が見えてきました。その東屋で休憩をとりました。しばらくのんびりした後、再び歩いて松林の中にある天満宮に行きました。地域の方々の公会堂ではないかと思われるような建物がありました。丁寧に掃除されているようで、草が生えていませんでした。代わりに松の根がうねうねと地上を這っていました。

       天満宮内の祠           道脇の立派な祠
 

 さて、天満宮で立ったまま休憩すると、今度は海商通りを通って普賢寺に戻ることにしました。道を通っていると、個人経営のお店がところどころ並んでいました。しかしながら、開けているお店は少なかったです。今の時期はお客さんが少ないのでしょう。特に今はコロナで客足が絶えているでしょうから。

        今回下見をした峨眉山~室積街の史跡巡りコース



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なかなか終わらない梅雨、アジサイだけが元気に咲く

2021年07月13日 | 樹木,果樹

 我家周辺には何種類かのアジサイが植えてあります。梅雨の時期の今、アジサイたちは元気に花を咲かせています。アジサイと言うと、昔は一種類しかなかったように思います。しかし、今はいろいろな品種が開発されたようです。我家には、花柄の周辺だけ花が咲く品種(原種に近い?)が一番多く植えてあります。よく成長するため、道を横切るように伸びます。そのため、冬に剪定を兼ねて枝を切って短くします。

       花柄の周辺だけ花が咲く品種(原種に近い?)のアジサイ


 アジサイは、元々は日本が原産のようです。幕末期にヨーロッパに渡って花が綺麗にしかも大きく咲くように改良されたとか。そういえば、山を歩いているとアジサイを小さくしたような樹が生えていることがあります。その品種が改良されて、日本に里帰りしたようです。野山に当たり前に生えていた原種が、これほどまでの園芸品種になったとは驚きです。

 昔よくあったアジサイ   やや赤みがった花色     花柄が大きなタイプ
  

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毛糸布の織り模様をいろいろと試行

2021年07月12日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 今、リジット織機で横糸のパータンをいろいろ変えてどんな模様ができるか試しています。経糸を誤って単糸にしてしまったため、当初は糸がもつれたり切れたりと散々でした。友達のKさんにいろいろアドバイスしていただき切り抜けました。それ以降、経糸が切れたり絡まるトラブルは無くなりました。ところで、去年は単なるチェック模様を織りましたが、斜め模様、菱形模様、横筋模様、疑似亀甲模様などを織ってみました。経糸が残り少なくなったため、最後に斜めチェック模様にして終わりにしようと思います。また、フリンジ加工はKさんに教えてもらったように端糸を結んでみようと思います。

     残り少なくなった経糸、残りは斜めチェック模様を試す予定


 これまで使ったのはウールの毛糸だけでしたが、ウールは品数が多くありません。そのため、やむなく赤とピンク色はアクリル製を購入しました。毛糸を購入して分かったのですが、ウールの毛糸は品数が少ないのですね。アクリルの毛糸の棚の隅っこにあるのです。また、100円ショップでたまたま見かけたウールの毛糸はすぐに無くなりました。買い置きしておけば良かったです。

   斜め模様        二個の菱形模様     太さが違う筋模様
  

 今回毛糸布を織るにあたって、表側も裏側も同じ模様になることをコンセプトにしました。ところで、斜め模様をよく見ると、どうしても段が付いてしまうことです。今の織り方では、この段は避けられないのかも知れません。刺し子での刺繍糸の継ぎのように、模様の境を継いだら良いのかも知れません。何度か試行しないといけません。今回は経糸が少なくなったため、斜めチェック模様を試して終わりにしようと思います。

     疑似的な亀甲模様          経糸の巻きを緩める
 

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光市 峨眉山~室積の史跡巡りウォーキング下見(2/4)

