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そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

トモダチ作戦の被害者たちの訴訟、それでも原発再稼働か

2017-10-09 | 原発と再生可能エネルギー

この図は昨夜のNNNドキュメント番組、「放射能とトモダチ作戦」の図である。赤い線が東北震災の時のアメリカの空母ドナルド・レーガン号の航跡である。それに、放射性物質の拡散をシュミレーションのソフト、SPEEDIを重ね合わせたものである。震災が起きた11日から3日日ほど後から、16日までの航跡であるが、見事に福島第一原発事故の放射線を浴びている。
23日は、妙な落下物などがあったと乗員が証言している。金属のような味がしたとは、被爆したものが良く用いる表現である。全員で防御服なしで飛行甲板を清掃している。
トモダチ作戦として韓国に向かっていた、空母ドナルド・レーガン号は急遽引き返し福島での救援に向かった。トモダチ作戦は福島の人たちに感謝されている。
すでに9名が死亡している。死因は急性白血病や様々な癌である。トモダチ作戦の圧帰国後子どもをもうけた人がいたが、2歳で複数の癌で死亡している。両足を切断し人もいるし子宮を切除した女性もいるし、肺を片方切除した人もいる。爆発で外に放出された放射性の8割は海上に撒かれている。空母の人たちその後共通の症状を示している。髪が抜けたり、下痢や下血や嘔吐各部位からの出血など、典型的な被爆症状を示している。
更に数日間海水から作られた水で調理されたものを食べたり、飲水やシャワーを浴びている。内部被爆を受けている可能性がある。関節の痛みや皮膚の浮腫みや、頭痛などを訴えている。アメリカは福島原発からの被爆を認めていない。取材にも応じていない。
空母ドナルド・レーガンの乗務員402名が、東電相手に1億4500ドル(約120億円)の訴訟に踏み切っている。東電は知り得た方法を流さなかったというのである。
SPEEDIの公開を即日やっていれば、飯館村の人間の被爆被害も最小限に抑えられた可能性もある。空母の被爆もなかったと思われる。住民などの不安をもたらすという理由で、公開されなかった官僚思想が、多くの被爆被害を起こしている。
原発は処理が不可能な放射性廃棄物などを吐き出すことばかりではなく、国家の統制で作られた天下り産業の典型で、寄らしむべし知らしむべからずの思想がいまだ抜けていないのである。
原発はいつでも核兵器を作れる素地を提供する施設でもある。原発がやめられない自民党の思惑がここにあり、核武装論者の小池百合子も同様である。目先の票目当てのための消費税凍結なども同じである。明日総選挙が公示される。各党のいい加減で嘘丸見えの公約を見抜かなければならない。
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原発再稼働容認に動く

2017-09-14 | 原発と再生可能エネルギー

東京電力福島第一原発の事故の後すべての原発が停止し二年近くの原発ゼロを経て、現在3原発5基の原発が稼働している。原子力委員会が、稼働を前提に政権与党にジワリジワリと寄り添い、お墨付きを与えてきた結果と言える。しかしこれは巧みな原発稼働への仕組まれた構図・免罪符の発行に思えてならない。
安倍晋三は、「世界で最も厳しい規制」と呼ぶが、日本が世界で最も危険な地質に原発を建設していることは省かれている。国はこうして再稼働の責任を、規制委員会がが決めたことと責任の丸投げをするが、規制委員会は、「基準は安全を保障するものではない」と述べている。例えば事故の時の避難計画は対象外になっているのである。大洲原発など逃げる手段も道もない。委員会は基準に沿っているかを審査しただけであるというのである。国と規制委員会は相互に支えあいながら、あるいは責任をなすり付けあいながら、お互いが支持されている根拠にしているのである。再稼働ありきの奇妙な構図である。
日本の原発は事故の人災を減らすために過疎地に建設されている。しかも冷却水が十分な海沿いという事になり、寒村が多い。地方の村は財政難と人の交流を同時に回復させる、魔法の媚薬の原発の再稼働を望んでいる。極めて少数の人が反発されながら声を上げるが、反対の声は小さい。こうして寒村に再稼働容認の、村(町・市)議会決議をさせ、それを県が受けて国にお願いするという、どこも変わらない構図である。
東京電力の世界最大級の、柏崎刈羽原発の再稼働は、「福島の事故の検証と総括が先」とする、新潟県米山隆一知事の姿勢が何よりも優先されるはずであったが、その雲行きも怪しい。東電は我々の金を戴きながら、あと数十年もかかる試行錯誤の廃炉作業の目処すら立っていない。その中で、通常の規制と審査で乗り切ろうというのである。
票のために、口当たりのいいことを言い続けた県知事は、地位に就くと平気で翻意する。三反園鹿児島県知事が好例である。反原発派が一致して指示した男はいつの間にか原発容認派になっている。泉田新潟県前知事も然りである。泉田の場合は知事選に出なかったことは評価したいが、今度は衆議院選挙で自民党から立候補するというのである。民進党は、電力労連の圧力で原発容認をせざるを得ない。任期終了間近い規制委員会田中委員長は、東電の廃炉手続きの不適正を指摘しておきながら、適格性まで否定したわけではないと翻意している。
この人たちは国民のことなど何も考えてもいない。原発再稼働のたなら何でもする国の恫喝や方針に従順なだけである。いずれの原発も再稼働のためのアリバイ工作と理由づくりを模索しているだけである。
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被害者が存在する人災に加害者が存在しないわけがない

