中橋基明
昭和十一年六月四日
最終陳述
昭和八年頃より村中等と謀議したりとありますが、同志が集って隊内の事情、
兵の家庭情況等を話し合ったので、ある種の目的を以て謀議したようなことはありません。
高橋蔵相が屍体したいになってから中島が斬りつけたようなことはありません。
民主革命を企圖したのではありません。
皆 左様なことを聞いては死んでも死にきれませぬ。
檢察官が國法について説明せられたことはよく判りますが、
倫敦條約に際しての統帥權干犯者たちがいずれも頑張り、
この種の超法的存在に對しては法は及ばず故に大義のために法を破ったものであります。
維新ということを私どもは簡單に考えていますが、
取りようによっては種々の意味となります。
私どもの意味は尊皇討奸に盡きます。
北、西田に利用せられたものではありません。
私どもの屍を越えて躍進日本を建設せられたいのであります。
以上
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1、社會民主革命ヲ實行セントシタリト云フ點ハ斷ジテ承服セズ。
陛下ノ御爲ニ不義ヲナスモノヲ打取ツタノデ、國體ノ眞姿顯現ヲ圖リタルモノナリ。
2、今泉少尉ニ對シテハ命令ニテ御守衛勤務ニ附ク様ニ進メタルモノナリ
ト、 今泉少尉ノ犯行ヲ庇護ス
・・・憲兵報告
・・・憲兵報告・公判状況 21 『 磯部浅一』 の続き
第二十三回公判狀況
昭和十一年六月四日
一 諸言
被告等ハ昭和十一年二月二十六日未明ヲ期シ
近衛、第一師團隷下ノ將兵千四百名ト共ニ 北一輝、西田税等民間側矯激分子ト相呼應シ、
所謂 昭和維新決行ノ爲 機關銃、拳銃、軍刀及彈丸九万六千發ヲ携行シ、
大擧兵力ヲ行使シテ 所謂元老、重臣、軍閥、財閥等國家要路ノ大官ヲ惨殺シ、
以テ帝都ヲシテ収拾シ能ハザル混亂狀態ニ陥レ、
輦轂れんこくノ下達ニ戒嚴令ノ一部ヲ施行スルノ已ムナキニ至ラシメ、
以テ平素包蔵セル改革ノ試案ヲ軍首脳ニ迫リ、
政治、敎育、經濟等萬般ノ政治機構ノ改變ヲ企圖シタルハ、
國憲ヲ紊リ、國法ヲ無視シ、延テハ皇軍ノ威信ヲ内外ニ失墜シ、
光輝アル皇國三千年ノ青史ニ拭フベカラザル汚點ヲ印シ、
畏クモ上聖上陛下ノ宸襟ヲ悩シ奉リ、下國民ノ信望ヲ損ジタリ。
之 聖代未曾有ノ不祥事ニシテ、
畏クモ第六十九回帝國議会開院式ニ親臨シ給ヘル陛下ニ於セラレテハ
事態ノ重大サヲ御憂慮アラセラレ、
其ノ勅語にハ、
「 今次 東京ニ起レル事變ハ 朕ガ憾ミトスル所ナリ 」
ト 宣ハセラレ、臣下齊ク恐懼措ク能ワザルトコロナリ。
惟フニ皇軍ノ使命ハ其ノ建軍ノ本義タル軍隊内務書冒頭ニ示サルゝ、
「 皇基ヲ恢弘シ、國威ヲ宣揚スルニ在ル 」
モノニシテ、眞ニ憂國ノ道ハ之大義名分ヲ弁ヘ、眞ニ皇基ヲ恢弘スルニ在リ。
然ルニ被告ハ其ノ職責ト使命ヲ逸シ、
一君萬民國體顯現ノ美名ノ下ニ陛下ノ軍隊ヲ私窃シ、
其ノ勢ヲ利用、武力ヲ行使シテ國家要路ノ大官ヲ惨殺シ、
之加ナラズ國政ノ中心ヲナス重要建造物ヲ占據シ、