2021年07月11日 | 歴史探訪他ウォーキング

 峨眉山の尾根を東へ東へ歩いて、峨眉山護国神社に着きました。本殿を見た後、たくさんの列柱を見ました。外周に並ぶ石柱には、一つの石柱に一人の名前が刻んであります。これらの方々は主に、幕末京都の蛤御門の変で亡くなった方々です。田布施の麻郷神社にも幕末に亡くなった方々の名前が刻まれていますが、これほど多くの人は刻まれていません。今の光市出身者にたくさんの犠牲者があったことを示しています。これらの方々の犠牲の上に、その後の明治日本が作られたことを忘れてはいけないと思います。続いて、峨眉山東端の岩場に行きました。

           峨眉山東端の広場にある東屋で雨宿り


 峨眉山護国神社を出ると、再び峨眉山の山道を東に進みました。しばらく山道を下ると、広場が見えてきました。その広場には東屋やテーブルなどが設置されています。そして、その広場脇に海に下る急な坂道がありました。その急な坂道を降りると、海岸に出ました。この海岸、シーズンになるとたくさんのフグが産卵にやって来るそうです。今回、フグなどの生き物を見つけることができませんでした。ただ静かに風が吹いて、打ち寄せる波の音だけが聞こえました。

   たくさんの列柱     峨眉山東端の広場    広場から海岸に降りる
  

 海岸でしばらく遊ぶと、坂道を登って広場に戻りました。続いて、海が良く見える岩場に移動しました。その岩場に毛利敬親公の顕彰碑が建っています。岩場の端に椅子があったため、座って昼食休憩を取ろうとしました。ところが、にわかに雨が降ってきました。たまらず、広場の東屋に戻りました。

 岩場の椅子で休憩しようにも大雨      先ほどまでいた海岸も雨
 

 大雨の中、東屋に飛び込むように入りました。そして、雨宿りをしながら昼食休憩にしました。東屋があったので濡れず助かりました。東屋でリュックを広げて、椅子に座りくつろぎました。30分位談笑したでしょうか、空を見上げると、少しずつ青空が見えてきました。雨があがり明るくなったため、次の史跡に向けて歩き始めました。

       今回下見をした峨眉山~室積街の史跡巡りコース

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今年も美味しい桃を収穫

2021年07月10日 | 樹木,果樹

 5月末に袋掛けした桃、収穫する時期になりました。ところが、この時期になると野鳥が桃を狙うようになります。そのため、熟れた桃を急いで収穫しました。収穫した桃をよく見ると、野鳥が少しつついた跡がありました。野鳥も食べ頃であることが分かるようです。数日収穫が遅れたならば、野鳥に食べられて桃が穴だらけになるところでした。今回は2個の桃を収穫しました。被害直前に収穫できてラッキーでした。

       今回収穫した美味しい桃、夕食のデザートで食べる


 桃が熟れたかどうかの判断は三つあります。一つは色です。白い袋から通して見る桃が色づいていればOKです。二つ目は匂いです。熟れてくると、ほのかに甘い桃特有の匂いが漂います。三つ目は柔らかさです。桃をかるく触って心持ち柔らかくなっていれば、完熟した証拠になります。ただ、完熟すると野鳥達が食べるために集まってきます。野鳥たちが来る直前に収穫できれば完璧です。

 桃を触って熟していることを確認       美味しそうな桃が現れる
 

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光市 峨眉山~室積の史跡巡りウォーキング下見(1/4)

2021年07月09日 | 歴史探訪他ウォーキング

 今月7月の光市峨眉山~室積の史跡巡りウォーキングの下見に行ってきました。お昼頃に雨に降られて東屋で雨宿りしましたが、その後の好天で予定通りにコースを歩くことができました。集合したのは普賢寺裏の駐車場です。ここで皆さんをしばらく待つことにしました。少しすると、一緒に下見する方々が来られました。今回は私を含めて四人で下見をしました。スタートした場所は、象鼻ヶ岬八十八箇所霊場の一番目のお地蔵様です。

       付属小学校の校門前を歩いて、像鼻ヶ岬方面に向かう


 何年か前に象鼻ヶ岬八十八箇所霊場を初めて訪れた時、一番箇所のお地蔵様の場所が分からなくて困ったことがありました。近所の方に聞いて分かりました。また、二番箇所のお地蔵様は少し引っ込んだ場所にあり、気が付かないまま三番のお地蔵様に着いたことがありました。さて、しばらく歩いていると赤い鳥居が見えてきました。貴妙院稲荷大明神です。