2017-07-01 | 原発と再生可能エネルギー

地震も津波も天災である。しかし、原発事故は人災である。必ず排出される放射性廃棄物の処理方法を解決していない原子力発電所施設は、あらゆる外的条件にも耐え、一次的事故は絶対に起こしてはならない施設である。原発は人間がエネルーギー作り出すために作りだしたシステムである。全ての責任は人間側にある。

昨日(30日)東京電力福島第一原発事故について、業務上過失致死傷罪で元会長の勝俣恒久と元同社副社長の武黒一郎と武藤栄の3名が強制起訴され初公判が、東京地裁で始まった。3人はいずれも、検察官役の指定弁護士による起訴内容を否認し、無罪を主張した。刑事責任を問われるのは初めてのことである。世界最大の原発事故でありながら、刑事責任はいまだ誰も問われることがないのである。原発事故については、福島県民らが東電幹部や政府関係者に対する告訴や告発を検察に提出したが、検察は2度不起訴処分としている。今回の強制起訴は、爆発事故が起きるのを予見できたのに、適切な津波対策を怠った結果、2011年3月の津波による爆発事故で、近くの病院の患者ら44人に長時間の避難を強いて死亡させ、原発作業員ら13人にけがを負わせたと、住人たちが訴えたのである。
焦点は事故は予測できたかどうかであるが、3年前に15.7メートルの津波を予測し防潮堤建設まで検討していた事実が判明した。勝俣氏は津波は予見できなったと主張したが、この報告は受けていたことも解っている。
本ブログで何度も薬害を取り上げているが、構図としては全く同じである。企業は自らの責任を全く認めない。たとえ相当追い詰められ認めたとしても、時間稼ぎをする、責任逃れを繰り返す、責任を過小評価する。企業の体質は本質的に変わららない。
しかし、放射性物質を排出する事故である。6年を超えた現在でも、5万6千人が放射能汚染で自宅に戻れないでいる。被害者が大量に存在する人災に、加害者が存在しないという奇妙な構図がこの国ではまかり通っている。このままでは東電は何事もなかったように、再度原発依存をすることになる。結局は原発事故の大半は税金で賄うことになる。つまり国民がその責任を負うことになるのである。原子力発電所は、科学的にも社会的にも政治的にも存在してはならない施設なのである。事故予見の可否はそれ以前の問題である。

