オカヤドカリは主に陸上で暮らしていますが、呼吸は海棲のヤドカリと同じく鰓に頼っています。
腹部での皮膚呼吸がかなりのウエイトを占めているという報告もありますが、いずれにしても呼吸の為には水が必要です。
気門を発達させて完全に陸上に適応した昆虫などとは違い、オカヤドカリは体が乾燥すると呼吸ができずに死んでしまいますので、新鮮な水をいつでも利用できるように常備しておかなければなりません。
水入れは軽視されがちですが、オカヤドカリ飼育にとって非常に重要なアイテムなのです。
なお、オカヤドカリには、真水と海水を与えますので、水入れはそれぞれに用意する必要があります。
〈水の飲みかた〉
飼育下での観察によると、オカヤドカリの水へのアプローチにはいくつかのパターンが見られます。
もっとも良く見られるのは、鋏脚で水をすくって口へ持って行くという方法です。
この鋏脚を手のように使って水を飲んだり餌を食べたりする姿は、観察していて大変面白いものです。
脱皮前など大量の水が必要な時には、口(顎脚)を直接水面につけて水を飲むこともあります。
また、両の鋏脚の先端を水に浸けてじっと静止しているという行動が時折見られます。
乾季と雨季がはっきりと分かれた地域に生息する種では、水場のなくなる乾季には、湿った石灰岩に鋏脚を押し付けて、毛管現象によって体表を上ってくる水分を利用する習性が観察されているそうです。
おそらくナキオカヤドカリやムラサキオカヤドカリが飼育下で見せる行動もこれに類する習性だと思われます。
実際、湿った砂に同じ様に鋏脚を押し付けることがありますし、流木でも同じ行動が観察されます。
また水入れの中に全身浸かりこんでしまうこともあります。
全身といっても我が家で使用している水入れはそれほどの深さがありませんから、実際に浸っているのは脚と宿貝のごく一部なのですが、観察していると、やはり毛管現象で体表を水が上がり背甲にまで達するようです。
何時間もそのままの状態で静止していることもありました。
このような行動の直後に脱皮モードに入ることが多い事から、脱皮に必要な水分を補給すると同時に、外殻を湿らせて脱皮をスムーズに行う為の準備行動ではないかと推察されます。
水を飲むナキオカヤドカリ
〈水入れの条件〉
このような習性を踏まえた上で、水入れに適した容器の条件を考えてみることにします。
・大きさ
水入れの中に入り込む習性から考えて、少なくとも一番大きな飼育個体が入れるだけの大きさが必要です。
ただし、大きすぎるとレイアウトが不自由になりますので、一番大きな個体の宿貝も含めた全長程度で充分だと思います。
逆に深さは一番小さな飼育個体がスムーズに出入りできるように配慮する必要がありますが、浅すぎると大型の個体に必要な水量が確保できなかったり、海水の場合、蒸発によって濃度が高くなったりする危険があります。
その他にも飼育管理において、いくつかの弊害がありますので、極端にサイズの違う個体を一緒に飼育する事は避けた方が良いでしょう。
・形状
オカヤドカリは大きさの割りには力が強く、軽い容器だと簡単にひっくり返してしまいます。
そのため、水入れにはある程度の重さと安定した形状が求められます。
また、水を飲むときには歩脚をしっかりと踏ん張って体を安定させますので、爪が掛かりにくいツルツルとした材質の容器を使用する場合は、石やサンゴなどでしっかりとつかまれる足場を作ってやると良いでしょう。
水換えや洗浄などの管理が容易な物を選ぶ事も大切です。
・材質
あたりまえの事ですが、金属や有害物質が溶け出すような材質のものは使えません。
特に、プラスチックやセメント、塗料で着色したものは注意が必要です。
〈市販品がベター 〉
これらの条件に適合する容器を探すのは、かなり難しいと思います。
我が家でも、牡蠣などの貝殻、園芸用の受け皿、食品容器など色々と試してみましたが、やはり小動物用に市販されている樹脂製の水入れの使い勝手が一番良いようです。
飼育容器や飼育個体の条件に合った水入れが見つからない時は、オーブン陶土などで自作するのもひとつの方法です。
小動物用に市販されているもの
安定性が良く適度な重さもあるので使いやすい
いろいろなタイプがあるので、容器や飼育個体のサイズに合わせて選ぶとよい
〈真水〉
オカヤドカリに与える真水は、基本的に人間が(安心して)飲用できるものであれば問題ないでしょう。
水道水に含まれる重金属などの害を懸念する愛好家もいますが、日本の水道水は世界的に見て非常に高い水準で管理されていますので、浄水器を通せばそれほど心配する必要はないと思います。