  八十八箇所の一番     貴妙院稲荷大明神    長州藩撫育方会所跡
  

 貴妙院稲荷大明神を拝んだ後、しばらく歩くと付属小中学校の校門が見えてきました。運動場に小学生が数人遊んでいました。この付属小中学校校門の左手に、長州藩撫育方室積会所跡の碑が建っています。室積は、江戸時代の重要な港の一つでした。藩内の年貢米などを集積しながら、流通で商いをしていたようです。面白いのは、武士が商人にお金を貸したり蔵を貸したりして商いのサポートをしていたことです。このようにして財政改革をしつつ、倒幕のための資金を得ていたのでしょう。

    峨眉山より九州を遠望       戦没者を祭る峨眉山護国神社
 

  付属小中学校を遠巻きに歩きました。少し歩いていると、右手に峨眉山に登る道がありました。その山道を登りました。15分位でしょうか、登っていると尾根道に出ました。その尾根道から遠くに九州の山々がうっすらと見えました。その尾根道を南に進みました。右や左に山道を歩いていると、下に屋根が見えてきました。峨眉山護国神社の本殿です。ここで少し休むことにしました。

       今回下見をした峨眉山~室積街の史跡巡りコース

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今月も小学校の放課後学習「成器塾」で手芸教室

2021年07月08日 | 子供の育成関連

 今日も忙しい一日でした。早朝は婆様の買物介護でお店をいろいろ散策。婆様の大好きなパンや刺身などを購入。家に帰ると郷土館に行きました。そして、石臼を修理するための目研ぎ槌を寄託しました。その後、岩国まで届け物に行き、帰ると小学校の放課後学習に直行しました。それが終わると、畑の草取りなどの野良仕事をしました。
 小学校に行ったのは放課後学習で、一昨年から私が開いている「手芸と料理」教室です。今回は刺し子の二回目です。出来上がった子供や半分しか完成しなかった子供などさまざまでした。出来上がりに学年差,男女差,丁寧差などが現れているように思えます。

        配色を考えて、どの色の糸にしようか悩みます


 私は今回、男子の面倒を見ることが多かったように思います。糸の扱いに慣れないのか、糸がもつれてしまう子がいました。刺繍糸は、数本の細い糸を束ねています。ちゃんと引っ張りながら縫わないと、末端がほつれてしまうことがあります。ほつれる糸を無理に引っ張ると、さらに絡んで収拾つかなくなります。そうなってしまった子には、糸を切って最初からやり直すように丁寧に諭しました。

  指導員と二人の子供    糸を変え玉止め     見守る指導員
  

 今回刺し子を完成したのは男子二人と女子一人でした。うち一人は、私が手回しミシンで布の縁取りをしてコースターとして完成させました。ところで、去年手回しミシンで指導員が軽い怪我をしました。昨今、手回しミシンを使う人は少ないようです。そのため、使い慣れた私だけが使うことにしました。この刺し子が終わると、次は簡単なアップリケか刺繍に入ろうかと思っています。去年,一昨年と続けているポケットティッシュケース製作も良いかも知れません。去年作ったポケットティッシュケースを使い続けている子がいるとのことで。

     指導員が縫い方を支援     刺し子完成、次はコースターに加工
 

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柳井市 新庄~柳北方面 史跡巡りウォーキング(3/3)

2021年07月07日 | 歴史探訪他ウォーキング

 稲荷神社を過ぎると、柳井中学校からJR柳井駅方面に行く道路に出ました。その道路の峠にお地蔵様が安置されています。尾の上地蔵尊です。建立は元文五年(1720年)で、今から300年ほど前です。当時、このお地蔵様前は岩国と柳井を結ぶ街道でした。さらに言えば、岩国~柳井~竪ヶ浜を結ぶ街道だったようです。その街道を通る人々の安寧を願うため、尾ノ上地区の方々が建てたのではないかと思います。今でも地元の方々に大切にされているお地蔵様です。さて、尾の上地蔵尊を拝むと、柳井市街全体を見下ろすことができる弥山寺に向かいました。