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原発は危険だから田舎に持ってゆけという意見に反対する

2017-04-13 | 原発と再生可能エネルギー
4月6日の本ブログの、「自己責任でやれというが、事故責任は問わない」のコメント欄が40を超えたのでここで述べることにします。
コメントを熱心に届けてくださる方は、僻地とくに私の住んでいるような根室に原発を集中せよというのである。僻地もそれで潤うというものである。都市の論理、効率優先の考え方で核融合の基本と、僻地へに住む者の感情を逆なでするものという感想を私は述べている。
1975年ころだったか、私の勤める家畜診療所に、「東京に原発を」という広瀬隆さんの本を置いていた。農家の人たちが来ては見て帰り、ボロボロになって結局は行方不明になった。新しく買っては見たがそれもどこかに行ってしまった。
時は泊原発建設を検討していた時であり、推進する社会党の北海道知事に反対の署名を集めていた。広瀬氏の趣旨は明瞭である。原発が安全なら、新宿の広大な浄水場処理施設の跡地利用が検討されているが、そこに作れというものである。送電建設の費用はほとんどいらない。冷却した温水を欲しがる企業は数限りなくある。送電による電気のロスも維持費もかからない。良いとこだらけの、新宿原発である。誰も賛成しない。原発が危険であるからであるし、事故が起きれば被害者が数が天文学的な数字になり、産業への打撃も計り知れない程大きいからである。田舎の人たちは、広瀬さんの意見にすんありと共感したのだと思われる。
この本は皮肉たっぷりに、原発の危険性を洗い出していた。その後原発基本法には、都会で建設できないよう文言が加えられた。交付金をたんまり出すというのである。原発は危険だということを認めてのことである。
現実に根釧地区の地盤まで数百メートルの間に、堆積層がある深さにコンクリートなどに放射性廃棄物を封じて埋めれば、地震の衝撃は産めない。1万年は保障するという地質学者がいる。その方の意見は、その1万年の間に人類は放射性廃棄物処理の知恵と技術を開発せよというのである。名指しされた地域の議会は早々と反対の議決を出している。
これらの多くは、何でも経済効率優先の社会が、僻地を過疎地と同義語にしてしまった現実に基づくものである。僅か5%の土地に、70%を超す人がひしめく日本である。日本の95%は僻地である。そのうち70%近くが山林であるが、僻地が都会に食料や新鮮な水や空気を提供していることを、理解していれば僻地は金さえ出せば、原発を引き受けるだろうというのは、イナカモンである私たちを冒とくするものである。田舎は都会に人的な提供も続けてきた。それもなくなり、都会の人たちはかつては誰も田舎を持っていたが、2代目、3代目になり、田舎を思う気持ちも薄らいできたのだろう。
今や田舎は都会の犠牲者になれと言われることに時代を感じる。核融合は地球上で人為的な制御不能な化学反応である。

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自主避難は”自己責任”でやれというが、国と東電の”事故責任”は問わない

2017-04-06 | 原発と再生可能エネルギー
一昨日の今村復興相の激高会見が話題になっている。大人気ない上から見下ろすようにフリーのルポライターを怒鳴り散らした映像は、テレビ的には面白いだろうが、これはいただけない。
しかし、この会見の核になる部分は別にある。何度も失言を繰り返すこの怒りんぼうの大臣は、自主避難者は勝手に避難しているから、自己責任だというのである。国は知らんと発言したのである。
「帰らないのは本人の責任。それが不服なら、裁判でもなんでもやればいい」という言葉は、被災者の置かれている現状や悩みや苦悩や我慢を全く理解していない。自主避難者とは、国の避難指示に従わなかった区域から被曝による健康被害を心配して県外などに生活の場を移した人たち。いまだ3万人近くいるが、国と福島県は3月末で、この人たちの住宅の無償提供を打ち切った。フリーのルポライターの方の質問は、そのことへの避難者の現状を知ってくれということであった。どうも詳細を知らない大臣は、上のような発言になったのである。福島県を通じて以外は支援しないと発言したのである。
国と東電は住民に対して、日本の原発は安全でソ連のような事故は絶対起きませんと、説得していた。それが、ソビエトのチェルノブイリを超える事故を起こしてしまった。住民に何の瑕疵もない。国は独自に時には世界基準を大きく超える汚染基準を設定し、避難地域や避難時期を設定している。
事故は絶対起きない安全神話を押し付けてきた国が、安全基準を設定して、それを信じろというのも、相当の無理がある。「国の決めに従わない自主避難者は、自己責任で解決しろというのである。不満があれば訴訟でも何でも起こせばいいのだ」、国は知らんでは、就任時避難者に寄り添うと言っていた自らの発言を否定することになる。
どうもこのところ、稲田防衛大臣や金田法務大臣それに安倍信三と、誰でもおかしいと気が付くような低レベルの問題が立て続けに起きている。知的レベルが疑われる政権末期の状況である。
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原発を何とか稼働したいし核兵器を存続させたいこの国の抱える矛盾

2017-03-29 | 原発と再生可能エネルギー
長年東芝のコンピューターを使っている。古くなって機種を代えても、同じ会社のものは使い勝手が良い。その東芝がただでさえ経営が行き詰っているのに、2009年に買い占めたアメリカのウェスチングハウスを買い占めた。アメリカで本格的に原発事業に乗り出すことを表明したのである。福島原発事故から世界は原発に後ろ向きになっているのに、東芝はインドやベトナムなどの原発に手を出す有様であった。買収した会社が破たんして、東芝は1兆円を超える赤字に陥った。時代を見誤った経営者の責任である。
東芝はどうなってもいいが、ダイナブックやレグザはどうなるのだろうか。意外なところで身近に感じている。原発を金儲けの視点からしか考えなかった東芝の哀れな姿である。

