錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『源氏九郎颯爽記』(その十五 最終回)

2008-04-09 16:18:54 | 源氏九郎颯爽記・剣は知っていた
 『秘剣揚羽の蝶』には、一方で冴姫と源氏九郎との騎士道的で秘め事のようなロマンスがあり、また一方で喜乃と初音の鼓との悲恋のヒューマンドラマがある。冴姫も喜乃もどちらも片思いなのだが、映画ではこの二組の男女の関係が複線的に描かれていて、最後はこの関係が見事に収束して終わる。普通、娯楽時代劇では主人公に思いを寄せる姫や娘は飾り物のようで軽い扱いが多いのだが、伊藤大輔は実にきっちりと描いていたと思う。この映画を観ていて私は二人の娘の恋の行く末がとても気になって仕方がなかった。
 この娘二人が水鏡で自分の運勢を占うシーンは、とくに印象深かった。「月蝕の晩に水鏡を観ていて、好きな男の顔が映れば、その男と添い遂げるか、その男のために死ぬか、そのどちらかになる。ただ、その時、人に見られてはならない。」喜乃は年上の夜鷹の女からこの話を聞いてすっかり信じ込み、人目を忍びながら桶に入れた水をじっと見つめる。北沢典子の真剣な表情が可愛らしかった。喜乃は誰もいない古井戸へ行き、紙切れを燃やして井戸の中を覗き込む。すると、驚いたことに、初音の鼓の姿が現れるのだ。一方、冴姫も屋敷の縁側で桶に水を入れ、同じ占いをしている。しかし、源氏九郎の姿は浮かばない。その時屋根の上から初音の鼓が現れ、水鏡を覗いているところを見られてしまう。
 こうした月にまつわる俗信は本当にあったのかどうか。時代考証に努める伊藤大輔のことだからきっとこうした俗信を知っていて、それを映画に取り入れたのだろう。先日伊藤大輔の『治郎吉格子』(長谷川一男主演)を観たが、その中でも「月が暈を着ている夜に(男と女が)出来ると、腐れ縁になる」といった月に関する俗信を巧みに使っていた。
 時代劇に月夜は欠かせぬ背景であり、月のカットはよく出てくるが、大概お決まりの描き方で、陳腐なことが多い。しかし、この映画で扱われる月のモチーフはユニークで大変効果的だったと思う。
 そして最後は、この占いどおり、喜乃は初音の鼓(源氏九郎)のために命を落とす。しかし、死ぬ間際のほんの一瞬ではあるにせよ、好きな男と添い遂げることができた。そう思って私は観ている。これは前回も書いたが、感動の名場面である。