    今回の史跡巡りウォーキングに参加された方々、弥山寺本堂前にて


 弥山寺に向かう坂道を登りました。奇遇な事に、ウォーキング参加者の一人が弥山寺のご住職の奥様をご存じでした。かつて仕事の上でご縁があったそうです。その奥様のご厚意で、弥山寺の本堂を開けていただくことができました。そして、本堂内に招かれていろいろとお話を伺うことができました。ありがとうございました。奇遇な事ってあるものですね。

   尾の上地蔵尊       弥山寺の本堂      弥山寺の石階段
  

 弥山寺本堂の見学が終わると、いったん外に出て柳井市街を見下ろしました。柳東,伊保庄,柳井市街,柳北,新庄,そして余田の向こうに田布施が見えました。景色を堪能すると、日清戦役の碑,鐘撞堂,岩の上にある祠などを見学しました。そして、登ってきた道と反対側の道を降りました。神仏混合のお寺のようで、下り坂周辺に鳥居や宝塔などがありました。急な石階段を注意しながら降りました。濡れていると、つるりと滑りそうな急階段でした。

   時間がなく仰ぎ見た正福寺     スタートした新庄MaxValue近く
 

 無事に急階段を降りると、正福寺に行きました。弥山寺で時間を費やしたため、残念ながら門前で本堂を仰ぎ見るだけにしました。続いて、灌木や雑草でお参りできない祠を訪れました。お百度参りの石柱だけ見ることができました。そして、広々とした元柳井商業高校跡地を見渡しました。今回の史跡巡りウォーキング参加者の数名はこの高校の卒業生です。懐かしそうに見たり話しをしていました。次に柳井川に架かる橋を渡って、スタートした新庄MaxValueに向かいました。無事到着すると、挨拶して解散としました。暑さのため、私は解散後アイスクリームを購入しました。そして、ベンチに座って食べました。今回参加された方々、お疲れさまでした。

     楽しくウォーキングした柳井市新庄~柳北の史跡巡りコース

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少年少女発明クラブ、子供達を見回りながら工作支援

2021年07月06日 | 子供の育成関連

 先日、いつものように田布施町少年少女発明クラブがありました。今は、子供3~4人に1~2人の指導員が付いています。ところで、一昨年までは希望者全員をクラブ員にしていたため、子供が多過ぎるようになりました。そのためか、工作指導する場所ではなく預かり場所のようにもなってきました。工作の指導が十分できず指導員の負担だけが多くなりました。それらを反省して、本当に工作をしたい子供をクラブ員にするようにしました。たまたまですが、今年はコロナ惨禍のためチャレンジ創造コンテスト工作もなく、子供一人一人を丁寧に指導できるようになったと思います。

          思い思いに工夫しながら工作する子供達

 私は工作の全体を見守りしながら、子供達一人一人の出来具合を聞いて回りました。工作の進捗状況にいろいろと個性があります。自分で図面を描いて、その図面のとおりに工作を進めている子供、すでに工作を作り上げて、別の工作をしている子供、図面の通りに実現できないことが分かり、工作を変更している子供、自分の工作を後回しにして弟の工作を手伝っている子供、などなどです。

手回しドリルで大きな穴    釘打ちをする子供    床を広く使って工作
  

 田布施町少年少女発明クラブには、電動ドリル,電動ノコギリ,電動糸鋸などたくさんの電動工具があります。電動工具はとても危険です。そのため、基本的に指導員の監視の元でしか使わせないようにしています。
 ある子供が、私に「穴を開けたい。」との希望を言ってきました。いつもなら、私の監視の元で電動ドリルを使わせて穴を開けていました。今回は、手回し式のドリルを使わせてみました。すると、最初はうまく使えませんでした。手の回し方、回転軸の固定方法などが難しいようでした。それでも、使っているうちに自分で穴を開ける事ができるようになりました。電動工具を使こなせる前に、手動の道具を使いこなせることも大切ではないかと思います。

