湘南ライナー日記 SHONAN LINER NOTES

会社帰りの湘南ライナーの中で書いていた日記を継続中

やまての食堂は静かなレストラン

2012-09-20 20:56:28 | B食の道


山手駅から伸びる大和商店街は、見事に真っ直ぐである。かつて居留した外国人たちのライフル射撃場の名残りで、クラブには西郷隆盛もやってきたらしい。
そんな一本道の途中に『やまて食堂』は、いい具合に枯れて佇んでいる。聞けば創業から44年という。
店内は『レストラン松山』がいかにも町の洋食屋然としていたのに比べ、こちらは甘味処のようにも思える。そういえば、表には「食事 喫茶」という看板が掲げられていた。



頼んだのは「ナポリタン」(580円)の大盛り(+150円)だ。
太めの麺に、具はハム、ピーマン、玉ねぎと、実に懐かしいビジュアル。ん~、いいねぇ。水分が多くてはねる系かと思いきや、あんがい飛ばない。安心してクルクルできる。味も普通で言うことないな。
おぉ、おっさん二人飯メンバーのもう一人が頼んだ「カレーライス」(500円)も、思いっきり黄色くて昭和が香っているぞ。カウンターに運ばれていった「オムライス」のイビツな形状も、松山とは違って、それはそれで魅力的に見える。
ここはお母さんと息子さんがやっているようで、これからも長く続くことは間違いなく嬉しい。ぜひ、建て替えずに頑張ってほしいものだ。

あったかいおせっかい

2012-09-19 20:50:33 | あんな話こんな話


「このバスは◯◯へ行きますか」
昨日のお昼近く、娘が駅のバスターミナルで先に並んでいたおばあさんに尋ねたのだそうだ。

「たぶん行くと思うけど・・・それよりあなたこんな時間にどうしたの?」
「これから就職試験なんです」
「えっ? 学生さんでしょ」
「はい」
どう見ても、バリバリの女子高生ルックである(笑)。
ただ、最近は就職といえば大卒が定着し、高卒で就職するイメージがおばあさんには浮かばなかったのかもしれない。

ウチの娘は高校を受験するときから既に「大学や専門学校には行かない」と宣言していて、だったら就職率のいい普通科以外だろうと商業高校を選択していたのだ。おかげでいくつも検定や資格を取り、授業でビジネスマナーまで身につけ、たぶんそこらの大学生よりすぐに社会に対応できるはずである。

「そう、高校生でねぇ、エライわねぇ」
何がエライのかわからないが、とりあえず理解はしてくれたようだ。

バスに乗り込む際、娘が運転手さんに◯◯に行くかどうか尋ねようとしたら、おばあさんに先を越されちゃったそう(笑)。
「停まるそうよ」
嬉しそうに教えてくれた。

さらに、走行中そのバス停の名がアナウンスされるや否や、ボタンまで押してくれた。もちろん、おばあさん自身が降りるのはまだ先だというのに。そして、振り向いて、さかんに「ここよ」と目配せしてくれる。
停車し出口に向かうと「頑張るのよ、落ち着いて!」と声をかけてくれたという。
「ありがとうございます」と答えた娘より、落ち着いていなかったのは、たぶんおばあさんの方。見えなくなるまで、バスの中からずっと手を振り続けていたという。しまいには乗客みんながこちらを見るので娘は一人で恥ずかしかったそうだ。

そんな思いもかけない体験が、緊張していた娘をリラックスさせてくれたことは確かである。受かったら、そのおばあさんのおかげだ。

見ず知らずの人を想う、こんな光景がまだあるんだ。
ちょっとおせっかいが過ぎるくらいの気持ちが、なんだか嬉しい。


写真は・・・雨が一休みしたら陽が差した。

ブッチャーけ話

2012-09-18 22:18:40 | 思い出日和


横浜文化体育館といえば、プロレスである。
大学時代の横浜スタジアム球場係員のアルバイトの雇用主がシミズスポーツ(現シミズオクト)で、野球のない日は“イロモノ”といわれるテレビラジオ芸能関係やプロレスにも呼ばれて係員をつとめることがあった。
そして、プロレスの仕事で忘れられないのがレスラーたちとのニアミスだ。文化体育館では、ジャイアント馬場とは食堂で一緒に「水戸黄門」の再放送を見たり、レフェリーの葉巻をくわえたジョー樋口から「誰々が来たらオレのところへ通してくれ」とチョクで依頼されたり(笑)。
しかし、強烈だったのはあのアブドーラ・ザ・ブッチャーだ。
僕は入口のドア際に立ち、関係者か否かをチェックしていた。そこへ、いきなり彼が現れた。いつもテレビで見ていたから巨漢であることはわかっていたが、彼の分厚さは想像以上だった。立っていた僕の腹にブッチャーの腹がぶつかり、そしてギロリと睨まれた。額に刻まれた幾筋もの深い傷を数十センチの距離で目撃。その迫力に、金縛りにあったようにまったく身動きできなくなったのを覚えている。
写真の右側の扉での出来事だった。