高浜原発は大津地裁の差し止め判決を受けて、稼働が停止されていた。安全が保障されていないという大津地裁判決を、大阪高裁は取り消したのである。新基準に合理性があると認めたのであるが、核分裂を僅か数年単位、大目に見ても数十年単位の対応で評価することに無理がある。判事たちに核融合の基本的知識があるのだろうか疑わしい判決である。目先の産業構造に問題が生じるというのが、推進派の言い分である。
我々は未来の子供たちとその子孫から、この地球環境を預かっていることを忘れてはならない。

世界だたった一つの被爆国日本は、アメリカの顔色を窺いもしくは今流行りの言葉で言うなら、「忖度して」、核兵器禁止条約から離脱するのである。広島出身の岸田外務大臣は、閣内で参加の検討を依頼したようであるが、個人の意見はないに等しいのがこの内閣である。
日本はいったい何のために、先の戦争で多くの犠牲者を出したのであろうか。無差別に一般市民が殺され時代を経て人間にそして環境に被害を及ぼし続ける、核兵器の存在を認める核の傘はあまりにも稚拙な論理である。主要核保有国との関係が悪化するというのは論外である。核はこの地球上に存在できろ場所などないのである。

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原発の画期的な判決が出た

2017-03-17 | 原発と再生可能エネルギー
やっというか、今頃になってというべきか、日本の司法がようやく国と東京電力に、福島原発事故は防げたがそれを怠ったと、賠償責任の所在を明確にした。
東京電力福島第1原発事故で福島県から群馬県などに避難した住民ら137人が国と東電に計約15億円の損害賠償を求めた集団訴訟の判決で、前橋地裁は今日(17日)、「巨大津波の予見が可能で、事故は防げた」と判断、国と東電に賠償責任を認め、計3855万円の支払いを命じた。全国で約30件行われている集団訴訟で初の判決である。
原道子裁判長は、政府が2002年、「日本海溝沿いで津波地震が30年以内に20%程度の確率で発生する」とした長期評価を発表し、巨大津波の予見は可能だったと指摘し、東電が対策を怠ったとしたのである。
地震も津波も天災であるが、原発事故は人災である。数百万人以上の被疑者ががいる人災であるにも拘らず、加害者が存在しない奇妙な構図があった。つまり原発事故の責任者は存在しなかったのであるが、この奇妙な構図は解決されたことになる。
国と東電は必ず上告するものと思われる。そうした無責任な体質、責任逃れを求める姿勢が、新たな事故を引き起こす土壌となる。周辺住民と安全を共有するという姿勢がない以上、類似の事故は繰り返されることになる。「原発事故には死者は出ていない」などという、無責任発言を繰り返す閣僚もいる。事故の重要性はもちろんのこと、原子力発電の本質すら理解していないのである。
これから続々と続くであろう、残りの29の裁判の行方に期待したい。出世に拘泥せず定年に近い、原道子裁判長の英断である。
世は、アッキード事件や稲田朋美のあほ・無責任事件にかまけて、原発事故を忘れてしまいそうになっているが、原発の永続性を忘れてはならない。
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原子炉の底でやっと見つけた”穴”、これからどうする

2017-02-06 | 原発と再生可能エネルギー
この連続写真が撮影されたのは、福島第一原発2号基の圧力容器の真下にある空間部分である。横から穴をあけて、ロボットが汚染部分に入り込んで、やっと撮った連続写真である。直径2メートルほどの穴が開いている。内部の放射線量は、最大で1時間あたり530シーベルトと極めて高く、人なら3秒で死に至る高汚染度である。
しかもわかったのは穴の大きさだけである。溶融した核物質がメルトダウンしたどころか、メルトスルーしている可能性すらある、この穴である。しかも解ったのはたった一基の特定部分だけである。
この時生まれた我が家の孫は、この春小学校へ入学する。6年経ってやっと一基に核燃料が抜け落ちている、”かもしれない”穴を見つけたのである。廃炉に40年とも50年ともかかると言われているが、それらの数字さえ怪しいだろう。
人間と原子炉とでは、時間のスケールがあまりにも違い過ぎる。人が原発を扱うためには、時間の長さから見るだけでも、管理などできるものではない。たった一週間しか生命を維持できない蝉に、80年以上生きる人間の管理を任せるようなものである。
事故当初は、「爆発が起きても人体に直ちに影響はありません」と、東京大学の研究者が入れ替わり説明を繰り返し、民主党の枝野もこの無根拠のフレイズを何度も吐いた。
事故処理すら未だに取り組むことができていない日本が、再稼働を平気でやり、世界に売り込もうとさえする姿は、客観的に見ると異常ですらある。まるで犯罪者が収監されずに罪の償いをしないまま、社会復帰するようなものである。防波堤内にコントロールされていると平気で嘘つく、安倍晋三にとっては原発に対する矜持など持ち合わせてはいないのである。

