ぶらぶら人生

心の呟き

遠藤豊吉 編・著 『せんそう・へいわ』

2023-02-09 | 身辺雑記
    遠藤豊吉 編・著

 日本の詩=10  『せんそう・へいわ』


   


 遠藤豊吉の視点で、テーマごとに選ばれた<日本の詩>10冊を読了した。

 最後の一冊は、<戦争と平和>がテーマとなっている。
 編者は、特別攻撃隊員として、戦場を体験された方である。
 私自身も戦争体験者だと自負しているけれど、真の戦争体験者とは言い難い面もある。終戦を迎えたのが12歳であり、田舎に住んでいて、戦争の直接的な被害を被ることもなかったので。
 それでも、子どもながらにも、戦争を肯定的に捉えることはできなかったし、今も、戦争ほど、不幸なことはないと思っている。
 悲劇でない戦争はあり得ない。
 人間の叡智で避けられることなのに、今なお地球上に繰り広げられる戦争の絶えないのが悲しい。

 掲載されている15篇の詩は、すべて、戦争と平和に関するものであり、多くの人に読まれるといいなと思う。
 『日本の詩』1〜10 は、1978年に小峰書店から出版されたものである。今は、同じ本を入手するのは困難かもしれないが、それぞれの詩は、個人の詩集で読むことができる。
 私のブログを読んでくださる方の参考になればと思い、作者と、その詩の題名を記すことにした。


 峠 三吉   (1917〜1953)  仮繃帯所にて
 鳥見迅彦   (1910〜1990)  野うさぎ
 与謝野晶子 (1878〜1942)  君死にたまふことなかれ
 天野 忠   (1909〜1993)  米
 原 民喜   (1905〜1951)  水ヲ下サイ
 石垣りん  (1920〜2004)  挨拶  原爆の写真によせて
 中野重治  (1902〜1979)  雨の降る品川駅
 黒田三郎  (1919〜1980)       母よ誰が
 茨城のり子 (1926〜2006)  わたしが一番きれいだったとき
 阪本越郎  (1906〜1969)  帰郷
 井上 靖  (1907〜1991)  友
 山之口貘  (1903〜1963)  鮪に鰯
 金子光晴  (1895〜1975)  戦争
 金井 直  (1926〜1997)  ひぐらしのうた
 堀口大学  (1892〜1981)  灰の水曜日


 以上、16篇。著名な詩人の詩ばかり。
 
 すべての巻の装幀・画は、早川良雄。

   
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適度であること

2023-02-08 | 身辺雑記
 昨日、少々歩きすぎた感がある。
 歩数が問題ではなく、高低差のある道を上ったり下ったりしたのがこたえたのかもしれない。
 今日は、駅前のポストまで、ハガキを出しに行っただけなのに、少々疲れを覚え、散歩を楽しむことができなかった。

 何事も、適度であること!
 自分の歳を考慮すること!



 近所の庭に咲いていた黄色いスイセン。

    


 今日、たまたま出会った近所のRさんからいただいたスイセン。
 
    


 Rさんは、たくさんのスイセンを育て、出荷なさっている。
 スイセンが一茎につける葉(はかまに包まれている)は、4枚が一般的だと教えて下さった。たまに3枚もある、と。

 インターネットで、スイセンについて調べていると、「水仙の葉組み生け花」についての説明が目に止まった。ここでも、4枚の葉を、どのように配置するかについて説明されていた。


 スイセンを見ると思い出す句。

 水仙は密に挿しても孤なる花(大橋敦子)


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北浜海岸へ

2023-02-07 | 散歩道
 あの道をゆけば、ウグイスの初音が聞けるのかもしれないと、2月に入ってからは思い続けていた。
 前回も、その思いから旧国道を東に向かって歩いたのだが、海へ出る道を間違えてしまった。
 今日こそは、道選びを間違えないようにと、気をつけながら東へ向かった。

 国道から左へ折れ、海への道を辿る。と、かつてウグイスの初音を聞いた、人家の乏しい道に出た。
 今日は曇り日で、日差しは乏しい。気まぐれに薄陽がさすと、歩道のコンクリートに私の淡い影が現れる。が、それは長くは続かなかった。
 残念ながら、ウグイスの声は聞けなかった。まだ早すぎるのだろうか?
 北浜へは無事に到着することができた。


