ブログ 「ごまめの歯軋り」

読書子のための、政治・経済・社会・文化・科学・生命の議論の場

読書ノート 山口二郎著 「政権交代とは何だったのか」 岩波新書

2012年10月25日 | 書評
マニフェストを実行できない民主党の問題と民主政治への展望 第2回

序(2)
 著者が本書のあとがきで述べているように、この本は2009年3月の「政権交代論」(岩波新書)の後編である。実際に政権交代をはたして後、何を変えることが出来て何がかえられなかったのか、2年間の民主党政権の実績の検証である。そして山口氏の好感の持てるところは、自身の政治的立場を明確にして、中道左派政党による政権交代の実現を目指してきたという。これが政治学という学問の範疇なのかどうかは別にして(無力な政治学よりは実践の場としての政治学の方がリアルであろう)、山口教授は民主党政権のご意見役として、政権の功罪については責任を取ると明言されている。それはいいところと限界をしっかり見定め、政治の前向きな変化を適格に評価し、政権交代の失敗を厳しく分析し今後の政治のための素材を提供することであると云う。政治学という実践の学は政治制度の議論ばかりして、政策の内容の議論についてはおろそかになっているそうだ。仕組みとか統治機構(内閣・国会)・選挙制度の議論は盛んだが、主役である国民の価値観とそれにもとづく政策の内容・配分については「政策学」(財政、金融、社会保障、労働など)には専門家がいるとしてあまり近づかなかった。ここが政治学の限界で、民主党の失敗も政権交代を最大の争点としてあつまった便宜政党で、政策については議論すると分裂するというような雑多な立場の人間の集まりであったことが最大の要因であった。
(つづく)

読書ノート 羽田 正著 「新しい世界史へ」 岩波新書

2012年10月25日 | 書評
「ヨーロッパ中心主義」による世界史からの脱却 第7回

3)新しい世界史の試みと問題点 (2)
 ⑤ 世界システム論: これはグローバルヒストリーの史観に基づいて、ヨーロッパの一部で生まれた「近代世界システム」が地球上のその他の部分を次々と飲み込んでルイに世界全体を覆うようになる。このシステムは内部における資本主義的分業体制と政治的文化的な不統一を重要な特徴とする。アメリカ覇権主義を絵に書いたような史観である。世界システム論の世界史観は現代のグローバルな世界システムが16世紀にヨーロッパに形成されたシステムの拡大延長であるとする。中心は周辺国家を略奪し経済的分業体制を築くのであるが、実は政治的文化的に大きな矛盾を抱えている。現在地球上の多くの地域で資本主義的な考え方が人々の経済行為の基本となっていることは事実である。これを強いられた制度と理解するか、実は各地でそれに学んでいろいろな資本主義が関係していると考えるか、中心は必要ないとするほうがシステムの安定性に貢献するのである。
 ⑥ 周縁史観: 中国が中心である史観からはなれて、周縁から中国を見る試みがある。アジアからヨーロッパを見るには一種の「アジア中心主義」になりかねず、中心主義へのアンチテーゼで終る可能性がある。
 ⑦ サバルタン: イギリスの植民地の下層民の目からインド史を書き直す試みがある。西欧近代知がほんとうに正の価値観だったのだろうかという問いである。反権力史といってよく、歴史全体の否定につながる可能性がある。
 ⑧ 環境史: 人類史、資源を巡る争い、病気や気候変動(乾期・氷河期など)、土地利用や人口動態、開発などの環境テーマから歴史を見る見方である。アメリカ先住民が滅んだのは欧州から持ち込んだ疫病かポルトガル・スペイン人の鉄砲による殺戮か議論の絶えないことである。しかし環境だけで歴史が決定されるわけではない。面白い視点を供給するが、全体像ではなかろう。
 ⑨ ものの世界史: よく言われるが大航海時代はアジアの香辛料が人々を駆り立てた。東インド会社は茶とアヘンと銀の交易だったとか、アフリカ奴隷と西インド諸島の砂糖プランテーションは「白と黒の三角貿易」といわれる。物の生産・流通・消費を従来からの世界史解釈の上に重ね合わせると、現実的な話題性が生まれることは確かである。しかしそれはヨーロッパとアジアの経済活動を対立的に描くことである。モノとカネと人の相互の流れは経済そのものであって、人間の歴史全体を記述するわけではない。
 ⑩ 海域世界史: 文化圏という言葉の代わりとなる「海域世界」がよく話題となる。経済的仕組みである「ASEAN」、「APEC]はその流れにあるといえるが、船舶より飛行機の進歩した今、経済圏を正当に表しているかどうか、或いは政治圏(アメリカ太平洋艦隊派遣海域)なのかいまいちあいまいである。「地中海世界」、「太平洋世界」、「インド洋世界」、「東アジア海域」とか「七つの海を支配したイギリス無敵艦隊」などの言葉は相当市民権を得ている。しかしこの研究手法はあらたに閉じた枠組みないしは空間を歴史研究に持ち込む危険性がある。関係こそが問題なのに、そこに特別の意味を固定し特徴付けることは可能なのだろうか。海域世界に中心は無いが周辺境界が極めてあいまいである。複数の海域世界が互いに重なり合って影響し世界を構成しているので独立した存在ではない。時系列の国民国家の歴史からは自由になれるが捕らえ難い。玄界灘を舞台にした韓国南部と日本の西南部の同一民族説もこれに当たる。魅力的だが実在の確かめようがなく、それは関係史に過ぎないのでは無いか。
(つづく)

筑波子 月次絶句集 「義経遂鹿」

2012年10月25日 | 漢詩・自由詩
遂捕平家獨占魁     平家を遂捕し 獨り魁を占め

牙旗落馬疾如雷     牙旗馬を落し 疾きこと雷の如し

洲邊一戦投鞭渡     洲邊の一戦 鞭を投じて渡り
 
海上千軍撃棹回     海上の千軍 棹を撃って回る


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(韻:十灰 七言絶句仄起式  平音は○、仄音は●、韻は◎)
(平仄規則は2・4不同、2・6対、1・3・5不論、4字目孤平不許、下三連不許、同字相侵)