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公約を守り原発を廃止する台湾

2017-01-22 | 原発と再生可能エネルギー
台湾の国会に当たる立法院が1月11日、「2025年までに台湾のすべての原子炉を事実上廃炉にする」という内容を含む電気事業法改正案を可決した。蔡英文総統は選挙公約で「脱原発」を掲げており、これを実行したことになる。改正案には再生エネルギー分野での民間参入を促す、電力自由化なども盛り込まれている。これにより再生エネルギーの比率を現在の4%から、2025年には20%まで高めることを目指すとしている。
台湾では政権交代が行われる以前の2014年に住民投票で、4基目の原子力発電所の建設を中止している。
台湾では、台湾では、3カ所に6基の原子力発電所があり、現在では4基が稼働している。最後に建設された台湾第3原子力発電所2号炉が40年を迎える2025年5月に、台湾国内のすべての原発が運転停止を迎えることになる。
台湾の発電供給の構成は「石炭49%、天然ガス29%、原子力16%、石油2%、水力2%、廃棄物2%」となっている。台湾は日本に負けないほどの火山島であり地震大国でもある。

一方日本では、各地の原発の再稼働を次々に認めている。そして再稼働の可否を地元自治体に投げ出すのである。今回も原子力規制委員会は18日、九州電力玄海原発3、4号機(佐賀県)が新規制基準を満たすと認める審査書を正式決定し、安全対策の基本方針を許可した。これまでに審査を申請した16原発26基のうち、許可されたのは5原発10基となった。
佐賀県は20日に、第三者委員会を設けて再稼働の検討に入る。それを受けて、九州電力から政治献金を受けている古川知事が判断することになっている。玄海原発では、40キロ圏内に対馬が入っているが、ここはそもそも物理的に避難ができない。避難訓練も自治体は県境を挟んでいるため機能的にできない。
佐賀県は、地味と自治体と県議会の検討するアリバイを作業をして、再稼働容認することになる。
台湾では、福島の原発事故を大きな教訓にしている。ヨーロッパなど世界各国では、福島を教訓にして脱原発へと向かっている。日本は再稼働の複雑なシステムを作ったに過ぎない。原発そのものの本質論議は、再稼働で落ちるお金にかすんでしまっているのである。
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お豆腐じゃあるまいが、どこまで膨らむ原発事故の後処理

2016-12-10 | 原発と再生可能エネルギー
">「お豆腐屋さんじゃあるまいし」とは、東京都の小池知事の言葉である。東京オリンピックが、無神経にで何兆(丁)円と言われることへの反発である。豆腐を勘定してるのではあるまいということである。
しかしながら、昨日の経済産業省の記者会見にはあきれるばかりである。東京オリンピックどころではない。事故当初は数兆円(確か5兆円)と言われた事故処理が、自民党政権になってからでも、11兆円と言われていたのが、22.6兆円かかると試算したのである。
あれほどもめている東京オリンピックの、10倍の数字を平気で発表する無神経さは、言葉で表すことすらできない。豆腐屋じゃあるまいに。。
廃炉は2兆円から8.2兆円に、賠償は5.4兆円から8兆円に、除染・貯蔵は3.6兆円から6.4兆円といった内容である。特に廃炉は楽観的な予測がばれて、4倍以上に膨らんでいる。経産省は廃炉の加速化のために、年数百億円を電気料金に上乗せすると説明した。メルトダウンの程度がいまだにわかっていない。この8.4兆円ですら楽観予測といえる。解け落ちた核燃料の場所も解らなければ工法だって決まっていない。
しかも、いつの間にかというか国民の目に触れないように、企業や使用者の負担ではなく税金で賄うとちゃっかり決めてしまっている。つまり、原発の起こした事故は国民が等しく背負うことになるのである。しかも廃炉は50年とも80年ともいわれている。原発推進者が主張する、“安価な“原子力エネルギーの恩恵に全く係わらなかった世代が、負担し続けることになるのである。しかもこれは時間も金額もこれを下回ることはないであろうと思われる金額といえる。
私たち、長年反原発を主張し続けてきた者にとっては、決して解決することのできない放射性廃棄物の処分の事実に蓋したまま、推進してきた企業や政党や個人が負担するべきと主張したい。紀伊半島など原発導入を反対し、原発が来るくらいなら貧乏の方が良いといった、高尚な論理で対抗した人たちにも等しく負担を強いるのは、どう考えても納得できない。不条理である。事故が起きたら国の世話になるというのであるから、杜撰な試算しかできないのである。核は兵器にしても発電所にしても、地球上では人類とは共存できる代物ではないのである。
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どさくさ紛れにインドへ原発売り込み、やりたい放題