ただし、消毒用に添加されている塩素(カルキ)は、小さな生き物には有害ですので、必ず一日以上汲み置きし、充分に抜いてから使用します。
ヤドカリなどの無脊椎動物は、魚に比べて薬害を受けやすいので、カルキ抜き剤は使用しない方が安全です。
〈海水〉
海生生物は海水中に含まれる様々なミネラル分を体内に取り込んで利用しています。
陸生のオカヤドカリも生命維持のためには、海水に含まれるミネラル分を充分に摂取する必要があります。
オカヤドカリ類が宿貝に蓄水する習性はよく知られていますが、溜める水には海水に近い濃度の塩分が含まれているとの調査報告があります。
特に、当ブログで紹介しているナキオカヤドカリやムラサキオカヤドカリは、内陸性のオカヤドカリなどに比べると、海水への依存度が高い種類ですから、日常的に海水を与えた方が良い結果が出ます。
与える海水は天然海水、人工海水のどちらでも構いませんが、粉末の人工海水はいつでも必要な分だけ作れるので便利です。
人工海水を作る場合、天然海水よりも濃くならないように充分注意してください。
濃い海水はオカヤドカリには有害ですので、必ず比重計を使用して濃度を確認してください。
小さな水入れで与える場合は、蒸発によって濃くなることを考慮して、少し薄めに作っておくと良いでしょう。
粉末の人工海水は概して溶けにくいのですが、ペットボトルに入れてよく振ると比較的簡単に溶かせます。
天然海水を使用するのなら、汚染の心配のある河口の近くや港内などは避けて、必ず外洋に面した潮通しの良い場所で採水してください。
ただし、そのような場所は足場が悪い事が多いので、くれぐれも気をつけて採水するようにお願いします。
採水した海水は一晩放置しておくと、ごみなどが底に沈みますので、上澄みだけをそっとすくって別の容器に移します。
私はさらにウールマットを使って濾過しています。
海水をどれくらい保存できるのかという質問がよくありますが、これは海水中に含まれる有機物の量によります。
プランクトンなどを多く含む海水は数日でアンモニアや亜硝酸塩で汚染されて使えなくなりますが、きちんと処理をしておけば、1~2ヶ月置いても大丈夫です。
以前、上記の方法で処理して2ヶ月置いた天然海水の亜硝酸塩レベルを測定したことがありますが、まったく問題ありませんでした。
〈海水槽について〉
最近ではオカヤドカリの飼育容器の中に、小型の海水槽を設置されている愛好家が多いようです。
自然環境を再現するという意味では、たいへん良いことだと思いますが、少し気になる点がありますので、ここで述べておきます。
まず、水質の問題です。
アクアリウムでは細菌の生体活動によって、アンモニアを比較的無害な硝酸塩にまで硝化・変換するのが水質維持の基本です。
ただし、海水中では淡水に比べて硝化細菌の働きが数段落ちるので、海水水槽では淡水水槽に比べて非常に大掛かりな濾過システムを組むことが常識になっています。
つまり海水中ではアンモニアなどの有害物質が残りやすいということです。
とりわけ数リットル程度の小型水槽をバランスよく維持するのは、ベテランのアクアリストでもたいへん困難なことです。
オカヤドカリ水槽に設置した海水槽も、槽内に持ち込まれたフンや尿、餌の食べ残しなどの有機物由来の有害物質のレベルをきちんと把握しておかないと、オカヤドカリに毒水を与えることになりかねません。
それから、エアレーションによる飛沫の心配があります。
飼育容器内に飛び散った飛沫は砂中の塩分濃度を高めます。
オカヤドカリは脱皮後、浸透圧によって体内に水分を取り入れますので、砂中の塩分濃度が体液よりも高くなれば、逆に水分を奪われて脱水症状を起こしてしまいます。
この辺りの問題をクリアしておかないと、オカヤドカリのために良かれと設置した海水槽が、オカヤドカリを苦しめることになりかねません。
海水槽の設置を考えておられる方は、まずこれらの問題の対策をしっかりと考えてください。
〈旅行に出かけるときは〉
生き物を飼っていて一番困るのが、旅行などで長期間留守にする時の管理です。
飼育家はそれぞれ様々な工夫をされていると思いますが、ここでは参考までに、我が家の方法を紹介しておきます。
まず底砂の厚み程度の深さのタッパ‐ウエアを用意し、水の腐敗を防止する為に、ゼオライトを適量敷きます。
オカヤドカリが出入りできる深さになるように小石や砂で調整し、底までしっかりと砂に埋め込んで、水を注ぎます。