遂ニ民主主義的革命ヲナサシメタル、
其ノ身 日本國民トシテ且 軍人タルノ職掌ニ依據シ 斷ジテ許容シ得ザルモノナリ。
二 犯罪事實ノ概容 (省略)
三 原因 動機
被告等ハ曩さきニ昭和六年頃ヨリ我國内外ノ情勢ヲ達観シ、
時々國運ノ危迫セルヲ痛感シ、就中
香田淸貞、安藤輝三、栗原安秀、村中孝次、磯部淺一 等ハ
夙ニ國運ノ危迫ハ一ニ元老、重臣、財閥、軍閥等ガ君側ニ蟠踞セル奸臣ノ策謀ナリト信ジ居タルガ、
偶々ロンドン條約ノ後 遂ニ五 ・一五事件ノ惹起ヲ見、
更ニ敎育總監更迭、相澤事件等
皇軍部内ニ相次デ斯ル事態ノ起ルハ明ニ自由主義者ノ蠢動スルノ処以ナリトシ、
國體明徴問題ノ熾烈化ト共ニ國體ヲ驗現シ 昭和維新ノ喫緊ナルヲ想イ、
部内ノ同志 竹嶌、對馬、中橋、丹生、坂井、田中、中島、安田、高橋、麥屋、常盤、
林、鈴木、清原、池田、今泉 及 民間側 山本又、澁川善助 等密ニ其ノ志ヲ交ヘツゝアリシガ、
曩ニ被告等ハ北一輝ノ著作セル國家改造方案ヲ渉猟しょうりょうシ、
北ノ抱懐セル民主主義的國家改造ヲ企圖シアリタルガ、
疲弊窮乏セル農村ノ實情ヲ究メ
萬般ノ政治機構ノ行詰ハ爲政當局ノ腐敗ト重臣、財閥、軍閥ノ横暴ナルニ起因スルモノナリトシ、
之ヲ芟除せんじょセザレバ國政ノ明朗ハ得テ期シ難シトシ、
前記同志ハ廔々ろうろう目的ノ爲ニ會合シ昭和維新ノ斷行ヲ謀議畫策シツゝアル秋、
偶偶 本春 在京部隊ノ満洲出動ヲ察知スルニ及ビ
平素畫策セル手段方法ノ實行ハ其ノ出動前ニ於テ決行セザレバ機ヲ逸スベシトシ、
同志相策應し 之ガ直接行動ノ氣運ヲ促進シ、在京同志ヲ糾合、
更ニ地方同志タル豊橋敎導學校等各地靑年將校ニ飛檄シ、
遂ニ陛下ノ軍隊ヲシテ擅ほしいままニ窃用シテ、
所謂 國體顯現昭和維新斷行ノ美名ヲ擁シテ 治下國憲ノ許容スベカラザル武力行動ヲ以テ
北一輝ノ唱導セル我國體ニ相容レザル民主主義的革命ヲ敢行シタルモノナリ。
四 法律論
被告等ハ將兵千四百名大擧シテ機關銃、拳銃、小銃、軍刀等兵器彈薬ヲ執リ、
國憲ヲ蹂躙シテ國家要路ノ大官ヲ惨殺シ 帝都ノ靜謐せいひつヲ攪亂シタルハ、
之ヲ法律ニ照スニ陸軍刑法第二十五條ノ罪ニ該當シ、
其ノ性質ヲ案ズルニ被告等ノ行爲ハ明カニ 「 党ヲ結ビ兵器ヲ執リ反亂ヲ爲シタルモノ 」
ニシテ、其の首魁及謀議ニ参与シタル者竝ニ群衆ヲ指揮シタルモノハ死刑、
其ノ他ノ職務ニ從事シタルモノハ三年以上ノ有期ノ懲役又ハ禁錮ニ處スルモノナリ。
依テ被告ノ犯情ヲ徴シ、
香田淸貞
安藤輝三
栗原安秀
村中孝次
磯部淺一
ハ本件決行ニ對シ其ノ任務、職分等反亂事件ノ樞機ニ位置シ
以テ武力行使ノ實行ヲナシタルモノニシテ明カニ首魁タルヲ免レズ、
從テ陸軍刑法第二十五條第一號所定ノ死刑ヲ以テ律スベク、尚、
竹嶌
對馬
中橋
丹生
坂井
田中
安田
中島
高橋
麥屋
常盤
林
鈴木
清原
池田
澁川
ノ各被告ハ本件敢行ノ謀議ニ參与或ハ群衆ヲ指揮シタル者ニシテ
夫々其刑責前者ニ次、
