そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

あれから50年も経った

2010-06-15 | マスコミ報道

Photo_2 日米安保条約が改訂されて今年で、50年経つ。今日6月15日は、東京大学の女子学生樺美智子さんが、デモの最中死亡した日である。圧死とも撲殺とも言われている。その日から今日で半世紀が経ったことになる。

職場に彼女の同級生の上司がいたこともあり、また同時期皇太子妃となったもう一人の美智子と比較されたりもしたが、樺美智子の名は忘れることはない。60年安保の象徴的存在である。この当時の大学生は社会の宝である。ましてや女子大生は最も貴重な存在であった。最近では、報道も6月15日の出来事を伝えることもほとんどなくなった。

60年安保は、戦後15年経った時点ではあるが、前年の三井闘争と並び日本で起きた最も大きな反政府運動であった。安保条約は、東西冷戦を背景にして、日本が国際社会の位置づけとPhoto_3 して、西側へ付くことを宣言した条約ともいえる。

この時をターニングポイントにして、日本は大きく変わる。高度経済成長社会へと舵を切り、安保条約のネガティブな評価はかき消されてしまうことになる。毎年10%を超す経済成長は、公害や環境破壊など、大きな汚点を残すことになるのであるが、安保条約の評価は決して低くはならなかった。

翌年の61年には、農業基本法が制定されて、多くの農民が農地を放棄して、日本の食糧自給率が急落することになる。人も産業も都会へとなだれ込み、地方は疲弊することになる。経済成長が引き起こした、地域間格差や環境破壊それに、経済至上主義ともいえる大きな価値観の転換は見直されるべきである。

日本古来の伝統や文化が急速に消えてしまった。とりわけ食生活は、すっかりアメリカに乗っ取られた感がる。これほどまでに伝統的な食文化まで否定して、経済成長をなしとげた国家はこれまではなかった。

今日はそうしたことへの転換を日本が歩み始めた日である。半世紀前のことである。

コメント (1)
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