ちなみに、横浜文化体育館は竣工からちょうど50年。

おいしいカタチ

2012-09-17 20:05:22 | B食の道


目の前に現れたオムライスの美しさに、しばし見とれた。
短くない(笑)人生の中で数えきれないほどのオムライスを食べてきたが、こんなフォルムに出会ったのは初めてである。
型に流し込んで作ったかのような見事なカーブ。しかし、それは人間の手でしか出せないやさしさに満ちている。いや、このふっくらとしたやさしいRは、中に入っているたっぷりのライスの重さによって導き出されているようにも映るのだ。

このオムライスは、中区上野町にある『レストラン松山』作。先週おっさん二人飯で訪れた。メンバーにとっては昔から通い慣れた地元の洋食屋さんである。

形状の美しさもさること、色もいい。黄色の卵からデミグラの茶、さらにケチャップの赤までのグラデーション。それが純白の上で、薄い緑のキャベツと鮮やかなパセリと共に描かれ、非の打ち所がない一皿を構成しているのだ。
あ~ん、食べるのがもったいな~い!

でも、食べた~い!

いい年をしたおっさんが悶え狂う(笑)。



この美しい造形美に、スプーンをぶっ刺す。
おぉ、中からも美しい彩りのケチャップライスが出てきた。チキンライスではないのが嬉しい。チキンライスはそのチキンがパサパサで僕の好みではないのだ。そのかわりに大好きなハムが投入されている。そして、玉ねぎ、ピーマン、にんじん、マッシュルーム。これらが渾然一体となって、普通においしいー!



こんなステキなオムライスを、このあたりの方はずっと前から、そしていつも当たり前のように食べていたなんて!
なかなか行きづらい場所だけど、わざわざ行く価値があるお店であることだけは確かだ。



レトロな店内もなかなか。



すぐ前には、横浜ロバート・ローズ選手いきつけだった理髪店が。

雨宿りはパンク修理

2012-09-16 21:19:33 | おっさん二人旅


雨の中、駐輪場から自転車を出そうとすると、後輪の空気が抜けていた。
パンクのようだ。
近くの自転車屋さんに運ぼうとすると、おっさん二人旅のもう一人のメンバーが「パンク修理道具一式がある」という。この夏も、自宅から甲府~諏訪湖を走破した男である。山中でパンクした時を想定して常に携帯しているのだ。
近くのコンビニが入っているビルの軒先を借りて、にわか自転車屋さんの修理が始まった。助かるなぁ。ただ、僕も見ているだけというわけにはいかない。そこで、雨でできた水溜りにチューブをつけて穴を探した。水溜りとはいっても、深さがないのでなかなか難しい。困ったもんだと思っていたら・・・

「おーい、そんな所じゃだめだろ、パンクだったらバケツに水張らなきゃよ」
後ろからそんな声がかかった。
振り向くと、そのビルの駐車場を管理しているおじさんが笑っていた。こっちにあるからと、用意までしてくれたのだ。

「おれも江ノ島に行くときパンクして大変な思いをしたことがあるんだ」
「子供んときに自転車屋の修理を見るのが楽しくってさ」
「応急処置はガムテープでやっあことがあるよ」
自分の仕事の合間にやってきては話しかけてくれる。最後には「手を洗っていきな」と。

いい友、いいおじさんに出会って、後輪はすっかり元気になった。
お礼を言ってペダルをこぎだすと、雨は上がり夏のような日差しが戻ったのである。

写真は、その自転車をこいでの帰り道、湘南大橋(正式には「トラスコ湘南大橋」)から。


以前のパンク修理の様子。

緊張感とカレーライス

2012-09-15 22:51:34 | B食の道


「寿カレーライス」300円
ドヤ街、寄せ場と呼ばれていた横浜の寿町にある『さなぎの食堂』でいただく。路上生活者にも3食、温かい食事を提供しようとスタートしたお店。いわゆる「パン券」も使用できる。
コンビニや地元企業などからの支援もあり、ほとんどの定食や丼物が300円~400円で、もちろん一般の人も利用可能だ。といっても、かつては寿といえば怖くて近づけなかったエリア。現在では高齢化が進み“福祉の町”になってしまったとはいうものの、やっぱり足を踏み入れるには少しだけ勇気がいる(笑)。この日はフィールドワークで街歩きをした流れで、みんなで入店した。

野菜がゴロゴロした懐かしい味。普通においしいが300円は安い。しかも、みそ汁と付け合わせあり。この付け合わせがまたうまかったなぁ。「カツ煮」のカツ抜きにタケノコのみじん切りを和えたようなもので、白いご飯にかけたい(笑)。
みんなが食べていた「酢鳥丼」もたくさんの具が山盛りで、300円は信じられない。すごいぞ『さなぎの食堂』!
ご高齢の住民(正確には宿泊者)のみなさんとテーブルを囲み、やや緊張感をもっての食事。こんなカレーライスも悪くない。

キリキリ舞い

2012-09-14 22:57:45 | 湘南ベルマーレ


時計を見ると7時20分。
ようやくスタンドの下までやってきた。
こうしてチャントをスタジアムの外で聞くのはいつ以来かなぁ・・・なんて考えながら歩みを早めていたら大歓声だ。
「ゴーーーーーーーーーーーール!」

やったー! けど、がっかりだー。
高山・・・いやキリノ選手のモヒカン一閃、目撃できなかった!