同法第二十五條第二號前段ノ規定ヲ律シ死刑ヲ以テ論ズベク、而シテ、
今泉
山本
ノ各被告ハ本件其他諸般ノ職務ニ從事シタルモノニシテ、之ヲ懲役ニ處ス。
之ヲ要スルニ、本件實行當時被告山本又ハ軍服着用シテ犯罪ニ加リシモノニシテ
之ハ陸軍刑法第八條第四號前段ノ規定ニ依リ、
尚、村中孝次、磯部淺一、澁川善助ハ
刑法第六十五條ヨリ本件叛亂事件ノ共犯トシテ併セ審理シタリ、
而シテ 被告等ノ本件敢行ニ伴フ殺人、傷害、放火等其ノ他ノ犯行ハ
本罪構成要素トシテ吸収セラレ、獨立シテ犯罪ヲ構成セズ。
五 情狀論
被告等ハ夙ニ朝野ノ政局ヲ観、
昭和六年頃ヨリ我國内外ノ情勢ニ心ヲ致シ、其ノ國運ヲシテ危機逼迫ひっぱくセルモノトナシ、
其ノ原因ハ元老、重臣、財閥、軍閥等ガ君側ニ蟠踞シテ其ノ奸政ヲ弄スルモノト思惟シ、
頓ニ一掃シテ昭和維新ヲ斷行スベク畫策中、偶々ロンドン條約ニ依リ統帥權ノ干犯ヲ見、
後 遂ニ五 ・一五事件、眞崎敎育總監更迭、相澤事件等相次デ起レル事象ニヨリ
其ノ衝撃ヲ加ヘアルニ臨ミ、香田、安藤、栗原等各被告ノ抱懐セル改新意識ニ對シ
當時民間一部矯激分子タル西田税、北一輝等ノ処信ト相通ジ、
且ツ北一輝ノ著作タル國家改造方案ヲ渉猟シテ 之ニ染リ、
遂ニ武力ヲ以テ革新ヲナサントし、國體顯現國家改新ノ名ノ下ニ民主主義的革命ヲ敢行シ、
國家要路ノ大官ヲ惨殺シ、尚 帝都重要建造物ヲ占據シ、
之ニ伴フニ大官邸警護ノ任ニアル警察官ヲ殺害シタルハ實ニ惨狀極ニ達シ、
尚皇軍ノ長老トシテ三長官ノ一人タル敎育總監陸軍大將渡邊錠太郎ヲシテ殘虐ナル火器ノ洗礼ニ歸セシメ、
高橋大蔵大臣ニ對シテ亦 惨忍ヲ極メ 軍人トシテ詢ニ遺憾没武士道的行爲ヲナシ、
加ウルニ何等増惡ナキ人ヲシテ焼死セシメントシテ家屋ニ放火スル等、
被告等ノ行爲ハ帝國軍人トシテ武士道ニモトリ、
神命ニ則シタル帝國憲法ヲ無視シテ國憲ヲ亂リ、
陛下ノ軍隊ヲ私窃シテ大擧事ヲ揚ゲ、上聖上ノ御宸襟ヲ悩シ奉リ、
下國民ノ信望ヲ失ヒ、壯嚴ナルベキ我國徴兵制度ニ一抹ノ暗影ヲ投ジ、
爲ニ政党人ノ指彈ヲ集中セラレ、
外 露國ニ於ケル共産党ヲシテ
日本軍隊コソ將來共産党ノ利用スルニ容易ナリトスル観點ヲ与エル等、
皇軍ヲシテ内外共ニ國軍ノ威信ノ名誉ヲ失墜シ、
我國未曾有ノ不祥事ニシテ、
被告等ノ処信ハ一ニ國體顯現、國家改新トシテ憂國ノ至情ニ出ズルモノト稱スト雖モ、
實ハ矯激ナル思想ヨリ我國體ト相容レザル民主主義的革命ヲ敢行セントシテ
武力ヲ行使シタルモノニシテ、
ソノ情狀 斷ジテ許容スベカラザルモノナリ。
六、求刑
各被告ニ對シ前述ノ如キ法律論ニ依據シ
陸軍刑法第二十五條処定ノ叛亂罪ヲ適用シ、左ノ如ク求刑ス。 ・・・< 註 1 >
香田
安藤
栗原
竹嶌
對馬
中橋
丹生
坂井
田中
中島
安田
高橋
麥屋
常盤
林
鈴木
清原
池田
村中
磯部
澁川
以上各被告ハ之ヲ死刑ニ處ス。
今泉
ヲ懲役七年ニ處シ、
山本又ヲ懲役十五年ニ處ス。
以上
