ぶらぶら人生

心の呟き

Tちゃん作のロシア風クッキー

2008-03-05 | 草花舎の四季
 <年をとるとからだは衰え、ほうぼうが悪くなって、ろくなことはないが、ただ一ついいと思うのは、どんな制約もなくなることだ。出勤や仕事の義務もない。何をするのも自由で、この無制限の自由があるために、老年は老年で楽しいものになる。好きなように生き、気のすすまぬことは一切しないでよい。>
 
 上記は、中野孝次著『老年の良識』に出ている文章である。
 昼前、これを読みながら、私の現在の生き方は、この文章にあるとおりだと思った。老いてなお、様々な制約を生きなくてはならない人もあるだろう。が、私にはそれがない。ただ、無制限の自由があるからといって、いい加減な生き方を続ければ、そのつけは必ず自分に返ってくるので、自制という制約を自らに課すことにはしている……。しかし、かなり気ままであることには間違いない。
 
 今日の天気予報は、全く当たらなかった。
 雪マークが出ていたのに、青空が広がり、春の陽気であった。
 あまり天気がいいので、午後、庭に出て、蕗の薹をスケッチした。小野セツローさんに触発されたわけでもないが、私は、<私の蕗の薹>を描こうとしたのだ。セツロウーさんに倣って、花と対話しながら……。
 ろくな絵にはならなかったが、背に春の陽光が注いで、真綿を一枚重ねたような暖かさだった。それでも、心がどことなく虚ろである。考えてみると、朝から誰にも遇わず、一言も発していない。社会から完全に遮断されたような生活!
 こういう生活はよくないな、と思ったとき、散歩がてら、草花舎へ出かけと来ようと思った。借りている本『セツローさん』を返し、美味しいコーヒーをいただいてこよう、と。
 ついでに、『吉岡萬理作陶展』をもう一度見て、眼の保養もしてこよう、と。
 これが、<何をするのも自由>という、ありがたさではある。

 コートも着ずに、大きなマフラーだけ首に巻いて出かけた。
 散歩を怠っているので、最短距離をとらずに、少し遠回りをした。外に出れば、田舎であっても、一人二人の顔見知りには会い、言葉を交わすことになる。
 草花舎に行くと、Tちゃんが、
 「どうしたんですか? お天気がいいから?」
 と、怪訝そうだった。
 私は、ほぼ月曜日に現れる人、ということになっているのだろう。

 食事の時間帯ではないので、コーヒーをいただいた。
 一昨日に続いて、萬理さんの作品も見た。相変わらず、厭きることがない。
 その後、Yさんと暫く話し、そろそろ帰ろうとしたところ、Tちゃんが、店の奥から出てきて、
 「もう帰るんですか。もう少ししたら、クッキーが焼けるのに…」
 とのこと。そこで、また椅子にかけて、Yさんとの話を続けた。

 「焼き立てをどうぞ」
 と、出されたクッキーをいただいた。Tちゃんによれば、<ロシア風クッキー>。
 温もりのあるクッキーをいただくのは珍しい。自分で作らない限り、こんな恩恵には浴せない……。
 ジャムとの調和もよく、さくさくと美味しいクッキーだった。
 こういう技を難なくこなせるTちゃんが、私からすれば、不思議である。

 家に帰って召し上がれと、さらにお土産のクッキーまでいただいてきた。(写真)
 道々、春の歌を歌ったり、草花舎で、ひと時をすごしたりしたことで、気持ちの中にやっと人間らしさが蘇った感じだった。
コメント
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