 土田川は、この北浜に注ぐ。
 今日も、波穏やかな日本海である。人影はなく、北浜海岸はひっそりとしている。
 トビさえいない。カラスもいない。猫も犬もいない。
 私ひとりで、海を眺める。
 

 私の立つ位置によって、少しずつ眼前の眺めが変わる。


    




    




    


 
 北浜海岸を見下ろせる丘には、<北浜海岸の立札>が立っている。

 日露戦争のとき、ロシアの戦艦イルティッシュ号が石見の海に沈んだことは、石見カルタのおかげで、子どもの時から知っている。(過去のブログにも、幾度か書いた。)

 カルタの「ろ」は、<露艦イルティシュ和木の浦>であった。

 私の通った嘉久志小学校(のち国民学校)の半円形の鉄の校門は、その露艦イルティシュの一部だと教えられた。小柄な子どもだったせいか、格別大きく、空にそびえる門に思えた。
 が、大東亜戦争が始まって間もなく、その校門は大きな赤い襷をかけられ、お国のために供出させられることになり、みんなで送った記憶も鮮明である。
 

 ここ、北浜海岸には、同じ露艦からボートで脱出した人(21名)が、漂着した場所であることが、立て札に記されている。

 その後、5月27日の海軍記念日には、この海岸で、毎年、運動会が催されたことも。

 私は、国民学校の5年のとき、転入したので、5年と6年の2回、北浜で行われる運動会に参加するはずであった。しかし、二度とも雨で流れ、私は内心大いに喜んだことも、はっきり覚えている。 
 したがって、北浜を初めて訪れたのは、70歳を過ぎてからであった。しかし、少々距離があるので、頻繁に出かけられる場所ではない。

 看板のある位置から砂浜を眺めると、運動会をするには狭すぎる。当時はもっと広い砂浜だったのだろうか? 何しろ長い年月が流れている。地形に変動があっても不思議はない。



     



 西側には、二つの小島が格好よく連なって、小さな半島のような形になっている。以前、Tさんに名前を教えてもらったはずだが……? と考えるけれど、思い出せない。全く手付かずのままの自然がいい。


     



 帰途は、一丘越えて、土田海岸へ出た。距離からいえば、初めから丘を越える方が近道である。
 ただこのたびは、ウグイスの声を聞きたい気持ちが強く、あえて別の道を選んだのだった。


 土田海岸に出ると、いつもの見慣れた風景である。雲量多く、海面は凪いでいるのに、海の表情は重い。


     




 湾内の渚風景は、穏やかである。


     



 海岸を歩ききって、坂道にかかろうとするところで、Tさんの車に遭った。
 北浜に行って来たことを伝える。
 「送りましょうか?」と言われる。
 私は少々疲れてはいたが、歩ききるつもりでいたので断った。歩数計を確かめると、すでに4500歩を越えている。家に帰りつくには、緩やかではあるが、40度の勾配を上らなくてはならない。しかし、歩き慣れている道なので、なんとか帰りつけそうな気がするのだ。(散歩に出かけるときは、万一に備え、いつもコートのポケットに、タクシー代を入れている。)
 
 先刻、北浜海岸から見た二つの小山の名前を、Tさんに尋ねた。
 「二ツ山」と、教えてくださった。
 見たとおりの名前である。
 
 もう一点、立札に書いてあった「土田八幡宮」と、その境内にあるという「東郷平八郎の碑」について尋ねた。
 終戦後、一時取り払われたようだが、今はあるとの話であった。
 機会があったら、行ってみようと思った。


 夕方、TさんからLINEメールが届いた。
 3葉の写真を添えて。


 その1)二ツ山。
 私の眺めた北浜より、さらに東よりから撮られたものかと、思われる。


     




 その2)土田八幡宮。


     



 その3)東郷平八郎の揮毫された碑。
 <日露戦役海戦記念碑>
 と、立派な文字で記されている。


      





 付録

 70代の散歩の折には、よく通った道を久々に歩き、懐かしく思い出す。

 以下、水準点の標識・ふれあいガーデンの標識と花園。


     




     




      


 今日の散歩記録。
 6279歩・4.25km・1時間12分
 少々頑張りすぎた感あり!