ところが後半26分、またもやモヒカン一閃! これが入っちゃう!
ぜったいあの中に、何かが隠されているはず(笑)。

それにしても、危なげなく勝ってしまったぞ。後半、セカンドボールを取れなくなった時間帯も、まるで練習やっとこうやといわんばかりにシッカリ対応している。結局、相手には3本しかシュートさせていないではないか。

逆に、怖い。

サッカーマガジンには「日程的に有利な湘南」なんて書いてあるし。
人生楽観主義・サッカー超悲観主義人間なので、いい兆候が増える分、どんどん怖くなっていく残暑の夜であった。

一番上の写真は、足を故障した二人もどーしても参加したかった勝利のダンス!

天使の微笑み

2012-09-13 20:53:45 | あんな話こんな話


今の仕事を始めてから、子育て系の様々な問題と向き合っている方にもたくさんお会いし、現場を見せていただくことも多い。
それぞれが素晴らしい活動をされていて感銘をうける。イキイキとした皆さんに元気づけられている。

今日うかかった先でも、赤ちゃんたちが先生と一緒に楽しく過ごしている、どこにでもある保育園のように見えた。
ただ、大きく違うのは夜になっても彼らを迎えに来る親はいないというところ。
そう、乳児院なのだ。
ここに預けられる理由は様々だけれど、預けられている赤ちゃんたちには何の責任もないことだけは確か。だから、せつない。やりきれない。
こっちを向いて笑うあどけない顔は、どれも天使。

こんなにズシリときた現場は初めてだった。



写真は、その乳児院に飾られていた人形。

まさかベーカリー

2012-09-12 20:18:56 | 思い出日和


子供のころ、相鉄線の瀬谷駅からバスに乗って母親の実家に向かった。その瀬谷駅に、今日何十年ぶりかで降り立ったのだ。

駅舎は近代的なものに変わっているものの、駅前のローカルなのんびりした雰囲気がとても懐かしい感じ。
今はバスの姿もバス停も見えないが、ここから乗って左に進み、帰りは右の道から戻って来たと記憶している。今日はその右の道を歩いてアポイント先に向かったのだが、道路は狭くてよくバスが走っていたなぁと感心する。いや、あまりの狭さに勘違いだったかとも思い、アポ先で尋ねたら「確かに通っていた」とのこと。
そうか、あの見事なハンドルさばきは、やっぱりこの道だったんだなと嬉しくなってきた。



さて、その道沿いの住宅街に古そうなパン屋さんを発見した。『あさかベーカリー』と書かれている。お客さんが次々と入っていく。つられて入った(笑)。
調理パンやサンドイッチがショーケースにずらりと並ぶ。どれも小ぶりで100円前後である。一度にいろいろな種類を味わえて嬉しい、楽しい。みんなたくさん買っていく。「1780円ですね」なんて声も聞こえてくるぞ。すごい、すごい。
僕も、カレーパンとクリームパンを購入。二つで180円。想像どおり普通にうまかった。

このお店、創業が昭和36年だというから、僕がバスでこの前を通ったときには間違いなく存在していたわけで、またまた嬉しくなったのである。


瀬谷駅前。懐かしい感じだけど「Digital」って書いてある。

半世紀が教えてくれた

2012-09-11 23:06:57 | B食の道


「ぶたにく生姜焼き定食」(850円)の主役であるこの肉。もともとは、もっと大きかったはずである。
しかし、僕たちのカラダのことを考えて、あらかじめお母さんが脂身をぜんぶ削ぎ落してくれたのだ。きっと、そうに違いない。

「関内最古の定食屋」という『佐久良』をインターネットで発見。今日はいつもとは違う別のおっさんと一緒に行ってみた(笑)。
最古だけのことはある薄暗い店内がいい。カウンターも、赤茶けた丸椅子も、メニューが書かれた札も、レジスター代わり木箱も、みんなまるで昭和を模したセットのようだ。おぉ、壁には「創業51年」という貼り紙があるよ。そうか、半世紀だ。東京オリンピックより前じゃん。

そんなお店のお母さんだからこそ、お客さんの健康を第一に考え、ご飯も少なめに盛ってくれているのだろう。たいへんありがたいではないか。食べ過ぎることはないし、カロリーも控えめである。

ところが、僕たちがほぼ5分で食べ終えるころ入ってきた常連と思しきおっさんが言うのだった。
「さんま定食ね。それとご飯少な目で」

常連さんにとっては、すでにこの量でも多めなのである。
なんだか半世紀の重みをずっしり感じる、目が覚めるような一言であった。
あぁ、明日からは腹八分目でいこう。



聞けば創業からずっとこの場所だというから、ビル自体も半世紀なのかと思ってお店を出て振り返ると、なんと木造家屋だった! ビルが並んだ一帯なので、ここもそうかとばかり思っていたけどね。