みーばい亭ブログ

言いたい放題! 飲み放題!

羽鳴り!

2008-04-29 19:58:23 | 日々の戯れ
休日の朝・・、ゆっくりと起きて庭に出ると、「ワーン」と、耳鳴りがする。

これでもかと木の芽をすり込んだ「木の芽和え」、芽紫蘇をたっぷりと混ぜ込んだ「烏賊素麺」、枕崎から取り寄せた本節をからめた「土佐煮」・・などで、昨晩、少々酒を過ごしたので、宿酔のせいかと思ったのだが・・、耳鳴りと思ったのは、咲きはじめたブルーベリーに群がる、蜂や虻の羽音だった。

手元の園芸書には、ブルーベリーの花が咲いたら、筆を使って人工授粉するように、書かれているのだが、ウチの場合その必要はまったくなさそうだ。
庭のベンチに腰掛けて、じっくり観察していると、マルハナバチだけでも3種類、その他のコバチやアブの類に到っては少なくても10種類以上の昆虫がせっせと受粉作業に従事してくれている。
2メートル近くまで育ってブッシュ化している「ティフブルー」は言うに及ばず、成長の遅れていた「メンデイト」にも、今年は花芽がみっしりと付いて、いくらかの収穫が期待できそうだ。

さあ、余分な花粉や蜜は持って帰ってもいいから、家主の眼力増進のために、もっともっと受粉にはげむのぢゃ!

あ、そこ、隣の木の花粉を付けるんだってば!
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流血!

2008-04-19 19:57:31 | 新・ほろ酔いキッチン
今シーズン2回目の貝掘りに行ってきた。
新名神の開通で、三重の海がずいぶん近くなったのだ。
おまけに、開通記念サービスで通行料が半額。
今のうちに使いまくったれ・・という貧乏人根性だ。

それは、さておき・・

私の潮干狩り人生の中で、今回初めて「アカガイ」を掘り当てた。(サルボウかも知れないが)
ハマグリやアサリやカガミガイは、鍋にしたりヌタしたり(相方は山独活)バター炒めにしたりして堪能したのだが、人生初めての自家掘りアカガイは「やっぱり刺身やろ」と言うことで生剥きをやってみた。
まあ、私は貝好きなので(獲るのも食べるのも)サザエもアワビもトコブシもシッタカもバイガイもハマグリもバカガイもマガキもイワガキも・・一応はさばいた経験があるのだが、アカガイ(サルボウかも)は、初めて。
蝶番をナイフで壊して、お尻からパカっと開けると、鮮血がドバッ!
話には聞いていたが、実際にやってみると、ちょっと怯む・・。
まあ、殺してしまったものは仕方がない。
ワタを取って、塩で締めて、あとは琵琶の長寿を含みながら・・パクッ!

絶品でございましたわ。
前回も書きましたが、貝の「甘み」は、この季節に自分で掘ってその日に食べないと、絶対に味わえませんな。
贅沢、贅沢。
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発掘!アーマン王国物語

2008-04-10 21:35:02 | 日々の戯れ
マイドキュメントに雑然と放り込んである画像やテキストを整理していて、懐かしいものを見つけた。
昔むかし、みーばい亭サイトで連載していたオリジナルストーリー「アーマン王国物語」の原稿。
何気なく読み返してみたら、続きが無性に気になってきた。
サイトの改装やなんやで中断したまま放ったらかしやったもんなー。
作者は時間が経ち過ぎて真っ白やし・・(自爆)
誰か続きを書いてくれませんかね?

↓冒頭だけコピペしてみたりして(笑)

序章

ホモサピエンス、つまり人類という種族が、地球上に存在したのはたかだか20万年に過ぎない。
しかし、そのわずかな期間、とりわけ最後の数千年間に、彼らがこの世界に与えた影響は、かつて落下した最大級の隕石をも凌駕するだろう。
人類が生息した時代は、数百万年続いた氷河期の末期、最も繁栄した時代は最後の間氷期だった。
人類について特筆すべきは、自らの進化を止めたことだ。
地球の環境は一定ではない。
生物は世代交代を繰り返す事によって、その不安定な環境に適応して行く。
つまり進化するわけだ。
ところが、人類は生き残るために環境を変えた。
寒ければ暖め、暑ければ冷やす。
その膨大なエネルギーは火に依存した。
森林を切り開き、石炭を掘り、石油を汲み上げ、絶えることなく火を燃やしつづけた。
結果、固定されていた大量の炭素が空気中に放出され、気温はどんどん上昇し、ついに南北の極地を覆っていた広大な氷冠が消滅した。
この状態は、もはや氷河期とは言えない。
間氷期でさえない。
気候の急変により膨大な人口を支えていた温帯域の穀倉地帯は壊滅し、食料に窮した人類はあっけなく絶滅した。
適応を拒み進化する事を忘れた種族には当然の末路といえるだろう。
人類が構築した巨大な建造物は、永く地上に醜い姿をさらしていたが、やがてそれも消えた。
人類滅亡から、3000万年が経った今では、かつて存在した愚かな霊長類の痕跡を見つけることは出来ない。
強烈な陽射しを浴びてきらきらと光る海は、人類が生息した時代よりはるかに広く、暖かく湿潤な大気の中、地上は緑にあふれている。
しかし、世界は広い。
私が語ることができるのは、広大な大陸の西の海上に浮かぶ、小さな島々のことだけだ。
つまり、ウルマ、アマミ、ヤエマ、ミヤコの4島と、それを取り囲む何十もの小島。
そして、その島々には、かつての人類と同じく、知性を有した生き物が暮らしている。