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< 註 1 >
法務官が君らは大臣告示が出る前において叛乱だといったことである。
事件鎮定後の第六十九議会において、
寺内陸相は一議員の
『 何日から叛乱部隊であるのか 』 との質問に対して、
「 彼らが営門を出た時から叛乱である 」 と 答えている。
これからすれば彼らが不法に出動して
重臣を倒し中央要域を占領したことが叛乱行動であったわけであるが、
しかしそれは反乱であって叛乱ではなかった。
当時の陸軍刑法は反乱罪を規定して、
「 党ヲ結ビ兵器ヲ執リ 反乱ヲ為シタル者 」 ( 陸法第二十五条 ) とあった。
つまり法律的には明らかに反乱であった。
現にこの事件は陸軍刑法第二十五条反乱の罪をもって処罰している。
この反乱行為をしたものに、わざわざ叛乱軍の名を与えたのはなぜか。
彼らが奉勅命令に従わなかったとし、
それは天皇に反逆する行為と規定して、
叛乱軍と名づけたものと解するよりほかはない。
だが、事の実際はすでにみたように彼らを大命に抗した叛乱者としたことは、いちじるしい不当なことであった。
事実、この命令は伝達されていなかったし、
また、彼らには大命に反抗する意思はいささかもなかったからである。
・・・大谷敬二郎・・・ 反乱に非ず、叛乱罪に非ず 『 大命に抗したる逆賊に非ず 』
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香田淸貞以下最後ノ陳述
二 ・二六事件公判狀況
六月四日 香田清貞以下二十三名ノ元將校等ニ對スル
論告求刑ノ狀況ハ既報ノ通リナルガ、
其後ニ於ケル各被告等ノ論告求刑ニ對スル反駁或ハ辯明又ハ意見ニ附
最後ノ陳述ヲ爲サシメタルガ、六月五日終了セリ。
其ノ陳述ノ要旨左ノ如シ。
六月四日
香田淸貞
1、論告中ニ於ケル、
北、西田等ノ心奉セル日本改造法案ニヨリ
社會民主主義革命ヲ實行セント クーデター ヲ斷行セントシタリトアルハ 承服出來ザル処ナリ、
何トナレバ今回ノ蹶起ハ
蹶起ノ趣意書ニ明示セル如ク國體ノ眞姿顯現ニヨリ
一路御維新ニ入ラントシタルモノナリ、
ト辯明シタル後、
其ノ他ハ大體檢察官ノ論告ヲ是認シ、
檢察官ヨリ御詔勅ニヨリ百世改マリ軍ハ肅軍ニ邁進シアリトノ言明ニヨリ
蹶起將校等ノ眞意ハ認メラレアルハ眞ニ満足スル所ナリ トシ、
行動ノ非ハ陛下ノ御宸襟ヲ悩マシ奉リタルコトハ御恐懼ノ至リニ堪ヘズ
と結ビタリ。
安藤輝三
1、日本改造法案ヲ信奉シ、社會民主革命ヲ實行云々ハ、香田淸貞ト同様ノ陳述ヲナス。
2、本回ノ行動ニ於テ、
大臣告示、戒嚴部隊ニ編入ノ事實ハ當時軍首脳部竝重臣、各閣僚ニ至ル迄
蹶起部隊ノ行動ヲ是認シタルモノナリ。
事件後ノ今日、大臣告示ハ説得案ナリ、又 戒嚴部隊ニ編入ハ作戰ノ妙ナリト云フモ、
之レハ小藤大佐ガ正式ニ麹町地區警備隊長ノ命課アリタルモノナルヲ以テ、
當時上層部ニ其意思ナキニアラズ。
本件ハ奉勅命令ヲ出シ叛亂部隊ニ正式ニ下達セズ、
