花の蕾なのだろうか。
数日間の観察では、何の変化もない。
庭の二箇所に、ヤブコウジがある。
いずれの木も、同じ蕾めいたものをつけたまま、時間が停止している。
もう20年以上も、身近に眺めてきたのに、その花に気づいたのは初めて。花があまりに小さいこともあるが、そのものを見ているようで実際は見ていなかったということなのだろう。
赤い実の熟すまで、また目配りの楽しみが増えた。
「これ、何の花?」
妹にデジカメの写真を見せて尋ねた。
「アブストロメリアだと思う」 (写真 12日)
一度その名を聞いたくらいでは、覚えられそうにもない。すぐメモをしておいた。
最近、散歩の途中で、この種の花をよく見かける。花色は様々で、気品とか奥ゆかしさの点では欠けているが、妙に目を惹く花ではある。花弁を見ると、斑点をつけたもの、ないもの、さらには花弁の色も、一様でないところがおもしろい。
帰宅後、ネットでも調べてみた。
南米産の花で、「ペルーの百合」、「インカの百合」などとも呼ばれるとか。
「ユリズイセン」の別名もあるという。確かに雰囲気的に、百合にも水仙にも似通ったところのある花だ。
いつもは、散歩から帰ると、その日撮影した写真は、すぐパソコンに取り込み、同時に画像を消去することにしている。
が、その日は妹に会って、食事をする約束をしていたので、画像の消去はせずにおいた。花の名に詳しい妹に聞けば、名前の分かるものがあるかもしれないと思って。
果たして、「アブストロメリア」と「ヤマアジサイ」(前回のブログ)の二つについて、知ることになった。
そのとき、妹はバッグから、既に萎れた花茎を一本取り出し、
「この名前、知ってる?」
と、尋ねた。
私は、自信を持って、
「ヒメジョオン」
と答え、「ハルジオン」との違いなどを説明した。
野の花については、私の方がいささか詳しい。散歩のおかげで、野草にはかなり親しみ、その名を知ろうと、可能な範囲で本を調べたりもしてきた。
妹は、孫にその野草の名を聞かれたらしい。
「タカサブロウとは違うのね?」
妹は、昔、一家でお盆のお墓参りをするとき、田舎道を歩いていて、父が道端の花をさし、<タカサブロウ>だと、教えてくれたというのだ。それが、今手にしている花に似ていたような気がしている、と話し、私に記憶はないかと尋ねるのだった。
「人の名前みたいね」
「そう、だから記憶してたんだと思う」
私には全く記憶がない。私が5歳も年上なのだが……。
遠い郷里を目指して、お墓参りに出かけるのは、虚弱体質の私には難行苦行であった。そのときの、真夏の気だるさ、草いきれ、土埃の匂い、蝉時雨の啼きやまぬ声などは、五感に沁みついた思い出として、つい最近のことのように蘇るのだが……。タカサブロウの記憶はない。
妹に会った日、帰宅後、妹から聞いた野草について調べておこうと思った。
ところが、その名前が思い出せない。
人の名前のようね、と言ったことは思い出せるのだが、肝心な名前が出てこない。
思いつく名前を適当に、植物名の索引欄で調べてみた。
<カンタロウ?> 該当なし。
<ケンタロウ?> 該当なし。
………
………
妹に聞いた方が早い、そう思って電話した。
「タカサブロウ」
「タロウじゃなくて、サブロウね。カンやケンでもなくて、タカだったのか。調べてみるね」
私は妹に、電話するに至った経緯を語り、ふたりで大笑した。
記憶力の鈍麻は、時間の無駄遣いに通じる。
<タカサブロウ>の名は、植物の本に確かに出ていた。しかし、写真や説明だけでは、見たことのある植物かどうかさえ、よく分からなかった。
7,8月ごろ、どちらかと言えば湿地帯の野に咲くという。
また野草から当分目が離せなくなった。
<タカサブロウ>に、うまくお目にかかれるといいのだが……。