およそ5000万年前、海中に生息するヤドカリの中から、陸上に生息域を広げた種族が現れた。
オカヤドカリである。
当初彼らは、全盛期を迎えていた哺乳類の足元でうごめく、取るに足らない生き物に過ぎなかったが、すでに知的生命体へと進化するための、優れた素質を持っていた。
彼らはヤドカリである以上、陸上でも巻貝の貝殻を背負わなくてはならなかった。
しかし、海中に比べて陸上では貝殻の確保が格段に難しい。
仕方なく、オカヤドカリたちは、とりあえず手に入る貝殻を加工して利用するようになった。
最初は強力な鋏脚と背甲から分泌する酸で、貝殻を割ったり溶かしたりする程度だったのだが、やがて木片や珊瑚の骨格など様々なものを、加工する技術を身につけた。
習得した技術は、腹部にできた小さな神経の瘤が記憶した。
さらに、彼らは音によって仲間とコミュニケーションをとる事が出来た。
貝殻と腹部をこすり合わせて出す単調な音によるコミュニケーションは、角質化した腹部の皮膚と固い腹肢を獲得する事によって、格段に進歩した。
様々な音程とリズムによって構成された音は、もはや言葉と言ってよかった。
言葉を得た事によって、腹部の神経瘤は一気に巨大化し、ついにオカヤドカリは知性を持つに至った。

そして現在、オカヤドカリたちのうち、もっとも進化したムラサキ族やナキオカ族は、貝殻を背負っていない。
一見すれば貝殻を背負っているように見えるかもしれないが、それは死んだ巻貝の殻ではない。
生きた殻なのだ。
ムラサキ族はヤー(家)と呼ばれる海綿動物の一種、ナキオカ族はチブル(頭)という刺胞動物の群体を宿として利用している。
これらは生きた動物であるから、オカヤドカリの成長に合わせて自らも大きくなる。
この、合理的な共生関係を構築したおかげで、オカヤドカリたちは宿貝の確保という、不安から開放された。

ムラサキ族とナキオカ族がともに生息しているウルマ島では、過去何度かの紛争を経験したが、幸運なことにともに非常に知能の発達した種族であったため、それぞれの代表による会談によって平和的に領土を分割することを得た。
島の西側の砂地を中心とした地域がナキオカ族、東側の珊瑚礁に面した地域がムラサキ族の居住区となり、その集まりはクニと呼ばれた。
それぞれのクニは、会談に臨んだ代表が中心となって治められ、やがて住民が増えるに伴い代表は族長、そして現在では王と呼ばれる存在になった。
2つの種族はアマン神(月)を崇め、自らをアマン神の子「アーマン」と呼んだ ・・・


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貝の季節

2008-04-06 19:51:21 | 新・ほろ酔いキッチン
焼きハマグリ、アサリの酒蒸し、アサリとミツバの卵とじ(ぶっかけご飯)、ボンゴレ・ビアンコ、アサリとワケギのぬた、アサリと豆腐と菊菜の小鍋仕立て・・・。

昨夜から今夜にかけての我が家のメニューである。
旬を迎えてみっしりと身の詰まった貝の甘みは、この季節に手ずから掘り出さないと、なかなかに味わえない。
今年は豊漁だった。
温やかな春の日差しに、自家栽培の山椒の芽もミツバも菊菜もワケギも食べ頃をむかえ、貝ずくしの器に色を添える。

裏庭に面した窓を開け放ち、満開のユスラウメを眺めながら、貝を肴にほろほろと酒を楽しむ。
酒は郷土の誇り「琵琶の長寿」。

春は貝の季節。

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脱皮殻

2008-04-02 21:15:11 | 生き物の話
ヒメアカイソガニの脱皮殻を見つけた。
相変わらず、ほとんどオモテには出てこない新入りのカニちゃんたちだが、それなりに暮らしているようだ。
きれいな殻だったので、記念にとっておこうかと思ったのだが、残念ながらケアシの晩飯になってしまった。
こちらも脱皮が近そうなので、カルシウムが必要なのだろう。
不完全とはいえ、こういう腐食連鎖のひとコマを、グラス片手にのんびりと眺められるのは、磯水槽ならではの贅沢。
ま、冷たい海で波に揉まれながら生き物の暮らしを(必死で)眺めるのも、それはそれで楽しいのだが(笑)
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