2016-11-12 | 原発と再生可能エネルギー

アメリカの大統領選挙結果に世界中が大騒ぎし、株の乱高下や世界戦略の行方を案じて騒然となっている。このどさくさに乗じて、安倍晋三は世界最大の原発事故を起こしその原因さえも特定できず処理すらままならない日本の原発を、あろうことか核兵器保有国のインドに売り込む約束を取り付けたのである。
全く対抗する勢力が政権与党内にも野党にもないことをいいことに、やりたい放題である。TPPさえもなぜ急ぐのかも何の説明もできない。参入してしまったのはアメリカの要請だったはずであるが、そのアメリカが、トランプの選出で頓挫してしまうであろうが、安倍晋三は何の説明もできない。
インドはNTPにもCTBTにも加入していない。2007年に米印原子力協定をしたのも、核兵器放棄を前提としない原子力発電への、アメリカの協力である。安倍晋三はこれに倣ったのであろうが、核兵器禁止条約に反対したばかりである。平和利用だの核兵器拡散への話し合いの道をつけるためだの、かなりいい加減な説明をするが、こうしたことで何の説明にもなっていない。
安倍晋三が、日本が核武装をしなければならないと言っていたことに重ねれば説明がつく。防衛大臣には、積極的核武装論者の稲田朋美を任命したことでもわかる。日本が核武装をしなければならないというような下準備をしていると思えば、辻褄が合うというものだ。トランプが尖閣諸島は安保の外にあると言ってくれれば、安倍は更に勢いづく。

日本の原発売り込みに、インドでは危機感を抱いている。インドでは化学工場が大事故を起こした経験がある。核となればなおさらである。日本がいまだに福島原発の処理に道が付けられない状況である。インドの人たちが不安を抱くのは当然である。
核保有国への原子力技術の支援は、北朝鮮に対する態度と全く異なる、安倍晋三のダブルスタンダードである。核に対する姿勢が一貫していない。
安倍晋三は、日本の「唯一の被爆国」としての地位を投げ捨て、兵器開発や輸出に加えて原発産業の振興のために輸出をするのである。ベトナムへの売り込みに失敗した見返りでもある。経済界の支援を背景に、軍事国家へ歩む安倍晋三である。
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新潟知事選の結果から見てくるもの