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遠藤豊吉 編・著 『たび』 『しごと』

2023-02-06 | 身辺雑記
      遠藤豊吉 編・著

    日本の詩=8 『たび』
    日本の詩=9 『しごと』



    



 2冊の詩集の、遠藤豊吉によって選ばれた27詩と、遠藤豊吉自身によって書かれたエッセイ27編を読む。
 詩と、散文詩に近いエッセイとを味読する。
 たとえば、茨木のり子の「六月」と題した詩にある、<すみれいろした夕暮>といったさりげない表現に感心したり……。
 詩人による詩人らしい表現の世界を楽しむ。
 


 散歩しない日は、できるだけ、庭に出る回数を多くしている。
 何か新たな気づきは得られないかと、地面を眺め、殺風景な木々を眺める。
 庭土から芽生えるものは、まだ乏しい。
 今、一番豊かな表情で青々しているのは、マンジュシャゲの葉である。
 葉が繁る割には、毎年、その花は、それほど多くは咲かないのだが……。
 マンジュシャゲではない葉(下掲の写真)が、伸び始めている。なんだろうか? と覗き込む。
 その場所には、かつてスノーフレークの花が咲いていた。が、ここ幾年か、花が絶えている。
 この緑は、いったいなんだろう?
 しばらく休んでいたスノーフレークが、蘇生してくれるのなら大変嬉しいことだけれど……。
 


     





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暖かさに誘われて

2023-02-05 | 草花舎の四季
 4時を過ぎて、草花舎へ出かけた。散歩を兼ねて。
 今年に入って、初めての草花舎であった。YさんやTちゃんに会って、久々のお話をする。コーヒーをいただきながら。


 窓越しに日暮れの気配を感じて席を立つ。外に出ると、夕べの月が東の空から上り始めるところだった。
 お月見の付録がつくとは、全く予想もしていなかった。
 ハナミズキの梢の間に、今夕のお月さまを見る。淡い月影が美しかった。

   
     




      



 草花舎へ入る前に、出窓近のツバキに気づく。こんなところにツバキがあったかしら? と思いつつ眺める。最近は、草花舎を訪れる機会が少なく、小木だったものが、知らぬ間に目立つようになったのかもしれない。


       



 上掲のツバキの花。小花が品よく咲いている。

     




 カウンター席に座って、コーヒーをいただく。
 常連のTさんが来ておられ、挨拶する。


     




 今日いただいたコーヒーのカップ。

     



 私の帰宅にあわせ、Yさんも散歩すると言われ、二人で駅裏の道を歩いた。
 Yさんの歩調に合わせて歩いたところ、帰宅後、いつもより呼吸がはずんだ。私の日頃の速度は、かなりゆっくりなのだと気づく。

 もの言うことのない日々は、特に老いの身にとって、決していいことではない。そう思いつつも、コロナの感染を恐れて、人に会うことを避け、蟄居の日々を重ねてきた。
 今日は久々に、不自然な日常から脱出し、人と話した。気分がほんの少し、解放された感じである。



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遠藤豊吉編・著『おや・こ』『しぜん』

2023-02-04 | 身辺雑記

 遠藤豊吉 編・著

 日本の詩=6 『おや・こ』
   日本の詩=7 『しぜん』


    



 『おや・こ』には、18篇の詩、『しぜん』には、20篇の詩が収められている。
 詩の後には、遠藤豊吉さん自身の、同数(計38)のエッセイも掲載されている。
 テーマによって選り抜かれた詩やエッセイを、心和みつつ読んだ。

 新しい年を迎え、2月に入っても、暗いニュースばかりで、心が晴れない。ソ連のウクライナへの侵攻は終わる気配がないし、国内にも、お金のためには殺人をも辞さない残虐な事件が未解決のままであったり、親が子を殺したり、子が親を殺したり、不気味な殺傷事件が続出。

 テレビをつけたいると、こちらは罪はないけれど、むやみやたらと大口を開けて笑いこける場面が続出したり……、ことばに重みがなかったり、思わず不機嫌になるものが多い。

 その点、<おや・こ><しぜん>の詩文に接している間は、ひとりでに心が和む。
 編著者のテーマに合った詩の選び方にも感心する。
 よく知っている詩、新しい出会いの詩、初めて知る詩人の詩など、いろいろあって、味読のひと時を過ごす。


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節分の夜

2023-02-03 | 身辺雑記

 当地の神社から福豆をいただいた。
 前庭に出て、「鬼は外!」と、数個の豆を撒く。

 月の明るむ節分の宵であった。


    




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節分の散歩

2023-02-03 | 散歩道
 節分の日。
 気温9℃。風も凪いだ状態なので、散歩に出かけた。

 今日は目的をもってコースを選んだ。
 北浜に向かって歩き、ウグイスの初音を聞くことだった。
 いつも利用している海辺へ降りる道を通り越し、旧国道をさらに東へ向かった。

