錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『源氏九郎颯爽記』(その六)

2007-11-13 02:38:03 | 源氏九郎颯爽記・剣は知っていた
 『源氏九郎颯爽記』シリーズでは、三作とも主人公源氏九郎を演じた錦之助の魅力が画面全体に満ち溢れていたことは言うまでもないが、相手役の女優となると、私は第一作『濡れ髪二刀流』に登場する二人の女、織江(田代百合子)と放れ駒のお竜(千原しのぶ)が甲乙つけがたいほど良かったと思う。第二作『白狐二刀流』のマリー(へレン・ヒギンス)と志津子(大川恵子)は中途半端で、源氏九郎を慕う女の思いが描き切れていなかった。第二作は、テーマも恋愛にはなかったと思う。第三作『秘剣揚羽の蝶』では、口の利けない喜乃(北沢典子)が印象に残ったが、冴姫(大川恵子)も八重(桜町弘子)もまあまあで、私の好きな長谷川裕見子が悪女だったのが気に入らなかった。というわけで、私の評価は、ラヴストーリーとしては第一作がベストである。(ただし、錦之助の源氏九郎の美しさでは第二作がベスト、立ち回りの素晴らしさ、チャンバラの迫力では第三作がベストという、バラバラの評価になる。)
 『濡れ髪二刀流』は、恋愛映画の色合いが強かった。源氏九郎を慕う二人の女のドラマが映画を奥行きの深いものにしていたと思うので、そのことについて書いてみたい。(原作とは随分違うところがあるが、比較しても意味がないと思うので、その辺のところは触れずにおきたい。)
 監督加藤泰が自作について語ったコメントによれば、『濡れ髪二刀流』では織江というヒロインに「自分がうちこんでいける登場人物」を見出したそうである。つまり、織江という悲運の女性に、監督としての思いの丈を込めたようだ。そして、織江を演じた田代百合子は期待にたがわぬ熱演だった。
 田代百合子という女優は、鈍(どん)な感じがして、暗い影があり、おとなしいようでいて、芯の強そうな面がある。好きな男を一途に思いつめる女の役にはうってつけの女優である。やや不器用で決して演技派ではないが、東映城の初代三人娘の中では、得がたい存在だった。確か錦之助より二歳年上なので、『濡れ髪二刀流』に出演した当時、26歳だったと思う。結婚前の武家娘の役としては、いささか年増ではあるが、織江の役にはぴったりだった。
 この映画を観ていると、確かに織江という女の生き様はドラマチックで、印象に残る。織江は、許婚の早川要之進(片岡栄二郎)を神前試合で源氏九郎に討たれ、九郎を仇と見なして追いかけていく。しかし、仇討ちは口実にすぎない。本当は、九郎に恋焦がれていて、九郎を必死に追いかけることによってしか自分の生きる道が見えなくなってしまう、哀れな女だった。
 最初、織江は、家出同然のようにして、はるばる備前岡山から三島までやって来る。許婚の要之進が、三島神社で、藩に伝わる火焔剣を用い、もう一本の火焔剣の持ち主と、真偽を明らかにする神前試合をすることになったからだ。織江は要之進の身の上が心配で、追いかけて来たのだ。それにしても若くて美しい武家娘が奇麗な着物を着て、一人で岡山から三島まで来られるものどうか、疑問に思わなくもない。せめて年老いた従者の一人くらい付けるべきだったと思う。
 まあ、その辺はともかくとして、三島の宿で要之進を探している時に、織江は、ならず者の人足(星十郎)にだまされ、人気(ひとけ)のない野原で襲われる。この危ないところを織江は源氏九郎に救われ、その時九郎に一目惚れしてしまう。しかし、九郎が火焔剣を持っていたので、自分の許婚と試合をする相手にちがいないと思い、驚いて立ち去っていく。
 その後、許婚の要之進に久しぶりに再会するものの、なぜか彼が冴えない男に見えてしまう。織江は、池のほとりで要之進と二人だけになるが、九郎に出会ってからは、要之進に対して急に熱の冷めてしまった自分に気付く。要之進に関係を迫られるが、何度も「いけません」と言って拒んで女の操を守る。
 要之進が神前試合をする時の織江の気持ちは複雑だったにちがいない。この神前試合のシーンで、加藤泰は織江のカットをところどころに挿入するのだが、心変わりした女の気持ちが映像的に実にうまく描かれていて、私は感心してしまった。境内に九郎がやって来た時、織江は「源氏様!」と思わず声を上げる。九郎に会釈した時、織江は彼にまた会えた嬉しさを抑え切れなかったのだろう。試合が始まり、源氏九郎の刀が折れた時には「あっ!」と言って叫ぶ。前の晩、織江はあれほど要之進に、絶対試合に買ってくださいと懇願していたのに、どうしたわけか、心の中では九郎を応援していたのだろう。要之進が討たれた後、織江は彼の亡骸におずおずと近寄って来る。が、手前で立ち止まってしまう。普通なら、抱き付いて泣き叫ぶところなのに、そうはしない。最後は要之進の亡骸の傍らに屈みこんで、呆然としている。立ち去っていった九郎ことに思いを馳せていたのだろう。(つづく)



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