《あらすじ》
日露戦争時、難攻不落といわれた旅順要塞の
開城を映した映画を観つつ、映像と現実の境
界を自在に移動するような不思議な世界を描
く表代作、畏友芥川龍之介の自殺直前までの
交友をモデルに描く「山高帽子」など、第一
創作集『冥途』に続く29篇を収録した百間の
代表的作品集。
《この一文》
” 今年の秋、その庭に咲いた一輪の菊花が、その花はとっくに枯れて朽ちてしまっているのに、今でもなお私を苦しめ、どうかすると夢の中にまで咲いて出て、寝苦しい夜を悩ます。
菊の夢は、美しい花だと思って眺めていると、その細長い花弁が一枚ずつ、人間の指の様に動きだして、向かい合っている花弁と花弁とがからみ合い、しまいには無茶苦茶に縺れてしまう。そうして、その中から一枚二枚と千切れてとれたのが、地面に落ちてもまだぴくぴくと動いている。どうかすると私の袂や懐にそんなのが這入っている。さわれば動く様で、気味がわるくて、摘まみ出すことも出来ない。目がさめた後、私は自分の手の指を見るのが恐ろしい様な気がした。前後のつながりに、いくらかの違いはあっても、そんな同じ様な夢を私は二度も三度も見ている。
---「菊」より ”
内田百間(旧字が出ないのでこのままで失礼します)を抜きにしては私の読書生活は語れません。
『冥途』は史上最強の短編集であると言って憚りませんけれども、この『旅順入城式』収録「菊」の一節は私にはかなりの衝撃です。
「菊の夢は、美しい花だと思って眺めていると・・・」!!
この物語自体はとても恐ろしい話で、好きな話は他に沢山あるのですが、ここを読む度に叫びそうになるのでした。