半透明記録

もやもや日記

「五人同盟」

2011年03月22日 | 読書日記ーロシア/ソヴィエト

アレクセイ・H・トルストイ
『ロシア・ソビエトSF傑作集 下』(創元SF文庫)所収



《あらすじ》
三本マストのヨット《フラミンゴ号》の中では、船主のルフをはじめとする5人の大富豪と一人の技士が、七日間で世界中の富と権力を手中におさめるための秘密の話し合いをしていた。彼らの攻撃の構想は、人類を未曾有の堪え難い恐怖で世界をたたきのめし、人類を麻痺させること…。


《この一文》
“ この人類の周章狼狽ぶりには、見ておれない、無力な、子供のように哀れなところがあった。金、権力、堅固な経済体制とゆるぎなき社会層に対する確信、全能が――《五人同盟》がそれをめざしてあゆんできたすべてのもの――それらがすべて全世界で突然、力と魅力を失ってしまったのだ。(中略)《五人同盟》の一人、おいぼれこおろぎに似た老人が、ひからびた掌をこすりながら繰り返していた。
「闘争を期待しておったのに、こんな降伏のしかたはないぞ。わたしの年で人間嫌いになるなんてあまりにも悲しい」 ”




月が、ものすごく大きかったらしい。私は見逃してしまいましたが、「月」が人類にあたえる巨大な印象を扱ったSF短篇があることを思い出し、読み返してみました。アレクセイ・トルストイの「五人同盟」です。「世界が盗まれた七日間」という別の題(最初にこの作品が発表された時の題名)が添えられています。


***

ここから先は物語のオチをバラして書こうと思うので、これからこの物語を読みたいという方はご注意ください。


さて、大富豪ルフ率いる《五人同盟》には壮大な計画があり、彼らは世界中の富と権力のすべてを自らの手中におさめるべく、恐るべきその計画を実行に移します。彼らは夜空に輝く美しいあの「月」に強力な爆撃を加えることによって、「月」を打ち砕こうというのです。買い占められた無人島で計画は秘密裏に進んでゆき、おりしも地球に接近していた「ビエラ彗星」の騒ぎに乗じて、「月」に向けて無数のロケット弾攻撃をしかけ、見事「月」は7つの大きな塊に砕け散るのでした。人類はそのありさまを目撃し、狂気と大混乱に陥り、《五人同盟》による〈恐怖の一週間〉が計画通りに作り上げられたのだが……。


目前で砕け散る「月」は、人々の心まですっかり破壊してしまいます。あまりにも度を超した現実を前に、人類は精神を持ちこたえることができません。


“ 当時〈四万年について〉という見出しで、月の残骸との衝突を心配せずに、地球は安心して気楽に働き発展できると書いた楽天的な論説が新聞で報じられた。
 その記事はいい印象をあたえたようだった。退嬰的な瞑想家たちは屋根からおりてきたし、商店は店を開き、徐々にではあったがふたたびレストランや広場で音楽が演奏されるようになった。だが、人類に、なにかかろうじて目につく影のようなものが跡を残し、放心状態が認められた。
 張りつめた精神状態、野心のせめぎあい、苦痛、断固たる取り扱い、規律、秩序――こういった管理のために都合のいい、ごく普通の大都市の組織体が少しずつなにかもっと柔軟で拡散した、とらえどころのないものに変わっていった。”


人類の破滅や文明の終焉といった恐怖心を煽るさまざまな情報が世間を飛び交ったあとに、「しかしただちに地球が滅亡するわけではない」という楽天的観測の記事が登場する。それは人々の心を安心させたかに見えて、実はすでになにか決定的ななにかが、人類の精神から失われてしまっているようでした。何だろう。それは、何だろうか。




アレクセイ・トルストイの「五人同盟」は私の大好きな短篇小説です。これまでに何度か繰り返して読んできてそのたびに面白いと思ってきましたが、今回はなにか、なんだか…言葉もありません。けれども、人類は度を超した異常事態に遭遇すると、まさにこういう反応を示すものだよなぁとつくづく納得させられました。今ここにある混乱とある種の停滞を、そっくりに描いてありました。私はここから何を学べるだろうか。この物語の結末は、私にはどうもよく理解できないし、全編を通してとても苦い味を感じはしますが、何か考えないと。
ひとつ、私がそう思いたいと強く思っていることには、人類は未曾有の大惨事を前に正気を失ったとしても、たぶんそれでも慎ましく逞しく生き延びてはいくだろうということですかね。それまで当たり前に丸く美しく輝いていた月が、無惨に砕け散って鉛色に鈍く光るだけの瓦礫になったとしても、それに慣れていくより他はないし、恐らくそれにも慣れるだろう。こういう態度というのは、これは悲しいことなのかな。どうかなのかな。
でも、さまざまのことを諦めながらも、悲しみながらも、我々は新しい秩序をそれなりに築いてゆくだろうし、私はまだこの作品中の「こおろぎに似た老人」のようには、人間嫌いにはなれないようです。いや、なれないというより、まだ、なりたくない。








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1 コメント

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なるほど! (今出川宏)
2019-04-30 15:09:42
いま「五人同盟」を読み終えて、よく意味が分からないのでネット検索したところです。
半透明記録さんのご感想を読んで、なるほどと思いました。
これからも時々拝見に伺います~!
(^^)/
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