而シテ豹變シタルモノナルコトヲ斷言シテ憚ラザルモノナリ。
尚、本件ニ關シ村上大佐ノ如キハ大詔渙發ノ原稿ヲ所持開示セル事實ヨリスルモ、
軍上層部ニ改造ノ意思アリタルハ明カナリ。
3、私ノ行動ハ獨斷専行ニアリ、統帥權干犯者ヲ斬ルニアリタルモノニシテ、
私ハ週番司令トシテ確カニ命令ニテ兵を動カシタルモノニシテ、
自分ノ部下將校ニハ斷ジテ責任ナキ
ヲ鞏調ス
竹嶌繼夫
1、社會民主革命ヲ実實行セントシタル云々ノ点ハ香田ノ申立ニ同ジ
2、私等ノ行動ガ陛下ノ御宸襟ヲ悩マシ奉リタルコトハ眞ニ恐懼ニ堪ヘズ。
3、豊橋方面ノ關係ニ附テハ自分ガ先任者ニテ指揮下令シタルニ附、
自己ニ全部其責任ヲ負ハシメラレ度。
栗原安秀
1、檢察官ハ蹶起ノ趣意ヲ歪曲シ、故意ニ叛徒ノ賊名ヲ以テ葬リ、 全ク精神モ葬レバ、斷ジテ承服スル能ハズ。
2、社會民主革命ヲ實行云々ハ香田淸貞ノ陳述ニ略同ジナルモ、
日本改造法案大綱ニ附、北、西田等ノ思想ハ決シテ社會民主主義ノ思想ニアラズ
ト反駁ス
3、檢察官ハ現狀維持者ノ代弁者トシテ本事犯ヲ斷罪シアリ、
栗原ハ即チ本件ハ日本ノ生成發展ノ大飛躍ノ爲メノ已ムニ止マレヌ処ヨリ
統帥環權干犯者ヲ斬ツタノミニシテ、超法的ノ行爲ナリ
ト鞏調ス
4、大臣告示、戒嚴部隊ノ編入ノ件ハ安藤ノ陳述ト大同小異ナリ。
5、奉勅命令ハ絶對下達サレズ。
6、小藤大佐ノ麴町警備隊長ノ解任モ下達サレズ。
7、大臣告示ハ説得案ナリシト云フモ、第一師團ニハ立派ニ下達サレ、
刑務所ニ來ル迄説得案ナリシト云フコトハ明示サレタル事實ナシ。
要スルニ、陸軍ノ首脳部ガ責任ヲ負ヒ切レザル様ニナツタ爲
奉勅命令ヲ以テ叛徒ノ汚名ヲ着セ居ルモノナルヲ以テ、
陸軍ガ負ヒ切レナイト云フナレバ、喜ンデ其處刑ヲ受クルモノナリ。
「 約二時間ニ亘リ陳述ス 」
對馬勝雄
1、檢察官ノ論告ハ全面的ニ認ムル能ハズ。
2、檢察官ハ御維新ト革命ヲ履違ヒアリ。
3、歴史的必然性ニ就テノ認識ナシ。國體ガ理論上三段ニ飛躍シアル點ヲ強調ス。
4、國憲國法ヲ無視セヌ。
中橋基明
1、社會民主革命ヲ實行セントシタリト云フ點ハ斷ジテ承服セズ。
陛下ノ御爲ニ不義ヲナスモノヲ打取ツタノデ、國體ノ眞姿顯現ヲ圖リタルモノナリ。
2、今泉少尉ニ對シテハ命令ニテ御守衛勤務ニ附ク様ニ進メタルモノナリ
ト、 今泉少尉ノ犯行ヲ庇護ス
丹生誠忠
檢察官ノ御叱リヲ有難ク受クル旨前提シ、香田淸貞ト大同小異ノ陳述ヲナス
坂井直
1、安藤、栗原等ノ陳述ト大同小異ナルモ、時局認識ニ附
秩父宮殿下ニ對シ奉ル談話ニ言及シ、裁判長ヨリ注意サル
2、妻帯直後ノ犯行ニ附、一身上ニ附、當時ハ陸大ノ受驗勉強中、週番トナリ、
身心共ニ困憊こんぱいシアリ、
且ツ安藤大尉ハ自重論者ナリシ爲 此ノ様ナコトハ惹起ナシト確信シ居タルモ、
安藤大尉ノ命ニヨリ間違ヒナキモノト信ジ 一路御維新ニ邁進セル 旨開陳シ、
且 小學校時代ニ異動アリタル
コトヲ供述ス
( 約一時間三十分 )
田中勝
大體檢察官ノ論告ヲ反駁スル程ノ認識ナシ
