ブログ 「ごまめの歯軋り」

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読書ノート 服部茂幸著 「アベノミクスの終焉」(岩波新書 2014年8月)

2015年08月03日 | 書評
政府・日銀が語る異次元金融緩和を柱とするアベノミクスの検証 経済は本当に回復したのか 第6回

2) 「第1の矢」批判 異次元緩和金融政策  (その1)

 金融政策は日銀の役割である。金融緩和と日銀については湯本雅士著 「金融政策入門」 (岩波新書 2013年10月 ) に詳しい。だから本書第2章の日銀と金融政策の教科書的記述については繰り返さない。そこには次のようなことが述べられている。「2013年3月白川日銀総裁から黒田総裁へ体制交替があった。白川総裁時代は金融緩和の消極的過ぎたという批判が出ているが、実は白川総裁時代(2008年ー2013年)には様々な緩和措置が繰り返されたので、そういう批判は当たらない。ただ作用と反作用に慎重かつ良心的に対処してきたのでインパクトが弱く、市場の反応がなかっただけのことだ。「マイルドな金融緩和措置」から「思い切った金融緩和措置」の黒川総裁のパフフォーマンスと(強い意思表示による)フォーワードガイダンスに市場が応じて、円安が進んだことは事実である。黒川総裁は「物価安定目標(2%)を2年程度の期間を念頭に置いてできるだけ早期に実現し維持するため次のような緩和策を実施する」と表明した。
① 金融市場の操作目標をこれまでの政策金利からマネタリーベースに変更する。年間60-70兆円のペースで銀行の準備+現金残高を増加させる。
② 長期国債の保有残高を年間50兆円のペースで増加するよう金融市場調節を行う。
③ 買い入れる長期国債の残存期間を問わない。買い入れ国債の平均残存期間を3-7年程度とする。
④ ETF、J-REITの買い入れを、それぞれ年間1兆円、300億円のペースで増加する。
として、その結果2013年度末にはマネタリーベースは200兆円、2014年末には270兆円規模に拡大するという、途轍もなく規模の大きさに驚かされる。そのため2103年度中に発行される国債の7割以上は日銀に買い取られることになる。すると中央銀行による財政赤字のファイナンス(日銀による国債の引き受け)ではないかという疑問がでてくる。金融政策の財政政策化になってしまうのである。国債のマネタイゼーションとは日銀が国債を引き受け(国債の市中引き受け原則の無視)あるいは金融機関から買い入れると、政府預金が増え、それを取り崩して民間の預金が増えることを示す。どこまでが金融政策でどこからが財政赤字のファイナンスなのか明瞭な線引きは不可能だが、すでに満杯に近い国債市場において、日銀による国債引き受けしか方法はなかった。つまりインフレ・ターゲット2%設定と、日銀による国債購入額の大幅拡大は表裏一体の政策だった。」という。
 そして次のような見解を示しています。「ケインジアン・アプローチは金利政策、マネタリスト・アプローチはマネタリーベース規模拡大でした。マネタリスト・アプローチとは中央銀行が準備金を拡大すれば、ストックが増えそれによって経済が活性化する、物価は上昇する、経済成長率が上がると主張しています。現在のリフレ派は古典的なマネタリストではありません。なぜならマネタリスト・アプローチのは2つの理論的欠陥があることが指摘されているからです。一つは通貨数量説MV=PTの通貨量Mとその回転率Vの上昇が、価格Pと生産量Tの増加をもたらすという説です。これはまさにインフレそのものです。=は→(恒等式の左が原因で右が結果)と理解されています。そこには理論的根拠はありません。第2の問題は信用創造説M=R/r(通貨量M、準備通貨量R、準備率r)において、中央銀行は準備Rを供給しますが、通貨量M増加の主役は預金者または預金を預かっている金融機関です。金融機関が信用を供与するにはそれなりの環境がなければなりません。1990年代から2000年代にかけての量的緩和政策の下で、信用乗数は極めて不安定で、マネタリーベースをいくら増加させても、それに見合うマネーストックが生み出されなかったという事実があります。これをリフレ派は不十分な金融緩和政策と呼んで当時の日銀を批判します。そこから導かれる論理は「もっと、もっとショック的に効果の出るまで無制限にサプライする」という「アグレッシブ」な金融政策です。理論なしの事実無視のやけくそ論理です。失われた20年において日銀は手をこまねいたいたわけではありません。相当な量の長期国債を買い込んでいます。金よりも仕事がほしい銀行にさらに金を流し込もうとするものです。中央銀行による準備の大幅積み上げは安心感を与え、金融システムの安定化に寄与したことは評価されますが、結果として実体経済に好影響を与えたという確固たる証拠は存在せず、理論的な根拠も難しいというのが一般の理解です。もともと短期金利はほとんどゼロであって、準備金の金利をさらに引き下げることによってさらに金利が下がる余地はないと思われます。すでに銀行間の短期金利市場金利はゼロとなり、市場の機能は消滅しているとみられます。おそらく日銀当局は米国のFRBのバーナンキ議長の手法に注目しそれをフォローしているようですが、市場のモラルハザード(リスク無視、無責任感覚)が心配されます。黒田総裁下の金融政策は古典的なマネタリスト・アプローチに従っているように見えて、中央銀行が思い切った大胆な金融政策(なんとかっこいい言葉でしょう、いつも正義はこちらにありというような)行う姿勢にあることを強く打ち出すことによって醸成される「期待」が、株価や為替相場あるいは不動産価値に及ぼす影響に重点が置かれているようです。まさに心理学の領域で勝負しているようです。本質的に脆弱な「期待」によりかかった政策が果たして実経済に影響を与える音ができるでしょうか。現在は本当にデフレなのだろうか。それもアグレッシブな金融政策でショックを与えなければならないほど深刻なデフレなのだろうか。平成バブル崩壊以来、円高、成長率停滞、経済規模の縮小、賃金低下、企業倒産、失業率増加、格差拡大、企業の海外移転、非正規労働者による労働条件の悪化などが問題なのである。ところがリフレ派はこの間の不十分な金融政策によって引き起こされた総需要の減退がデフレの要因であると主張します。」

(つづく)