錦之助ざんまい

時代劇のスーパースター中村錦之助(萬屋錦之介)の出演した映画について、感想や監督・共演者のことなどを書いていきます。

『源氏九郎颯爽記』(その十四)

2008-04-08 14:40:53 | 源氏九郎颯爽記・剣は知っていた
 この映画には原作と同じく遠山金四郎(丹波哲郎)が登場するが、伊藤大輔はこうした幕府という権力体制側の手先のような人物はきっと虫が好かなかったにちがいない。これほどいい加減に描いた遠山の金さんも珍しいが、丹波哲郎もミスキャストで、悪家老のようにしか見えなかった。また、腕をめくり上げた時の彫り物のちゃちなことにも驚いた。時代劇のヒーロー、遠山の金さんもかたなしで、初音の鼓=源氏九郎の引き立て役、あるいは道化役として伊藤大輔が故意的に描いたとしか思えない。ついでに言えば、伊藤大輔は水戸黄門が大嫌いで、「権力の臭いがぷんぷんしてくると腹が立ってたまらない」と語っている。

 ところで、『秘剣揚羽の蝶』の見どころは、二組のドラマチックな純愛ロマンスと殺陣の素晴らしさにある。(殺陣については次回に語ることになるだろう。)
 伊藤大輔の手にかかると、純愛も何か叙事的で(叙情的ではない)、女の一念とか悲願とかが凝縮された形で表現される。そして、エロティックな妖気が漂うところがある。この映画には、冴姫の大川恵子が将軍の夜伽に召される時の空想シーンがあって、全裸にされボディチェックを受けるところなど、なかなかのもんだった。後ろ姿だけなのだが、冴姫が薄く透き通った紗のような寝巻きを脱がされて、将軍の寝間に入っていくところは、私にとっては生涯忘れえぬ場面である。小学生の頃、この映画を封切りで観て、異常な興奮を覚えたからである。私が生まれて初めて見た女性のヌードシーンだった。大川恵子が吹き替えだったことなど、ガキの私は知るよしもなかった。今観るとそれほどたいしたことはない。むしろその後に続くカットの方がエロティックに思える。大川恵子が、口に含んだブルー色の丸薬(オピウムガンとかいう毒薬だった)を舌の上に乗せて出すところである。ここは吹き替えではない。大川恵子の裸は胸から上しか見えないが、放心したようなうつろな表情でたらこのような肉厚のベロを出す。このアップのカットがなまなましくて良い。
 変なことを書いてしまった。純愛ロマンスの話に戻ろう。
 この映画で胸を打つのは、何といってもラストシーンである。源氏九郎がいまわの際の喜乃(北沢典子)を抱き起こし、「わしは、一生、妻を、持たぬ」と口の動きで伝えるところが最高に良い。「う、れ、し、い」と声にならない声を懸命に発する北沢典子が可憐で可哀想で……もう堪らない。伊藤大輔は、下層民の中に喜乃という聾唖の娘を登場させ(この娘も原作にはない)、この純真な生娘に初音の鼓を慕わせ、また初音の鼓も彼女に優しく接し、彼女を可愛がるという関係を描き出した。これが秀逸だった。映画の内容が俄然ヒューマニスティックで感動的なものになったからだ。
 それと、話が前後したが、この映画では公卿の美しい娘・冴姫(大川恵子)が将軍家に輿入れする設定になっている。(原作で大奥に側妾として上がるのは越後長岡藩の藩主の娘だった。)冴姫は貧乏公家の娘であるがゆえに将軍の淫楽のため金で買われ、将軍の生贄(いけにえ)にされる。聾唖の喜乃も悲しい宿命を背負った悲運の娘(多分捨て子なのだろう)であるが、冴姫も悲運のヒロインである。が、冴姫は意志の強い女で、将軍を毒殺し、自分も自害しようといった悲愴な覚悟を抱いている。そして、この高貴な冴姫は源氏九郎に一目惚れしてしまう。奪われた献上品(古今伝授の巻物三巻)を九郎が取り返して、自分のところへ持って来てくれるのを心待ちにしている。(古今伝授三巻を九郎が奪い返して冴姫に手渡すという筋立ては、この二人が逢瀬を重ねる口実として伊藤大輔が考え出したアイデアだった。)
 冴姫の九郎への思いは次第に募っていく。そして、三度目に九郎が寝間に忍び込んで来た時に、冴姫は九郎に強烈なラヴコールを送るのだった。この場面は、この映画のハイライトの一つであり、私の好きな場面でもある。
 まず、九郎が身を隠すため冴姫の寝ている布団の中にもぐり込む。男女同衾である。布団の中に身を潜めているうちに、姫の方がムラムラ来て、物欲しげそうな目を九郎に向ける。この時、錦之助の困っちゃったなーという顔のカットが挿入されるのでご覧あれ。次に、冴姫は決然として「私の操、純潔をあなた様に捧げる」みたいな言葉を言う。なんと帯を解き桜色の寝巻きを脱ごうとするのだ。ここでは、あっけに取られ呆然として見ている錦之助の正座姿が映し出される。この濡れ場にならないラヴシーン、あまり色気のない大川恵子が演じるからかえって良いのだと思う。彼女の上気した顔といい、恥ずかしいのに一生懸命やっているところに大変好感が持てるのだろう。(これは私の個人的意見なので、どうぞお聞きのがしを!)一番盛り上がった瞬間、邪魔が入る。九郎はあやういところで難(?)を免れ、冴姫も調子が狂い、穴があったら入りたい心境だったであろう。

 ついでに、桜町弘子の八重も、九郎に対しすごい迫り方をした。九郎を親の仇敵だと思っているので、槍を振り回して、九郎にかかってくる。九郎は八重が肌身離さず持っている書状が見たいので、ごめんと言って当て身を食らわせ、八重が気を失ったところで、胸に手をつっ込み、書状を取り出して読む。八重を起こして、無礼を詫びると、胸に手をつっ込まれ素肌を触られたことは、身を汚されたことと同じだと言って、急に八重が開き直る。九郎に、殺すか、結婚するか、もしくは自害するかの選択を迫るのだった。この場面、観ていてびっくりするが、きっと八重も九郎に一目惚れして、プロポーズを迫ったと思うのだが、どう解釈すれば良いのだろうか。(この場面はそっくり原作にもあったが、どう書いてあったか確かめていない。ただし、八重が左源太に殺されることにはなっていなかったと思う。)(つづく)



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