2016-10-17 | 原発と再生可能エネルギー
新潟県知事選挙で、当初自民・公明の支持を得た市長経験者が圧倒的有利とされていた。ところが、遅ればせながら立候補し、泉田前知事の原発姿勢を引き継ぐとした、米山隆一氏が選挙前の予想を覆し圧勝した。準備万端、地元での実績や知名度抜群の候補者の圧勝を信じていた、自民党も公明党も大きな敗北となった。年度明け解散も遠のいた感がする。
共産党、自由党、社民党の野党共闘が実を結んだ。夏の参議院選挙に続く新潟県民の勝利である。「福島原発事故の検証なくして、原発の再稼働はない」という、泉田前知事の言葉は重く、新しい知事に受け継がれた。東電は世界最大の柏崎の再稼働が難しくなった。
連合新潟は、東電労組の支援を受けて自民・公明推薦に回った。民進党はこれを受けて、自主投票にした。しかし、見慣れた民進党(民主党)のドタバタ劇は相も変わらずで、選挙戦が市民団体が推す米山氏に有利と見るや一転して支持に回り、蓮舫などが駆けつけた。最後まで当確が解らず、全国屈指の選挙区を戦い抜いた夏の参議院選挙で、民進党は何を学んだのだろうか?
53万票対46万票という、当初の予測や米山氏の出遅れ、民進党の自主投票の失態などを考えると、圧倒的な票差といえる。
沖縄で見られるように、安倍政権は地元の意向や、民意と言われるものを聞く気がない。政権が決めたことと、突き進むだけである。大量のお金を落としてくれる原発は、お金の力で住民の口を塞ぐものである。その典型が福井県である。原発銀座と言われるまで原発を導入させた、パンティー泥棒の復興大臣の父親の敦賀市長は、「奇形児が出てもかまわない。原発は地元に金を落としてくれる」とまで述べている。今年も、もんじゅの停止に異論を唱えている。
原発については、地元の声はやっと出てくる程度なのである。それが、鹿児島と新潟の知事選挙で、原発再稼働に疑義を抱く知事が当選したことの意義は極めて大きい。投票された票の数倍の意識の差があるとみてよい。
安倍晋三は、「一地方の選挙結果」と敗北した時の常とう句を吐くだろう。その裏で、安倍政権は沖縄同様に地域振興策とか適当な名前の札束をチラつかせるか、すでに決められている事業の打ち切りなど、金による地元の懐柔策にかかるであろう。安倍晋三に民意も国民も存在しない。
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福島原発凍土壁大雨で溶けるし、もんじゅは火災発生で大騒ぎ

2016-09-07 | 原発と再生可能エネルギー
昨日(6日)高速増殖原型炉もんじゅの、環境管理棟環境分析室内の放射性物質の濃度を分析する施設にある段ボール製のごみ箱からの出火したが、職員2名で初期消火で鎮火させた。と発表したが、過去のは事故のビデオの都合の悪い部分を隠したり、虚偽の発表などをしている。今回の無地の部屋からの火災原因は特定されていない。
今年の台風の動きは異常である。数が多いし停滞気味で雨が多い。東北北海道に直接上陸するなど、熱帯性低気圧しか経験していない、北海道などは農作物など大きな被害が出ている。
ところで、一連のこの台風に伴う大雨で、東京電力・福島第一原子力発電所では、汚染水対策の柱として地盤を凍結させる「凍土壁」対策をしているが、雨で温度が上昇して一部が溶解していることが判った。東電は二か所で零度を切ったと発表したのである。どうして溶解したと言わないのだろう。東電は再凍結の工事をするとしている。
そもそも、バカほど電力が必要な凍土壁など漫画のような話である。一年以上取り組んでは見たが、均等な凍結が難しいをそれの持続すら成功していない。東電は想定外の雨ということであるが、もう少しで凍土壁など関係なく雨水が汚染水とともに越えて海に流れ出す危険性もある。
凍土壁に温度上昇は地下水が増加して先月半ばから上昇していたとのことである。関係者はすでに、汚染水は直接海に流す以外方法はないのではないかと言い始めている。
凍土壁などという前代未聞の地下水の流出防止策は、当初から疑問視する向きが多かった。要するの汚染水対策はほぼ無効であったといえるのである。事故処理すらできないような原発という施設の存在が、人間社会にとって矛盾なのである。少しはましになったかもしれないが、電力会社や政府の発表など不都合を覆い隠すも目的で出される。なのに再稼働する原発である。
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さまよえる日本の原子力政策

2016-08-27 | 原発と再生可能エネルギー
昨日深夜に、NHK解説委員が確か7名ほど集まって、「どこに向かう原子力政策」と題して、原発の現状とこれから先に向けての討論が行われていた。深夜で見る人も少ないということではなかろうが、かなり本題に入った濃い内容であった。国民の70%を超す人が反対する中の再稼働とその未来であるが、色んな事を整理してくる解説員の意見であった。

先ず再稼働であるが、僅か3年で5基の再稼働を原子力規制員会は容認している。しかし、そのうち高浜の2基は司法判断で停止したままである。調査も再稼働の作業にも相当であったと思われるが、司法が止める現状は規制委員会の判断基準を、いわば全くの素人が止めたのである。この背景には、国民の目がある。福島事故前なら到底考えられないことである。委員会の意味は何処にあるのか。
その原子力規制員会の、再稼働の判断基準の中には避難計画がない。アメリカではそのことが最も大きいくらいの判断評価として、住民の安全と非難計画がある。避難計画が不十分だとして廃炉になった例もある。田中委員長は、平然と「規制員会の基準に沿っているかどうかの判断であって、防災基準ではない」、というのである。川内の2基と伊方の1機が現在稼働中であるが、特に伊方については避難計画は、極めて杜撰な内容になっている。愛媛県知事は、福島のような事故は起こらないと、何の根拠もなく無責任発言を繰り返す。
アメリカの原発への考え方は、事故はゼロにすることはできない。そのためリスク管理が前提になっているのである。

