錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『血斗水滸伝 怒涛の対決』(その2)

2006-10-07 19:22:46 | 旅鴉・やくざ
 この映画を観ていると、錦之助がなかなか出て来ない。スターの中ではいちばん最後にやっと現れる。真打登場といったところなのだろう。
 助五郎の子分たちが茶屋で飲み食いし、金を払わないで帰ろうとする。それを見ていた国定忠治(千恵蔵)が彼らを諌める。子分たちは怒って忠治に襲いかかる。そこで颯爽と登場するのが子分たちの兄貴分、政吉の錦之助だった。子分たちを制し、茶屋のオヤジに金を払い、忠治に深々と詫びる。それで錦之助はいったん退場。「若いのに立派な人だ!」と千恵蔵に褒められる。
 繁蔵が主催し、各地からご歴々の親分衆が集まる盛大な花会に、助五郎の名代で政吉は出席するのだが、このシーンが見ものだった。講談や浪曲では「笹川の花会」という名場面である。ここで政吉は大変肩身の狭い思いをする。名代で行くのも気が引けるのに、助五郎が出した祝儀があまりにも少なすぎた。総額百両は出すのが普通のところ、親分として十両、一家として五両の計十五両しか助五郎が出さない。政吉は金策して五十両持っていくのだが、それでも足りない。花会では祝儀を出した親分の名前と金額が次々と読み上げられ、貼り紙が掲げられる。恥ずかしくて穴にも入りたい心境の政吉。これを演じた錦之助が良かった。演技派錦之助の面目躍如とでも言おうか。繁蔵もさすがに大親分。政吉の苦しい立場を察し、百五十両の金を黙って足して政吉の顔を立ててやる。右太衛門も貫禄十分で、立派だった。ここが、この映画のハイライトだったと思う。
 政吉は助五郎に忠義を尽くして何度も諫言するのだが、まったく受け入れられない。しまいには、助五郎から煙たがられて、のけ者扱いされてしまう。錦之助の役の良し悪しは別にして、こんな難しい役回りは、当時の若手では錦之助しか出来なかっただろう。この映画では、はっきり言って、錦之助と進藤英太郎の演技が光っていた。
 ラスト・シーンは「大利根川原の決闘」で、笹川一家と飯岡一家の大出入りだった。政吉は、助五郎の卑怯な手口を繁蔵に知らせるため、単身利根川を舟に乗って行き、そこで待ち伏せしていた助五郎の子分の鉄砲に撃たれて死んでしまう。最後は、むしろをかぶせた亡骸となり、忠治が政吉の死に顔を拝むという場面まであった。大友柳太朗の平手造酒の亡骸も隣に横たわっていたが、こっちはどうでもよい。錦之助の政吉の、ああ、なんとも見たくない死に顔だったなー! 


<実録巷談新書の一冊、昭和30年鱒書房刊>
 この映画を見たあと、内容についていくつかの疑問を感じた。そこで、講談の『天保水滸伝』を読んでみた。映画では、助五郎が繁蔵に斬り殺されて終わるが、もちろんこれは映画だけのことで、話のすり替えである。決闘のあと、助五郎は生き延び、逆に後年、子分をけしかけ繁蔵を闇討ちにかけて殺すのが本当の話。錦之助が扮した洲崎の政吉は講談でも登場する重要な人物で、花会で繁蔵に顔を立ててもらってから彼に恩義を感じるところは同じだった。ただ、政吉の女房(大川恵子が良かった!)が繁蔵の片腕(大河内伝次郎)の娘だという設定は映画だけの話。映画では錦之助の政吉を悲劇のヒーローのように描いていて、そのため大友の平手造酒が霞んで見えたほどだった。ただ、最後の決闘の場面で繁蔵を救おうとする政吉の働きは、作り変えすぎていたと思う。政吉は、飯岡一家の一人として、繁蔵と斬り合い、見事に果てるというのが講談の内容である。
 ほかにも映画と講談の違いはたくさんあったが、花会での祝儀の金額が大きく違っていたのがちょっと気になった。講談では、政吉の持ってきた祝儀は、金五両飯岡助五郎、金三両飯岡一家の計八両で、繁蔵がそれを金三十両と金十五両に変えてくれたことになっている。それにしても、映画では金百両飯岡助五郎、金五十両政吉、金五十両飯岡一家と金額をずいぶん水増ししていた。当時の一両は現在の二万円くらいに当たると聞いたことがある。講談では、十六万円から九十万円に、映画では百万円から四百万円につり上げたことになる。いくらキリのいい金額だからといって、映画ではずいぶん大盤振舞いにしたものだなーと思った。



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