手回しドリルで小さな穴    ノコギリで板を切断   切った板の張り合わせ
  

 11;30に工作は終わります。工作に熱中している子供達の気持ちを、掃除する気持ちに変えるのはなかなか大変です。毎回の事ですが、工作終了15分前になると、私は「掃除の時間だよー!」と数回大声をあげます。そして、「最初に道具を仕舞う!次に机の上を綺麗にする!次に床を掃除!」などと言います。すぐに掃除し始める子もいれば、ぐずぐずする子もいます。それでも、工作終了5分前には全員が掃除をしています。掃除が終わったことを確認すると、全員整列後に姿勢を正して元気に挨拶して解散します。私の方針ですが「礼に始まり礼に終わる。」をモットーにしています。子供達がいなくなると、指導員が集まり反省会をします。それが終わってはじめて、発明クラブが終わります。

    モップで床を掃き掃除         細かなゴミを掃き掃除
 

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ハーブ(トゥルーシー)の苗をハーブ畑に移植

2021年07月05日 | 花,野草

 トゥルーシーと呼ばれるハーブの苗がだいぶ大きく育ちました。このハーブは去年、友達のKさんの畑で穂をいただきました。ブルービーと呼ばれる青色のハチがやって来るそうです。ハチを呼ぶハーブとのことで興味を持ったので穂をいただきました。目立たない青色の小さな花が咲きます。ハーブだけあってほのかな良い匂いがします。苗がだいぶ余ったため、欲しい方がいれば差し上げようと思います。

         5cm間隔でハーブ(トゥルーシー)の苗を植え付け


 トゥルーシーに加え、今私が栽培しているハーブにはクールミントがあります。このハーブは名前の通り、涼しい匂いがするハーブです。以前クールミントガムと呼ばれるガムがありました。
 以前栽培していたハーブにローズマリーがありました。やや匂いが強く、小枝一つで部屋に匂いが漂いました。大きく育ちすぎてしまったため、数年前に伐採しました。もう一度、邪魔にならない場所で栽培してみたいハーブです。ハーブかどうかは分かりませんが、山にニッケの樹があります。本来は根を採取するそうですが、葉だけでも十分良い匂いがします。 

   ハーブ(トゥルーシー)の苗      一列に並べて植えたトゥルーシー
 

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緑綿とハブ茶などの間引き作業

2021年07月04日 | 綿栽培,糸つむぎ,織り,染色

 三種類の綿(白,茶,緑)を栽培していますが、混ざらないようにそれぞれ遠く離れた場所で栽培しています。今回は、緑綿の間引きと草取りをしました。ついでに、ハブ茶の間引きと草取りもしておきました。緑綿はそれほど糸にしないため、8株程度しか栽培していません。そのため、比較的早く作業が終わりました。ただ、梅雨も後半になって暑いこと。蚊に刺されないように長袖を来たのですが、腕まくりしての作業でした。

         地面に膝を落として、緑綿の草取りと間引き


 緑綿の隣でハブ茶(エビスグサ)を栽培しています。去年栽培したハブ茶のこぼれ種から自然に発芽しました。その芽を緑綿の隣に移植したものです。やはり周りに雑草が生い茂っていました。緑綿と同じように除草して間引きしました。ところで、茶綿は種まきが遅くなってしまい、発芽したばかりです。そのため、一週間後頃に除草と間引きをしようと思います。今の時期は、いろいろな野菜の初期除草や間引き作業があります。7月中はそれらの作業ばかりになりそうです。

    除草と間引き中の緑綿        除草と間引きを終えたハブ茶
 

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柳井市 新庄~柳北方面 史跡巡りウォーキング(2/3)