この方法だと、水量が充分に確保できますし、オカヤドカリにひっくり返されることもありません。
海水は蒸発によって濃度が高くなることを考慮して、同量の真水で希釈しておきます。
管理人の経験では、これで10日くらいは大丈夫です。(もちろん、適正な数(45cm水槽2匹、60cm水槽5匹)で、飼育している事が前提です)
それ以上の期間、留守にする場合は、信頼のおける人に世話を頼むしかないでしょう。
〈強制的な水浴についての見解 〉
海外の有名なオカヤドカリ情報サイトに、観賞魚用の水質調整剤を添加した水にオカヤドカリを強制的に浸けこむことを推奨する記事が掲載されています。
国内で得られる飼育情報が限られていた頃は、海外サイトに情報を求める飼育家が多かった事もあって(管理人もその一人)、このような強制的な水浴が愛好家の間で広く実践されていました。
しかし、現在私自身はこの強制的な水浴については、必要がないという見解を持っています。
理由として、まずオカヤドカリの種類が違うという点が挙げられます。
アメリカなどで飼育されているオカヤドカリについて私は多くの知識は持ちませんし、生息環境を自分自身の目で確認した事もありません。
しかし、乾燥した砂を床材として推奨している愛好家が存在することから推察すると、かなり乾燥した環境に適応した種類ではないかと思われます。
日本で主に流通している、ナキオカヤドカリやムラサキオカヤドカリは、ある程度海水に依存し湿った環境を好む種類です。
湿度を70%程度にキープしていれば調子を落とす事もありませんし、必要であれば自ら水浴びをします。
ナキオカヤドカリやムラサキオカヤドカリの飼育において強制的な水浴びが必要だとするのなら、それは飼育環境そのものが間違っているといえます。
また、水質調整剤を添加した水にオカヤドカリを浸けこんで本当に大丈夫なのかという心配があります。
オカヤドカリなどの無脊椎動物は魚などの脊椎動物とは根本的に代謝機能が異なります。
脊椎動物である魚用に開発された水質調整剤を、無脊椎動物であるオカヤドカリにも効果があると考えるのは、あまりにも軽率だと思います。
効果がないだけならまだしも、害になる可能性も否定できません。
事実、魚病治療薬を、ヤドカリなどの無脊椎動物の居る水槽で使用しないことは、アクアリストなら誰でも知っている常識です。
さらに、ハンドリングによる大きなストレスを生体に与えてまで、水浴びをさせる必要があるのかという疑問もあります。
オカヤドカリは非常に臆病で神経質な生き物である事は何度も述べました。
そのような生き物を飼育する場合、極力刺激を与えないような静かな環境を用意して管理するのが、飼育者としての常識です。
自然界でのオカヤドカリの暮らしを想像してください。
オカヤドカリにとってハンドリングされることは、捕食されること、つまり死を意味します。
オカヤドカリを飼育容器から出して、手の上に乗せたり、机の上を歩かせたりして遊ぶような行為は、オカヤドカリに死の恐怖を与える虐待に他なりません。
大脳を持たないオカヤドカリですが、生き物である以上、死の恐怖は絶対に感じているはずです。
穿った見方かもしれませんが、強制的な水浴も、この生き物で遊ぶという行為の延長にあるような気がします。
繰り返し言いますが、オカヤドカリはそっと観察して楽しむ飼育動物です。
むやみに飼育容器から出して玩具にするようなことは絶対にやめてください。
みーばい亭は生き物を玩具扱いする事に強く反対します。
大変役に立つ記事をありがとうございます。
ちょっと質問がありコメントさせていただきました。
まだ旅行の予定はないのですが、旅行する場合の水入れについてなのですが、ゼオライトを少し入れると記事にありましたが、水入れに直接入れていいんでしょうか。
それとも水飲みの周りの砂に加えるということでしょうか。
ゼオライトをまだ使ったことがないので飲み水に入れていいものなのか、分からず。
この部分だけ教えていただけると助かります。
お返事いただけると幸いです。
ゼオライトは水入れに直接入れています。
ただし、ゼオライトの投入は長期間換水ができないときだけにしてください。
ゼオライトはカルシウムイオンも吸着しますので、日常的に水入れに投入するのは避けた方いいでしょう。
オカヤドカリは、そんなに潔癖な生き物ではありませんが、衛生面が気になるのでしたら、飲料水用やアクアリウム用を使用されればいいかと思います。