高速増殖炉もんじゅは、あらゆる計画が失敗している。これからこの計画が成功するとはとてもじゃないが予測できない。これまで6兆円投入している。物価変動を入れれば45兆円にはなるが、資源小国日本の生きる道とのお題目で始めたプルサーマル計画に、資金をこれからも投入するべきではない。その代わりに、放射性廃棄物が危険性を失うのに10万年かかるのを、理論的には700年ほどの短縮できるという技術開発に向けるべきである。驚異的な技術と言えるが、それでも700年とは信じがたい数字である。それと最も重要なことは、再生可能エネルギーの開発に資金を向けるべきである。
プルサーマル計画を支持する政治家たちは、プルトニュウムが抑止力を持つという主張である。現状でも4000発の核爆弾を製作できるが、日米原子力協定で目的を決めているから容認されているだけである。プルサーマル計画を中止するなら、核兵器を製造しないという保証を別途やらなければならない。三年後に失効する日米原子力協定を見直さなければならない。
原発の核抑止力を真剣に主張する政治家の意見など聞く必要はなかろうが、アメリカの御伺いが必要になる。
40年ルールをお役人主導で作られた一部廃炉を決めたが、40年を超えている原発も再稼働申請を行っている。原子力規制員会も規制の基準が不動のものでないことは誰の目にも明らかである。福島原発の事故後にあからさまになった多くの、原子力行政や研究機関などの相互に認め合う体質は何ら改善されていない。
安倍晋三は、世界で最も厳しい基準を何度も繰り返すが、中身は何ともお粗末なものである。司法に簡単に否定されるし、住民への避難計画もない。そもそも、活断層の評価もバラバラで明らかではないし、熊本地震のように繰り返される震度への評価は全くないのである。
誰がどう見ても日本の原発は再稼働の根拠を失っている。強引にベースロード電源などとして再稼働への道を開こうとするから、揺れ動くのである。再稼働の理由は企業側にしか存在しない。
コメント (1)
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「炉心溶融」の言葉使うなと官邸からの指示、今更、今時になってリークする

2016-06-16 | 原発と再生可能エネルギー
福島原発事故で煙が3号機から上がっていたのに、東電では爆発認めるにも数日かかっていた。その後の武藤副社長の記者会見でも、炉心の状態は分からぬ一点張りで極めて不自然な対応であった。誰が見ても炉心溶融、メルトダウンは起きていた状況であった。
ところが今日(16日)になって「炉心溶融」の公表が遅れたことについて、東電の第三者検証委員会(委員長:田中康久弁護士)は清水正孝社長(当時)が「炉心溶融」の言葉を使わないよう指示したとする報告書をまとめて東電に提出した。報告書は、官邸からの支指示があり、炉心溶融という言葉を用いなかったとしている。
当時の官邸とは、民主党の菅直人首相で官房長官は枝野であった。指示は清水社長命令で、電話などで広く社内で共有していていた。東電は3日目にはメルトダウンを認めていたのに公表できなかったのである。
同様のことは、放射能の拡散を予測するSPEEDというシステムによって、飯館村に集中していたこともわかっていた。しかし県民に不安を与えるとして、隠ぺいしていたこともわかっている。わざわざ強汚染地域に逃げた人もいるし、飯館村の非難が遅れてしまった事実もある。
炉心溶融は公式には4年ほどたって東電がようやく使い始めたが、1~3号機まで当初から炉心溶融が起きていたことは客観的に判っていたことである。
東電と官僚の隠蔽体質、責任逃れ体質はここに始まったことではないが、なぜ参議院選挙を目前にしたこの段階での公表であるかと思われる。極めて不自然な時期の公表である。民主党政権を擁護するつもりはないが、特に菅直人を支援するつもりは全くないが、今更の公表は明らかに民主党政権時代の負のイメージを植え付けるためとしか思えないのである。
コメント (2)
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羅臼港

春誓い羅臼港