2021年07月03日 | 歴史探訪他ウォーキング

 荒神社・明神社を見終わると、フラワーランドに向かって山沿いを歩きました。歩いた山裾に沿って水路が延びていました。この水路は江戸時代に岩政次郎右衛門が築いたものです。水が流れているかと覗き込みましが、流れていませんでした。梅雨はまだ終わっていませんが、田植えがほぼ終わったので水は必要ないのでしょうか。フラワーランドの南端に着くと、道を大きく左折しました。そして、緩い上り坂を良照寺跡に向かって歩きました。その途中で、二人の仲間の方と合流しました。

           河村五良の銅像前で功績などの説明


 良照寺は防陽八十八箇所霊場の八十六番札所です。ちなみに、良照寺前の八十五番札所は余田の福楽寺です。良照寺後の八十七箇所札所は新庄の欽慶寺です。なお、国木田独歩が麻郷高塔で仮寓していた吉見家の墓所がこの欽慶寺にあるそうです。郷土館の「国木田独歩生誕150年記念展示会」開催までに一度行ってみたいと思います。ところで、良照寺跡は今は無人ですが、以前一人のお婆さんが土地を借りて住んでいたとのことです。

   無人の良照寺跡     静かな秋葉神社    馬皿を見下ろす大師堂
  

 次に秋葉神社に行きました。小さなお社です。地元の方が大切にしているのか、綺麗に掃除されていました。続いて民家脇の細い道を通って河村五良の銅像前に行きました。以前大平山に登った史跡巡りウォーキング時にこの銅像前を通りました。その時は河村五良について何も知りませんでした。佐藤栄作,佐藤信二の熱烈な応援者だったことや、県会議長などを歴任するなど地元に貢献したことの説明をK君より受けました。銅像は、生まれ故郷を向いているそうです。

     開けた馬皿の景色         馬皿を見下ろしながら休憩
 

 河村五良の銅像を過ぎると、柳北に向かって歩きました。そして、柳北小学校の手前で左手にある大師堂に向かいました。この大師堂前に岩政次郎右衛門が築いた水路があるのですが、水が枯れて落葉が溜まっていました。ところが、少し経つと上流から泥水が流れてきました。最初は泥水だったのですが、しばらくすると綺麗な水が流れてきました。この水路脇に座って、馬皿を見下ろしながら昼食休憩を取りました。

  柳井川脇のお地蔵様    稲荷神社に向かう     山傍の稲荷神社
  

 休憩が終わると、山を下って柳井川のお地蔵様数体を見学しました。柳井川を工事中に見つかったお地蔵様を安置しているとのことです。続いて、トイレ休憩などのため柳北ローソンに立ち寄りました。10分程度立ったまま休憩すると、次の史跡である稲荷神社に向かいました。この頃になると、暑さも加わって疲れが少し出てきました。稲荷神社を見終わると、弥山寺に向かいました。

     楽しくウォーキングした柳井市新庄~柳北の史跡巡りコース


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雨が降る直前、枝豆の種を蒔く

2021年07月02日 | 野菜:豆類ほか

 去年は枝豆を栽培しませんでした。今年はどうしようかな?と思っていたら、たまたま100円ショップで枝豆の種子を見つけました。2袋で100円でした。確かな品種かどうか分かりませんが、購入することにしました。雨が降るとの天気予報でしたので、急いで種を蒔きました。1m間隔で3粒ずつ蒔きました。発芽した後に2本に間引きしようと思っています。今年は美味しい枝豆を収穫できるでしょうか。

           1m間隔で3粒ずつ種まきした枝豆 


 しばらく雨が降ってなかった畑です。カラカラに乾いていました。軽く平クワで溝を引きました。その溝に種を次々に置いていきました。そして、種の上に土を被せました。雨が降って畑が湿れば1週間後には発芽すると思います。この畑は肥料分がとても少ないため、少しばかり施肥しようと思います。やや小粒の枝豆ですが、秋にたくさん収穫できればと思います。ただし、無農薬にするつもりですのでカメムシなどの被害が予測されます。その時は、暇をみて手で虫を取ろうと思います。

   やや小粒の枝豆の種子          種まき後、土を被せる
 

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