 そろそろ『源氏九郎颯爽記』も終わりにしたい。が、ここで、錦之助の殺陣については是非とも触れておかなければならない。
 東映時代に錦之助のチャンバラが最高の到達点を見せる作品は、『源氏九郎颯爽記・秘剣揚羽の蝶』(1962年3月)と『宮本武蔵・般若坂の決斗』(1962年11月)だと思う。この二本の映画はともに昭和37年の製作で、後者は内田吐夢の監督作品である。殺陣師はどちらも足立伶二郎だが、源氏九郎と宮本武蔵はまったくタイプの違う主人公であり、したがってその殺陣も対照的だった。が、両者甲乙つけがたいほど素晴らしい。源氏九郎の殺陣は壮麗にして凄絶、型に入って型を崩す感じを受ける。「静」から「動」になだれ込むとでも言おうか。宮本武蔵の殺陣は俊敏にして壮烈、逆に型を崩して型に入る感じがする。こちらは「動」から「静」に落ち着く。平たく言えば、源氏九郎はスタイリスト(剣士)の太刀さばきで、宮本武蔵はファイター(闘士)の太刀づかいである。
 『秘剣揚羽の蝶』には源氏九郎の立ち回りが三度ある。
 タイトルの前にプロローグのように登場する立ち回りは、一種のデモンストレーションで、小手調べといったところか。夜の枯野で、源氏九郎が十数人の黒覆面に囲まれ、斬り合う場面。キャメラは上方から俯瞰気味にロングで枯野を捉える。長回しで、ゆっくり近づいていく。バックには琴の調べと風の吹く音が入る。九郎は最初大刀一本で敵を数人斬り倒す。途中で二刀を抜いて、斬る。九郎はほとんど後姿で、最後に秘剣揚羽の蝶に構えてこちらを向く。ビデオではビスタサイズに変えてあり、映像も暗くてひどい。映画館のスクリーンで観ないとその良さは分からないと思う。
 二度目は、能の舞いのような立ち回り。バックに流れる音楽も能楽の鼓と笛。様式美あふれる殺陣である。十数人の浪人と斬り合う場所はプロローグと同じ夜の枯野である。この場面は遠くから舞台を鑑賞しているような錯覚を覚える。観ていて背筋がぞくぞくしてきたのは私だけではあるまい。
 最後は、迫真の立ち回り。悪の幕閣が放った刺客たちとの斬り合い、それに続く戸上城太郎の怪剣士左源太との闘いは、チャンバラ史上の白眉だと思う。チャンバラというより剣戟、いや激闘である。数分間は、音楽もなく、刀が空を切る音や肉を斬る擬音もない。音と言えば、物がぶつかったり倒れたりする音だけ。この立ち回りは息詰まるほどの凄さである。クライマックスの煮詰まった沸点で、エネルギーが噴出するように激闘が展開する。迫力満点だった。
 喜乃が短銃で撃たれて、ついに九郎の怒りが爆発する。撃ったのは悪商の愛妾(長谷川裕見子が珍しく悪役だった)で、九郎は飛びかかるようにしてこの女を斬る。背中を斬り下ろし、さらに返す刀で横なぎに斬りつける。裂けた顔から血を流して倒れる長谷川裕見子を見て、私はびっくりした。錦之助の主人公はめったに女を斬り殺すことはないのだが、この映画は例外中の例外だった。(錦之助が女を斬るのは、私の記憶では、『隠密七生記』と『鮫』だけだったと思う。)ここまで来ると、演出している伊藤大輔が本気で怒り、過激になったとしか思えない。
背中一面に刺青を彫った源氏九郎がもろ肌脱ぎ、攻撃に転じて敵に襲い掛かる。そのすさまじさ!鍔迫り合いで左源太を井戸まで追い詰め、腹を小刀で突き刺し、大刀を振り下ろす。斬られた左源太の体は井戸の中にまっ逆さまに突き落とされる。あとには、黒い鉄の義手がつるべの綱を握ったまま腕ごと切り取られ、不気味にぶら下がっていた。
 錦之助の素晴らしい殺陣と伊藤大輔の鬼気迫る演出が見事にぶつかり合って生まれた類のない立ち回りシーンであった。(終わり)




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4 コメント

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はじめまして~♪ (hana)
2008-04-10 23:22:11
背寒さん、こんばんは~♪
hanaと申します。

こちらに伺って、次の記事はまだかまだかと
首を長くして待っていた者です。

作品「源氏九郎颯爽記」を未だ観ていないのですが、
背寒さんの記事を拝見して益々観たくなりました^^

いつもながら素晴らしい記事ですね。
過去記事は全て拝見しました。

私は、恥ずかしいことに役者「萬屋錦之介」の魅力を最近知ったばかりですが、今では完全に魅了されています^^;

映画の作品についてはまだほんの数本しか観ていず、これから徐々に観ていく予定ですので、背寒さんの記事がとても参考になります。

また時々お邪魔させていただきますね。
よろしくお願いします。
返信する
こちらこそ (背寒)
2008-04-12 14:33:56
よろしくお願いします。
好き勝手に書いている記事ですが、熱心に読んでいただき、ありがとうございます。
過去の記事をすべて通読なさったとのこと、驚きました。
錦之助さんの映画、ぜひどんどんご覧になってください。
得られるものがたくさんあって、私みたいにどっぷり浸かってしまうかもしれませんよ。
また、ちょくちょくご訪問ください。

返信する
こんばんは~♪ (hana)
2008-04-13 20:36:40
コメントをお返しいただき、
ありがとうございます。

>得られるものがたくさんあって、私みたいにどっぷり浸かってしまうかもしれませんよ。

ほんとにそうなりそうでね^^;
評判の高い「一心太助~江戸の名物男~」を観た時には卒倒するかもぉと今からビビッています(爆)

なので、今は徐々に体を慣らすような見方をしています^^;
背寒さんの記事を手引き書としながら、また重要な
ナビとさせていただきながら拝読しています。

次回の記事アップも心待ちにしています!


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よろしく (背寒)
2008-04-18 03:06:28
「一心太助 江戸の名物男」は、錦ちゃんの良さがたっぷり味わえる代表作(数十本ありますが…)のうちの一本で、私の大・大・大好きな映画です。卒倒しゃちゃってください!
私の記事が、「手引き書」「ナビ」とは誠に光栄です。できるだけ間を空けずに頑張って書きますので、またよろしく。
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