 同級生の Mさん宅前を久しぶりに通った。
 葬儀以来だなと、10数年前を思い出す。   が、Mさんとのお別れがいつであったか、定かには思い出せない。
 70代、同窓会に出席して、 Mさんが同級生であることを知った。(互いに転校生で、国民学校時代には、全く知らなかった。)

  Mさんは胃癌を患い、食の細い人であったが、よく散歩する人であった。 
 私も当時、ブログを始め、カテゴリーの一つに<散歩道>を設け、散歩を日課として楽しんでいた。
  散歩途中、Mさんに出会えば、一緒に歩くこともあった。
  Mさんの案内で、初めて、北浜まで歩いたのは、今の季節であった。ウグイスの初音を聞いたことを思い出し、今日は、その北浜に向かって歩くことにしたのだ。

 が、道を選び間違えたらしく、北浜へは辿りつけず、海辺に出てみると、折々訪れる土田海岸であつた。いつもと違うのは、いきなり海岸の東端に着いたことであった。

 ウグイスの初音は聞けなかったが、また日を改めて、北浜への道を辿ってみたい。



 途中、畠の中にあった不思議な物体。
 なんであろう?

    



 海辺へ向かって坂を下っている途中、いつもとは異なる角度から高島を見る。

    



 土田海岸、東端からの眺め。

    




    




    




    



 帰途、土田海岸を高所(いつもの旧国道)から眺める。

    



  陽に映えて咲く山椿。

    



 4700歩、小1時間かけての散歩となった。



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対話の楽しみ

2023-02-02 | 身辺雑記
 遠藤豊吉編・著
 日本の詩 4 『いのち』
   日本の詩 5 『わたし』

    


 昨日から今日にかけて、上掲の詩集2冊を読む。
 それぞれ20篇の詩がとり上げられている。
 遠藤豊吉さんの視点で選ばれた「いのち」や「わたし」をテーマとした詩である。

 散文と違って、詩語の一つ一つが心を潤す。快い対話をしているような気分を愉しむ。
 現代の詩人で、今まで最も多くの作品に接してきたのは、茨木のり子、ついで谷川俊太郎かと思う。二人の詩集は幾冊か書棚に並んでいる。
 上掲の2冊にも、当然取り上げられている。少し古いところでは、中原中也の詩も好きである。
 今回、『日本の詩』を5冊まで読んで、掲載されている詩の全てが気に入ったのは、黒田三郎の詩であった。
 『黒田三郎』は、大岡信と谷川俊太郎の編集による<現代の詩人 全12巻>の中に含まれれいる。
 『日本の詩』を読了したら、黒田三郎の詩集を読みたい。

 
 寒くもなく、風もなく、散歩に適した今日であったが、なんとなく気が進まない。無理は禁物と思い、ソファに座って、数独は一日2問と決めているのに、3問目を解いてみたり、身近に置いている読みかけの本を読んでみたり、運動不足の一日を過ごした。
 あの道を歩けば、そろそろウグイスの声が聞けるだろう、と思いながら、気持ちが乗らなかった。


 家の周りを幾度か歩いただけであった。
 冬庭は、殺風景である。
 今は、ロウバイとスイセンが咲いているだけ。

    



 前庭に向かっているとき、私の気配を察して、ヒヨドリが、バタバタと隣家の裏庭に向かって飛び去った。
 イタズラをしていたに違いないと思いつつ、前庭に出ると、マンリョウの赤い実が、みな食べられていた。幾本かあるマンリョウの実は、悉くなくなっている。
 ナンテンの実も。
 淡黄色のマンリョウの実さえも。
 がっかりする。


    



    


    
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2月となる

2023-02-01 | 身辺雑記
 漢方薬局から、常用の薬を届けてもらった。
 写真は、そのサービスとしていただいたシクラメン。二色の色違いの花が、華やいで咲いている。
 当分は日差しの届く室内に置き、4月になったら、外に出してやるように、とのメモが添えてあった。


    



 昨日、慌ただしく諸用を済ませたため、その疲れが今日に残った。
 頭の冴えない一日となった。
 バッグを掛けた肩が、ひどく痛い。
 つくづく無理の効かない体になっていることを自覚する。
 食欲もなく、意欲もなく、<ないないづくし>の一日であった。


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