錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『源氏九郎颯爽記』(その十三)

2008-04-08 01:52:00 | 源氏九郎颯爽記・剣は知っていた

 『源氏九郎颯爽記 秘剣揚羽の蝶』の記事が中途半端になったまま、だいぶ日が経ってしまった。4ヶ月近くになるだろうか。もう忘れたころになって書き継ぐのも気が引けるが、このまま終わらせるわけにもいかない。あと三回ほど書いて、『源氏九郎颯爽記』は締めくくるつもりなので、ご容赦願いたい。

 さて、第三作『秘剣揚羽の蝶』は、伊藤大輔が脚色・監督しただけあって、中身が濃く見ごたえのある時代劇に仕上がっていた。単純明快な勧善懲悪の娯楽時代劇とは違い、ストーリーが複雑で、登場人物も多く、ぼーっと見ていたのでは話の筋も人物関係も分からなくなってしまうほどである。
 私はこの2年間に『秘剣揚羽の蝶』をスクリーンで5回、ビデオで5回ほど観ているが、数回観てやっとこんがらがっていた糸がようやくほどけてきた感じである。伊藤大輔が狙った意図も理解できるように思えてきた。
 私はここでこの映画と柴田錬三郎の原作を比較するつもりはないが、よくもまあ、ここまで大胆に原作を変えたものだというのが正直な感想である。原作と同じ場面は数箇所しかない。約九割は伊藤大輔のオリジナルだと言ってよい。登場人物もずいぶん違うし、新たな人物をたくさん加えている。ここでは伊藤大輔が脚色したこの映画のオリジナルな部分で、とくに重要な部分についてだけ触れておきたい。
 いかにも伊藤大輔好みに作り変えたと思う点は、江戸の廃寺の一隅に下層民たちの巣窟を設定したことである。人形遣い、偽造職人、ニセ盲人、易者、そして夜鷹も混じった集団で、その頭領を「初音の鼓(はつねのつづみ)」というやくざ者にして、この役を源氏九郎と同等のもう一人の主役にして錦之助に演じさせた。錦之助の一人二役である。もちろん、これらの下層民も初音の鼓というやくざも原作には登場しない。初音の鼓というのはあだ名で、背中一面にその彫り物があることからそう呼ばれているのだが、本当の名前は分からない。頬に刃物で切られたひきつり傷があるが、錦之助が演じると江戸っ子のイナセなお兄いさんになる。この男、イカサマ博打をやる道中師でもあるが、実は幕府の公金を横領している豪商の悪事を暴き、権力者たちの腐敗した金権政治を正そうとする一種の義賊である。鼠小僧次郎吉に少し似ているが、初音の鼓は一匹狼のアウトローではなく、仲間の小悪党を指揮し悪辣な権力者を懲らしめる貧民のヒーローに仕立てている。
 映画を観ていると、初めは錦之助が源氏九郎とはまったく違うやくざの役をやっていると思うのだが、そのうち、つながりがあることが判明し、終わり近くになってやっと、九郎と初音の鼓が同一人物であるという種明かしをされる。源氏九郎は神出鬼没で不可思議な人物であるが、初音の鼓も謎めいた人物なのだ。この二人の主役が別々に行動し、二つのストーリーが複線的に展開するので、観ている方は頭が混乱してくる。一度観て、結末を知った後にまた観直せば、混乱はなくなるが、それでも、源氏九郎が初音の鼓に化けていたのか、初音の鼓が源氏九郎に化けていたのか、そのどちらなのか判然としない気がするのだ。ただ、ラストシーンを見る限りでは、白装束の源氏九郎が家来になった半次(多々良純)を連れて旅に出るので、やはり源氏九郎が真の姿、初音の鼓が仮の姿だったようだ。これは細かいことだが、源氏九郎が総髪で登場するのも(前二作では髷を結っていて、こちらの錦之助の方が美しく凛々しかったと思う)、また白い着物の下に白い長袖のアンダーシャツ(?)を着ていたのもこれで合点がゆく。腕の彫り物を隠していたのだ。
 まあ、それはともかく、原作では南町奉行の遠山金四郎が町人に変装して登場したり、売れっ子の女形歌舞伎役者がお役者小僧という盗賊に化けて活躍し、さらにこのお役者小僧が遠山の金さんの腹心の与力だったりする種明かしがあるが、伊藤大輔はこうした小細工が気に入らず、源氏九郎という主人公そのものを変身させてしまった。遠山の金さんをヒントにしたのだろうが、これは、伊藤大輔にしかできない芸当で、彼独特の発想によるものである。しかし、これが成功したかどうかは別問題である。(私はやや無理だったと感じているが……。)伊藤大輔の狙いとしては江戸の下層階級をどうしても映画に登場させたくなり、それで、まさか源氏九郎をその中に置くことはできないので、初音の鼓というやくざを創作し、彼に弱者の味方という大役を買わせたのだろう。こうすることによって、源氏九郎が血も涙もある人間的なスーパーヒーローになったとも言えるが、何か怪傑源氏九郎になってしまったような印象も残った。(つづく)




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