花街の名残りを今も残す墨田区の向島。
近くには往時を偲ばせる料亭や足袋の店などもあり、空にはスカイツリーが聳える。
そんな街の一角にある「カド 季節の生ジュース くるみパン」と書かれた喫茶店。
是非行ってみたいと思っていた場所だった。
ドアを開けて中に入った瞬間、息をのむような装飾に目を奪われる。
現実を忘れそうな別天地。思わず店内を見回してしまった。
オープンしたのは昭和33年。
この店の設計は、現在のオーナーのお父様が親しくしていた作家・志賀直哉の弟で
建築家の志賀直三によるものだとか。
直三がロンドンに留学中に見たヨーロッパの雰囲気で、と設計を依頼したという。
徹底した装飾と美的センスにはやはり圧倒する力がある。
天井の薔薇は現在のオーナー自身が描いたもの。
創業当時は梅の花だったという。
肖像画を囲むシャンデリアと薔薇。
何枚も飾られた絵画や凝ったレリーフ。独特の雰囲気がただよう。
店内は大正、昭和と時間の違う品々が一緒に飾られているが
ここではひとつとなって呼吸をしている。
そして床に敷かれた黒い石はスペイン製のもので、オーナーが日曜日の閉店後から
月曜日の定休日をはさみ、火曜の開店までに貼り終えたというすごい腕前。
薔薇が描かれた黄色のテーブルは意表を突く個性的なデザイン。
形も不定形でゆるやかなカーブで造られているのが素敵だ。
活性生ジュースはリンゴ、パセリ、グリーンアスパラ、アロエ、
ハチミツなどを混ぜたセロリの味。 新鮮な味が体に流れる。
そして「くるみパンの茄子とモッツァレラチーズのサンドイッチ」
ジュースもサンドイッチもお勧めの味だった。
「カド」での短い時間。
異空間の中で胸にめぐったのは、月の光がこぼれる森や
緑色の泉、そんな情景が浮かぶようなユートピアの場所だった。
今でもこのような場所が存在することのうれしさ。
そしてとっておきの時間を持てた幸せ。