トテ、全面的ニ是認ス
中島莞爾
1、社會民主革命云々ノ點ハ香田淸貞ノ申立ト略同様
2、中島ハ陛下ノ御爲ニ捨石トナリタルモノナルヲ以テ、蹶起ノ理由ヲ認メラレ度シ。
3、潔ク處刑ヲ受ク。
安田優
中島ノ陳述ト略同様ナリ
高橋太郎
1、中島ノ陳述ト略同様ナリ
2、死刑ノ宣告ハ絶對的ナル如ク希望ス。
麥屋清濟
1、本事件ノ認識淺ク、論告ヲ反駁シ得ザル狀況ナリ。
2、最後、自分ハ刑ヲ受ケニ入隊セルモノナル如ク 陳述ス
( 特志將校ナリ )
常盤稔
1、社會民主革命ヲ實行セントシタルハ承服セズ、檢察官ハ日本改造法案ノ理解ナシ ト反駁ス
2、大臣告示、戒嚴部隊ニ編入、奉勅命令ノ件ニ關シ、 栗原ノ陳述ト略同様ナルコトヲ簡單ニ陳述ス。
3、國法を犯シタル點ハ是認ス
林八郎
1、栗原、常盤等ノ陳述ト略同様ナルモ、特ニ國體認識ヲ鞏調ス
六月五日
鈴木金次郎
1、同志トシテ參加シタルニ非ズ。野中大尉等ノ命令ニヨリ參加ス。
2、蹶起ノ理由ヲ了知セズ。
3、下士官兵ヲ啓蒙シタル事實ナシ。
4、刑務所ヘ來テヨリ、村中、磯部、栗原等ヨリ同志トシテ行動シタト言ヘト、運動或ハ入浴ノ際話アリ。
5、社會民主革命云々ノ點ハ私ハ其様ナ考ハ毛頭ナシ。
6、法律論ハ智識ナキ爲、檢察官ノ求刑ヲ反駁スル能ハズ。
清原康平
1、求刑ニ對シ、
自己ノ意思ニテ行動シタルニ非ズ。
死ンデモ死ニ切レズトテ、今一度社會ニ出ズル如ク 嘆願ス
( 此時興奮、泣聲ヲ發ス )
池田俊彦
1、常盤ノ陳述ト大同小異ニシテ、死刑ヲ輕クセナイ様ト申立ツ
今泉義道
1、犯罪事實ニ就テ、中橋ヨリ犯行ヲ事前ニ承知セズ。
下士官兵を啓蒙セズ。
2、宮城坂下門ヲ占據トアルガ、守衛隊司令ノ指揮下ニアリテ勤務シタルモノニシテ、
斷ジテ反亂行動ニアラズ。
3、法律論ニ對シ、私ハ党ヲ結ビタル事實全クナし。
又、反亂ヲ犯ス意思ナシ。
因テ蹶起將校タルノ資格欠除セルモノナルヲ以テ、反亂罪ニテ処斷セラルルコトモナキモノナリ。
私ノ行動ガ犯罪ヲ構成スルモノトセズ、他ノ法條ニヨり罰セラルルモノナリ。
山本又
1、私ハ上部工作ニ從事シタルモノ、社會民主革命ヲ實行セルモノニアラズ。
2、北、西田ナルモノヲ承知セズ。
3、國體擁護ノ爲起チタルモノニシテ、全ク私心ヨリ出デタル行動ニアラズ。
4、法華經、日蓮ノ大精神ヲ鞏調ス。
5、陛下ノ御宸襟ヲ悩マシ奉リタルコトヲ恐懼ニ堪ヘザル 旨申立、
陳述ヲ終ル
村中孝次
1、檢察官ノ論告ハ全面的ニ認ムル能ハズ。
2、日本改造法案ノ説明ヲナシ、改造法案ノ内容ハ決シテ社會民主主義ヲ基礎トシアルモノニアラズ、
天皇ヲ根柱トシアルモノナリ。
然レドモ、今回ノ行動ハ此ノ改造法案ノ實現ニハアラズ。
此ノ法案ハ理想トスルモノニシテ、改造ノ一指針ナリ。
3、今回ノ行ハ民主革命ニアラズ。
陛下ノ御爲ニ重臣、財閥等ノ袞竜こんりゅうノ袖ニ隠レテ大權簒奮ヲナセルモノヲ斬ツタノニ過ギザルモノナリ。
4、我々ノ行動ハ已ムニ止マレズ起チタルモノナリ。
國家危急存亡ノ秋、時弊ヲ今ニシテ改メズンバ國體ノ危機ヨリ、超法的ニ行動ヲナシタルモノナリ。
故ニ、國憲國法ヲ無視シタルモノニアラズ。
即チ、大權簒奮者ニ對スル現行刑法ノ制裁ナシ。
因テ、其ノ犯行者ヲ其儘ニスル能ハザルヲ以テ、之ヲ討ツニハ斬ルヨリ他ニ途ナシ。
5、謀議者トハ 私、磯部、栗原、野中ノ四名ナリ。
強イテ謀議ノ中ニ入ルノナレバ、安藤、香田 位ナルベシ。
ソノ他ノ者ハ自分ガ部署ヲ決定シ下達シタルモノニシテ、
檢察官ノ曰ハルル謀議ハ行動者タル軍隊ノ部隊トノ聯絡迄モ謀議ノ中にイレアルハ遺憾ナリ。
6、法律論
今回ノ行動ハ大權簒奮者ヲ斬ル爲ノ獨斷専行ナリ。
党ヲ結ビテ徒ニ暴力ヲ用ヒタルモノニアラズ。
我々軍隊的行動ニヨリ終始一貫シタルモノナルヲ以テ、
此獨斷専行ヲ認メラルゝカ否カハ一ニ大御心ニアルモノナリ。
若シ 大御心ニ副ヒ奉ル能ハザリシ時ト雖モ反亂者ニアラズ。
陸軍刑法上ヨリスレバ壇健ノ罪ニヨリ処斷セラルルモノタルヲ信ズ。
磯部淺一
1、事實論ニ附、日本改造法案ノ内容ガ社會民主主義ヨリ構成サレアルトノ檢察官ノ論告ハ
斷ジテ承服セズトテ、其説明ヲナス。
2、國憲國法ヲ斷ジテ侵シアラズ。
3、軍上層部ノ證言ハ實ニ卑怯ナル態度ナリ。
4、要スルニ、大臣告示、戒嚴部隊ノ編入ノ件ヲ鞏調シ、
併セテ 眞崎大將、山下少將、満井中佐等ノ話ハ確ニ我々ノ行動ヲ有利ニ導キタルモノト思ヒ居タリ。
尚、眞崎閣下ニハ一月二十八日面會シ、其后、森傳ヲ通ジ金五百圓ヲ貰ヒタリ。
又、山下少將ニ附テモ、去ル新宿御座敷本郷ノ會合モ同少將ガ黒幕ナリ。
其時ハ議會解散ニ對シ陸軍大臣ヲシテ署名ヲ拒否 ( 武力一個中隊位ニテ鑵詰 かんきつ ) セシメ、
以テ倒閣ニ導ク陰謀ナリキ。
當時之ハ表面相澤公判ノ協議ナリト體裁ヲ作リタリ。 ( 佐賀内閣ノ陰謀カ )
山下少將モ我々ノ行動ヲ是認シ、維新ニ入ル氣分多分ニアリタルヲ思ハル。
4、檢察官ノ論告にモアリタルガ如ク、有難キ詔勅ハ出サレ百世一新シ、
又、軍ハ肅軍ニ邁進アリト聞キ、心私ニ喜ブモノナリ。
澁川善助
1、始メニ裁判官ヨリ開院式ニ賜リタル詔勅ヲ更ニ讀聞ヲ申請シ、讀聞ケヲ受ケタリ。
2、御詔勅ハ誠ニ有難キ極ミナリ。
我々ノ力及バズシテ御維新ニ入ル事ヲ得ズ、御宸襟ヲ悩マシ奉リタルコトハ誠ニ恐懼ノ至リニ堪ヘズ。
3、社會民主革命ヲ實行シタルニアラズ、國體ノ眞姿顯現ニアツタノデアル。
日本改造法案ノ説明ヲナス。
4、檢察官ノ情状論ヲ一々指摘、反駁否定セリ。
5、今回ノ行動ハ歴史的使命デアルコトヲ御究明サレンコトヲ希フ。
之を要スルニ、澁川ハ澁川ノ持ツ國體観念ニヨリ七度生代ツテモ
只今考ヘテ居ル陛下ノ御爲ニ盡ス心ニハ變ワリナイト、
最後ニ、今回ノ事件ハ最終ニシテ國體ガ明徴トナリ百世一新サレ、
軍ハ □然ト本義ニ基キ邁進スル様 裁判長其他判士ニ御願ヒスル
トテ、辯論ヲ終了ス。
憲兵報告・公判状況 23 『 判決、香田清貞以下二十三名 』 に続く
二 ・二六事件秘録 ( 三 ) から
